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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第三章 戦骸
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46話 偽りの懇意の果て

めでたく第三章始まりです!

 秋──。あの呪いの件から、約半年が過ぎた。あれからというもの、特別目立った騒ぎというのものは起こっていない。襲撃もないし、誰かが熱を出したり病気にかかったりすることもなかった。唯一、何かあったとすれば、王が失踪したことが民衆達に知れたことだ。そして、レヴィが王座を継いだということくらい。混乱の大きかった当初に比べ、今はこうして街中を歩いていても何も言われない程にまでは落ち着いた。


 屋敷内の情勢も落ち着いており、最初はメイドに恥ずかしさを持っていたリイラでさえ、今ではきっちり雑務をこなしている。勿論、文句はタラタラと垂れ流しの状態だが。

 あの五人姉妹も、メイドとしての務めは上出来だ。元々素質があるのか、彼女らの働きには目を見張るものがある。

 そして何と言っても恋の行方。実際問題、これが一番の難関であり、少々の諍いがあって今この場にいる。──言ってみれば、リイラの我慢が爆発した。


「全く......あんな危険な人だったとは......」


 そう呟くアリスの目はもう死んでいる。顔も青白く、血色が悪いという一言では言い表せない程までに。それもそう、あの日からずっと、レヴィはキスを拒んできたし、その後の例の騒動だ。

 血色が悪い、を通り越して灰色のようになった顔で、アリスがレヴィを睨む。


「そ、そんなに睨まなくても......自分で言うのもなんだけど、僕も抵抗出来なかったんだ......」


 手足を見えない何かで縛られ、その間に体を弄ばれるのは良い気分ではない。それなのに、何やら感じる変な感覚は気持ちよかった気もする。

 しかし、それを思い出して記憶に入り浸るのは少々、否、アリスに悪いとは思う。


「それについてはもうどうでもいいんですよ!腹が立つのは......あの人がレヴィ君に恋心を持っていたことについてです。不覚でした......私がもう少し早く行動していれば......」


 別に行動に移さなくてもリイラを止めればよかったんじゃと言いたい状況だが、そんなことをしてあの時のアリスの怒りを再現されてはたまったものではない。

 まさに、怒髪天を衝く。を具現化したような怒り様だった。あの時はリイラに対して怒っていたが、今となってはその怒りがレヴィに向きかけている。


「け、権能使われたんだから仕方ないよ......扉も開かなかったみたいだし......」


「あ、やっぱり貴方にも腹立たしいです。もういっそのこと殺しちゃって永遠に私のものにしちゃいましょうか」


「アリスはそんなに変な性癖持ってなかっただろ......」


 とは言いつつも、彼女の苛立ちがこちらに向いているのは分かる。その為、少しでも自分から苛立ちを引き剥がそうと、レヴィは奮闘する。

 それに、アリスは有言実行を心がける性格だ。実際に殺されて、一生アリスの中に生き続ける、なんてことにならないとは限らないのが恐ろしい。


「言い訳無用ですよ......この多くの民衆の前で盛大に、濃厚なキスをしてくれるなら許してやってもいいんですけどね」


「無茶言うなよ。ここは流石にやばいよ」


 やばいよとは言いつつも、それをするだけでアリスの機嫌が直るのなら、安いものだ。過去に、とは言っても昨日、機嫌直しの為にキスをしたのだ。しかし、彼女の機嫌が直ることはなかった。それどころか、気持ち悪いとまで言われる始末だ。

 それ故、今ここが民衆の目に晒されていなくても、それをするのは気が引ける。


「何がですか?愛にタイミングも場所もないでしょう?それとも何か?私からリイラさんに心変わりしたんですか?レイラさんやリリィさんならまだしも......ほぼ無関係者だったじゃないですか」


「僕だって分からないんだよ。何でリイラ......さんが僕を選んだのか」


 これは本心だ。メイドになってそう時間の経っていないリイラが、レヴィをアリス達から寝取ろうとする真意が分からない。単に、好きだからと言うならば、そういう風な行動に移さなくてもいいのではないか。


 つまり、リイラの行動には何か裏がある、と踏んでいるレヴィ。しかし当の本人は、そんな気は全くない。むしろ、普通に好きになったから行動に移しただけなのだ。これ程までに、悪意を持たずして人の関係を崩す事例があっただろうか。

