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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第三章 戦骸
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60話 アリス

 喧騒も何も無い。小鳥の囀りが心地良い朝、アリスは目覚めた。長いまつ毛、整った顔、艶やかな唇、綺麗な毛先。何から何までとは言えないが、それなりに大人になった証拠だ。アブセルトに──リイラに憧れて育ってきたことだけあったのだろうか。思い返せば、口調と髪色以外は似てきている気がする。あくまで気がするだけだが。


 目を開けると、自分がここにいるんだと実感出来る。ここに生きている。そう、自覚する為の行動でしかない。

 そう言えばこういうことも、そんなこともあったな、なんて感情では抑えきれない。自分を育てた第二の育て親が、まさかリイラだなんて思いもしなかった。それに、陽喰をも虐げる仰望師団の一人。脅威には違いないが、駆逐する必要がある。


「アブ……セルト……様……」


 部屋の隅に置かれた白いベッドの上で、アリスは小さく零した。時間は九時半。だいぶのこと、眠っていたようだ。そう言えばリリィやあの五姉妹はどうなってしまったのか。恐らく、というかほぼ確実だが、アリスがここにいるということは彼女らに大きな怪我はなかったようだ。それは良かったのだが、何か大事なことを忘れているような感覚だ。何か、何か、何か。

 リリィの顔が何か知った顔に見えたのは覚えている。だが、それが誰なのか。自分がさっきまで見ていた夢の内容も、アブセルト、リイラに関わるもの以外は忘れてしまった。


「アリス、起きましたか?」


「……リリィさん……起きてますよ」


 思えば、いつもそうだった気がする。夢は覚めればいつか消えるもの。そう、決まっているのだ。それなのに、そんな希薄なものを思い出そうとしている自分がいる。これを思い出すことが出来るなら、それは禁忌に踏み入った。ということに違いない。


 ベッドから体を起こし、白いパジャマ姿のアリスはドア越しにリリィに返事をする。こうして見ると、白髪と白い肌、白いパジャマが相まって、真っ白に見えてしまう。

 そんな純白のアリスに、ドアを開きながらリリィが言った。


「良かったです。力を摩耗し過ぎたのか、あれからずっとうなされてたんですよ。悪い夢でも見ていましたか?」


「悪い……夢……どうでしょうか。分かりません、ふふ」


 悪い夢でも、いい夢でもなかった気はする。リイラの、アブセルトのことを少しでも思い出せたならそれはいい夢なのかもしれないが、それはあくまで夢であり、記憶違いという可能性もないではないのだ。

 しかし、アブセルトとの記憶が全て本物だったなら、と考えると、自然と笑みが零れてくる。


「?……アリス、話が」


「話?」


 アリスの笑みに、頭上にはてなマークを浮かべるリリィ。

 話があると、アリスを着替えさせ、扉の向こうへと彼女を引き連れていった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「レヴィ君を……救う?」


 突拍子もなくリリィの口から放たれた言葉は、大まかそういった話だった。レヴィを救う。それは口で言うのは易いが、実行に移すのはかなりの難題だ。

 もし救うとなれば、それなりに準備が必要で、更に人員も必要。何せ、権能持ちのレイラやリイラを殺したのだから、彼の脅威は計り知れない。


「レイラさんやリイラさんを殺されて、許せない気持ちもありますが、それでもやっぱり好きなものは好きなんです。アリスも同じだとは思いますが、そういうことです」


「……」


 あくまでリリィの気持ちは変わらない。その意志の強さに感嘆のため息を溶かす。アリスは俯いた。自分の所為で、こんなことになってしまったのに、誰も彼女のことを責めない。その違和感に変な感覚を覚え、彼女は再びため息を零した。


 大体、自分の所為なのだ。自分があの時、あんな言葉を、罵倒を投げかけていなければ、こんなことにはならなかった。レイラも、リイラも死ぬことはなかったのに。今更嘆いたってもう遅いのは承知の上だ。ならばどうするか。レヴィを救い、謝罪を述べ、自己満足に浸る。それこそが、全てを丸く収める方法であり、自己中心的な考え方のアリスにとっては最適な答えだった。


