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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第三章 戦骸
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55話 アブセルト

 少女。アリシア・スパークスは、路頭に迷っていた。育ての親を亡くし、親友だった子供でさえも自分のことを「バケモノ」といって聞かなかった。もう、何も信じられるものはない。恨み、憎悪の感情は日に日にその劣悪さを増していき、遂には食事を忘れて物思いに耽ることさえあった。食べるものなど、無かったのだが。

 日々、砂利を口に含んではあまりの不快感に吐き出す。空腹と寒さのあまり、知らない人に食べ物と住居を乞うた。「いつかお金は必ず払いますから」という決まり文句を口癖に。

 だが、そんな口先だけで何の証拠も残らないアリシアの言葉に、耳を貸すものはいなかった。アリシアは──孤児になった。


 豪雪の夜、古び、端切れた毛布に体を包んで、道行く人を見ていた。瞼は石が乗ったように重く、しかしここで眠ってしまっては本当に死が自分に訪れる。そう言い聞かせながら睡魔と戦っていた。

 人を見ていたとは言っても、目の前が真っ白になる程の豪雪の中に、道を歩く人など皆無に近しかった。


「…………ぅ……」


 もう限界だ。限界、だった。瞼は重いし、寒さも体の芯を凍らせている。巻き上がる冷風が、アリシアの目の前でダンスを踊っている。まるで、屍になりなさいとでも言うように、アリシアは死に向かって手を伸ばした。

 ──まだ……死にたくない……。

 だが、体は誰かに縋ろうと必死だった。思考とは相反し、悴む、雪に塗れた指が死の指先を絡めとるように彼の指を握った。

 だが、こんな息も絶え絶えの状況にも関わらず、案外死は遠いところにいたらしい。指先は何にも触れず、ふわりと雪に掴まれた。


 意識など、もうどこかに霞んで消えてしまっている。

 幻覚が見える。温かく、灯りの付いた家。そして背の高い、赤髪の女性──。


「ぁ……ひ……ぉ……」


「……寒いだろそんな所で包まってちゃ」


 女は長いコートのボタンを外し、それを脱ぐとアリシアに被せた。人の温かさに久しぶりに触れたことと、甘い女の人の香りが鼻腔を満たし、アリシアは安心に涙を流した。


「何で……泣いてんだよ……」


「つれ……っ……ぇ」


 ここで彼女を見失えば、ここを通る人は皆無だ。彼女に何とかして助けを乞わねば、自分は死ぬ。それだけが、脳内に反響し、彼女の心をすり減らしていた。


「……お前、孤児?」


「ぅ……ん」


 辛うじて「うん」と反応すると、女はアリシアに手を伸ばした。手袋をした、女性らしい細い指が、革の外面からでもはっきりと見て取れた。

 手を伸ばされたものの、アリシアは困惑していた。もう、手を伸ばしても自分で立つだけの体力は残っていない。悲しそうに俯き、覆いかぶさったコートに体温を委ねる。


「……ん」


「……ぇ?」


 女は、三角座りをしているアリシアの膝の裏に手を差し入れ、首の後方にも手を差し入れる。

 朦朧とした意識の中で唯一感じられた感覚は、宙に浮いた感覚だけ。女性らしい華奢な体と、しかし豊満な胸に抱かれ、アリシアは意識の向こう側へと誘われていった。


「……柄にもねぇよな……あいつに笑われっかな……」


「……」


 意識のないアリシアは、とても長い長い、そして綺麗な夢を見ていた気がした。孤児になって早三ヶ月。年端もいかない少女はやっとのことで神に許された。


 広大な雪原の中、赤髪の女は黒髪の少女を抱き抱えながら中心街の方へと歩いて行った。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 薄汚れた部屋に、三人は入り込んだ。否、赤髪の女の腕に抱かれているアリシアを含めれば、総数四名。

 赤髪の女、アブセルト・ルレイールはゆっくりと、部屋の中央に置かれた机の上にアリシアを寝かせた。本来、この机は作戦を練る時に相手の敵陣地等の地形図が書かれた紙を置くところだ。故に、アリシアの足は少々机からはみ出している。


