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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第三章 戦骸
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49話 覚醒劇

 白い、ただ白い部屋の中でレヴィは立ち竦んでいた。足元には死体が。自分に良く似た、しかし髪色は白の少年達の死体が。

 膝を立て、腰を下ろし、その少年の頬に触れる。何故か、その少年の頬には涙が伝っている。同情したのか、レヴィもまた、何の感情もなしに涙を目に溜めた。


「............」


カツンカツンという、ジャリジャリという、何とも中性な音が響き、それが鳴り終わる時、彼は現れる。元々、そこにいたんだろうが、レヴィがそういう風に錯覚している。もしくは錯覚させられているのかもしれない。


 彼は、腰に手を当てながら、ため息をつきながらレヴィに呟いた。否、呟くというよりかは小さな声で語りかけた。


「レヴィ......お前な......」


 厳格な態度が、手に取ったように見える。舌打ちをし、レヴィを「またか」といった様子で眺める。しかし、怒ってはいないらしく、必死に笑顔を繕おうと頑張っているのもまた、目に見える。


「ごめん」


「いんや、別にいい。今回は非常事態だ」


 そう言って地面の砂のような何かを蹴飛ばし、レヴィの横に突如現れたベンチに腰をかける。レヴィもまた、「かけろ」と言われたような気がし、腰かける。

 いつもとは違い、蔓のようなもので、絡み作られたそれは、思った以上に座り心地が良かった。ふと気を抜けば、一瞬で眠りこけてしまう程に。


「非常事態......?」


 今のところ、レヴィは状況を理解しきれていない。ただ、レッカ元いフレイに甚振られ、何かしらをされた。という認識しかなく、ヴェリュルスの言っていることの危険性すら分からなかった。


「さっきまでのこともう忘れてんのか?邪精霊が侵入してんだよ。まぁ、核まで来るのにはちょっとばかし時間がかかるんだがな」


「核......?」


 小首を傾げ、ヴェリュルスに向き合うレヴィ。核、そう言われれば、思い出すのはアリスと勉強した日々。先々レヴィが問題を解いていった所為で、アリスの困り顔がなかなか傑作だった。


 ──思えば、レヴィよりもアリスの方がだいぶ年上だ。見た目だけで言えば、「姉」で済ませられる年齢差に見えるだろうが、実際のところアリスがやって来てから八年が経過している。顔、体、礼儀や匂いなどに歳を重ねた様子は見受けられないが、こっちに来た時に既に見た目が十代後半ならば、今はだいたい三十路が近付いているころなのだろう。


「ここのことだ。お前の意識の......潜在意識の核。それがここだ」


 大きく手を広げて、そこら一帯を指したヴェリュルス。ふと、彼の手と同様に目線を上に上げると、目に入ったのは先程の少年達。相変わらず、ピクリとも動かない彼らはまるで銅像のように冷え固まっている。


 ここが核で、そこに踏み込めるのが。踏み込んでも許されるのがヴェリュルスだけだとしたら彼らは一体何者なのだろうか。


「そう......か。それは大変だな......」


「......何しょげてんだよ。大丈夫だって!俺がやっつけてやるよ」


 何とかレヴィの機嫌を取ろうと、元気づけようと、ヴェリュルスは声を張る。が、レヴィの気持ちはそう簡単に浮き沈みしないようだ。それもそう、普段から冷静に努めているレヴィの心情の起伏は、なかなかどうして緩やかだ。


 それとはまた話が違うような表情を浮かべ、レヴィは言った。


「それは......頼らないよ」


「え?」


 脈絡はあったが、突然の拒否宣言に驚きを隠せないヴェリュルス。肩をピクリとビクつかせ、レヴィを見つめる。心を落ち着かせようと胸を抑えるが、レヴィの猛襲。短文での猛襲は鳴り止まない。


