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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第三章 戦骸
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51話 黒幕の

 二つの塔。その内の一本が競技場内に聳えている。もう片方の塔は、競技場をぐるっと囲んだ客席の、丁度今アリスが歩いているところの反対側に聳え立つ。

 塔の二本並んだその直線上を、アリス一行は歩いていた。ふと、こんな言葉をアリスが零した。


「ニホンって知ってます?」


「に、ニホン?何本とかの?」


 レイラが反応し、答えたのは「一本二本」のニホンだ。それはそれで間違いではないのだが、アリスが言いたいのはそういうことではないらしく、彼女は首をううんと振った。

 アリスは指を顎に押し当て、可愛らしいと言われる仕草で考え込んだ。


「いえ……地名らしいのですが……」


「それがどうかしたの?」


「いえ……さっき、席を聞かれた時に、言葉に訛りのような何かがあったので、出身を聞いてみたら、ニホンって……」


 それはつい先程の出来事だった。アリス一行がこの競技場に着き、連れの女の子達が皆トイレに行った時、彼女は二人の少年少女に声をかけられた。最初はナンパかとも思われたが、彼らの慌てぶり、何より少女を連れているという事実から、その疑念は晴れた。

 彼らが聞きたいのは、何やら「イセカイ」についてのことらしかったが、語尾が「やねん」だったり「やから」だったりして、アリスにはさっぱりだったのである。


 訛りがあまりにも酷いため、彼女は問うた。出身はどこなのか、と。帰ってきた返答は、聞き覚えのない地名だった。「ニホン」それも、「オオサカ」という所らしい。──十数年人間をやっているアリスでも、そんな地名は初耳だった。


「ニホン……それは都市の名前なの?」


「分かりません。全く、何を話しているのかも曖昧で……」


 気がかりなのは、彼らの焦り様。彼らの心情を察するに、それはまるで自分が死んだのを認められない程の衝撃だったはずだ。冷や汗がとめどなく溢れ、体はわなわなと震え、目を見開いた二人は、本物の幽霊のようにゆらっとどこかへ歩いて行った。


「なら気にすることはないんじゃない?適当に流しとけばいいよ」


「ですかね……」


 やはり、アリスのように考え過ぎる性格はあまり運気が上がらないのだろう。レイラ程適当な性格の方が、人生は生きやすいはずだ。──思ってみれば、アリスも昔は適当な性格だったはず。最近、心の余裕が無くなってきているのは何故なのか。


「それより、ジュースを貰ってきたいんだけど、どこに売ってるかな?」


「子供……」


 そう呟き、レイラが肩をビクッと跳ねさせる。まぁ良かろう。まだ彼女は十一歳だ。もうそろそろ十二歳だが、それでもまだ子供の内だ。体も心も成長しきってはいないのだから、ジュース。アリスなら紅茶を選ぶだろう。


「う、うるさいな!」


「あっち側の塔の根本にいますよ。売り子が」


 アリスが指さしたのは、真ん中の塔を挟んだもう片側の塔。茶色のような、レンガ色に聳え立つその塔は、「ガル」と呼ばれているらしい。由来はきっと適当。ちなみに真ん中の塔は「エル」だ。

 入場門はガルの近くだった為、アリスはちゃんと見ていた。可愛らしい服装の売り子が、ジュースやら紅茶やらを売っているのを。


「お、女の人だよね?」


「……なんでです?」


「男の人怖い……」


「……だから男装ですか。なるほど理解しました」


 レイラの性癖か何かかと思っていた男装は、男の人の目から自分を守る正当防衛に位置するものと分かった。が、これは彼女をいじめる時に役に立ちそうな事案だ。例えば、何かやらかしたら衛兵達を彼女の部屋に呼び込む、等々。


「ぅ……なんか弱みを握られた気分……」


「いいからさっさと行ってきたらどうです?」


「なんでそんなに追い出そうとするんだよ……まぁ行ってくるけど」


 追い出そうとはしていないが、それなりにうるさい相手なのは間違いない。今は少し心を落ち着かせ、いつもは取れない休息を取るべきだと、自分でも思う。


「気を付けてくださいね」


「はいはい」


 面倒くさそうに手をヒラヒラとし、レイラは人混みの最中に消えていった。年端もいかない少女が、あんな男性ばかりの人混みの中に入っていっていいものか、それは彼女の気持ちに関わらず心配ではあるが、権能さえあれば命に及ぶ心配事にはならないだろう。