 部屋に入った最後の男が、埃っぽい部屋の空気を風の魔法で一掃しながら悪態をついた。


「お人好しかよお前……こんなガキ貰っきやがって……」


「るせぇな。孤児だからしゃあねぇだろうが!」


 黒髪の男、ドルフは孤児を拾ってきたアブセルトに少々イラついているらしい。理由は簡単だった。彼は子供が嫌いで、尚且つこの軍に関係の無い、貧弱な人間が嫌いだからだ。漫画でいえば、自身の力に溺れる自惚れ屋というわけだ。


「上官……流石に孤児を軍施設に持ち込むのは……」


「あぁ!だから持ち込むとかガキとか!そういう扱いすんなっつってんだろ!」


 困り眉に大きな目の、可愛らしい顔付きをしている彼女は、アブセルトの主席の補佐官ルェルだ。呼びにくいと感じる時は、アブセルトならルエルと、小文字を大文字にしたり、ルーなどとあだ名で呼んだりもした。


 この中では、常識者はルェルとアブセルトだけ。ドルフは桁外れに常識知らずな為、何をしでかすか分からない。故に、即刻この場から出てもらう。

 じゃあ何故この場に呼んだかと言うと、それはこの埃っぽい部屋を綺麗にしてもらう為だ。要するに、用は済んでいる。


「ガキじゃねぇか。見た感じ十歳くれぇだろ?いや、それより低いか……」


「ガキで結構だよ。面倒は私が見るから……手ぇ出すんじゃねぇぞ」


 手で「しっし」とドルフを払い除け、さっさと出て行くようにアイコンタクトを送った。

 案外彼は素直で、アブセルトの言う通りに彼女にくるりと背を向け、部屋のドアノブを握りながら軽口を叩いた。


「生憎俺はガキなんて興味ねぇもんでな」


「なかなか上玉だろうに……まぁ、男なんてそんなもんか」


「へいへい、そんなもんですよ〜」


 ガチャンと扉が開き、閉まる。埃っぽくなくなった部屋は何故か伽藍堂となり、静かにしていれば時が止まったようにも感じられる。

 上玉な黒髪少女の顔を覗き込みながら、アブセルトはルェルに言った。


「……なぁルェル。お前はこの……子、どう思う?」


「へ?……どうって……」


 まぁ確かに可愛いのは可愛いが、それを最大限に引き出すにはまず汚れを落とし、上品な服を着せる必要があるだろう。

 とまぁ、アブセルトが聞いているのはそういうことではない。恐らく、彼女の資質に付いてだ。そういった面で彼女を見ると、こちらもなかなか良い素材のようだ。


「分かんねぇか?魔力の流れるスピード、そんで蓄積量が半端ねぇんだ。絶……いや、何でもね」


「いえ、でも可能性はあるんじゃないですかね?この子が亜人戦争、そしてここ数年間の戦争に終止符を打つ存在だってことでしょう?」


 アブセルトの言いたいことは分かった。が、軍の規律によってこの年端もいかない少女を戦争に駆り出すわけにはいかないのでは、という懸念があった。

 勿論、特例はある。例えば、今目の前にいるアブセルトや、自分、ルェルだったり。

 二人も特例者がいれば、三人目の特例も認められる可能性は高いだろう。


「分かってんじゃねぇか。そうだよ、こいつこそ切り札だ……つっても、それを目的に連れてきたわけじゃねぇ。それに気付いたのも今だしな」


「だったら何で……」


 やはり、アブセルトは少し鈍い人。良く言えば、お人好しで優しい人だ。

 恐らくこの子を助けた理由だって、困ってるからとか、孤児だったからとか、彼女の優しさは無限大で、考えつくものには限りがなかった。


「馬鹿かお前。困ってる人がいたら助けんのは当たり前だろ。しかもこいつは子供だ。見て見ぬふりしたあとに飢え死にしてたなんて聞いちゃあ胸糞悪いし」


「……上官は優しいですね」


 やはりそうだった。

 アブセルトは優しい女の人だ。多分、自分みたいにどんな所でも生きていけるような人間でも、困っていたら迷わず助けてくれるのだろう。他人ならきっと、「お前はそんなとこで躓いてる人間じゃない」なんて言われるのはお決まりだ。