「もう......いいんだ」


「い、いやいやいやいや、お前......何言ってんだ?」


 ベンチに座りながら、頭を抱えるレヴィ。彼に対抗しようと、何とか心をもたせようと奮闘するヴェリュルス。

 二人の視線は一時も交わることはなく、ただ静かな白色の空間の時間を進めている少年達が遠くに見える。


「記憶が......ちょっと戻ったんだ。アイラのことも思い出した」


「............」


 アイラ。つい最近まで聞き覚えすらなかった人名を、遂に思い出したと言うレヴィ。彼の顔の曇り具合からして、確かに彼女を思い出したようだが、それが「もういい」に繋がる理由が分からない。


「でもね、もういいんだ」


「何が......だよ」


 なかなかどうして理解不能なレヴィの心情。揺れに揺れている彼らの感情は、同一人物のはずなのに交わることを一切許さない。それどころか、お互いがお互いを見ようとすらしない。──話にならない。

 互いの所為で出来上がったこの状況は、打開策がよく見えない。


「ちょっとね」


「ちょっとじゃ分かんねぇよ。何があった?」


 とは言っても、ヴェリュルスは大体何がどうなって、今の状況が出来上がっているのか分かっている。

 何せ、


「君は......見てただろ?」


「......まぁな」


 状況を理解していた。感覚を共有していた。にも関わらず、彼は手を伸ばさなかった。それをレヴィは咎めているのだ。


「何で助けなかった?」


「............あいつはやばいやつだ。俺とて、そう簡単に適う相手じゃないんだ」


 溢れんばかりの狂気、実際に目にしたら、それは一目瞭然であろうが素晴らしい剣さばき。それすらも、目にせずとも手に取るように見越すことの出来たヴェリュルス。賢明な判断で、不戦を選択した。


 その選択に異を唱えたい気分のレヴィだが、今はそうしている心の余裕がない。

 項垂れ、横目でヴェリュルスを見つめて言った。


「......そう。じゃあもういいよ」


「な、何がいいんだよ!このままじゃお前の意識は乗っ取られる!そうなれば俺ごと汚染されんだ!」


「結局、そこなんだよな......」


 「結局」、自分のことしか考えないところ。──レヴィもヴェリュルスもそう大差はない。

 自分のことしか考えずに、自分に騙され続けて今、ここにいる。


「......何が」


 だが、ヴェリュルスはまだそれに気付かない。

 彼はしっかりと顔ごとレヴィの方を向き、彼にその質問の真剣さを訴えかけている。だが、レヴィは素っ気ない態度で、


「何もない。......僕は何もかもを諦めたんだ」


 そう、諦めた。リリィのことも、レイラのことも、勿論アリスのことも。そのはずなのに、この心に渦巻く感情は一体──答えは簡単だった。彼女がここまで、こんなところまで連れてきてくれたんだから、その感情は怒りや憎悪に違いない。決して、好きなどという感情はもう湧くことはないだろう。


「アリシアにふられたからか?そんなん一回くらいでめげてんじゃねぇよ。俺なんかもっと酷い言われようだったぞ」


 確かに、アリスの態度も冷徹で、レヴィの時に比べれば刺さるものは刺さったとは思うが、レヴィは未だ悲劇に酔っている。そして、それに自らは気付いていない。


「いや、客観的に見たら僕だよ」


「......まぁ、どっちでもいい。俺はやる。それだけだ」


 そう言って、剣を。いつかレヴィを串刺しにした剣を腰から抜き取り、天を掻く。

 その中二腐った様子のヴェリュルスに、レヴィはため息をついて言った。


「そんなことをしたら自殺する」


「......子供みたいなこと言ってんじゃねぇよ......」


 子供だ。思い通りにいかなければ全ては他人の所為。そうやって駄々をこね、地団駄を踏み、地べたを這いずり回り、終いには他人達に見捨てられてしまう。そして死ぬ。

 末路が決まり切った選択を、主従共にしてしまったのは何故だろうか。──互いに互いを認め合わず、互いがずっと子供だったからだ。


「僕が死ねば、君も死ぬ。そうすればハッピーエンドさ」


「どう考えてもバッドエンドだろ。何でその結論に至った?」


 美しい程に禍々しい表情を浮かべ、自分なりの「ハッピーエンド」に辿り着こうと必死なレヴィ。眉間にシワを寄せ、何とかしてレヴィの凶行を止めなければと奮闘するヴェリュルス。

