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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第三章 戦骸
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56話 前夜の灯篭、暁の栄光

 薄暗かった埃部屋を出ると、そこから先はかなり小綺麗な鉄の道だった。宿屋に止まったことなどないから分からないけれど、これがかの「廊下」と呼ばれるものなのか。それにしてはかなり殺風景なものである。


 廊下を数分歩くと、すぐ右、左手両方に幾つもの扉があることに気付いた。その扉の上部には、「〜0〜号室」と書かれた部屋番号と、そこに住まわう人の名前が書いてあった。

 だが、右側には確かに「アブセルト様」と書いてあるのに、左側の扉には号室しか書かれていない。これが処遇の差異と呼べるものなのだろうか。


 アブセルトが鍵で扉の施錠を解除すると、彼女はゆっくりと片方の手で扉を引いた。ラピスは危うく扉に頭をぶつけそうになり、アブセルトは「あ、ごめんごめん」と笑いながら言った。その笑顔は、今まで見てきた誰よりも無邪気で、誰よりも美しく見えた。


 扉の向こうには、簡素だが綺麗な、女の子らしくはない部屋。だが、男らしいわけでもない。何というか、さっきの廊下と同じように殺風景だ。

 ラピスは色々と思考を巡らせた。あそこに可愛いお花を置いたらどうだろうとか、あそこにはお人形さんを置く。などと、人の部屋なのに勝手に妄想を膨らませていた。


「ここが私の部屋だ。ベッドは一つしかねぇから一緒に寝なきゃな。あと、食べもんも勝手に食べていい、私はあんま食べねぇしな。んで、本も勝手に読んでいい」


「本!読んでいいんですか?」


 少女漫画のように目をキラキラと輝かせながら、ラピスはアブセルトに言い寄る。狂気にも似たその感情は、アブセルトにも感じ取れる。彼女は多少怖気付き、一歩退いた。


「ん?あぁ、いいけど……」


 アブセルトが承諾するや否や、綺麗に整理された本を漁りに漁り、どんどんと本のタワーを積み上げていくラピスに、アブセルトは軽く笑いながらため息をつく。


「……本の虫かよ」


「……すみません」


 暫しの沈黙の後、ラピスは謝った。別に、謝るべきことではないことくらい、ラピスだって分かっている。が、今まで積み上げてきた人間性が、彼女をそうさせたに過ぎないのだ。


「いや、謝らなくていい。私だって本くらい、読みたい時はある」


 そう言うと、髪を掻き上げてベッドに腰を下ろす。何気ないその行動に、恐怖を覚えたのかベッドも沈黙。それはこの部屋の設備がかなり充実していることの表れであり、それと同時に一年でここまで登り詰めたアブセルトの実力も醸し出していた。


「アブ……上……」


 アブセルトか上官、どちらの方が良いのだろうかという愚問なのだが、予想通りの反応を示すアブセルトはベッドに寝転がった。ふかふかであろうベッドの悲鳴は、微かにぼふっと聞こえたが、それも空に掻き消えた。


「どっちでもいいよ」


 アブセルトがそう言うのは分かりきっていたことだ。だが、ラピス自身の行動把握はまだ出来ていなかった。

 結果、名前に「様」を付けることに決定した。


「じゃあアブセルト様……」


「様って……呼ばれ慣れてるけど流石にこんな子供に言われると気が引けるな……」


 寝転がっていたベッドから腹筋の力のみで起き上がり、ラピスに感心させた後、胡座をかきながら前髪を掻き上げた。

 その行為に何の理由があるのか、ラピスには計り知れないが、彼女なりに思うことがあるのだろう。例えば「うざい」であったり、「気が乗らない。興が乗らない」であったりする可能性もなくはないのだ。


