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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第三章 戦骸
54/205

50話 秘密の漏洩

「............」


 手が止まっている。アリスは、ただ彼のことを考えていた。

 目の前には大量の仕事の山、手が止まるのも仕方ない。悪いことではないのだが、それは明日までに仕上げなければいけない仕事だ。故に、


「アリス?」


「ん?あぁ、手が止まってましたね」


 声がかかり、おもむろに顔を上げるアリス。彼女に歩み寄り、彼女の座する前の机に腰掛けるリリィ。少し行儀が悪ければ、すかさず注意に走るアリスでも、今回ばかりは何も言わない。そうしていられる心の余裕がなかった。


「レヴィ様のことが気になるのは......皆一緒です」


「はい......」


 レヴィとアリスが別れた日から、二日が経とうとしていた。別れた同日の夜十二時頃、アリスとリリィは彼を探しに二人であの洞窟へ向かった。だが、時は既に遅し。彼の姿はなく、レッカ元いフレイの姿も、跡形もなかった。

 レッカが場所を変えてレヴィを痛めつけているのか、それともレヴィが別の場所でレッカを倒したのか。どちらにせよ、まだレヴィは生きているはず、というのが二人の見解である。


 突然、トントンと、優しいノック音が響く。部屋が大きいから余計にだ。

 「失礼します」も何もなく、滑り込むように入ってきた女は、アリスに足早に歩み寄り、申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「......アリシア様」


「何ですか?スティラさん」


 スティラ。リイラの幼馴染み、親友であり、この屋敷ではなかなか高い地位にいるメイドの一人である。その用とは──もう分かりきったことではあるが、彼女がそれをする必要はない。


「......私の......私の幼馴染みが変なことするから......レヴィ様とアリシア様は......」


 目に涙を溜めながら、自分の親友、幼馴染みのしてしまったことへの謝罪を、アリスに届ける。勿論、アリスは全てが全て彼女の所為だとは思っていない。だが、憤りを多少感じるのは嘘じゃない。


「大丈夫ですよ。あれは私達二人の問題です。それに、まだ正式にプロポーズなんてされてないんですし......まだ、そんな関係じゃなかったからよかったです」


 悲しそうな顔になり、俯くアリス。

 そう、まだ「好き」としか言われていないし、「付き合って」とも言われていない。勿論、「結婚してくれ」なんてプロポーズもまだだし、まだまだ恋の序盤にいる感じだ。そんな彼女らの関係を親友が壊した程度で、謝るなんて人が良すぎるのではないか。


「でも......私は気付いていたんです。リイラがレヴィ様のことを少しでも気にかけていたことを......」


「............」


 それはレヴィが目覚めた日のこと。レイラが彼に気があると知り、更にその他に二人も恋人候補がいる、という状況に惚れ、極めつけにヴェリュルスのいらん発言で完全に虜になってしまった。

 その心情の変化は、明らかに分かるものだった。リリィも、勿論実妹のレイラも、鈍感なアリスでさえ気付く程。

 そんなに明らかな変化を見せつけておきながら、よくまぁ秋まで我慢できたな、とアリスも感心の一言だ。


「だから、止められたはずなんです。あの子は子供並に衝動的だし、一度決めたことは遣り遂げるタイプだから......危険だと分かっていたのに......」


 リイラ。彼女の行動力には目を見張るものがある。有言実行にも程があり、思い切りも良い。実際、アリスの首もすぐに断てた。いけないことではあったが、レヴィを寝取ろうともした。

 これ程までに鬱陶しい相手は、アリスも初めてだ。


 親友の失態に、涙を流して謝罪するスティラ。


「......泣かないでください。私やリリィさんが何とかしますよ。そう落ち込まないでください」


 そう、決してまだ諦めたわけではない。その気持ちが、例えただの依存だったとしても、それを共有してくれる仲間が、軌道修正してくれる仲間がいる。見方によっては敵だが、それでも良きライバル達だ。何とかして見せる。

 そんな強気な言葉を頭の中に並べ、彼女は笑顔に切り替わる。


「......すみませんでした......」


 その気概に、畏れを抱きながらも彼女らの気持ちを察したスティラ。目の前には、「やるぞ」とばかりに笑顔で勇敢な表情の先輩達がいる。自分も負けていられない。それだけを思い、彼女は礼をして退室した。

