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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第三章 戦骸
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52話 喰われる

 外れもしないはずの、アリスの座っていた席が衝撃に負けて外れる。それと同時に、勢いよく立ち上がったアリスが、目の前の黒ずくめの男に声をかける。


「レヴィ……君……」


「……アリス」


 声は普通。少し嗄れているだろうか。水も飲まないで暮らしていたりしたのだろうか。声の掠れだけで、アリスはそこまで考え込んだ。が、まず最初に思い浮かんでくる言葉は。


「い……きてたんですね!よかった……なんでここに……?」


「……アリス」


 喜々として、目の前に佇む最愛の男に声をかけるアリス。心の衝動が抑えられない。もう、今すぐにでも抱き着き、キスもしたい。もういっそのこと今死んでもいい。そんな衝撃的な思いを止めたのは、レイラの言葉と、肩に置かれた彼女の手だった。


「……レヴィ……君っ!?」


 我に返ったアリスは、レヴィから数歩距離を取り、あまりの驚愕に目を見開いた。優しく微笑んでいたはずの顔が、引き攣り、強張る。口角は下がり、終いには腰を抜かしそうにまでになった。


 黒ずくめで、フードを被っている所為で顔すら見えないレヴィは、狂気に染まった笑顔のみを見せた。


「なぁにぃ?」


「かんっぜんにとち狂ってるね。どうする?駆逐?保護?」


 指を二本並べて、二つの選択をアリスに迫るレイラ。彼女自身、この決断を下すのにはなかなかの勇気、決断力が必要だ。それを、自分こそが一番レヴィを愛している。と誇示しているアリスに迫るのは、なかなか気が引けるものだ。


「く……駆逐なんてするわけないでしょう!?貴女もこんな時に冗談は!」


「冗談じゃないよ。この狂気。どう考えても師団だよ」


 変わらず下卑たる笑みを浮かべるレヴィは、ゆらゆらと幽霊のように揺れ、アリス達を眼中から外さない。

 失禁して、意識がトんでいるリリィと、なんとか正気を保っていられるアリス。元々、師団の連中とつるんでいたために、この状況には慣れっこなレイラ。最後者だけが、この場で唯一冷静な決断を下せる。


「…………」


「レイラぁ〜。久しぶりだなぁ。元気してたか?」


「ほら、もう自我はない。どうする?」


 黒ずくめの大部分を覆っていた、大きな黒いモヤが晴れると、見受けられるのは片方が剣と化した腕。それに纒わり付くように宙を漂っている無数の剣。見ると、その剣の幾つかが血に塗れている。先程の統員を殺したのも、この剣らなのか。

 姿形。心。全てが三日で変わり果て、その様子に目眩を起こすアリス。


「そ、それでも……この人はレヴィ君で……」


「救うの?」


「…………」


 どうもレイラの言う「救う」とは、アリスの思っている「救う」とは違うもののような気がしてならない。それもそう。彼女の顔は、いつものヘラヘラ顔ではない。真剣な眼差しでアリスを見つめ、彼女は「早々と決めろ」と言わんばかりにアリスにジリジリと躙り寄り、レヴィを指差しながら言った。


「これを救う。つまり、ボクらが逃げるってことは、ここの人達が犠牲になり続けるってことだよ」


「戦って正気に戻します」


「そんな漫画みたいに上手くいくわけないじゃん。子供じゃないんだからさ」


 真顔で言うアリスに、いやいやと手をふりふりするレイラ。確かに、アリスの言う通りに上手くいく可能性はゼロに近い。それは承知で、彼女は決意を固めた。が、レイラの嘲笑の笑みを見るとその気も失せる。

 他の選択肢を考えても、そう簡単に思いつけば、今この状況で悩んではいない。


「じゃあ……どうすれば……」


「まだ案は尽きてないよ。まだ二つ目。三つ目がある」


 そう言って、右手の指をもう一本立てたレイラ。アリスはそれに反応し、呟いた。


「三つ目……?」


「ボクに任せて」


 無い胸をドンと叩き、そう言うレイラ。簡単に言って見せたつもりだろうが、そう簡単に任せられるわけもあるまい。恐らく、レヴィは今権能の対象にはならないだろうし、最悪レイラが力負けする可能性だって否めない。その可能性も厭わないともなれば、そうするに越したことはないのだろうが──。


