幕間 三番目の候補
「っと?アリシ......えぇ!?なんで手ぇ繋いでるんですか!?ち、ちょっと!」
扉の前に丁度来たレイラが、突然開いたそれに驚き一歩後ずさる。
彼女の目に入ったのは、手を繋いでラブラブとでも言いたげなアリスの姿と、それに釣られて出て来た冷たい顔のレヴィだ。
「貧乳は黙ってることです。私はもう大人になったので」
「ひ、ひん......ふ、ふん。楽しそうでなによりだよ。ボクだって、レヴィ様に何でも出来ちゃうんだからね?」
特に、「大人になった」という点には着目せずに、しかしレヴィの心はしっかり射抜くつもりのレイラ。貧乳といういじりにも耐え、権能でなんでも出来るんだと鼓舞する。が、
「......彼の気持ちは変わりませんよ?ね?」
「え、え?あ......どうだろ......」
あくまで優柔不断なのは小さい頃から、アリスに抱き締められて鼻血を出した時から全く変わっていない。アリスもまた、そんな変わらないレヴィのことを好きだと思っているのだが、今回に限っては白黒はっきり付けてほしいところである。
「優柔不断な性格を叩き直してあげますよ。また子供の頃のスパルタ教育をして欲しいみたいなので」
スパルタ教育。子供の頃のアリスの教育は、スパルタそのものだった。暴力こそ振るわないが、英才教育までの道のりは長かった。勉強に関しては、アリスも何も言うことはなかった。特に言われるのは礼儀に付いてだ。米粒を一粒落としただけで、アリスがイライラマックスになるのだから、気を使って仕方がない。
「あれはキツかったからやめて欲しいな......それより、レイラはなんでここに?」
「それよりじゃないですよ......怒号が聞こえたので、来てみたら今この状況です。誰が叫んだんですか?」
「あぁ......たぶんシーエさんかフレイ君かのどっちか......そういえば、応接室にまだ......」
どうやら、レイラが反応したのはフレイの叫び声だったようだ。扉の向こう側では、何を言っているのかは分からなかったアリスだが、何かを叫んでいるのは分かっていた。
全く、屋敷の中で大きな声を出さないでほしいものだ。
そして、彼らは今応接室にいるはず。そこに待機していてくれと頼んだのだから、そこにいるのが当たり前だろう。
「応接室?閉じ込めたのか?」
「人聞き悪いこと言わないですよ。待つように言ったんです。だからいるはずです。レヴィ君も交えて話をしたらきっと──」
レヴィを交えて話をすれば、少しは話も丸く収まるのではないか、と睨んだアリスの予想を裏切ったのは、他でもない彼らだった。
扉を開けるも、そこには金髪の少年の姿も、銀髪の少女の姿もない。
「......帰ったみたいだね」
「......あれだけ助けを乞うていたのに、もう帰ってしまったんですかね」
あれだけ、泣き叫ぶんじゃないかという程助けを乞うていたのに、そうあっさりと帰ってしまうことがあるものなのか。
もしや、もう仰望師団の手が加わって──いるはずがない。そうなれば、この部屋は前回の襲撃の際のように血塗れになっているだろうから。
「助け......?」
「......何でもありません」
ここでレヴィに悟られれば、アリスが変な風に疑われてしまう。それは出来るだけ避けたいものだ。
「見捨てたのか?」
「だから!人聞き悪いですよ!この件が終わったらちゃんと話は聞くつもりだったんです」
確かに、魔法を使って多少の実力行使は行動に起こしてしまった。だが、それだからといってレヴィに責められるわけではあるまい。彼だって衝動的に動くことはあるのだから、そこら辺は認めてくれるだろう。
まぁ、そこらはひた隠しにしても、人の心を読むのが苦手なレヴィには想像も出来まい。
肝心なのは、しっかり話を聞くつもりだったということと、閉じ込めたのではないということ。
「......そうか。で、要件は何だって?」
「仰望師団について、とだけ言っておきます」
別に皆まで言う必要もないだろう。仰望師団が関わるというだけで、なかなか危険なのは変わらないのだから。
「......そうか」
「嫌に冷静ですね」
冷静なのには理由がある。何故か、無駄に頭が冴えないのだ。察しも悪くなり、頭の回転もなかなか悪い。
何か、ヴェリュルスがしているのだろうか。しているにしても、していないにしても、別にレヴィは知ったこっちゃない。
「......仰望師団が何て?」
「フレイ君を連れ去りに、だそうです」
「......無事かな?」