 まだ、二人は互いの心を見合っていない。


「......アリスは僕を必要としていた。でもそれは......単なる寄りかかる道具、物としてだ。それは僕も同じだった......僕はアリスのことを好きと思い込んでたらしい」


 そう、何もかもが思い込み。そう思えば楽だった。全てがそれで解決出来るし、自分の感情に責任を持つ必要すらない。むしろ、適当に感情を、否、言い訳にする材料を口にするだけで、相手は「喜ぶフリ」をしてくれていた。

 何と素晴らしいことか。仰望師団の連中がひねくれた考え方を持っている理由も、何となく分かる気がする。


「意識の、感情の共有からすれば本心で好きだったと思うけどな、お互い」


「君は......本物の愛を知ってるの?」


 それならば、彼の言うことに従うことも考えられる範疇に留まる。ただ、そうでなかった場合は、自分の考えを貫き通すのみ。

 いや、最初から彼の考えを聞く必要はないのかもしれない。


「......思い出せてねぇじゃねえか。あぁ、知ってる。その俺から見れば、お前らは好き合ってる。だから......気にすんなって。アリシアも一旦見直しをして、正しい所を間違いと勘違いしただけだ」


「......それが僕にとっては致命傷だったんだけどね」


 よくテストである事案だ。「あっ、ここ間違えてるんじゃないかな?」と思い、訂正したが最後。テスト返却時にはその行為を悔いることとなる。まぁ、屋敷育ちのレヴィには全く縁のない事案だが。


「うじうじうるせぇ!さっさと倒すぞ」


「......邪精霊が入るとどうなる?」


 見上げると、黒い大きな丸がこちらを目がけてやって来るのが見える。その丸はだんだん大きく膨らんでいき、次第にその落下音さえも聞こえる程に近付いてきた。


 そんな中、ずっと平静を保っているレヴィは、時間がないとあたふたしているヴェリュルスに話しかける。


「お前と俺の意識は眠ったまま。そんで別の人格......お前と邪精霊の意識がごっちゃになった別人格が出来上がる」


「それは......どんなの?」


 恐ろしい話だとは分かってはいるが、それが最終的にレヴィの目的に達する為に必要なものならば、それを使わない手はない。

 それどころか、まず外界の状況を打破する為にはそれが、邪精霊が必要だ。そしてその力が大きければ大きい程──。


「まぁ、強大っちゃ強大だわな」


「じゃあ......それでいい」


 項垂れていた頭を軽く上げると、吹いているはずもない緑の風が優しく彼の髪を撫ぜる。その感覚に体を委ねながら、彼は黙りこくった。だが、ヴェリュルスはそうはいかない。何せ、自殺の道を選んでいるのと同然なのだから。


「何言ってんだよ......アリシアを殺しちまうかもしれねぇんだぞ!?」


「いいって言ってるだろ!」


 心地良い風が、レヴィの声とともに止む。それとほぼ同時に、上から降り注いでくる無数の汚染された精霊達が、爆風を伴ってレヴィ達の周辺に着弾する。そのうちの一つが、少年達が隠れていた巨大な建物に直撃し、それはグラグラと崩れ始めた。


 そんな非常事態にも関わらず、二人は冷静に言葉を交わす。


「............正気か?」


「僕に......逆らうな。この補欠が」


 ──邪精霊はまだ到達していないのに、もう彼の目は真っ赤に染まっている。もう、時は既に遅し。彼は取り込まれてしまったようだ。仰望師団という悪魔的存在に。


「............わぁったよ。好きにすればいい。だが、アリシアに危険が及べば俺はすぐに出ていく。他の......リリィとかレイラとかは知らねぇからな」


「そこら辺は自制出来るよ」


 と言うよりも、彼女らはもういい。捨てたも同然の存在だ。別に目的がどうであれ、その道に立ち塞がるのであれば切るのみ。

 それが出来ると過信するほど、レヴィの心は崩れていた。


「出来ねぇって。馬鹿じゃねえのか......あぁそうだよ、馬鹿だよお前は!」


「うるさいよ」


 言っている合間にだ。もう顔を上げれば、それは隕石のように、爆風、突風、烈風を伴って落下してくる。もう今からどうこうしようにも、何も策はない。ただ、ここにあれが着弾するのを待つだけで──。