「アー様、大丈夫ですか?」


「え、えぇ。大丈夫です。レヴィ君を救う……手立てはあるんですか?」


 心の中はぐちゃぐちゃなくせに、平静を装うアリス。悩んだり、苦悩している顔に見えたのだろうか。そんなことはどうだっていい。レヴィが助かり、自分が満足すればそれで。


 あの時──アブセルトが仰望師団の手に落ちた日だって、自分の無力さ故に彼女は死にかけた。それが要因で、忘れていたとはいえ、トラウマになったはずではなかったのか。だが、彼女の我儘な心はそんなことを屁とも思っていなかったようで。レヴィに同じことをしてしまった今でも尚、自分が満足すればそれでいいと思い込んでいる。否、思っている。

 この歪んだ性格が、レヴィを救うことで捻じ直るとは思えない。思わない。が、それが何かしらの心の成長剤になるのは間違いないのだ。だから、救う。全ては自分の為。


「それが……ないと言ったら嘘になるんですけど、あるわけじゃないんです」


「?……どういう意味ですか?」


 あるともないとも言わないリリィ。あると言えば、レヴィは救える。ないと言えば、レヴィは救えない。どちらでもないということ。それはつまるところ救えるか救えないかが微妙な位置であり、彼を完璧な方法で救える可能性がないということだ。


「レヴィ様は恐らく、“unknown”を倒しながら移動しているはずなんです。だから、次の“unknown”の出現場所を予想出来れば出会える可能性もあるかと思います」


「……レヴィ君が“unknown”を追っているという根拠はありますか?」


「確たる証拠は……ありません。でも、ここ最近、“unknown”の討伐要請が少ない気がするんです。討伐要請だけでなく、“unknown”の出現報告すらないんです」


 言われてみれば、レヴィがいなくなってからというもの、“unknown”の出現報告はないし、それによって壊滅させられた都市も、ないに等しい。とは言っても、まだ討伐、捕獲した“unknown”の数はたった二匹なわけだが。


「出現していないということ、ですか?」


「それが要因だと思います。そして、目撃した、と言い張る人の中に、“unknown”と対峙する“黒い男”を見たという証言もあります」


「黒い……男……レヴィ君ですか」


 彼がそこにいるのなら、リリィの言う通り“unknown”を追い、移動し続けている可能性があるのだ。勿論、人間と“unknown”が親しい関係を築くことは不可能だから、レヴィは死んでいるか“unknown”を殺し続けているかの二択になる。アリスがレイラの力で飛ばされて二日。その二日間の間にレヴィが多くの人に目撃されているのだ。つまり、レヴィはまだ死んでいない可能性が高い。


「ええ、そう思います」


「アー様、レー様を救いますか?」


 ララが、不穏な空気を感じ取り、上目遣いでアリスに尋ねる。それに気付いたアリスは、彼女らに不安を与えないように笑顔を振り撒いた後、真剣な眼差しでリリィを見つめながら言った。


「救わないわけがないでしょう。仮にも私の想い人であり、リリィさんの婚約者、許嫁でもあるんですから」


「初めて……許嫁を認めてくれましたね」


「そろそろ同情というのが湧くものです」


 あくまで「同情」だと言い張るアリスは、内心リリィの気を揉んでいた。許嫁だと言われていた青年を、後から出てきた何処の馬の骨かも分からない少女に取られ、挙句の果てにその他の女性と肉体関係を持ってしまったのだから、気が病んでいてもおかしくはない話だ。だが、そこで女性の強さは試される、とリリィ本人は思っていた。まず、肉体関係なんてどういう意味か分かってはいなかったし、分かったとしてもあくまで体がそちらに向いただけ。心はまだ自分のものだという確信はあった。だから、リリィは安心してこう言ってやった。