無事とは思えない。仰望師団の悪事は詳細までは聞いたことがないが、まぁ犯罪集団というだけでろくなことをされて帰ってくるとは考えにくい。
「無事とは言いきれませんね。連れ去った後、どうされるのかは聞いてませんので。まぁおそらく......処分でしょうが」
「......一応、いつでも救出出来るように準備はしておいてくれ」
無事では済まないとは思いながらも、一応助け舟は出すつもりだ。例え直接話したことがない相手でも、顔見知りが闇の手に落ちるのを悠々と見るのは気が引ける。
一応、念の為に竜車を何台か用意しておくべきだろう。
「了解です」
「話が一区切り付いたところで貧乳が喋っていいですかね?」
何故か、自ら罵倒を口にし、胸を抑えながらレイラが言う。
ここで話を切り出すのなら、何の脈絡なしに話が始まるのが常だ。
「どうぞ」
「手ぇ繋いでいいですか?」
アリスが許可を出すなり、レイラは躊躇いの一つも見せずにそう言った。アリスの顔は少し強張り、レヴィの顔は血の気を引き戻した。
暫く顎に手を当てて考えたレヴィは、結果、アリスに決定権を委ねることに決定した。
「......アリス」
「え?私に決定権が委ねられたら拒否一択になりますけど」
まぁ、確かにそれは予想された事態だった。レイラのことを嫌っているわけでもなく、好いてもいないであろうアリスからすれば、彼女は微妙な立場にいる。
アリスの言葉に、少し反感を覚えたレヴィは、今回はしっかりと嫌がらせのつもりで言った。
「じゃあ僕が決める。いいよ」
「よし!」
「で、大人記念の会食は今日行いますか?」
レイラが渾身のガッツポーズをし、アリスの方を見る。「どや」と言わんばかりの円満な表情で、しかし、アリスの顔は冷めている。
嫌がらせは通じず、アリスは冷静な顔付きで、しかしレヴィに手を握られているからか少しニヤけた顔で、言った。
「ちょっと!なんでレヴィ様の前で──」
「大人?レイラ何歳だっけ?」
レイラの動揺を掻き消すように、レヴィが彼女の声を遮って言う。それは単純に疑問に思っただけであって、これは本当に嫌がらせではない。何故なら、まずレヴィはアリスの言葉の意味を理解していないから。
「じ、十二......」
「まだじゃん。大人は二十歳からだよ」
こういった感じで、彼の鈍感具合は神をも超越している。余裕でアリスの性癖がバレてしまう程に。
そして、この帝都では「成人」は二十歳からだ。「女としての大人」は、例のあれなのだが。そこを勘違いしているレヴィは、未だにその過ちに気付かない。
「鈍感過ぎて結構。助かりましたね、レイラさん」
「......まぁ、九死に一生を得た感覚だね」
胸をほっと撫で下ろし、ため息をつくレイラの横に、絡まった指を解いたアリスが沿い立つ。
レヴィは、何故今手を離したのか分からずに棒立ちのままだ。
「別に、大人記念じゃなくても、沢山の人達が今日睡呪から解き放たれる。そのお祝いに晩餐会でもしましょうか」
「解呪は信用出来るのか?」
いくら解呪の達人と言えど、レヴィのように沢山の呪いにかかっているのならそれは助かりようがないのと同然だ。
ヴェリュルスでさえ解呪出来ない呪いを、その解呪者達に紐解くことは出来るのか。何故か、ヴェリュルスを持ち上げてそう考えていた。
「ご安心を。帝都一です」
「その言葉を聞くと少し気分が悪くなるな......」
「帝都一」、少しのデリカシーも持ち合わせていないアリスは、そういうことをいかにも簡単そうに言う。あの時はあれ程泣きじゃくっていたのに、今となってはこのザマだ。
ミーナの死を、少しも悲しく思っていないのだろうか。──あまり考え過ぎるなと言ったのはレヴィ本人なのだが。
「私だって帝都一の魔女なんですから、それくらいは我慢ですよ」
「さっきまでの可愛らしいアリスは何処へ......」
キス中の、あの熱中していた可愛らしいアリスの姿はどこにもない。今となっては、さっきのレヴィと同じように冷たい顔付きだ。ここまで冷静を保たれては、もう一度襲おうかという気になっても仕方あるまい。
「か、可愛らしい!?あ、アリシアさん!レヴィ様に何を!?」
「ちょっとした愛の育みを」
「ま、まさか......」
この一瞬でレイラは何を考えたのだろうか。アリスから見れば、レイラはませてる女の子だから、いやらしいことを考えていると思ったかもしれない。対してそんなことを微塵も知らない、興味もないレヴィは、キスのことを咎めらる気しかしない。
「これ以上は言いません」
「......」
アリスの勿体ぶりに少し腹立たしさを覚えたのか、レイラが黙りこくる。そんな状況に、部屋から出て来たカーマイン達とレヴィが冷や汗を流す。