「……貴女とレヴィ君が……対峙?」


「それしか方法はないよ。まぁ、キミがやるっていう手もあるだろうけど、力が勝ってちゃあ、キミも死んじゃうんだから」


「だから……だから同等の強さの貴女を残して!それで行けと!?」


 激情に任せて大きな声を上げるアリスだが、レイラはそれに靡かない。むしろ、向かい風が吹いてくるだろう。

 同等、もしくはそれ以上の脅威が自分に迫ると知って、それでも尚立ち向かい続けられるその度胸には、心を打つものがある。


「まぁ、ボクもちょっとだけ悲劇のヒロインやってみたいんだよ。いいから、キミらは逃げて。もしかすると、レヴィ様も……こいつも、多少はボクより劣るかも、だから」


 もうレヴィのことを敵と見なし、「こいつ」呼ばわりで剣を抜くレイラ。彼女の言いたいことを率直に纏めると、ギリギリ勝てるか勝てないかの狭間に位置する自分が囮になることで、この場の人達を逃がそうと企んでいる──いつもは回らない頭が回ったのか、アリスも心中は感心している。が、そんな余裕を見せられるわけにもいかない。どうにかして彼女も自分も逃げる方法を。


「……統員が殺された。それでいてキミまで、リリィやアンタまで死なれたら!誰がこの国を守るんだよ!ボクはもう用済みだ!キミらみたいに存在意義なんてない!だから!」


 確かに、彼女が担う国力は僅か。もしかしたらゼロにも等しいかもしれない。しかし、レイラには他に大事な役目がある。レヴィの心の安定剤だ。まず、大元の原因であるアリス。そして昔からの心の支えだったリリィ。添えるだけ、と言っては言い方が悪いが、それなりに特効薬にはなり得るのだ。そんな大事な人を見殺しになど出来るはずもない。


「でも……」


「ああっ!うっせっ!」


 大声を上げて体をくの字に曲げていたレイラは、そのまま右腕を大きく外側に振るった。それと同時、否、少し遅れて、会場にいる人間の半数以上が消えた。まさに消失と呼べるまでに綺麗さっぱり、ガルから右側が。

 権能の不完全さに胸の動悸を重ねながら、レイラは呟いた。


「……流石に……全員は無理か……ぐばっ……」


「レイラ……?大丈夫か?」


 吐血し、血走った目をレヴィ元い仰望師団の一員と成り果てた彼に向ける。酷く醜いその目の歪みは、誰が見ても「この人こそ王だ」なんて軽口を叩くことは出来ない。

 それより、懸念すべきは残った人達だ。ガルから右半分の人は何処かへ移動させられたが、左半分からレイラのすぐ側まではまだ人が残っている。ここで自分が食い止めなければ、この人達が犠牲になる。


「……騙されっかよ。ボクは知ってんだ。レヴィ様の目は、もっと綺麗だ。そんな邪な目はしてない」


「俺を侮辱するのか?」


 蹌踉めきながらもレイラは立ち上がり、血に汚れた口を袖で拭う。白い袖が赤く滲み、いつかの自分の悪業を思い出す。

 レヴィは、やはり自我がまだ多少残っているのか唸りながらも言葉を発した。きっとそんな言葉、本心じゃない。本当の彼なら、もっと違う言葉を投げかけ、違う行動を取り、違う未来を選ぶはず。こんなところで躓いてはいられない。


「違う。レヴィ様に憑いてるお前を蔑んだんだ」


「……ふー──」


 だから。


「一」


「!?はっ!」


「二ぃ」


「うっ!えあっ!」


「三っ」


「ぐっ!……ばぁ……」


「はい、ワルツだけでこんだけ出来んだよ?ちょっとは褒めてよ。戻ってよレヴィ様」


 掛け声と共に、踊るようにレヴィに剣戟をお見舞いするレイラ。まさに剣舞と言えよう。レヴィは剣戟に首を傾げながら、唸る。まだ心の葛藤。否、邪精霊との決闘が終わらないのか、彼は頭を抱えながら叫ぶ。