 扉がゆっくりと閉まると、アリスは再び仕事の山に目を向ける。


「それにしても......イヴァン様はこれだけの仕事をこなしていたんですね......レヴィ様も、顔色一つ変えずにこんな仕事を遣り遂げて、それでまだメイド達の面倒を見ていたなんて......」


 同じように山に目を向けたリリィは呟く。イヴァンの化け物っぷりが目に見えて分かる程、仕事は大量だ。これを一日で整理し、また次の日にそれをこなすという忍耐力は、そうそう身につかないだろう。

 それはレヴィも同じで、彼もまた目の前にある仕事を一日、いや、半日で仕上げてしまう化け物だった。


 それに加え、メイドとの多少の戯れ。更にメイドや衛兵の手伝いまでこなしていた。メイド達が世話をされていないといえば嘘である。


「メイド達の面倒......私達がお世話されていたのかもしれませんね」


 手伝いの内訳も、なかなか酷いものだ。

 まず、廊下の拭き掃除、掃き掃除。次に窓拭き、庭の雑草抜き、屋敷の廃部の修復。これに関しては毎回レヴィが行っていた。メイド達がやることと言えば、前半と部屋の掃除くらい。まぁ、屋敷は広いからなかなか時間はかかるのだが。


 掃除が終わると、メイド達は一旦休憩に入る。彼女らが休憩中にすることと言えば、ほぼ一つに限られる。「恋バナ」だ。レヴィに好意を持っているメイドは数知れず。まぁ、魔女と畏れられるメイド長が好き合っているのだから、手を出すものはいない。ただ話すだけ。リイラを除けば。


 それを置いておいても、アリスやリリィ、レイラは休憩中にレヴィといちゃいちゃしている。疲労困憊状態の、体力の少ないリリィにとってはこれが生き甲斐の一つでもある。


「かもです。ふふっ、でも、アリスなら出来るでしょう?これくらいの量なら」


 「魔女だから」と付け加え、アリスにそう言うリリィだが、彼女はアリスのことをこれっぽっちも理解していない。

 流石のアリスでも、手際の良さはレヴィには敵いっこない。頭の良さも敵わない。

 少々買い被りすぎている。


「いくら魔女とは言われても、脳のキャパシティは人とあまり変わらない。ですから、私でさえも頭脳ではレヴィ君に叶わないんです。だからこれも......こなせるかどうか......」


「レイラさんはどうです?」


 珍しく後ろ向きなアリスに小首を傾げながら、レイラを候補に入れるリリィ。またしても彼女はアリスを分かっていない。


「......あの子はダメです」


「リイラさんの妹だから?」


 真っ先に思い浮かぶ原因はそれだ。レイラ自身は何もしていないが、関連付けることは出来る。だが、それは流石に冤罪が過ぎる。実妹だからといって、罪を同じように背負わせるのは荷が重すぎる。


「あの子はまだそれのことを知りません。それに、違いますよ。あの子は......馬鹿なので」


 きっぱりと言ってやった、とばかりにドヤ顔なアリス。

 恐ろしい程、容易く本心を口にする彼女の恐ろしさは底知れない。男子からすれば、これ程恐ろしい女性はいないと見えるだろう。レヴィを除けばの話だが。彼は彼女のこんなところも「好きと思い込んでいた」らしい。


「単刀直入に言いますね」


「でしょう?私の自慢です」


 ドヤ顔にドヤ顔を重ね、リリィに向き合うアリスだが、彼女の顔には多少の迷い、動揺が見られる。恐らくレヴィのことを考えたから、であろう。


「......じゃあ、始めましょうか」


 そう言って、机上から降りたリリィは、自分専用の机に向き合い、椅子に座る。目の前にはアリスと同じように仕事の山。リリィの仕事は、大概が頭を使わないものだ。

 とは言っても、リリィはそこまで馬鹿ではない。王家側近で育ってきて、勿論将来はレヴィの妻になる予定だった身なのだから、それなりに勉学には励んできた。が、流石のバケモノアリスには敵わない。故に、効率を重視して、アリスが頭を使うもの。リリィが淡々と処理するだけのもの、に分けたのである。