冷や汗が垂れるような緊迫感を晴らそうと、アリスがため息をつきながら口を開く。
「取り敢えず、チビちゃん達とリリィさんの解呪に向かいましょう。もう夜です」
「......」
レイラの沈黙はそのまま、しかし彼らの中の緊張感は緩み、アリスの後ろに続いて行った。
夜はもう、そこまで来ていた。
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「はぁ......はぁ......キリねぇな!」
白い空間に、ヴェリュルスは暴れて、踊っていた。剣と共に。
白い空間に飛び散る赤い鮮血が、びちゃびちゃと音を立ててベンチや建物に付着する。
いくら潔癖症なヴェリュルスと言えど、この絶望的な状況下でそれを気にしている暇はない。
「どんだけっ!......湧いてくんだよ!」
言うなり、建物の影からひょこっと頭を出して歩み寄ってくる白髪の少年達。少年だけではなく、大人のものもいるかもしれない。
その内の一人が、徐に声を上げる。
「僕は......」
「るっせえよっ!僕呼びはレヴィだけで十分だ!」
例の剣、色んな属性を宿したその剣で、歩み寄る少年達の首を掻っ切る。
飛んだ首は、ぐちゃりという不快感を催す音を立てて、ヴェリュルスの足元に落ちる。それを蹴っ飛ばしながら、彼は呟いた。
「にしても......なんで白髪ばっかなんだ?俺の真似か?......っざけんなよっ!」
真近にいるのは五人。腕を横に払い、それと共に流れるように空を、首を切る剣が、ヴェリュルスの手から離れた。その理由は、ヴェリュルスの腕を叩き折った少年。
折られた痛みはないが、その衝撃で離してしまった剣は、数メートル飛んで地面に刺さる。
「ぐっ......」
腕を叩き折ったその少年がヴェリュルスの足を引っ掛けて彼を押し倒す。
反対側の腕を掴んで顔に噛み付いてこようとする少年。ヴェリュルスはそれを、右、左上に避け、最後に覆い被さった鳩尾に膝を蹴り入れる。
「は──っ!?」
飛んだ少年が剣と同じように数メートル弧を描いて飛び、頭から地面に落下した。首の骨が折れたようで、その地に伏したその少年はピクリとも動かない。
少し歩み寄る男の数が減ったところで、ヴェリュルスは軽くため息をつく。数歩歩いて、先程の痺れる剣を手に持つ。もう片方の腕はもう使い物にならない。ぶらぶらと垂れた腕に、後ろから少年が噛み付く。
「ぁ......う......」
「やめろや......退けよ!」
呻く少年の声に、ヴェリュルスは物ともせず、逆手に持った剣で彼の胸を貫く。
胸に剣が刺さり、それを抜かれた少年はビクビクと痙攣し、命を途絶えさせた。
遠くを見やるヴェリュルス。やはり建物の影からその男達は出て来ているらしいが、その頻度はかなり減っているようにも感じる。
だが、少年の数だけは異様な程多い。しかも、全員が全員同じ顔だ。そう、レヴィの顔。
「あと......五十人っていったとこか」
「僕は......君に──」
何かを喋りかけようとした少年を切る。切る。切る。その行為に、ヴェリュルスは何の罪悪感も感じない。逆に、正義感が滾る感覚だ。
ふと、辺りに散らばる少年達、歩み寄る少年を見て、彼は気付く。
「今日はやけにチビが多いな。甘えてぇのか?レヴィ」
そしてもう一つ気付いたこと。時間を置くごとに、彼らの凶暴性が増していっている気がするのだ。最初の頃は腕を折るだけだったものが、後半になれば飛び付いてきたり、顔を噛もうとするもの、実際に指を齧るものまで出現したのだから。
と考えている矢先、再び首に少年が飛び付いて、そこに歯が食い込む。流石に死を感じれば、痛みは感じる。特に首という大事な部分。齧り取られてたまるかというものだ。
「ぐっ......んのやろぉ!」
「や、やめてよ!......ぼ、僕は......!」
否、もう齧り取られても何でもいい。まだ神経の残っている右手で、少年の腹を貫く。そのまま、少年が首に噛み付いたままで、ヴェリュルスはそれを遥か遠くへ投げ飛ばす。
「黙れって言ってんだよ聞こえてねえのか?お前ら全員悪魔なんだよ。全員......全員全員全員全員!ぶっ殺してやるよ!」
もうヴェリュルスの脳のキャパシティも限界に近付いている。全てはレヴィを守る為──そう、思い込んで殺し合いを続けている。あの時を彷彿とさせる情景が目に浮かぶ。だが、彼はめげない。
「私は......」
「お前も死ぬ」