 レヴィは心の底で泣いていた。


「さんを付けたのには感心しますよ。呼び捨てならすぐに首チョンパでしたけどね。ていうか、分からないんですか?あの人もレヴィ君に惹かれたんですよ。単純に言えば」


「いや......絶対あの人のタイプって男らしい人だろ?」


 そうとは気付かなかったレヴィが悪いのだろうか。──今回の事件は、完全にリイラが悪だ。レヴィは自分から行動していないし、彼女を認めたわけでもない。単に、能動的に、受け身になってしまっただけなのだ。


「そうとは限らないのが女の子です。意外とレヴィ君みたいな頼りない、弟みたいな人がいいのかもしれませんね。それか、レイラさんが惹かれたから、ちょっと興味本位で、なんてのも考えられます......あぁ、どっちにしろ腹が立ちます。腕もいでいいですか?」


 スラスラと怖い台詞を口にするアリスだが、そんな流麗に動く口は、口角が下がっている。どう見ても、怒りがマックスに達している顔だ。こうなれば、もうどうしようもない。なのに──。


「嫌だよ。第一僕からじゃないんだからさ......もう少し優しくしても......」


「何でですか?受け入れたらしてるのと同然でしょう?」


 受け入れてはいない。ただ、受けただけ。もう今のレヴィの心境はと言えば、リイラへの不平不満で爆発しそうな程だ。

 いっそのこと、自分も消えてなくなりたい気分だ。


「そういう......もんなのか?」


「そういうもんですよ。はぁ......何で私じゃないんですか......」


 結局、そこに行き着くのだ。別に、レヴィがリイラを選んだのではない。それはしつこく言っているが、本当のことだ。

 選ぶならきっと、


「......僕が選んだらアリスだよ」


「そんな同情いりません。それに、私分かったんです。私は貴方のことが好きなんじゃない......私は貴方に依存しているだけだって」


 やっと、自分がレヴィに依存していたことに気付いたらしいアリス。レヴィはまだ気付いていなかったが、アリス自身の言葉で目が覚めたらしい。

 わなわなと震えるその拳を握り締め、しかしその体の震えが止まることはない。


 何なのだろう。この得体の知れない寒さは。あの時、第一次征伐線の、ヴェリュルスとの邂逅の際に体験した「恐怖」の感覚に似ている。もう、心のダメージが体にまで影響を及ぼす程にまでなってしまったらしい。それもこれも、ヴェリュルスが同化を始めた所為だ。


「............依存じゃ悪いのか?」


「依存と好きは違う。言葉の綾では済まされない程の差があるんですよ」


 確かに、言われてみればそうかもしれない。依存は、他人に何かを求め、それを得て快楽を得るもの。対して好きは、そんなものお構い無しに、相手が存在するだけで、近くにいるだけで快楽、安心を得るものだ。

 似通って、違うところがあるのは事実、アリスの言う通りだ。


「じゃあ......キスしたのも全部依存心が原因か?」


「............そう、なりますね」


 確かに、彼女はレヴィを求めた。その時点で、アリスはレヴィに執着、依存していたことになるのだ。

 でも、それを定義にすると、何もかもが依存になってしまうのは避けられない事象。人は常に何かに依存して生きている。それだから生きていけるのだ。決して、愛だけで。好きという気持ちだけで人が生きていけるわけがない。


「僕のこと、好きじゃないのか?」


「貴方が私のことをどう思おうと、私が貴方を好きになることはない。これからはただの従者として、メイド長として生きていくので。レイラさんでもリリィさんでも、勿論リイラさんでも、誰でも娶ってやったらいいですよ」


 彼女は誤っている。勘違いを繰り返している。きっと、レヴィの今の気持ちをそのままぶつけるだけで、少しは彼女の気持ちも揺らぐはずだ。しかし、レヴィにはそれが出来ない。──余計に嫌われることが怖いから。