「……優しかったらこいつを戦争に駆り出そうのんて思わねぇよ」


「それも上官の優しさだと……私は思うんですけどね」


「……」


 アブセルトは無意識に少女を助けているのだが、それに彼女自身は気付いていない。自分が、戦争という窮地に追い込んでいるだけだと、そう言い張っている。

 だが、それは間違いだ。恐らく彼女の意思の根底では、社会の厳しさを教えるより前に、人の温かさに触れさせようとしているに違いない。孤児になり、誰も信用出来なくなった状態でいきなり社会に突き出すよりも、自分やアブセルトの優しさにまず触れ、それから軍の人の温かさに触れさせる──それこそが、彼女の真に願っていることなのかもしれない。


「……まぁ、この軍は女が少ねぇし、見栄え的にもかなりイケてるだろ」


 赤髪を掻き上げながら、アブセルトはそう言った。

 確かに、この軍の男女比は9対1。そこに「女」という華を咲かせるのもまた、この軍を従えるものとしての約目かもしれない。


「貴女がいたらそれで十分だと思うんですけどね……」


「何か言ったか──」


 ポロッと本音が出た。にも関わらず、ルェルは全く動じることはなく、しかし内心パニックになりながら、アブセルトの次の言葉を待った。が、彼女の言葉が全て発し切られるよりも前に、一つの出来事が起こった。

 少女が目覚めたのだ。


「……ぁ」


「飯、何か食うか?」


 少女アリシアは恐るべきスピードで皿に盛られた食べ物らを平らげ、遂に最後の皿がアリシアの前に立ち塞がった。だが、空腹は案外容易く倒されてしまうもので、これ以上食欲が湧くはずもなく、最後の皿だけは下げてしまった。

 満腹に満たされることの幸せを感じながら、しかしアリシアは何か物足りないような表情を浮かべて、やっとのことで部屋を舐め回すように観察する。

 古びて背表紙が破れかけ、更に劣化により文字が滲む。

 そうやって部屋の隅々までその目で確かめていく少女に、アブセルトは優しく声をかけた。


「お前、名前は?」


「ぉ……覚えて……ない……」


 何度も何度も思い出そうとしたのだ。だがその思考は虚しく散り、頭文字が何だったかも分からない。

 年齢も忘れた。かの仰望師団と呼ばれる存在に街を焼き払われ、その街の人々を皆失った。そのショック故の記憶喪失だろうか。覚えているのは亡くなった街の人の名前、そして自分が何故ここに居るのか。


「そっか、じゃあここで決めよう。ルェル、何がいい?」


「いきなり私ですか!?え、ええと……」


 ルェルは顎に手を当て、むむむと考えている様子だ。アブセルトは赤髪を掻き上げ、ルェルの返答を待った。

 アリシア本人としては、改名するなら自分自身で決めたいと望んでいたが、それはどうやら叶わない。ここでは、命を救ってくれたこの人達が絶対存在。


「ラピス、なんてどうでしょうっ!」


 暫しの沈黙が流れた後、ルェルは自信満々といった様子でそう言い放った。アブセルトがピクリとも動かず、目だけでルェルを睨む。──まずい状況なのだろうか。


「ラピス……いいじゃん、決定だ」


 とは思ったものの、アブセルトはアリシア改めラピスと目が合うと、瞬時に表情を笑顔にコロッと変化させてそう言った。

 きっと、内心「巫山戯るな」とか思っているに違いない。でなければあの目力は出せまい。


「ぁ……あの……」


「今日からお前はラピス、いいな?」


 絶対権限は言った。抗う理由も、その気力さえなかった。名前がない自分に名前をくれたのだ。ルェルにもアブセルトにも頭が上がらない。というよりも、年端もいかない少女が見るからに成人の二人に講義申し立てることなど、想定の範疇を超えていた。


「ぅ……うん……」


「あと、話す時は敬語な。私、こんなんだけどこの国の軍で一番偉いから」


 アブセルトはこの軍施設、ジルギルド軍施設だけでなく、この帝国の軍の全権を握る最高権力者だった。その権限は帝国だけでなく、同盟を結んでいる諸国との会談でもその威厳を発するにまで及ぶ。

