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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第一章 帝覚
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4話 晩餐会のレーベン

 レヴィが身体中のあちこちを打撲し、ボロボロになった晩、屋敷では──。


「なんでこんなに騒がしい...」


「仕方ないじゃないですか、明日はここ全員の命日になるかもしれないんですから」


 机に並べられたチキンを頬張り、酒を盛り、騒がしく踊り明かす傭兵達。

 確かにアリスの言う通りかもしれないが、いくらなんでも今の彼らにそんな緊張感があるとは思えない。


「縁起でもないこと言うなよ...僕らは生きて帰るんだ」


 自分でも久しい真面目な顔。

 それを横から眺めるアリス。彼女の目は、先程の模擬戦で見たように爛々とはしていなかった。

 どちらかと言えば、不安と心配に苛まれているように見える。


「どうした?」


「怖い...ですね」


「自分がそういうこと言うからじゃないのか?」


 そう、自身で不安を撒いて、その不安を食べているだけに過ぎない。

 大体、いくら“unknown”とてアリスの魔法に適うはずがない。そうレヴィは考えている。


「違うんです...」


「違う、って?」


 レヴィはここまで真剣に悩んでいる彼女の顔を見たことがなかった。

 故に、少し過ぎた心配をした。


「よく人に言われるんです。君の魔法は“魔女”以上のものだ、あの女神を連想させる程だ...って」


 女神、アズリエル。名前もどことなく似ている気もするが、確かに彼女の魔法適正は女神に匹敵すると思われる。

 冗談抜きで、彼女の魔法は素晴らしいから。


「確かに、僕もそう思う」


「でも、それが少し重荷になっているというか...」


 初めて、アリスが弱さを見せた。

 鋼鉄の様に硬いと思っていた彼女のメンタルは、思った以上に脆いものだったらしい。

 そして、見せつけられたその弱さに、またレヴィは惹かれていく。


「だ、大丈夫だよ。明日は僕もいるんだし、怪我してもミーナがいる。一人じゃないから」


「レヴィ君...」


 その通り、一人じゃない。仲間がいる。そう思うだけで、多少は救われるだろう。

 だが、彼は少し過保護になりすぎたようだ。

 自分の犯した失言にも気付けずに。


「僕がいるって...本当に私を守れるんですか?」


 心底安心する。

 いつものアリス、アリシアだ。

 頬杖を付き、ニヤついている。彼女の挑発の定位置というものだろうか。

 あその挑発にも、今回はちゃんと言い返せる。それだけの自信が付いた。彼女のおかげで。


「守れるんですねこれが。今日手合わせしてもらって、最後の方はいいところまでいけたと思うし、何より...」


「何より?」


「やる気があればなんでも出来るんだよ」


 薄っぺらい自信の根拠。

 酷い人間なら、その程度の自信、すぐに剥がしてしまうだろう。

 だが、心が弱りきっているアリスにはそれは出来ない。

 心が弱ってなくても、アリスはそんなことはしない。彼女の本質は優しいから。


「はぁ...そんな薄っぺらい建前使って欲しくなかったんですけど、レヴィ君には」


「仕方ない。今日やっと付いた自信だ。お前が手合わせしてくれたからな。自信を付けてくれたお礼は、アリスを守ることだ」


 その時のアリスの顔は、この世のものとは思えない程美しく見えた。

 傍から見ればただ赤面しているだけだが。


「レヴィ君...」


「あっ、えっ」


 彼女の表情に狼狽える中、助け舟を──追い打ちをかけたのはひょこっと現れたミーナだった。

 ミーナの青い双眸には、レヴィの胸の内に顔を埋めるアリスの姿があった。


「レヴィ様、やっぱりアリス様とそういう関係だったんですね」


 酷い勘違いをされたものだ。

 そういう関係になりたいのは確かだが、まだ時期が早すぎる。


「違う違う!ちょっとイザコザがあって!」


「ぐへへ」


「女の子がぐへへとか言わない!」


 必死で弁明するレヴィを他所に、ミーナは卑劣な笑みを浮かべ、そこらに待機しているメイド達に言いふらした。


「レヴィ様!!そういう関係になったのでしたら何故早くご主人様に報告に行かないのです!」

「お祝い致しますわ!」


 口々に好き勝手言い放つその口をどうにかして止めたい。

 だが、女子の噂程、尽きずに延々語り続けるものはない。この世でレヴィが恐れているものの一つだ。


「そこまでになさい」


 いつの間にか胸元を離れたアリスが、厳格な態度でメイド達の前に歩み出る。

 その表情はレヴィからは見えないが、よっぽど恐ろしかったのだろう。

 メイド達は黙って、散り散りに消え失せた。


「レヴィ君」


「は、はい!」


 声が裏返ったのは、女の子にあそこまで近寄られたことがなく、心臓の拍動が収まらないから。


「...やっぱりなんでもありません」


「めっちゃ気になる」


「い、いいですから!もう忘れてください!」


 そう言って、赤面が冷めない表情で椅子に座ってしまった。

 テーブルの向こう側からちょこんと顔を出しているミーナが座り直し、口を開く。


「私、本当に後方支援だけでいいんですか?」


 回復魔法が使える故、回復魔法しか使えない故に後方の方にいるんじゃないかと言いかけるが、それは余りに刺々しい言葉だった。


「本人がご希望なら前線に送り出すことも可能ですが」


「おい、ちょっとそれは...」


「それはなんです?」


 きょとんとした顔のアリス。

 正気か、昨日今日勧誘した相手をいきなり前線に送り込むなど。

 だが、それは杞憂だったようで。


「あの...私剣も使えます。魔法も、回復魔法以外も使えます」


 そう言い終わるや否や、ミーナは天井に手を伸ばし、


「え!?」

「おおおおおおおおおお!!!」


 レヴィのハテナと、傭兵達の歓声が重なる。


 ミーナが手から放ったのは、巨大な氷柱だった。氷柱はこの場にある水という水を吸い込み、氷柱の芯に触れた途端に氷結する。

 ピキピキと音を立てながら出来上がっていく巨大な剣は、天井スレスレの所で生成を止め、彼女の手の中にすっぽりとはまる。


「何それ...?」


「ü:レーベンです」


「ゆーばーれーべん?」


「水を原料に生成される巨剣です。標的は、切る直前に氷結して、切った後はもう...バラバラです」


 剣の有用性と恐ろしさには圧倒され、分かったつもりでいるが、その巨剣を片手で持ち上げるミーナの腕力はどうなっているのか気にはなる。


「そうか...それよりも怖いから早く解いて...」


 そう言うと、ミーナは何かを呟いた。

 すると、色とりどりの水がレーベンからゆっくりと滴り落ち、ミーナの立っていた場所をびちゃびちゃに濡らした。


「これを使える人はあまりいないみたいです。魔法適正が高い人じゃないと」


 アリス。その一言が思い浮かんだ。

 アリスの魔法適正なら大丈夫なんじゃないか、と考えたのだ。


「アリスはどうだ?」


 言われるとすぐに、レヴィの考えていることを悟ったのか、指先から出現する炎の糸で蝶を描いた。

 まるで生きているかのような美しさ、生の気が溢れ出る美しさだ。


「これ...なら!」


「ちょっと!ミーナさ──」


 語尾が聞こえないほど素早くアリスの手首を掴み、晩餐会を抜け出した。


 レヴィが就寝する時間、何度もドアの隙間から冷気が漏れていたのが、アリスがレーベンを生成できる証拠となった。

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