「ぬんぬんぬんぬんぬぅううう!」


「はいはい、お決まりの覚醒劇ね」


 覚醒劇と言えば、何かしら狂った後に正気に戻って覚醒。という流れが多い。逆に、それに当てはまらないダークファンタジーがかつてあっただろうか。もし、その「覚醒」が「戻ってくる」に繋がるのなら、このまま放置し、自分の身も投げ出すだろう。だが、彼はいつもイレギュラーだ。良いタイミングで仲間が助けに来たり、逆におかしいタイミングで事が転じたりする。そんな彼に王道が進めるのか。きっと、この後でレイラが死に絶え、他の一般人が犠牲を賭したとしても、彼の意識は返ってこない。だからするべきことは──。


「アリスっ!」


「……?」


「何でっ!俺をっ!僕をっ!」


 アリスとレヴィの間に何かあった。それは知っていた。と言うより、覗き見ていた。権能を使い、あの日の出来事は全て把握済みだった。だから、事の元凶が意図せずにアリスにあることも知っていた。

 結果。と言うより、その所為でどれだけ事の解決に時間を費やしたことか。考えた結論は、至って単純だった。それもまた、王道だった。レヴィがそれに当てはまるかどうかもあやふや。むしろそうじゃない可能性の方が高い。だから。だから。だから。


「置いていくんだァああああっ!」


「……狂ったフリはもういいでしょう?もうそろそろ戻って」


 後は本心をぶつけるだけ。彼の気持ちが微かにでも残っていれば、その裂け目から黒幕は敗れるはず。

 レイラはボソッと呟いた。


「アリス……お前は……」


「レイラです」


 何度間違われてもいい。きっと、戻ってきたら、あの声で「レイラ」と呼んでくれる。抱き締めてくれる。


「僕はあんだけ好きだったのに!」


「…………こっちの身にもなれって」


 別に嫉妬なんて。嫉妬なんてしていない。強がりじゃない。本心。だけれども、ちょっとだけ羨ましいとは思う。こうやって、狂った果てにまで覚えていられる存在であることが。


「何がっ!いけないんだよぉ!俺の!どこが!」


「そうやって狂ってるフリをしているところじゃない?本当は制御出来るんだろ」


 出来るはず。出来て。出来る。そこから、「出来た」に繋がるように祈って、彼女は強い言葉を投げかけた。

 それに少しの反応を見せたレヴィは、再び頭を抱え、涙を流しながら呟いた。


「……制御……せいぎ……よ。僕は……」


「レヴィ・ルーナ」


 レヴィ。誰からも愛されるはずだった、なんて言わせない。誰からも恨まれる存在になった、なんて言わせない。絶対、彼を成功に導く。その決意を胸に、レイラは深呼吸をしてレヴィに向き合った。


「ねん……齢は……十……」


「十八歳。そろそろ誕生日でしたよね。帰ったらパーティーの支度をしましょう」


 今日は十四日。戻ってくれば、誕生日祝いさえ出来る。初めて、リリィとレイラを交え、三人の愛する少女に囲まれた誕生日会を決行することが出来るのだ。


「こんなに……思ってくれてた……アリス……」


「だからレイラですよ。貴女に救われたたった一つの命……ボク……私、すっごく感謝してるんですよ?貴方の名前を聞いた時、どれだけ会いたいと思ったか。どれだけ感謝を伝えたかったか」


 その当時は、何の記憶も残っていない。故にあやふやな過去ではあるが、育ての親が確かに言っていた。「お前を拾ってくれたのは、この国を統治するお方、レヴィ様だよ」と。それからというもの、執念のように毎日レヴィを探し回った。ある時は権能を使って王宮に忍び込み、ある時はメイドに扮装して接近しようとした。だが、彼は現れなかった。今思い返してみれば、その当時は何やら大きな出来事があったらしく、彼はそこにいなかったらしい。

 そんな、自分にとっては神にも等しい存在であるレヴィが、今目の前にいること。それだけでもう奇跡と呼べる。だからこそ、絶対に。


「レイ……ら?」


「そうです。レイラ・ラファティーです。貴方のことを世界一愛している女の子ですよ」


 これだけは定評がある。あれだけ固執していたアリスでさえ、恐れを為す程の執着心。一見さっぱりしているが、そのねちっこさはアリスをも超越している。

 そんな彼女から逃れることなど、もはや不可能のはず、だったのに。


「……アリスは?」


「……またそれですか。全く、仕方の無い人ですね。あの人も貴方のことが大好きですよ。そうやって、迷う必要もないんです。好きな人を選んだらいい。勿論、第二候補第三候補は必要ですけどね」