 そういった立場に付くには、大抵は血汗を滲ませる努力と才能、カリスマがなければ到底無理なのだが、彼女には最初の一つが欠けていた。

 圧倒的才能、圧倒的カリスマ力、その二つだけでその場に付いた。それまでにかかった年数、実に一年。八階級もあるその階級を、時には二段飛ばし。ある時は三段飛ばしで登り詰め、遂にこの地位に付いたのである。


「け……ぃご?」


「〜ますとか、〜ですとかだよ。私には別に敬語じゃなくてもいいからね!」


 この言葉が後に不要なものになるとは知らず、ルェルはあくまで「仲良くしたい」という理由だけでこう言った。


「……ゎ、ゎかり……した」


「声はおっきくっ!」


「は、はい……」


 突然のアブセルトの大きな声に、ラピスは肩を跳ねさせ、更に元々良い背筋を伸ばしながら彼女に向かって言った。

 アブセルトとしては、もう少し声に張りが欲しいと願うところではあるが、雪原に取り残されていたあの境遇から鑑みるに、そこまで厳しくは当たれなかった。


「上官、ラピスちゃんの処遇はどうなさるんです?」


 処遇。それはこの軍の中での権限の全てを決める言葉だった。上位に付けば権限は強くなり、待機室も豪華になる。対して下位に付けば、勿論のこと権限は皆無に近しく、待機室など囚人を収容している部屋とほぼ同等だ。

 大きさに限りのある施設内では、こうでもしないと部屋数が間に合わない。更に言えば、処遇が上位なのにも関わらず下位の者と待遇が同じでは、のし上がろうとするその気力も削がれるだろうという前軍トップの言葉がそうさせたとも噂が流れる。


「……魔力適正見ねぇと分かんねぇけどな……ラピス、魔法使えるか?」


「や、やったこと……ないです……」


 何にせよ、処遇が上位であればある程良い未来が待っているには違いない。しかし、残念なことにラピスは戦いの経験などはなく、魔法が使えるわけでもなかった。

 そんなラピスが、上位に付けるとは到底思えない。


「そっかぁ……魔力線は開いてんのか?」


「魔力……線……?」


「ラピスちゃん、ちょっと後ろ向いてね」


「え……?ひゃうっ!」


 魔力線は体の一部に集まった、魔力を外に出すための、所謂排出口だ。とは言っても、これがなければ魔力は外に出られない為、そんな呼び方をするのはちょっとばかりオススメしない。そこで、魔力線という言葉が出来たのだ。


 ルェルはラピスをくるりと引っくり返し、背中を向けさせると、勢いよく服を捲った。まだ未発達の胸が、微かにアブセルトの目に入ったが、それも冷たい視線で流す彼女。

 ラピスは必死に前だけは隠そうと必死だが、ルェルはそこまで要求していない。彼女が見たいのは背中の魔力線だ。そして手。だが、


「……ぇ……何この魔力線……」


「どうした?」


 ルェルが言葉を失い、言葉にならない声でアブセルトに振り向く。アブセルトは「ん?」と声を漏らすと、そう付け加えた。


「全部が……」


「全部?」


「か……体全体が魔力線だらけです……」


 本来、魔力線というのは胸から腕、手のひらにかけて通っている管である。それ故に、魔力の流れを感じられる者が、背中の魔力線から魔力を流し込むと手のひらから魔力は溢れ出す。その溢れるまでに流し込んだ魔力量が、本人の保有魔力なのだ。


 が、ラピスは想定外だった。まず魔力を取り込む魔力線は、体の全体に伸びている。こちらは本来、背中から吸収するものだ。

 更に、常人なら手のひらに排出口はあるはずだった。なのに、ラピスの場合はそれが全身だった。手のひらから足の裏まで、何から何まで魔力線。極めつけには吸収用の背中の魔力線からさえ、魔力が溢れ出しているのだ。