「同情……まぁいいです。何か質問は……異存はないですか?」


 静まり返った少女達の中で、再び手をそっと挙げるアリス。皆の視線を彼女に集めると、ゆっくりと立ち上がり、胸に手を当てて言った。


「救うのは……救います。勿論、必ず。でも……それが叶ったら、一つだけ……お願いを聞いてもらえないですか──」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 昼夜問わず、“unknown”は出現する。神出鬼没な彼らは、大抵が単体で出現するが、時たま仰望師団を引き連れて現れることもある。どこに、いつ現れるか分からない彼らはまさに、いや、彼らに出くわしたのなら、それはただ単に運が悪かっただけだと言える。だが、その無為の殺戮が行われる邂逅を、自ら起こそうとしている者がいた。

 精神は乗っ取られ、しかし足掻いている為に常に情緒不安定。“unknown”に吸い寄せられるように歩き、出会っては対峙する。そんな生活──生活と呼べるのだろうか分からないが、そんなサイクルを二、三日繰り返していた。


「ばぁあああああああっつっっっ!」


「うっせぇんだよ……黙って俺の言う事聞いてれば……!」


 ──どうせ、お前らの言うことなんか聞いてもアリスは戻ってこない。ならせめて、彼女らの安全の為に“unknown”を殺しておけば。


 ──何言ってんだ、レヴィ。アリスはお前の所に戻ってくる。絶対だ。だから諦めんなよ。……だから!お前は邪魔だっつってんだろうがっ!


 ──死神を殺すな!やめてくれ!僕の死神をぉ!


「お前ら……死神を殺すな!」


 夜闇、昼明かり、夕方、問わず彼は叫び続けた。常に誰かが彼の体を制御、操っており、レヴィ本人の意識が戻ってくる時はほぼない。ヴェリュルスやフレイに苛まれ、彼は意識の根底に沈んでいた。


「死……神?殺さなきゃいけないだろ」


「殺さないで……お願い……僕だけは!」


「嫌だあああああああ!」


「誰の為にそこまですんだよ!もういいだろ!」


 そんなフレイの言葉に、レヴィの体が止まった。同時に、彼の内部のレヴィが静寂を切り開き、ポツリと言った。


「アリス……」


「アリス」


「アリス」


「アリスアリスアリスアリス!アリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリスアリス!」


 ──どうせ、どうせどうせどうせ。これだけアリスに愛を騙っても、宣言しても、彼女は僕に見向きもしない。僕の所為でレイラは死んだ。僕の所為でリイラさんは死んだ。僕の所為で…………ミーナは死んだ。彼女らの死は、全部僕の所為だ。別に、悲劇のヒーローになりたいわけじゃない。勿論、人間なのだから幸せにはなりたい。だが、そんなこと、僕の人生であるわけがないのだ。実際、レイラとリイラさんは僕が殺してしまった。ミーナは……僕の無力さが原因で死んだ。あの時僕が……僕に力があれば。僕は人を殺してばっかりだ。誰も救えたことなんてない。誰も救えてない。誰も救えない。誰も、誰も、誰、も、誰も誰も誰も救えない。それが僕の運命だ。それこそが僕なんだ。……命に……見捨てられた。


 不意に、ジャリっと言う、革靴が地を噛み締める音が鳴った。咄嗟に反応したレヴィは振り返り、その目線の先にある者の姿を見て驚愕した。


 ──あ……アリス!?ダメだ、ここにいちゃ!死んじゃう!……頼む……頼むから逃げてくれ……いくら君と言えど……抑えられないんだ……


「……いました」


「んばぁ……?」


 アリスは手のひらから巨大な氷の塊を作り出し、ü:レーベンを生成した。常人なら片手に収まりきらないサイズの剣を片手に収め、レヴィへと剣先を向ける。

 レヴィはやはり自身の体を制御出来ないようで、首を傾げてこちらを見ている。その眼光は狂気的で、どこか神秘さを感じさせるものもあった。


「レヴィ君、少し……覚悟してください」


「キミも……死神か……」


 アリスが宣戦布告し、剣先を向けるも、レヴィはその様子に臆することなど全くなく、畏れ多くも魔女と呼ばれた少女に向かって剣を振るう。


「は!?くっ……」


 咄嗟にü:レーベンで防ぐが、レヴィのクロウの一撃が強過ぎてレーベンがミシミシと音を立てて軋む。咄嗟に防いだ所為もあり、レーベンは変な角度に曲がってそれを受け止めた。それ故にレーベンはアリスの肩に食い込み、アリスは弾き飛ばされる。