「さっき、何で私じゃないんですかって言ってたじゃん」


「......依存心です」


「......そうか。ごめん」


 あくまで依存心だと言い張るアリスに対して、もう弁明の余地は残されていない。

 彼女の心はもう決まっているのだ。もう、レヴィなしでも歩いていける。レヴィがいてもいなくてもどっちでも大丈夫だ、と。


「何で貴方が謝るんですか。わけ分かりませんよ。......ちょっと頭を冷やしたいので先に帰りますね」


「あ、あぁ......気を付け──」


 不意に、アリスが誰かに押しのけられ、足をぐねったか何かでバランスを崩す。それにはレヴィも驚き、言葉を繋げることは出来なかった。しかし、驚いたのはその後。


「ッ!?」


「あっ亜喰!?」


 アリスの胸に着けられていた亜喰のバッジが即座に盗まれたのだ。騒ぎに驚いた民衆達は退いていったから、先程走ってアリスを押し倒した奴がそれを盗んだ犯人なのだろう。


 思い出される、アリスの言葉。「別に亜喰なんていつでも取れるからいらないですよ」なんて──。そう言っていたのに、彼女は我を忘れたかのように駆け出そうとした。

 だが、盗人の特徴から、これまでの事件から、何かを読み取ったレヴィはアリスの腕を掴む。


「待て!アリス、追うな!」


「その名で呼ばないで!」


 怒号が響き、アリシアがレヴィの手を払い除ける。その目はまるで虫でも見るような顔で──。

 とにかく、アリシアをこのまま行かせてはならない。先程通過した殺気の強さを、レヴィは感じ取っていた。あれは生半可な相手ではない、そう確信した。


「あ......リシア、落ち着け。さっきのは仰望師団だ。下手に追えば命が──」


「私が負けると言いたいんですか?はっ、どこまでもクソみたいな人間ですね。人をどこまで見下してんですか?王様だから人を見下して当然?ごもっとも、ですよ......魔法どころか剣もまともに振れない、頭しか働かない無能のくせにっ!」


「............」


 ──何も、言い返す気にはならなかった。確かに、全部が全部アリシアの言う通りだからだ。

 見下していた、アリシアを。

 王様だからと人を下目に見ていた。

 魔法も剣もろくに使えない無能。

 ──全部が全部、正解だった。見抜かれていた、呆れられていた。


 アリシアは、そんな風に自分を内心で責めるレヴィを可哀想な目で見るはずもなく、軽くレヴィを一瞥した後、彼に背を向けたままで言った。


「先に屋敷に帰っててください。私は取り戻してから帰りますので」


「............」


 アリシアは振り返らない。もう、主従の関係も解消されたような気分だ。

 アリシアが腕を払った際に千切れたブレスレットが、レヴィの手には握られていた。


『放っておくのか?』


 脳内に声が響く。

 そんなわけがない。放っておけるわけがない。ああ見えて、彼女は結構弱い。特にメンタルに関しては豆腐、否、水レベルだ。

 そんな彼女を救ってやれるのは、自分しかいない──そう、思っていた。


「......放っておけるかよ」


 遠くなって、霞んで見えるアリシアの背中を、レヴィは夢中で追いかけた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「......見つけましたよ」


 影を追いかけて数十分、段々と人気がなくなってきたと思えば、廃墟に入り、終いにはここ、洞窟まで来てしまっていた。方向音痴なアリシアだが、今は怒気に満ちていて、帰れるのかを心配する程の心の余裕はなかった。


 軽く息を切らし、影の行方を追ってくればこれだ。目の前、いや、下だろうか。階下と呼べる場所に佇む一つの影。黒いマントを羽織って、フードも被っているらしい。いかにも悪人丸出しだ。


「............アリシア・スパークス」


「どっかで聞き覚えのある声ですね」


 低い、どこかで聞いた覚えのある声が、長い間を挟んでアリシアの名を呼んだ。その気持ちの悪さに軽く身震いしたアリシアは、今の本心をそのままぶつける。もう、自分の心を隠している余裕すらないのだ。


 憤りから怒りへ、怒りから憤怒へ、積み重なっていき、段々と濃くなってくる怒りが、アリシアの中に渦巻いていた。


「............久しぶりだ」


「間が長いですよ。早く、結論だけ言ってください」


 長い間に苛立ちを覚えたアリシアは、単刀直入に彼に言う。彼の、予備動作無しの攻撃などを警戒することもなく、だらんとした態度で彼に向き合った。


「お前は......俺を、あの人を穢した」


「ついさっきも穢してきたから誰のことかさっぱりなんですが」


 レヴィのことだ。今となっては後悔──などしていない。あんな男、すぐさま死んでしまえばいいとすら思える。何故、あの男に執着し、癒着し、依存していたのかが謎な程、今は彼には嫌悪感以外は見い出せない。