「……私も随分丸くなりましたね……って、こんな独り言、昔はしなかったのにな……」


 昔から幾分か変わってしまった自分を見つめ直し、アリスは呟いた。あの頃の自分なら、彼女に声をかけることすらせず、無視の一択だったはずだからだ。


「ち、ちょっと。何です?貴方達……」


「いいじゃんか姉ちゃん!ちょっと遊ぼうぜ!」


 ふと、声が聞こえた。透き通るような、風鈴のような。風鈴程耳に響く嫌な音ではないが、それでも数十メートル離れたアリスに届くくらいの声量はあった。

 リリィだ。人混みの向こう側で、トイレから戻る途中の彼女が声をかけられているのは、ガタイのいい男二人組。見るからにいやらしい表情だ。


「あ、遊ぶ?な、なんでスカート捲ってるんですか?恥ずかしいんですけど……」


「あ?この女、抵抗しねーぞ?」


 親の育て方も相まって、彼女は羞恥心が育ちきっていない。普通の女子ならばビンタするような場面でも、彼女は抵抗一つせずにスカートを捲られている。まず、その行為になんの意味があるのかも分からないが、男達は不審そうな目付きで彼女を睨んだ。──睨みたいのはこっちの方だ。


「やっていいってことだろ。さっさと裏に連れてけよ」


「わーってるよ」


 リリィの腕を強く掴み、強引に引っ張っていこうとするが、無意識に発動した強化魔法が体に張られ、彼女の爪先二本で男達は音を上げた。とは言っても、男達はレヴィのように魔法が使えないわけではない。彼らもまた、強化魔法をかけるや否や、再びリリィを引っ張り始めた。


「え?ちょ……どこに行くんです?何して遊ぶんです?」


「あー……あれだ、子供の遊び相手してほしいんだよ」


「全部聞こえてるっての……です」


 見え透いた嘘。それに騙されないリリィの純白、純潔そのものの性格。それらにため息をつきながら、アリスは三人に歩み寄った。


「ほ、ほらバレたじゃねえか!おめぇがさっさとやらねえから!」


「いいじゃねえかこいつも混ぜたら。お前の相手も増えるぜ?」


 片方の男は焦り、リリィの腕を掴む握力に力が入る。その手は汗に塗れている。一方もう一人の男は、焦りなど全くないといった様子で、終いにはアリスまで混ぜようと言い出した。末期だ。


「ごちゃごちゃ言わないで貰えますかね……ていうか、私が誰だかまだ分かっていないようで」


「……知らねぇよ」


「アリス、この人達は遊ぼうとしてるだけだから気にしなくて……」


 相変わらず純真なリリィは、もっと世の穢れを知るべきなのだ。と、こんな説教はなしにしても、世に知れ渡った「魔女」の顔を知らないとは如何程の馬鹿なのだろうか。──そんな野暮は言えない。あれだけ有名になったレヴィの顔ですら、まだ知り得ない人は存在しているのだ。ましてや魔女。畏れられる存在の顔を、わざわざ記憶しようとは思わないだろう。


「貴女は純粋過ぎるんですよ。もっと汚れなさい」


「何言ってんだこの女……?」


「魔女ですよ。例の魔女です」


 その言葉に、冷静だったはずの男の表情が一変する。冷や汗を流し、顎が凍えたように震えている。が、彼の眼光は鋭いまま、アリスを射抜いている。


「ま、魔女!?……なんて驚かねえからな。魔法適正が全世界トップでそんな美人だったらこの世界の秩序は乱れまくってる」


 なんと嬉しいことを言ってくれる男なのか。もしくは、これがナンパの鉄則の一つだとでも言うのだろうか。それならば、ナンパされるのも悪いことではないとも思える。

 が、今大切なのは、まさに今ナンパされかけているリリィを助けることだ。それを遂行するには──。


「はぁ……実力行使しかないんですか?」


「あ──?」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「……よかったんですか?あんなにコテンパンにして……」


 彼女の、いや、彼らの負け様には目を見張るものがある。筋肉隆々で強化魔法をかければ、いくらアリスといえど秒殺とまではいかない。が、何を油断したのか、それともアリスが速すぎたのか、男二人は一瞬で弾け飛んだ。勿論、血肉が四散した、なんてことはない。人間の形を保ったまま、彼らは目的地の路地裏に落下した。

 アリスの気配りもあってか、彼らが落下時に死ぬようなことは起きなかった。男達からすれば、不幸中の幸いである。


「いいんですよ、あんな輩。貴女は下手したら殺されるところだったんですから」


「……そんなに治安悪かったでしたっけ?」


 何も知らないリリィからすれば、アリスの予想通りの動きを男がするとなれば、死ぬと同等の傷をつけられることになる。せめてレヴィになら、捧げても良いのではと思うが──。