「助けてくれて……ありがとうございます……」


「……気にすんな。こんな私だって命を奪ってきた身だ。今頃何か良いことしたって、報われるはずもねえ。ただの自己満だから気にするな」


 素直な今の気持ちを彼女に伝えると、彼女は手で掻き上げていた前髪を下ろし、ばさばさの髪をまるで幽霊のように目の前に下ろし、わははと笑いながら言った。


「……はい」


 だが、ラピスの気持ちは晴れない。何故なら、未だに自分の名前、年齢等々を忘れた挙句に見知らぬ場所に連れてこられている。別に最後者は悪い事案ではない。が、不安が降り積もったラピスの心境は思った以上に苦悶している。


「じゃあ本題に入る。まぁ流し程度に、小耳に挟んでくれればいい」


「亜人戦争のことですか?」


「察しがいいな。それとも、聞いてたか?」


「後者です。私を亜人戦争の決定打にするって」


 年齢の割になかなか難しい言葉を使うのは、きっと彼女が本の虫だから。そう思いながら、アブセルトはベッドから足を下ろし、ラピスの前に膝で立った。そしてラピスの肩に手を置くと、まるで自分の子供に大事なことを教える母親のように、優しく。しかし不器用に言い放った。


「まぁ、お前は自惚れるタイプじゃないから言わなくてもいいが、念の為に言っておく。別に……ラピス、お前がここで功績を上げようが上げまいが、それは自分の誇りにはならない。それもただの過剰評価と自己満と思っておけ。決して……自惚れるな。…………足元を、掬われる」


 あくまで真剣な眼差しでラピスを見つめ、彼女の心本体に訴えかけるように。座右の銘にしろとでも言うように、彼女は力強い言葉で言った。

 ラピスはそれを、彼女の願ったように心本体で受け止め、心に刻み、そして緩やかに笑みを作りながら言った。


「…………ルェルさんの言う通りですね」


「何がだ?」


 きっと、そう。ルェル。彼女もまた、否。ラピスが第二の。いや、それも違う。もしかしたらこの軍の全員がそうなのかもしれない。全員が、気付いてるからこそ彼女はわざと隠そうとしているのかもしれない。


「貴女は……優しすぎます」


 軍内全員が察しているはずだ。不器用に厳しい上官を装い、本質は仲間の命を、人間そのものを尊ぶ素晴らしい女性であると。

 だが、彼女に少し物申したいことも多少はある。それは彼女の隠し事にボロが出過ぎていること。もう少し上手く隠してくれればいいのにと、ラピスは心の中で呟く。


「……それでいいよ。さ、風呂入るぞ。ラピス、お前当分風呂入ってねぇだろ。女子として綺麗にしてなくちゃな」


 何故か手慣れた手付きでラピスの服をスルスルと脱がしていくと、あっという間に裸になったラピスの体が御開帳だ。続いて自分自身も脱ぎ始め、女性らしい豊満な体が。しかしウエストは筋肉質で丁度いいくらいにくびれているし、肌だって綿のようにきめ細やかな肌質だ。

 羨ましそうにラピスは心中で語っているが、彼女もなかなかのものだ。体型以外は。


「……風呂あっちな。タオル……どこだっ──」


「おーい男装女子〜。下から通達あったんだけどよぉ、お前の計画した計画書が抜け目が無さ過ぎて困るって言っ………………」


 突如ガチャっという扉の開く音が鳴り、灰色の髪の男が入ってくる。髪をポリポリと掻きながらこちらに近寄り、咄嗟にアブセルトの後ろに身を隠したラピス。そして隠すものも何も無いアブセルトが目に映る男。そう、先程埃部屋からいち早く出て行ったあの男。ドルフに違いなかった。


「…………」


「…………」


「…………いい度胸だ」


 暫しの沈黙の間に、ドルフの意識は遠のき始めた。何しろ女の裸を見ることなんて初めてだったから。いつもはイキがっている彼にとって、そういう場面で狼狽えることはまさにメンツが丸潰れだ。


 ──どうしたらいいのか。咄嗟に逃げる?ダメだ。アブセルトの奴にからかわれて、その後玉蹴りされて終わりだ……どうする、どうする!