 その怒りを更に沸き立たせる目下の彼。そいつには、怒りでも何でもない、ただの虫に対しての感情くらいしか覚えない。レヴィよりも下だ。


「まぁいいや、覚えてるはずないな。......こいつ、誰だか分かるか?」


「......骨、ですか」


 彼が立つ、青い光を放つ洞窟の床に横たわる白骨化した死骸。横たわって数年が経ったように、それは地面に癒着しているようだ。まるで化石のように地面と引っ付いたそれは、彼の足で軽く砕ける。


「そう、骨。誰の骨だか」


 カツカツという音と共に、その骨が砕け、彼のフードの裾から垣間見える唇が薄く伸びる。しかし、彼の素性について分かるのは唇の形と色だけ。それだけでは、彼が誰なのか、思い出すことすら叶わない。だから、


「......その前にフード脱いだらどうです?」


「質問に答えたら脱ぐよ」


 そう誤魔化し、今度は強い踏襲で頭蓋骨を砕く。彼もまた苛立ちを覚えているのか、その踏襲は鳴り止まない。次第に、その骨は、骨である原型も留めなくなってきた。段々と粉状になり、もう上半身はただの片栗粉のようになってしまった。


「声色が低いから大人かと思ったんですけど、違ったみたいですね。で?その人......?」


 と、アリシアが気付いたのは彼の身長だ。マントも、よく見てみれば大きさが子供サイズ。ここまでくれば、屋敷の関係者ならば誰もが、彼が誰なのか分かるだろう。だが、アリシアが気にしたのは彼の素性ではなく骨について。


「気付いたか。亜人戦争参加者だよ」


「それが......どうかしましたか?それに、まだ気付いてません」


 まだ確証を得られていない故のその言葉だが、ほぼ彼については分かっているつもりだ。

 そして、その白骨化した死骸の正体もほぼ分かっている。あの時、あんなことをしなければこんなことにはならなかったのかもしれない、なんて後悔の念は、アリシアには思い浮かばない。


「ならいいや。答えを出すよ。......シーエだ」


「......それで?」


 分かりきっていたことだ。彼女が死んだことは分からなかったが、彼がその後どうしていたのか、それについては興味深いところがある。何せ今のアリシアは少々頭の回路が故障しているのだから。


「案外にも驚かないんだな。お前が傷付けたやつが目の前で白骨化しているというのに」


「それで死んだとは考えにくいですね。そこらに散らばってる腐った肉片からすれば、食されたっていうのが普通なのでしょうけど」


 流石に、あの魔法での交戦で彼女が命を落とし、ここで白骨化するまでに至ったとは考えにくい。

 おおよそ、誰かの襲撃によって命を落としたシーエ。それで闇堕ちした彼。それが妥当だろう。


「......お前のその敬語が腹が立つよ。まぁいい。......こいつはな」


「?」


「俺が喰ったんだ」


 何を言うかと思えば、そんなことかと首を「やれやれ」と振るアリシア。全く、今までアリシアがどれだけの惨状を目の当たりにしてきたか分かっていないのだろうか。仮にも亜人戦争功労者。亜喰を手に入れるに至った少女だ。臓器の二つ三つ、骨の何体かは軽く見ている。


「......驚くと思いましたか?」


「思ったよ。いくら仰望師団でもそこまでするやつはいないからな。あの紛い物らは」


 仰望師団とは、思ったよりもちんけな奴らが多いようだ。もっと、血を啜り、肉を喰らって骨を丸呑みするような、そんな連中だと認識しているのは民衆だけだった様子。まぁ、血を啜る男は実際にいたのだが。


 そして、その民衆の認識のままに血肉を喰らった彼は、本物の。筋の通った、真の仰望師団と言えるだろう。確かに、彼の言う通り他の連中は紛い物だ。


「それで、元従者を喰らった感想はどうですか?フレイ君」


「お前如きが俺を君付けで呼ぶとはな......」


 俺呼びになって、少し身長が伸びただろうか。髪は、おそらく血に濡れて黒く染まり、双眸は赤く染まっている。最後の、双眸が赤く染まるのは仰望師団の特有の証だ。


 それにしても、フレイがこうしてひねくれたことよりも、彼に聞きたいのはその経緯だ。誰がどのように交錯し、何があって今、仰望師団にまで落ちぶれたのだろうか、と。


「フレイ君......あの後どうしてましたか?」


「どうも何もない......仰望師団に入らなければ殺すと言われた......それで入ると言ったらシーエは殺すと言われた......何故かと問えば、邪魔だからと」


 なかなか壮絶な人生を歩んできたらしい。しかも、転落が始まったのは今年に入ってから。それ以前は、普通に豪華な暮らしをしていたのだから、彼の精神へのダメージは計り知れないものなのだろう。