「............来たぞ。目ぇ瞑れ」


 体がふっと浮く感覚に包まれ、そしてその瞬間、レヴィは自我を失った。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ゆらりと立ち上がったレヴィは、レッカを眼中に収めて剣を抜き取る。青白い地面の光が刀身を照らし、それに反応したかのようにクロウもまた自らを輝かせる。

 禍々しい光が一閃を照らし、レヴィがボソリと呟く。


「僕は......」


「成功か?」


 爛々とした目付きでそんな状態のレヴィを見つめているのは、レッカ。元々フレイだった名前がどうこうして転じて、そのようになったらしい。


 レヴィの何やらの仕上がりに期待を寄せるレッカと違い、レヴィの目は死んだ魚のように霞んでいる。

 あまりにも悲壮感漂うその雰囲気に、押されたレッカが諦めた表情を浮かべる。

 その時、レヴィが声を出した。


「......無理かな」


「は──ッ!?」


 ボソリと、消えるように霞んでいった死神の声が、敏感に澄まされたレッカの耳に入った瞬間、彼の目の前に突如現れた無数の剣。

 咄嗟の反応で、ギリギリそれらを躱したものの、最後に飛んできた剣がレッカの剣を抜かせた。

 レヴィがクロウで、レッカと対峙する。


「僕を......どうするつもりだったんだ!?」


「な......にを?」


 レヴィの分身とも呼べる程、彼にとっては使い易いそのクロウは、レッカがやっとのことで反応し、防線を張った剣をギチギチと震わせる。

 空中に浮かんだ無数の剣達は、レッカに言葉を発する暇も与えずに降り注ぐ。


「君の邪精霊ビンビンだな!最っ高だよっ!」


 突然、レヴィが大きな声を発し、それに反応したように。否、反応して、周りの剣達は鳴りを潜める。浮かぶように消えていったその剣達。それを唖然と眺めながら、クロウを握ったままのレヴィに向き合う。


「狂ったか?」


「狂ってねぇよ」


 邪気を含めての発言が、同じように返されては流石のレッカとて言い返せない。

 レヴィ、レッカ共に剣をギチギチと響かせて、互いの握力は収まることを知らない。


 約半年間鍛え上げてきたレヴィの体躯は、前とは見違える程逞しくなっていた。肩幅は広くなり、しかし体のラインは細いまま。所謂細マッチョというやつだ。

 それに比べ、レッカは手羽先のような筋力のはずなのに、レヴィの剣を耐えている。それどころか──。


「......どっちだよ。まぁ、失敗かな?」


 ──レヴィの剣を弾いた。野菜で例えれば、ゴボウ程もない細さの、レイピアと剣の中間のような形の剣。到底、弾かれたクロウに対抗出来るようには見えないその刀身。

 恐らくそれも権能なのだろうか。絶えず光っているその刀身は、自分の力を誇示している。


「まぁ......成功なんじゃないかな?」


 戦いの真っ最中に、敵に背中を向けるという舐めた──余裕な態度。少し離れた場所に飛ばされたクロウを拾い上げ、クロウの刃についた砂埃を指で絡めとった。勿論、そんなことをしては指が削げ落ちる。だが、それも権能で何とかしたのだろう。指はそのままだった。


「なら俺に従うはずなんだが?」


 そう言いながら、レッカもまた、剣の先を指に突き刺す。権能を使わなかったのか、彼の指は無事、ポトっと落ちた。

 そんな狂気に染まった情景に目を細めながら、レヴィは冷めきった顔で言う。


「......従うわけねぇだろ。現実見ろクソが」


 静かに、予備動作一つ無しに飛び込んだレヴィのクロウを抑えたのは、レッカの剣ではなかった。彼の手本体が、クロウを受け止めていた。クロウは手首程までに突き刺さっているが、レッカは表情一つ変えずにレヴィに言い放つ。