 ふと、「第三候補」のことを考えた。というより、頭に浮かんだ。


「……レイラさん遅いですね」


「無視……」


「あ、アリシアさ〜ん!」


 噂をするや否や、幼い少女の声がアリスの耳に入る。その声色からして、恐らくまた男に絡まれてるか、ジュースが見当たらなかったか。

 と思ったが、それらはまるで外れており、アリスは落胆を隠しきれない様子でレイラから目を逸らした。


「……アリス、呼んでますよ」


「どう見ても危機じゃないでしょうに」


 だって──。


「アリシアさんっ!助けてっ!」


「……」


「この席はどこにあるんでしょうか?」


「ひいぇえっ!」


 温厚そうな若い男性が、レイラに道を尋ねている。見るからに草食系男子なその男性は、見た限りレイラに危害を加えるような邪な態度は見せていない。あるいは、そういう手口なのかもしれないが。

 先程のレイラの発言と、今の彼女の態度を見るに、男性が苦手というのは本当のことらしい。嘘をつく理由が見当たらないのも、理由の一つにはなり得るが、何より彼女の顔だ。今にも泣き出しそうに──泣き出した。


「はぁ……リリィさん。少し待っていてください。先に席に」


「はーい」


 リリィは何のことやら分からない為、そこまで執着することなくその場を去った。

 全く、この亜喰戦争の開催前ですらこんなにハプニングが大量発生しているのに、いざ開催ともなればどうなってしまうことやら。先が思いやられる。


「で、ですから、四十番席は……」


「あそこですよ。向こう側です」


 再び、ガルを指差し、その根本に彼の席があることを伝える。レイラはへなへなとその場に座り込み、意気消沈している様子だ。

 男性は、長年の病が消え去ったように、大袈裟に喜ぶ素振りを見せた。


「お連れの方ですか?ありがとうございます!」


 どれ程迷っていたのか、彼はスキップでガルの方へ向かって行った。そんな男性を横目に流しながら、涙で濡れたレイラは、伸ばされたアリスの手を掴んで起き上がった。

 しかし、まだ腰は抜かしているようで、彼女は膝をガクガクと震わせながらアリスの腕を掴んでいる。


「あ……ありがとう……腰抜けるかと思った……」


「……なんでレヴィ君は大丈夫なのに他はダメなんです?」


 それが最大の問題点だ。まぁ、答えはほぼほぼ分かっているのだが。だってレヴィは優しい。他の男の人とは別人。別種だと言える程までに違った、異質な存在だから。良い意味で。


「あの人の目は……なんか優しいから」


 ほら当たりだ。レヴィに触れた女子ならば、誰もが答えられる程の基本中の基本だ。それにしても、あんな草食系男子でも怯えてしまう程なのに、彼女は男性と行動を共にしたことも、退治したこともあった。その時の彼女には、恐れなどは感じられなかったが。


「……じゃあカルヴィンとか、仰望師団の連中は?」


「あいつらは性別無しだし、女として見れば大丈夫だよ?」


 仰望師団の連中には性別がない。その事実に、アリスは何とか反論を考え出そうとしたが、咄嗟にそんなことは出来ない。

 彼女の言い分が正確なのだとしたら、要するに性別の壁を超えた、ある意味素晴らしい世界が出来上がるのでは。と、アリスは考えた。自分もそうなってしまえば、異常なまでのこのレヴィへの執着心も払いきれるのに。

 別に、レヴィを嫌いたいわけじゃない。むしろ、前の一件で余計に愛を痛感した。が、それが執着心、癒着心に翻弄されることが、たまらなく許せないのだ。


「あんな人でもズボン捲ったら象が出てきますよ……」


「……おえ」


 やっと思いついた返答。レイラは気分を害したようで、戻すような仕草をしながらアリスの腕を更にギュッと掴んだ。


「もう分かりましたから席に座りましょう」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「亜喰戦争って初めてなんですけど、どんな風なんですか?」


 ふと、アリスがリリィに尋ねた。勿論、生まれてからずっと仰望師団に囚われていたレイラがその内訳を知るはずもなく、アリスもまた、他の有名な戦争に出はからい、その所為で亜喰を授かった。更にその所為で、アリスが生きている間は亜喰戦争が行われないかとも思われた。だが、イレギュラーな存在がそれをぶち壊しにし、アリスをここへ誘ったのだ。