 吹き飛ばされたアリスは、仰向けに倒れた。空が夕焼けに彩られ、とても綺麗だ。

 そんな無防備なアリスを、気の狂ったレヴィが放っておくわけがなく、アリスににじり寄り、言った。


「じゃあ……これでどう?」


 目に映ったのは、赤い夕日、そしてそれに彩られた橙の雲、空。そしてアリスを見下ろす無数の剣。何故そんなに多いのか、という問いよりも、何故それが宙に浮いているのか。レヴィは魔法は使えないはずでは。という疑問が次々に浮かんでくる。だがそれも、生前にレイラが残した言葉によって掻き消された。「仰望師団」。それがその超常現象の正体だった。


「何……あれ……」


 口を開け、狼狽えるアリスに、その無数の剣は容赦なく降り注ぐ。咄嗟に魔法を展開し、防護壁を作るも、勢いよく降り注ぐ剣はその防護壁すら突き抜け、アリスの周辺に突き刺さる。

 防護壁で防げなかった分の剣も、魔法でどうにか軌道を変え、リリィや五姉妹に当たらないように用心する。


「くっ!」


「レイラ、ミーナ……僕の所為で君は……」


 ──まだ気にしてるんですか。さっさと忘れて私の所に……戻ってきてくださいよ。何で……そんなになっちゃったんですか。


 幾度の猛攻を潜り抜け、アリスはやっとのことでレヴィの眼前に走り寄る。だが、そんな簡単に事が進むはずも、レヴィが彼女の進行を許すはずもなく、彼は再び剣を構える。


「れ……ヴィ君!」


「リイラさん……貴女も……俺が無力だから……」


 剣が、見るからに適当ではない動きで捌き始める。アリスはそれを上体だけで躱し、空いた隙間から彼に何とか一撃を加えようとするが、彼はそれをいとも簡単に剣で弾き返す。それを繰り返して数十回。ようやくのことで主人に手をかける覚悟が出来た五姉妹とリリィが、声を荒らげる。


「アー様!援護します!レレ、ロロ、皆に強化魔法お願い!」


「致し方ないねー」


「仕方なく、よ。アー様とレー様の為なんだから」


「いいから!」


 こんな時に軽口とはどうしたものか。

 リリィは未だに体が動かず、ただ見ていることだけしか出来ない。そんな自分に不甲斐なさを覚え、腿に手を当てるが、それは動こうとはしない。


「レヴィ君っ!戻って!お願い!」


「誰……誰誰誰誰!誰なんだよォ!」


 ──誰?そんなの分かるだろ!アリスだよ!アリスが目の前にいるんだ!剣を下ろせ!頼むから!


「アリシアです!貴方の!……貴方の……」


「僕の……俺の……」


 ──俺の僕のなんだよ何なんだよ!僕は君が好きだった。それは嘘じゃない。でも、君はそうは思っていなかった。それが答えだろう?だから君に僕は救うことが出来ない。僕は君を救うことが出来ない。


「敵じゃないです!だから!どうか剣を下ろしてください!」


「てき……敵だよ!お前ら全員ッ!」


 ──そうだよ。アリス、それこそが君が僕と良好な関係を築きたくない証だろ。好きじゃない。だから、君と僕との関係も表現することが出来ない。つまり、君は僕の敵なんだ。最初は君の為、君の為って思ってたけど、それは単に僕の独り善がりでしかなかったんだ。君は、僕のことなんて必要としていないんだ。