 あくまで自分のことは諦めて欲しくないと厚かましいレイラだが、これも一種の愛の形。愛さえあれば、何でも解決する。そう信じた。何故ならレイラはいつもそうだったからだ。愛があれば救われる。愛する人がいれば、どんな辛いことでも乗り越えられる。そう、宗教じみた考えさえ持つようになった。だから今回のレヴィの奪還も、愛でどうにかしようと試みた。


「うぅ……んぅうううむ……」


「だから、戻ってきてください。ボク達がずっと愛してますから」


 意外と好感触だ。こうやって苦悶した後、彼は元の意識を取り戻すのだ。それが定番。テンプレ。何もかもが上手くいく道だ。

 見れば、逃げ遅れた人達もだいぶと逃げ仰せた様子だ。このまま、レヴィが元通りにさえなれば、全ては丸く収まる。最後の一押しだ。


「愛……?……」


「ね?だから、帰りま──」


 喋っている最中には気付かなかったのか、それとも今、この瞬間に突き刺さったのか、どちらでもなく一瞬で突き、抜きをしたのか。何にせよ、もう事は終わったと思っても同然だ。腹から吹き出す大量の鮮血と、痛みと共に感じられる今まで感じた中での最高温度が腹の中に渦巻く。


「なん…………」


「リイラ……君の所為で僕は……」


「……れ、レイラ……だし……」


 確かに似てはいるが、そこを間違えては本末転倒もいいところだ。

 それよりも浮かんでくるのは。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。


「…………」


「……な……なんっで!こんなに!思い通りに!いかねぇんだよクソがァっ!」


 全てが上手くいかない。

 全てが不条理に動き始める。

 事の起承転結、全てが悪い方向に進んでいるようにも感じる。


 黙ったまま、レヴィは冷淡な目をレイラに向けている。その目は何も言うことはなく、沈黙の一言だ。対するレイラは目で強く訴えかける。さっさと死んでしまえたらいいのに。

 

「レ……イラ?」


 突然。偶然にもそこに居合わせた女が、女にしては低い声で言葉を零す。消えかけのそれは、しっかりとレイラの耳に届きそして掻き消えた。


 今、このタイミングで姉リイラが現れたことに憤怒したレイラ。タイミングもクソもないこの事態に、憤怒以外の色々な感情が蠢いてしまう。

 ──なんでここに?それよりも早く逃げないと、このままじゃ二人とも殺されて。いや、殺されていいのか。リイラなんだから、別に死んだって。


「っ!?……く……くそ姉貴がァっ!」


「なんで……?」


 「なんで」。何に対しての言葉なのか、レイラには皆目、見当もつかない。だが、唯一言えることが一つあった。

 もう、終わったと。


「あぁ、アリス」


「リイラだけど……ちょ、レイラ?」


「……レ……?リ……?」


 頭の中での言語検出の機能がぶっ壊れているのか何だかで、周りの人間の存在が完璧にすり変わってしまっているらしい。故に、レイラをリイラと勘違いし、憎悪を当て付けるために剣で突いた。が、当の本人リイラが現れたことにより、彼の頭はパニック状態に陥っている。


「レイラ!ちょ……お前……」


 腹を抑え、血の滴るそこを見つめてリイラは言葉を零す。心配。その一言に尽きる感情も、すぐにレイラの怒りに流されてしまう。

 一目見るだけですぐに分かる。一目瞭然とはこういうことを言うのだろう。怒り。憤怒。憤り。何とでも言える。ただ一つ分かることは、彼女は決して自分を許してはくれない。


「……く……そが!何でっテメェの所為でレヴィ様が傷付かねぇといけねぇんだよ!」


「…………知って?」


「し……知らねぇわけねえだろうが!あんなにデケェ声上げやがって!お前の所為でアイツとレヴィ様が!」


 レイラは知っていた。彼らが。否、リイラが過ちを犯してしまったことを。勿論、レイラの中ではレヴィは何にも悪くない。悪いのは一方的にリイラの方。性欲、衝動に体を委ねるなど、猿と同然だ。