「……」


「……」


 それを言わずとも感じ取ったアブセルトは、ルェルの肩に手を置き、そして髪を掻き上げながら小声で言った。


「決まりだ。こいつは私の次席補佐官として手元に置く。階級はルーンだ」


「る、ルーン!?私と同じじゃないですか!」


 階級制度は先程も説明したように部屋、待遇を決める要素でもあるが、それだけではなかった。単純な話、それはプライド。「あいつに負けた」「奴を越した」そんな気持ちを持たせる為にも、階級制度はあった。


「……何か不満があるか?」


「いえ……だって、まだ魔力適性もはっきり調べてないのに……そんなあっさりと……」


 当の本人ルェルは納得がいかない様子だ。何しろ、自分だけの上官だと思っていたアブセルトを知らぬ孤児に奪われ、挙句の果てにその階級が同じとまできた。プライドがへし折れた音がした。


「じゃあ実戦投入で様子見だ。危険だと判断したら私が代わりに出る。それでいいだろ?」


「よ、良くないですよ!何でこの子の代わりに貴女が出るんですか!?亜人戦争だけならまだしも、国境奪還戦だってほぼ同時に行われるのに……」


 今この帝国と隣国で行われている戦争は大きく分けて二つだ。一つは、これ以上亜人属との争いを無くす為、どちらが法を作るか、という至極つまらない戦争。これは元々、話し合いで済むはずだったものが、血気盛んな亜人属の先制攻撃により大規模化してしまった戦争だ。だがそれも直に終わるはずだ。亜人属の軍はほぼ壊滅。徴兵制を募ったとしても、残っている亜人の種族は平和主義なエルフ達のみ。徴兵なんてクソくらえと思うはずだ。要するに、もうこの戦争は勝ったも同然。残りの軍を蹴散らせば終わる、簡単なお仕事だ。

 その簡単なお仕事に、ラピスを使おうという考えだ。何も不思議なことはない。ただ、強いて言うなら彼女の身の安全だけが気がかりだった。だが、その不安もすぐに消える。


「……見ろ、ラピスの魔力の流れを見る限り、あいつは全属性が使えるはずだ」


「……常軌を逸してますね……」


 常軌を逸している、とだけでは済まされない事案だ。これまでの帝国。否、全世界で、全属性の魔法が使える魔法使いなど、存在しなかった。それが、その唯一無二の存在が、こんな小さな少女だと聞けば、誰でも信じられないだろう。


「更に言うと、さっきお前が言ったように体全体が魔力線だらけ。つまり、体に何か危険が及べば、自動的に魔法が発動するはずだ」


「自動的に魔法が発動……」


「もう私らが関与する余地すらねぇな。もう神みたいなもんだ、こいつは」


 神、そう言えば容易いのだろう。

 軍のトップのアブセルトが、たった今ご飯を満面の笑みで食べていた少女のことを神と言った。そのおぞましさが、どれ程のものなのかルェルには計り知れない。


「……分かりました。下には報告しますか?」


「いや、いい。私が直接話す」


 上には話す必要のないことだ。何しろ上などいないのだから。


 アブセルトは、相変わらず本を夢中で読んでいるラピスを手で招く。


「お〜いラピス、家帰るぞ」


「じ、上官?」


「い、家……?」


「そ、お前と私ん家。ここから歩いてすぐだから、ほら行くぞ」


 ルェルと手を繋ぎ、扉のドアノブに手をかけるアブセルト。

 彼女の家というのは、最高階級。ラグナロクに与えられた至高の部屋のことだ。決して家などではなかったが、彼女はそれを家と呼んでいた。

 どんな部屋なのだろうかと想像を膨らませるラピスを、アブセルトが軽く手を引く。


「じゃあルェル、後片付けよろしくな。明日は私がやるから」


「了解です」


 アブセルトとラピスは、相当な背の差で手を繋ぎ、楽しそうに話をしながら埃部屋を出て行った。

 ラピスの散らかした本を棚に直し、真ん中の机をたたみ、最後には魔法を使わずに掃除までした。ここまでやってこそ、上官の首席補佐官だと、胸を張って言えるように。その為に、誰も見ていない場所でも手を抜かないのが自身の鉄則だった。


 伽藍堂とした部屋の中、アブセルトのことを思い出し、ルェルはくすりと笑いながら小さな声で呟いた


「…………お人好しなんですから……」

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