「違います!私は……アリシアです!」


「アリシアなんて知らない!俺が好きなのは!……好き……なのは……」


 ──僕が好きなのは、あの時の可愛らしい。僕のことが好きなアリスだった。アリシアじゃない。あの時君が好きだって言ってくれたから、僕は君と生きていこうと思ったんだ。


「……レイラさんは?リリィさんも……覚えてないんですか……?」


「レイラ……リリィ……ぐ……うぅうぅ……」


 ──うるせぇよ。お前なんか誰も救ってないだろ。……僕以外では。君に救われたことを忘れるはずはない。けど、君も同罪だったんだ。ミーナが死んだのは、君の所為でもあるんだよ。


「どうか……思い出してください……」


「あい……ら……はどこだ……」


 虚ろな瞳で、レヴィは言った。


「……アイラ?」


「アリス……アイラ……アリス……」


 レーベンの剣先を地面に叩きつけ、アリスは激怒に体を、口を任せるままにした。


「お、……思い出してくださいよ!いつもいつも私の気持ちを無視して勝手に人を寄せ集めて!私の気持ちにもなってくださいよ!何で!何で私達を……忘れちゃうんですか……」


「だ……だって……わか……らない……ぐぅ……」


「百合の沢山咲いた所に行ったことも!首に誓いのチョーカーを巻いたことも!忘れたなんて言わせませんよ!色々罵倒したのは悪かったけど!でも!それでも楽しかったじゃないですか!何で!……忘れちゃうんですか……」


「わす……れ……」


 ──忘れるはずなんてないだろ。


「私はアリシア。アリシア・スパークス。貴方の……従者です!」


「知らない!アリシアなんて!」


 ──この言葉が君を傷付けるのは分かったる。重々承知だ。けど、君が僕に付けた傷はもっと酷いんだ。


「ぇ……」


「だから君は!ここ……までだ」


 レヴィの持つ剣と、空中に舞う剣が乱舞する。アリスはそれをレーベンで必死に防ぐ。一振りに対する衝撃が大き過ぎる。ガンガンと手のひらに響く衝撃が、腕から肩へ。肩から全身へと伝わる。じりじりと後退し、レーベンの耐久値ももうギリギリだ。

 やはり魔女とは言え、「仰望師団の権能で強化された“男”」には勝てないのだろうか。


「や……めて……」


 物凄い破裂音と共に、レーベンが四散する。大きな氷の塊と、その軸となる剣も根元から折れた。カランカランという、剣の落ちる音が鳴ると、レヴィは狂気的な笑みを浮かべ、アリスに歩み寄る。


「ミーナ……さん……」


 思い浮かぶ、死に際のミーナの顔。悲しそうな表情を浮かべ、こちらを見ている。その悲しそうな表情が示すのは、恐らく今の彼らの関係についてだ。たぶん、彼女が。ミーナが望んでいるのは、大袈裟に言えばイチャイチャして、いつまでも仲の良い、夫婦のような生活。それが望みのはずだ。彼女の表情が、それを物語っている。


「ああああああッ!」


「レヴィ君ッ!」


 咄嗟に。というより、反射的に体が動いた。手が伸び、足が伸び、頬にはレヴィの硬いお腹が当たる。


「うっ……?何……して……」


 不意に抱きしめられたことに驚き、狼狽えるレヴィ。アリスの締め付ける力は強く、剥がそうとしても彼女は離れない。むしろ、離そうとすればする程締め付ける力が強くなっている気がする。


「貴方が大好きなんです!ここにいる皆!貴方がいないと生きていけないんです!」


「ぐ……」


 ──何言ってんだよ。君は僕が嫌いなんだろ?浮気なんかしたことないけど、浮気扱いして、魔法を使えないことをいいことに悪口を散々言って。そんなの……「大好き」なんて信じられるわけがないだろ。嘘に決まってる。


「皆皆皆、貴方を拠り所として生きている人もいるんです!ちょっとは自覚を持ってください!貴方は……人を殺めた。でも、やり直せばいいだけの話です」


「やり……直せるわけないだろうがっ!」


 ──やり直す?馬鹿なこと言うな。君がやり直させないんだろうが。僕は何度もやり直そうとした。けど、行先行先で君が立ち塞がる。君が、僕が変わろうとする度にそれを手で抑えるんだ。だから僕は強くなれなかった。でもどうだ。君と離れてからというもの、物凄い勢いで力が付いていった。この調子なら誰をも救える。そう思った。けど、再び君は現れた。その時、一緒に連れていたレイラも、リイラさんも、僕の力が制御出来ずに……死んじゃった。……アリスの所為じゃなかったんだ。全部……僕が……。