「理性飛びまくってるな」


「飛んでねぇつってんだよ」


 反対の手でクロウをつまみ、手首からそれを抜き取ったレッカがそう呟いた。が、レヴィはあくまで狂ってないと言い張る。


 だが、眼光は鋭くなり、目も赤く染まり、何より彼の行動力、瞬発力、そもそもの力ごと強化されている。脳に多少のダメージが行くことは当たり前だ。


「お前さっきまでそんなんじゃなかっただろ」


「......そうかもね」


 レッカが言うや否や、レヴィは再びクロウで歯向かう。今までにない程鮮烈な音が響き、クロウとレッカの剣が、互いに「押されるか」とばかりに犇めく。

 しかしそんな時間も、すぐに終わりを告げ、互いに互いの剣を弾いた。


「あぁ......失敗なら殺すだけだ。死ね」


 失敗作ならいらないと、そう言ってレッカが猛烈なスピードでレヴィに向かう。だが、レヴィはその速度に着いていけないのか、それとも避けるつもりなのか、全く動じない。否、そのどちらでもなかった。


「ベタだなぁ......」


 聞こえるか聞こえないか程の小さな声を発したかと思うと、レヴィは向かってきたレッカの剣を軽々と弾いた。まるで先程レッカがしたような動きで。


「──は?」


「舐めんなアマが」


 あまりの無気力感、それなのに剣を弾かれたことへの驚愕に、体をわなわなとさせて目を見開くレッカ。だが、そうしている時間が命取りだった。


 レヴィがクロウで剣を弾いたと思われたが、クロウはしっかりと根元から剣をへし折っていた。それもそう、重量差が物凄いし、大きさの比率も倍程ある。

 折れて弾けたそれをレヴィは掴み、そのままレッカの腹へ──。


「......権能使わなかったら死んでたな」


 ズプズプと腹に食い込んでいっている剣だが、刺されている当の本人は素知らぬ顔で笑っている。

 本当に、権能は何でもありだ。思っただけで世界を滅ぼせるし、どんな些細な願いでも叶えることが出来る。レイラの場合は一日三回までだが、レッカの場合は何回使えるのかすら未知数だ。


「じゃあ俺も僕も」


「ッ!?はっ!ぐっ............」


 だが、そんな懸念を物ともせず、レヴィは心に思う。「今使われている権能を解除」と。

 すると、まるでレッカを覆っていた膜が破れるような感覚と、今度はしっかりと腹に剣の破片が食い込む感触が、手に伝わる。


 吐血するレッカは、苦しそうに蹌踉めきながら剣を抜こうと必死な様子だ。腹からは多量の出血。顔は青ざめ、目も血走っている。傍から見れば、瀕死そのものの少年が目に映るだろうが、ここは状況が状況だ。相手は邪精霊仰望師団。ここらでへばる程軟弱者じゃないのはレヴィでも分かっている。


「邪精霊入れたら権能使えることも視野に入れるべきだったね」


「......お前こそ舐めんなよ」


 やはり権能を使って回復をしたようで、クロウが腹から押し出され、苦しそうに呻いていたレッカも元通り、下卑た笑みを浮かべる。腹の傷など、最初からなかったように塞がり、終いにはレッカがクロウを持ってしまうという最悪な状況まで追い込まれてしまった。