「喰らった理由にはなってませんね?」


「簡単だよ。俺の中に入れば、俺達は永遠だ」


 ──所謂、ヤンデレというやつらしい。彼女のことを愛しすぎて、結果殺せば心の中で生き続けるという妄想、空想、虚想。しかし彼の場合は一味違った様子だ。実際に彼女自身を喰ったのだから、そう思い込むのも仕方ないことだと思える。


「ヤンデレってやつですか。しょうもないですね」


「しょうもないのはこの仰望師団の連中だよ。俺がこんなことしたら、あいつはヤバイやつだって言って退けていった......所詮は紛い物だ」


 やはり仰望師団はひ弱な者が多いようだ。これならば、アリシア自分一人で仰望師団を壊滅に追い込めるのではないか。という想像は、少し自意識過剰が過ぎるだろうか。


 いや、彼女は魔女と呼ばれた女だ。少し本気を出せば、空が吹っ飛び、天地はひっくり返る。──それもまた、自分の思い込みに過ぎない。


「それで、私をここに呼び出して何をするつもりですか?」


「......亜喰が目的じゃないと分かったなら偉いな。確かに、俺の狙いはお前だ。その為に、部下に亜喰を取りに行かせた」


 なるほど、先程追いかけていた影は、フレイの部下だったわけだ。それもそのはず、彼は息切れしていないし、その小さな体であのスピードが出せるとは到底思えない。


「ほう、それで?私に何か用で?あ、亜喰ならあげますよ」


「いらないね。もうこっちで月喰も貰った」


 「月喰」。仰望師団とは別派の集団が勲章に用いると言われる称号だ。その材料、作り方工程は謎に包まれており、誰が作っているのかすら分からないままだ。

 別にそんなものを知ったところでどうこう言うわけではないが、一つだけ言えることがある。


「......仰望師団とは違う犯罪集団ですか」


 つまり、フレイは仰望師団に属しながらも、別の集団にも股をかけているということだ。どれ程彼の力が強大なのかは分からないが、それ程優秀な人材なのだろう。「悪」にとっては。


「違うことはないけど違うかもな......亜喰はここで潰す。それでまた亜喰戦争が勃発だ」


「で?」


 実際に亜喰戦争が起こっても、それは帝国が法で制限していることではないし、誰も咎めはしないのだ。亜喰戦争で誰かが死ぬことに胸を痛める者はいるようだが、それでもテロを起こしたり、反旗を翻したりする者はいない。

 故に、亜喰戦争が勃発しても、アリシアには何の効果もない。


「まぁ、真の目的はお前への復讐だよ。簡単な話、お前は殺さない。お前の心を壊す」


「はっ、そんなことですか。だったら私はもう帰りますね」


 大きく手を広げ、下卑たる笑みを浮かべるフレイに背を向けるアリシア。だが、彼女の目の先には、いるはずのない人物がいた。故に、少し足を踏みとどめてしまったのだ。それが失態。


「そこにいる、レヴィ・ルーナを使ってな」


「レヴィ君......?」


 アリシアが声を上げるなり、何かに足を持っていかれるレヴィ。彼と共に、アリシアもまた足を取られ、逆さに吊るされた。

 しかしレヴィは吊るされることはなく、フレイの手の内に首を掴まれて呻いている。必死に、筋トレを重ねた腕でフレイの手を引き剥がそうとするが、彼の手は力を込めるばかり。全く緩むことはない。彼の目から涙が落ち、それが首を、胸を伝う。


「──」


 逆さ吊りの状態で彼の涙を見たアリシアだが、彼女の心は全く揺れることはない。

 レヴィの口から涎が垂れ、息が詰まったらしく体がピクピクと痙攣を起こしている。死にゆくのは時間の問題だろう。

 そこまでを豪華な逆さの客席から眺めるアリシアだが、心は動かない。冷めた顔で、ただレヴィを見つめている。


「反撃だ」


 フレイは、腰の剣を抜いた。

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