 ──その分別だけで一時間半程かかったのは失態、考えてもみなかった。


「......やっぱり連れてきてください。レイラさんを」


 リリィが椅子に座るや否や、アリスはそう声をかける。リリィが驚いた表情を浮かべ、その後すぐにため息をつく。

 どうせ使うなら早めに言っておいてほしいものだ。こうやって行動を起こした後に使いに回されるのは良い気ではない。


「何でいきなり......?」


「権能でレヴィ君について何か分かるかもしれない......し?」


 最後の溜めが何かは悟れないが、リリィは承諾の意を評す。


「なるほどです。じゃあ呼んできますね」


 椅子を引き、立ち上がったリリィに「すみません」と一言だけ伝えると、アリスは仕事に打ち込もうと一念発起した。一度決心したアリスの意思は固く、手捌きはより激しく、速くなっていった。

 その様子を笑顔で見つめたリリィは、「仕方ありませんね」とだけ呟き、部屋を後にした。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「......レイラさんいるのかな?」


 レイラの部屋の前まで来たリリィは、その長過ぎる道のりを振り返って眺めた。廊下は静かに光沢を輝かせて、リリィに「早く入れ」と急かし立てているようにも見える。

 「分かってますよ」と心で呟き、リリィは目の前の扉をノックした。


「レイラさん、入りますよ?」


「ふぇっ!?ち、ちょっと待って!?」


 扉の奥でゴソゴソという音と共に、レイラの叫び声のような、不意を突かれた声が響く。

 特別、変なことはしていない。ただノックをして、「入ります」と宣言しただけ。純粋なリリィは扉の奥で、ませたレイラが何をしているのか察せないまま、扉を開けてしまった。


「な、何でです?入りますよ?」


「待ってぇっ!」


 叫喚が響き、リリィは肩をビクつかせながら扉を押した。ゆっくりでもなく、速くもなく、扉がその向こう側の景色を段々と映し出す。

 そこには、ベッドの上で仰向けになって、上半身は服を着ているが下半身パンツ一丁の、女子としてあられもない姿があった。


「......?」


「............」


 何が起きているのか分からずに、小首を傾げてそのままフリーズするリリィ。彼女は本当に何も知らない。それもそう、そういったものに触れたことがないし、まずここに来るまでにそういったものに興味を覚えたことはないからだ。

 対して顔をトマトにしてフリーズしているレイラ。辛うじて唾を飲み込み、その後の行く末を虚ろな目で見守る。彼女は自分でそういうことを発見した、世にも珍しいタイプの女の子だ。世に言う、「ませてる」というやつだ。


「............」


「な、何か言ってよっ!」


 沈黙に耐えきれず、大きな声を上げるレイラ。この叫び声が、後の心に物凄く大きなダメージを与えるとは、まだ彼女は知らなかった。


 それに、彼女は大きな失言を犯していた。「何か言って」と言えば、それについて言及されることは免れられない。自分で自分の首を締めていることに気付いたのはリリィの発言の直後だった。


「え......いや、その......何でスカートを脱いで......?」


「やっぱり言わないで!」


 可愛らしい水玉模様。単に、不思議に思って聞いただけ。だが、それが予想以上に彼女の心に刺さった。

 まぁ、パンイチで寝るタイプの女の子ならば、不思議に思うことはないだろうが──リリィはまだ、そん汚れた世界の断片も知り得ない。そんな彼女が更に追い打ちをかける。


「パンツもし──」


「いやぁあああああああああ!」


 夏のセミの鳴き声と同じくらいの大声で叫ぶレイラ。咄嗟の反応で耳を塞ぎ、声に備えたリリィだが、塞ぎきれていなかったのか、金切り声はその隙間から滑り込む。

 脳がキンキンと痛む感覚を覚えながら、リリィは状況を整理する。そして言い放つ。


「......まだ朝早いんですから、大きな声は出しちゃダメですよ?」


 そう、まだ朝だ。午前八時を少し回った頃だろうか。遅寝遅起が主流の他のメイド達は、まだグースカ寝ている。

 今の金切り声で何人かは目覚めただろうか。これでメイドのお務めが早くなるなら、その目覚まし方法もいいものだ。


「う、うるさいな!ボクの勝手だろ!」


 とは言っても、自分でもわけの分からない程動悸は速まり、呂律も回らなくなってきている。冷や汗が体中から吹き出し、窓から吹き込む、涼しくなった秋の風が体温を奪っていく。


 更に窮地に追い込まれるとは知らずに、レイラは心を落ち着かせようと胸に手を当てる。そんなこと、何の意味もないと分かってはいながら。


「はぁ......何を騒いでるんです?」


「────」


 扉の向こう側からやって来た黒髪の少女。黒の凶星とも呼べようかそれは、まさに隕石のようにレイラの心的ダメージにトドメを刺す。

 下半身だけパンツ一丁、目に入るそれだけで、同じくませているアリスには何をしていたか、一目瞭然だ。


「......はっは〜ん!」


「何です、アリス?」


 全く状況を理解出来ないリリィは、助け舟をアリスに求める。ここで彼女が汚れてしまっては、それこそ歯止めが利かないかもしれない。リリィこそ、本物のラスボスと呼べるかもしれない。