 彼女が亜喰を授かっていた故に、亜喰戦争は勃発しなかった。ということは、前回の亜喰はアリスが物心付く少し前。リリィも同世代故に、彼女が幼い頃である。


「始まり方はシンプルですよ。アナウンスも何も無しに、突然門から放たれた両者が決闘を始めるんです」


「なんか……野蛮ですね。そんな勲章を私は授かってたんですか……」


 悪態をつきながら、アリスは顔に手を当てる。高潔だったはずの亜喰の印象はバラバラと崩れ、いつしか「野蛮」という文字が彼女の脳内を蔓延るようになった。

 と、考えているうちにそれは始まった。門が、ゆっくりと開く。


「まぁ、決着はコンマで着きますけどね。ほら、今始まって、今終わりました」


 物凄い衝撃波──は飛び散らないが、それなりに砂埃を上げ、ぶつかった二人の様子はまるで不可視だ。次第にその砂埃も晴れ、互いの姿が目に入る。一方は倒れ、一方は上からそれを見下ろしている。両方共、剣などは持っていない。


「片方が倒れながら手を挙げてますね。それも血塗れで」


 剣を持たずして、相手に血を纏わせる程の戦闘力。如何程だろうか。流石のアリスも、魔法、剣無しではそんなこと叶わない。むしろ、彼女がやられる方かもしれない。


「普段はもっと血が飛び交うので、まだこれでも穏やかな方ですよ。半年間のレヴィ様政治のおかげで、国民の心の波も穏やかになったんですかね」


「……だといいんですけど」


 レヴィ政治。とはいっても、彼が行方不明な所為で半年しかもたなかった政治だ。レヴィ政治と、名前がつく程に有名になった政治だが、特別なことは何もしていない。むしろ、これ以前の政治が腐っていたのだと言える。アリスもまた、彼の政治、統治力を褒め、レヴィへの愛情は増すばかりであった。


「また来た」


「っと、これはこれは、アリシア様」


 アリスの前を通り過ぎようとして、数人の男女がその場で立ち止まる。彼女に声をかけたのは、一番前。先導しているのであろう統員で、初老の白髪混じりの男だ。


「統員……」


「私達にも名前はございますが……名乗っても呼んではくれなさそうですね」


「今回の亜喰を開催したのは貴方達の権限ですか?」


 そうでなければ、おかしい点が目立ち過ぎる。これを開催したのが統員、彼らでなければ、それこそこの国はまずいことになる。──具体的にいえば、破滅の一途を辿るであろう。ということだ。


「……亜喰は必ず継承されなければいけないもの。勝手に途絶えさせるのも気が引けますし、何よりこれまでも我々統員がこれを開催してきました。これまで通りです」


「そうですか、何なら私達に任せてもらっても構いませんでしたが?」


 それこそ王の側近である我々の仕事でありましょう、と付け加え、アリスは統員の男を睨む。それに怖気付くこともなく、統員の一人。後ろの方に佇んでいた、それも初老の女がアリスに気を遣うような態度で話しかけてくる。


「髪色の変化。口調の多少の変化。そして従者の増加。そんなこんなで多忙なアリシア様に、これ以上負担はかけられますまい」


 白髪になった頭髪と、目の下に出来た小さな隈。そして周りの席をぐるっと囲んでいる従者の多さ。それを見て、女は言う。が、むしろそうなっている状況だからこそ、目の前の嫌味ったらしい男女に任せては、威厳が損なわれる気がしてならない。


「正確にはレヴィ君の従者ですけどね。レヴィ君のことについてはどこまで?」


「何も知り得ていません。聞きたいのは山々ですが、その表情からすれば、踏み込まない方が良いのでしょう」


「ご名答ですね。流石統員、察しが良くて結構です。それでは、一応私もこういうのが見たい年頃なので退いてくれます?」


 統員らがバリケードになって、砂埃しか見えない競技場。そこでは恐らく、アリスでさえ勝てるかどうかギリギリな猛者達が闘っているのだろう。自分が何歳かも分からないアリスだが、血の気が多いのは自分でも分かっている。


「正直に仰りますね。分かりました。それではまた今度、王城で会いましょ──」


 最初に話した初老の男性が──と言うよりも、彼の、だ。

 愛想笑いに歪んでいた口元、いやらしい三日月形の目、何から何までが飛び散り、アリスの顔に付着する。中には、彼の臓器と思しきものでさえ。レイラは冷静に目の前に着地したものを見つめ、歓喜の表情を浮かべた。リリィは恐ろしさのあまり、顔が強ばったまま失禁している。


「…………」


「……男はやっぱ不味いな」


 アリスは、目の前にいた黒い男を、逆光ながらもしっかりと見ていた。表情、体付き、まず体の構造から変わっているその青年を見つめ、ただ一つ。何の思いもなしに呟いた。


「レ…………」

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