 レイラの眉間に力が加わり、彼女の心情の波がより露になる。


「……ごめん……」


「謝って……済む話じゃ、ねえんだよっ」


 息も絶え絶えのレイラ。

 レッカを即刻、死に追いやったレヴィが彼女を即殺しないのにも理由があった。

 まだ彼の意識は潜在中だ。まだ下の方で必死に抗っているが、重要な岩盤はなかなか砕けない。今頃、思ってしまう。「あの時ヴェリュルスの言うことを聞いていればよかった」と。


「レイラ……聞いて欲しいことがある」


「……もう、遅せぇ、よ……」


 ボロボロと涙を零し、レイラは憎むべきリイラを見てコロコロと表情を変える。ある時は姉に対する尊敬の眼差し。今は憎い姉への嫌悪感。そして最後に全てが上手くいかなかったことへの怒り。

 そんな表情を浮かべたところで、それを伺ったレヴィが元に戻るはずもなく、リイラの過ちが消えることもなく、そしてレイラの思い通りにいくことも微塵もない。


「私は……」


 リイラも妹の涙に誘われたのか、同じように涙を流しながら言った。


「お前が好きだったよ」


「ぁ……」


 その言葉を最後に耳にし、レイラは深い深い闇の中に落ちていった。

 それはまるで世界最高級の布団に埋もれた感覚。

 それはまるで世界最大級の愛に埋もれた感覚。

 それはまるで、世界最大級の悲しみ、孤独に襲われた感覚。

 嫌とは言えず、言いたくもなく、しかし気分は悪い。しかし良い。なんだか不思議な感情に苛まれながら、レイラは死という眠りに着いた。


「……ごめんな二人とも。私が全部悪いんだ。んなことは分かってる。でもさ、いや、だからかな。アンタを元に戻すのも私の役割だと思う」


「あう……」


 苦悶は続いているようだ。未だレヴィはリイラに照準を合わさず、頻りに頭を掻いている。どこかの国での薬の実験。そこでの拒絶反応に良く似た行動だ。


「だから、な。帰ろう」


「……」


 Noと受け取っていいものか、それともYesなのか。どちらにせよ、今の状態で帰すことは出来ない。

 リイラはこういう時の対処法を仰望師団の仲間から聞いていた。大抵、邪精霊と本人との行き違いが生じた場合は──。


「一発ぶち込む」


 それだけで戻ってくるはずだ。

 逆に言えば、「それだけ」をする為に必要な勇気度数が半端じゃなく高い。これがただの親友とかならまだ良いが、目の前に対峙する男はこの国を統治することになる男だ。油断は出来ない。

 実際、そこで倒れ伏して息を絶やしている実の妹が殺られた。その事実がひっくり返りでもしない限り、リイラがレヴィに勝つ、という未来は希薄だ。


「剣、落下」


 不意に、レヴィが玲瓏に言った。

 聞き取るという反応よりも、第六感の反射が働いたリイラ。結果、彼女は運良く頭上から降り注いだ無数の剣を避けることが出来た。


「っぶね……じゃあ私もいくぞ」


 そう言い、言葉だけをその空間に残した。体はもうそこには在らず、レヴィの背後に位置する。予め用意しておいた不可視の剣をレヴィに振り翳す。

 大きく横に振り切ったその不可視の剣は、レヴィの腹、空を切るはずだった。


「今のを避けた!?」


 それは間違っていた。避けたのではなく、リイラと同じ行動を起こしただけに過ぎない。つまるところ、レヴィは権能を駆使し、リイラの背後に回った。その直後、膝で彼女の背中を砕き、戦闘不能状態にまで陥らせた。


「っ……」


 全くと言ってもいい程動けなくなったリイラを他所に、レヴィはレイラの死肉を漁り始めた。

 その情景を横目に見ながら、霧のかかった意識の中でリイラは悟った。「死ぬ」。

 これまで、親孝行。もしくは人の為になることをしてこられたか。陽喰を授かるまでに上り詰め、その後仰望師団に入るまでに落ちぶれた自分。

 思えば、陽喰を授かった人間が先日まで剣が全くだった人間に負けるものなのか。


「……」


 理由は簡単だ。彼の方が権能に関しては一枚上だった。ただそれだけ。使える権能の数も多く、恐らくこの二日、三日で鍛錬に鍛錬を重ねたのだろう。そりゃあもう勝てる見込みなどなかった。

 段々と霞んでいく視界の先に、過ちを犯した相手がいる。涙に濡れた顔を更に涙で濡らしながら、彼女の意識は死に喰われた。

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