 リイラよりも強いレヴィへの愛と、強いメンタル。その所為で、そうなるのも時間の問題だ。


「あ......貴女は知りませんでしたね。まぁ、女の子にも色々あるんですよ」


「......恩に着ます......」


 何とか、やっとのことで助け舟を出してくれたアリスは、レイラにとっては女神同然に見えただろう。だが、彼女の優しさはそう長くは続かなかった。パンイチでアリスの前まで歩み寄ったレイラ。こんなところを見れば、レヴィは鼻血を出して倒れる。そんな様子にも、アリスは全く動じずに言い放つ。


「レイラさん、私からの招集です。来てください」


 流石にパンイチで廊下を歩き回るわけにはいかない。レイラはアリスの豊満な胸を押しのけ、扉の外に追い出した。リリィは言われずともそうし、レイラは言った。


「......ちょっと待ってて」


 扉が、開けた時と同じように微妙な速度で閉まった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「で?何をさせたいの?......途中に呼び出して」


 開けた扉に寄りかかり、黙々と仕事を進めるアリスとリリィに言った。先程までのことを、全て忘れたといった態度のアリスだが、レイラはまだ何か言いたげなようで、不平不満をぶつけた。


 何せ途中だ。


「貴女みたいなお子ちゃまは最後までしなくていいんです」


 だからといって、アリスが最後までしていいわけでもない。逆に、しない方がいいわけでもない。結果、誰も悪くない。覗いてしまったのも仕方のないことだし、アリスだってしたことはある。


「何をです?」


「......何でもないですよ。とりあえず、この作業を一緒に終わらせてください」


 どうしても内容を頭に入れたいらしいリリィは、いちいち噛んでかかってくる。アリスは目配せと言葉でそう言って見せたが、リリィは不完全燃焼の表情でアリスを見つめる。いつか、知る時が来るのだからその時まで待つべきだ。


 本題を知らされたレイラは、顔をぐにゃぐにゃとへこませたり膨らませたりして、最後には眉間にシワを寄せて言った。


「ボク......頭悪いんだけど。姉さんにでも頼めば?」


 頭が悪いことは自覚済みだ。察しも悪いし、勉学、心理に関することはほぼ馬鹿だ。対する姉、リイラは、仰望師団に属する以前からなかなかの秀才だった為、こういった責任を問われる仕事にはうってつけだ。


「......いや、いいです。貴女で」


「えぇ〜......めんどい......」


 それが魂胆だ。実際、レイラは馬鹿ではない。流行にも敏感だし、計算だってそこそこ出来る。文字も読めるし、孤児のような暮らしの中で、人並みには頑張ってきたのだ。そうさせてくれたのも、仰望師団の元仲間達。もう、良い人なのか悪い人なのか分かったものではない。


 まぁ、何にせよレイラは面倒だ、という理由だけでそう言っている。それを見抜いたリリィは、拗ねた子供を宥めるような優しい声で語りかけた。


「面倒くさくないですよ、レイラさん。リリィ達と一緒に頑張りましょう?」


「むぅ......」


 レイラお得意の「むぅ」もしくは「むん」可愛らしさを理解してやっているのか、無意識の反射なのか。前者だとすれば──九割方前者だが、そうなれば彼女はぶりっ子認定だ。リリィとは正反対の性格。


 そんなことは自分でも分かっている、と自己解決したレイラは、ふと思いつき、弾けるようにアリスに向き合う。


「そう言えば、レヴィ様ってまだ帰ってこないの?他国に用があるって......長すぎない?」


「......そう聞いてるんですか?」


「うん、隣のべリルムに用があるって。そんなに時間かかるかな?」


 レイラにそう吹き込んだのは、他でもない姉リイラだ。アリスに、「どうにかして貴女が失態を犯したのを誤魔化さないと、もっと嫌われますよ」なんて、危機感を誘う文句を言われた所為。それで、咄嗟に思い付いた言い訳元い理由は、「べリルムに用があるから」という、何とも曖昧なものだった。