「ふぅん......」


 そんな緊迫感溢れる状況に、ため息一つだけつくレヴィは余裕をさらけ出している。そして何かを呟いた。


 その声を聞き取ろうとしたレッカでさえ、流石にそれを聞き取ることは出来ない。それ程小さな声で呟いた。


「君は......僕を従えに来たわけ?」


「面白そうだったからな」


 無数の剣が再び宙を舞い、その中の一つをレヴィが握る。レッカは空中に浮遊している剣を一つずつ弾き返しながら、レヴィの言葉にしっかりと反応する。

 弾かれた剣は、一筋縄ではいかない。弾かれたらまた向かい、それを相手が死ぬまで繰り返すのみ。


 どちらに勝機があるかと問われれば、今のところはお互いに五分五分だと答えられる。それ程、二人の対峙は互角なのだ。


「じゃあアリスを殺すつもりは元々なかった......?」


 一番気になるのは、アリスのこと。今、彼女のことを考えれば湧き上がってくる感情──。

 何もかもがごっちゃになった感情の中で、唯一揺れないのは一つの感情。好きということ。


「そうでもねぇよ?一番の目的はあいつを葬ることだからな」


 結局はアリスを傷付けることが目的だと分かり、レヴィは額に青筋を立てて、全く関係のない話に切り替える。


「......葬るとか死ねとか中二臭いのどうにかならないの?」


「ちょっと早かったかな」


 レッカに斬りかかりながら、彼に悪態をつくレヴィ。レッカの持っているクロウを握って取り返そうとするが、そんなことをしては鮮血が流れる。ダラダラと流れる赤い血を見ながら、ため息をついてレッカが手を離す。


 一旦お互いが退いて、空中に浮遊していた剣をレッカが持つ。レヴィの予想外、というわけではなく、正々堂々と戦いたいからそれでいいのだ。


「早いね」


 そう言いながら、二人の動きの速さはそれを増す一方で、ここに何も知らない人が来れば、何を騒いでいるのだろうと目を見張る程。

 クロウを持った手、肩から何やら触手のような物が伸び、クロウを巻き取って体と一体化させてしまったレヴィ。動きが悪くなったのかと言われれば、そうではない。むしろ、握る力が必要ないから、腕が剣そのもののようだから、逆に動きやすい。


「......埒が明かないな」


 そう呟くレッカは、少し疲弊しているのか動きが鈍ってきた。対して筋トレを半年間、訓練を半年間続けてきたレヴィは持久力も増していた。全く疲弊などすることなく、レッカに最終襲撃を行う。

 アリスに言われたように、相手の体全体。予備動作の全てを見切って、レッカの剣を防いでいく。──しようと思えば首をも落とせるが、そこに重きを置くべきではない。それで彼の命を断てないことが問題だ。


 ──ならば。


「明くよ」


「ぬうっ......!」


 権能を使うまでだ。

 ただ、「レッカの権能が使えなくなる」と想像しただけで、それは現実になってしまう。恐ろしいことこの上ないが、こういう風に使えば、危険もクソもない。


 そう心の中で唱え、その直後にレッカの心臓を右手で貫く。レッカは口から多量の血を吐き出し、それに顔を汚すレヴィ。その顔は、仰望師団そのもの。狂気に染まっている。伝染する狂気。それこそが仰望師団の強みなのかもしれない。


「......おやすみ、また会おうね」


 クロウが刺さった胸だけを支点として、辛うじて立っていたその足が、まるでこんにゃくのように簡単に崩れる。

 倒れ伏し、横向きに倒れたレッカは息も絶え絶えの状態で、必死に胸を掴んでいる。


「......そく......しとかまじ......かよ」


 最後の言葉が、なんとも呆気なく感じたが、レヴィはそんなことにも気にせずに彼に言い放つ。


「心臓だからね。反応速度が遅かったんだよ。もっと人の体を睨むように......アリスが言ったみたいにやらないと......ってもう聞こえてないか」


 目を見開いたまま、レッカは息を止めていた。胸から溢れ出す血は、もう冷たくなって生の気を失っている。

 レヴィは、腕にくっ付いたままのクロウで、もう死んで冷たくなっているレッカを何度も串刺しにした。時にはクロウで抉り出した肉を喰い、時にはその肉を思いっきり投げたりもした。

 自分が何故そんなことをしているのか分からないまま、レヴィは笑顔のままでレッカの体を痛めつけた。


 ──ヴェリュルスの声は聞こえなかった。

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