「ひ、いや、ちょ、ちょっとな、あの、いや、違うんだって!ほらあの……あ、」


 結果、無様に弁明することに決まった。


「ノックしろっていつも言ってる意味が分かっただろ?上官である私のことを罵った挙句に乙女二人の体を見た。しかも片方はロリだ。……覚悟は出来てんだろうな、ドルフ?」


「だ、だからち、違うって!やめろ!お前の玉蹴りは洒落になんねぇんだよ!」


 脳裏に煌めくアブセルトから受けた、「最強」とも呼べる玉蹴り。もうそれは痛いなんてもんじゃあない。一歩間違えれば大惨事。だが、アブセルトはそれすらも見極めてその「大惨事」にはしない。いっそのこと大惨事にでもなれば彼女の地位は大幅に下がるのに。

 だが、ドルフはそれを望まない。彼女がいなければ、今の自分が成り立たない、というのは建前だ。本当は──。


「じゃあ死ぬか玉蹴りかどっちがいい?どっちもお前がしたことと釣り合う代償だ。逆に考えても見ろ。私の裸を見たんだ。それを写真に撮って恐喝することだって出来るんだぞ?こんなに素晴らしい下克上チャンス今までにあったか?ん?」


「……あぁもう!勝手にすればいいじゃねえか!俺だってわざと覗いたわけじゃ──っぅ!?」


 恋をしたから。

 こんなきつい言い方も、可愛らしい一面を見た後では屁も同然だ。どんな彼女の嫌がらせでも耐えられる。

 好きな相手の裸など見てしまえば、男として高揚するのも避けられない。


「玉無しになれクズが」


「あ、アブセルト様?」


「へーきへーき。男はあぁやってればいいから。さ、さっさと風呂入ろ」


 ラピスが心配そうに声をかけるが、アブセルトはわははと笑いながら髪を掻き上げ言った。が、彼女の目は笑ってはいない。ドルフを最大限の蔑みの目で見下し、横目に流しながら風呂場に入っていった。


「……はい」


 ラピスが前を隠しながら、「だ、大丈夫ですか?」とドルフに声をかけると、彼は少し怒ったような声色で「いいからさっさと行けよ」と呟いた。

 ラピスは心配そうにドルフを何度も見返しながら、風呂場に入っていった。


 風呂場は部屋とは違い、なかなか女子だった。心が満たされるようないい香りと、小綺麗に整えられたお風呂道具が、子供でしかも古臭い街に住んでいたラピスにとっては、「大人」という感じそのものだった。


「ほら、わしゃわしゃぁ〜!」


「あぅ……ぁ……」


 シャンプーのポンプを二回コンコンと押すと、アブセルトは出口から出てきたシャンプーをラピスの髪にあてがい、ゴシゴシと、しかし優しい手付きで洗い始めた。

 シャンプーなどしたことがないラピスには全てが初体験で、それが目に入ると沁みることや、舐めると不味いことなども初知りだ。それらを体験し、「うぇ……」や「あぁ……」などと声を上げるラピスの姿は、アブセルトにとっては自分の子供のように思えるらしく。


「かっわいいなぁお前!母性本能くすぐられるわ〜」


「アブセルト様には子供がいるんですか?」


「い、いねぇよ!な、何言ってんだよ……」


「?」


 頭を洗い終えると、それを洗い流す。そして、次はボディーソープの番になった。立ち位置としてはラピスの真後ろにアブセルトがいる状態なので、後ろから手を回されて足を洗われる時なんかは、色々とモノがあちこちに擦れてこそばゆかった。女なのに。

 庶民と順番が違っていないか気になるのは、「リンス」と呼ばれる髪を整えるものだ。髪の長い短いラピスにはそれ程リンスは必要なかったらしく、一回のポンプで十分だったそうだ。