「......さぁ」


 べリルムに用があるとは言っても、渡航するまでにそう何日とかかるわけではない。船、または竜が難破したとしても、無事に泳ぎ着ける範囲だ。用が一日で済むとしたら、そろそろ帰ってくる頃合だろう。にも関わらず、彼は手紙一つ寄越さない。何かあったのでは、というのがレイラの考えだ。


「権能で呼び出してみようか」


「それは......危険なんじゃないですか?あの人が今何をしてるか分かったものじゃないんですから」


 レイラは勿論例のことを知らない。リリィは「彼がリイラと何かをした」所為で、この状況が出来上がっていると知っている。その点、レイラは何も知らない。アリスが言っている、「危険」の意味も全くだ。べリルムには敵対する人間など、ほぼいないに等しい。

 危険など、程遠い国だからだ。


「そうかな?でも一回やってみようよ」


「............」


 アリスとリリィは黙って容認し、レイラが目を瞑るのを見守った。白い服に白いスカート。それらが白い邪精霊に靡き、まるで蛍のようなそれらは次第に光を、輝きを失った。


「......あれ?」


「どうしました?」


 腑抜けた声を上げると、体を包んでいた邪精霊達はうっすらと消えていき、風もないのに靡いていた服とスカートも、なりを潜めて言った。

 レヴィは現れない。それに、邪精霊達も「限界」とばかりに散っていった。状況から考えるに、


「ん......権能が使えなくなったのか、レヴィ様が別の何かで拒否してるのか......」


 第二の可能性はなかなかに真実に近寄ってしまう。最強とまで言えるレイラの権能を退ける、拒否する程の力──簡単に考えれば、レヴィが権能を持ったということになる。だが、鈍感三人組は未だその事実に気付かない。


「結果、連れてこれないということですね?」


「まぁそうなるね」


「あの日にこれをしていれば......」


 アリスを引き戻したのに、何故レヴィはそのままだったのか、という疑念が残るが、それは簡単に解決出来た。レイラの権能が後残り一つで、その一つをアリスに使ってしまった、だ。

 それなら、勝機のあるアリスを置いて、レヴィを連れ戻すべきだった。そうすれば、アリスは彼を退けられただろうし、レヴィも行方不明になることはなかった。──後悔は後先に立たずだ。


「ん?なんて?」


「いえ、何でも。まぁ、そういうことなら仕方ありません。仕事、再開しますよ」


 割り切るのは速い。アリスの気持ちの切り替え程、速いものはない。


 そんな淡白なアリスを横目に、リリィは溜め息をつきながら言った。


「......アリス、ちょっと休もう?」


「もうだいぶ休んでますよ。十分過ぎる程に」


 とは言っても、体力の浪費は回復出来ていない。バケモノ、魔女のアリスとはわけが違うのである。彼女はそういった回復能力も桁が外れており、人類の価値を踏み躙るの如くそのバケモノっぷりを発揮する。当の本人はそう呼ばれることを嫌っているらしいが、そう呼ばれるのも致し方ない。


「そう......ですか」


 頬を膨らませて、リリィは椅子に座る。特設されたレイラの机にも、彼女はちゃんと着席し、全員がやる気モードに突入した。

 次から次へと目の前の書類を片付けていく。仕事の内訳は、殆どが了承や却下の署名だ。

 リリィが次の紙を手に取り、その文面に目を通す。


「......亜喰戦争?」


「......」


 ぴたっとアリスの動きが止まり、何かを呟いた。その呟きは、聞こえる距離なのに聞こえずに掻き消えた。レイラの大きな声によって。


「亜喰戦争って見に行ったことないんだよなぁ......今週の日曜とか行かない?王室従者専用のグリーン席でさ」


 わくわくを隠せないレイラは、机をバンバンと叩き、それはもう嬉しそうににんまりと笑顔を見せた。

 そんな、落ち着きのないレイラに、場で冷静なアリスが返答する。


「日曜でなくても王室の公務ですよ。絶対に行かないといけないんです......」


 これがまた面倒なのだ。特に争い事や、殺し合いが好きでもないアリスは、こういった変な行事に赴くのは気が乗らない。それに、今回のそれは、まさしく「亜喰」であり、実際に殺り合う場だ。それに加え、王勢の中で今一番力を有しているのはアリスだ。重要人物との挨拶、この屋敷の人を皆連れて行くのは、まぁ何というか気が乗らない。


 アリスはその気持ちの中で、ただ一つ蠢く感情の正体を掴めずにいた。

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