「私が魔法で何とかしてみせます!だから!戻って!」


「でも……アリシア……アリス……君は……僕が嫌いで……」


 ──そ、そうだよ。君は僕のことが嫌いってはっきり言ったんだ。それは後には引けない、確実な言葉だった。


「あの時はカッとなって言っちゃっただけです……本当は……本当は!……貴方以外……考えられないんです……」


 その言葉に、心の何が決壊したのか分からない。涙が、溢れてきた。本当に予想外の涙。まさか、自分が嬉し涙を流すなんて、しかもこんなタイミングで。

 不意に我に帰ると、お腹の辺りがじんわりと温かく、濡れていた。アリスもまた、声を押し殺して泣いていた。


「ぁ…………そうか……」


「れ、レヴィ……君?」


 ──何だよ、何で……そんな顔……するんだよ。ずるいよ。何でそんなに……僕の心を揺さぶるんだ。何で……可愛い……んだよ。


「……済まない……アリス。僕が……悪かった」


「ッ!……貴方が……貴方が悪いことなんて一つもない!私が!私が……悪かったんです」


 涙を拭き、しかしとめどなく溢れる涙は収まることを知らない。レヴィとまともな話が出来たのが嬉しい反面、どこか物悲しい自分もいた。

 見上げると、レヴィは涙を目に浮かべ、しかしとびっきりの笑顔でアリスを見つめ、まるで「ごめん、ただいま」とでも言うように笑っていた。


「アリスは悪くない。僕が勝手に……仰望師団のやつに負けた……だけだったんだ」


「それ以前の話ですよ!どう考えてもあの言葉は……酷すぎた……だから……」


 アリスをぎゅっと抱き締める二人は抱き合い、お互いに謝罪を述べる。言葉だけのペラペラなものではない。しっかりと心から気持ちを込めて、言った。


「もういいよ、アリス。僕はちゃんと戻ってきた。あいつと君のおかげで」


「ぅ……っ…………あ……いつ?」


 あいつという言葉に引っかかるが、レヴィは知らないでいいよといった様子で手を振り振り言った。


「また今度、落ち着いたら言うよ。それよりも……今はすべきことがある」


「すべき……こと?」


「涙を拭いて、しっかり目を開けてごらん」


 言われた通り、涙を吹き、大きな目をこれでもかと言うほどに開ける。そこに広がっていた光景は、すっかり地平線の彼方に落ちた夕日、赤い雲、そして大きな竜型の“unknown”だった。


「ん…………ッ!?“unknown”!?」


「やっと戻ってきたんだ……アリス、いけるか?」


「……ご主人様のご命令とあれば」


 一時は狼狽えもしたが、心に余裕が出来たからか心配の一言はない。レヴィから離れ、しかし手はぎゅっと握ったまま、そう答えた。


「そこまで言わなくてもいいけど……まぁいいや。皆、援護を頼んだ。前線は二人で行く」


「しょ、正気ですか!?あの……大きな竜をたった二人の近接戦で……」


 前線を二人で迎え撃つという無謀な賭けに、リリィは大声で反論する。ここで二人を失えば、それこそこの帝国は終わりだ。だが、レヴィもアリスも、「不安」その一言などまるでこの世から消し去ってしまったかのような笑顔をリリィに向け、レヴィは言った。


「“たった二人”じゃなくする為のリリィ達だ。援護、よろしく」


 そうは言われても、まだリリィは納得出来ない。オロオロとしている内に、彼らは遂に行動を起こしてしまった。


「レヴィ君、行きますよ」


「あぁ」


 手を離し、しかし心はずっと繋がっている。そんな抽象的な繋がりを感じながら、二人は離れ、お互いに信じ合いながら“unknown”に向かって、まるで鬼神のように剣を振るった。

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