 ラピスが湯船に浸かると、今度はアブセルト本人が体を洗い始めた。頭を洗う時は、ラピスと同じように優しくゴシゴシとし、手洗いの体も、優しく洗っていった。

 ──何?あの胸は。体を動かす度に揺れてる……私もいつかあんなに大きくなるのかな……


 なんて妄想をしながら、大人らしいアブセルトに感心し、しかし心の底ではペタンコな自分のものと見比べて悔しがっていた。


「お……ぃ……クソ女……」


「なんだ、クズ」


 驚いたのか、それとも他に何かあるのか、肩をピクンと跳ねさせたアブセルト。また覗かれるなどと思ったのか。それ以前に、覗かれる。見られることが恥ずかしいのだろうか。あの性格の割にはかなり女子だ。


「クソいてぇぞ……」


「いいから要件だけ話せ。十秒以内だ」


 なかなかキツめの条件付きで、アブセルトはドルフに話すことを許可した。

 今更だが、ドルフはアブセルトに比べては下位だ。元々同じ土地出身の幼馴染みだったのだが、先程も言ったようにカリスマ性、戦闘力、何に付けても負けていた為、アブセルトの地位に付くことは叶わなかった。

 ちなみに、恋をしたのは。否、恋をしていることに気付いたのはつい先日のことだ。故に、口当たりも悪くなる。


 キツい条件を発令され、ドルフは直ちに要件を話し始めた。


「……下が要求飲まねぇつってんだよ。どうすんだ」


「何でだ」


 アブセルトが立てた計画は簡単なことだった。残り数が少ない亜人族。特に牙獣族の連中を、前面から突破するという短絡的な方法。この計画なら誰も頭を悩ませることはないだろうし、何より分かりやすい。

 だが、それの代償に引き換えるものは大きかった。正面突破の方法なら、それだけ交戦率が高まる。つまり、死人が増えるというわけだ。

 だからといって、回り込んで大将の首を刈り取る。なんて作戦に切り替えればいいのだが、それには少し問題があった。


「死に戦だからじゃねぇの?そのガキを何に使うか知らねえけど、何か下に言うことあるなら言っとくぜ」


「あぁ……助かる。前線に赴くはずだった奴も、全員後衛に回せ。そう伝えてくれ」


 だがその問題も、ラピスの登場によって掻き消されることとなった。死に戦に赴くはずだった軍兵達を後衛に回し、前衛を全てラピス一人に任せれば──良心が痛むが、この方法なら死人が減る。否、いなくなるかもしれないのだ。


「はぁ?戦うやついねぇじゃねえか」


「はぁ……後は風呂出た後に話すから出とけ」


「ったくよぉ……」


 ──この作戦……短絡的にも限りがあるこの作戦。それこそが、それだけが、死人が出なくて済む方法なんだ。


 だが、問題はあった。まずラピスが正常に魔法を起動させられる根拠なんてどこにもないし、まず彼女の体が勝手に魔法を発動させる、なんて馬鹿げた仮説も当たる可能性は低い。それどころか、否、まず考えの根底になくてはならない問題だ。彼女がまだ十歳程度であるが故に、彼女が死んだ時に取り返しが付かないのだ。

 だが、大勢の民の為。やる時はやらなくてはならない。


「ごめんなラピス、ちょっとだけお前は危険な場所に送られることになる。危険になれば私が引き戻すから、まぁ気楽に思っていなよ」


「危険……?」


 そう。危険だ。だが、彼女の思惑通りに事が運べば、ラピスは死ななくて済む。それどころか死人ゼロの、初の大戦となるかもしれない。しかも、もし事が思い通りに運ばなくてもアブセルト。彼女がいる。


「命に関わることも、お前なら無事に帰ってこれるはずだ。何、大丈夫だよ。気にすんな」


「私、何も怖くないです」


「…………そうか」


 死に対して怖くない。

 戦に対して怖くない。

 人に対して怖くない。

 一番怖いのは、大事なものを。人を失うこと。それは自分の身に実際に起こった悲劇であった。

ここまで読んでもらってありがとうございます!次回からはストックがなくなったので、不定期投稿とさせて頂きます。

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