久しぶりに出て来たと言わんばかりの表情を浮かべる男は、少年ではない。青年、もしくは成人だ。レヴィが成長すれば、これ程までになるのだと感心する。が、そう思っている間に彼は薙ぎ払う。
「僕は僕は」
「レヴィ......今回ばかりはもちそうにねぇな......」
もう諦めが付いたのか、ヴェリュルスは頭を下ろし、立膝をする。
ふと、頭を上げて、彼は驚愕する。
「......?あと......三人?」
見ると、残りの歩み寄ってくる少年達はたった三人だ。悪夢のような時間が、もうすぐ終わる。その嬉しさを他所に、ヴェリュルスは剣を握り直した。
その時、少年の一人が大声で叫んだ。
「なんでこんなことするの?やめてよ!やめて欲しい!」
「......るっせえよっ!お前ら全員!レヴィの心を蝕んでんだよ!さっさと消えろやクソがァっ!」
「────」
「────」
「────」
少年の叫びとヴェリュルスの叫びが重なり、その瞬間に互いが飛びかかる。先に剣を振るったのはヴェリュルス。タイミングがぴったりだったようで、彼らの首は、スパパンと弾け飛ぶ。
周りにひれ伏す頭のない胴体達。その首の場所から伸びた赤い鮮血が、地面をヌルヌルとさせている。ヴェリュルスは再び剣を逆手に持ち、地面に刺した。立膝をし、剣の柄に手を当てて、吐息混じりに言った。
「はぁ......はぁ......守り、抜いたぞ......」
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「これはまた......色々と増えてるな」
目の前に広がる、ハーレムとも呼べるその状況に息を呑むレヴィ。それもそう、そこに立っているのは十一人の女の子だ。従者だけを選別すれば三人。しかし、どうやらその従者さえも増えたようで、アリスが言うには従者は九人だそうだ。
「ルルがルルですよぉ〜、レー様ぁ〜」
「れ、レー......?」
ルルと、自分のことをそう呼んだ赤髪の少女、幼女は、何の脈絡なしにそう言った。おそらく自己紹介のつもりなのだろう。記憶を無くしていたという設定になっているのだから、こういった配慮は心が潤う。
それにしても、「レー様」とは何のことなのか──まさかレヴィのことか。略称なのか。別に構わないが。
「リリもリリです、こちらがララ、こっちの二人がレレとロロです、レー様」
そう言ったのは黒髪の幼女。彼女も初見だが、何やら親近感を感じる。たぶん、姉妹の中で唯一黒髪なところがそうなのだろう。
アリスから聞くところによれば、彼女がアリス達の救出に向かったらしい。それも大勢の衛兵やメイド達を連れて。この屋敷の当主、帝王からすれば、即座に何かもてなしたい気分だが、生憎今はそれをやってのける気力がない。
「ちょっと!?ララは一人で自己紹介出来るもん!」
白髪、銀髪だろうか。中間色のような幼女が叫ぶ。レヴィには何となく分かる。この子はプライドが高く、しかしボロが出るタイプ。なかなか可愛らしい性格をしているものだ。
「様子が変わったレー様の前でカチコチだったくせに、ね?ロロ?」
「レレの言う通りよ、ロロもそう思うわ」
口を揃えて言うのは、黄色と金髪の中間色。黄色と呼ぶには白みがかっている幼女と、鮮やかな青髪の幼女。
互いに互いを尊重しており、姉妹の中でも大事にしているらしく、彼女らは常に共にいる。それは解呪の途中も同じ。
「と、取り敢えず......よろしくね」
沢山の自己紹介が済み、一段落付いたところでレヴィがストップをかける。解呪の際は、話出したら止まらなかったからだ。あれは少し危機を感じた。
レヴィが口を挟むと、幼女達は静まり返り、しかし律儀に礼をした。
その礼が済むと、今度は影に隠れていたアリスがレヴィの隣に歩み寄り、誰かの紹介を始めた。
「で、こっちがレイラさんのお姉さんのリイラさん」
「ち、ちょっと!なんで私がこんな格好しなくちゃいけねぇんだよ!」
アリスの紹介と共に影から登場したのは、この屋敷のメイド服を着た赤髪の女性。少女ではない。「大人」を体現したかのようなその体型は素晴らしい具合に美を表現している。対して、その口調から読み取れる彼女の性格は男のようだ。
恥ずかしがり、スカートの裾をギュッと握りながらそれを堪えるリイラ。
プルプルと震える肩から読み取れるのは、爆発しそうな程の羞恥心。そこまで嫌がるなら普通の服でもいいのに、と思うレヴィだが、これもアリスの差し金だろう。
「似合ってますよ?お姉様」
「お前の姉さんになったつもりはねぇよ!......あぁ......なんだ、レイラが世話になった。今日から......今日から......っ......き、今日から!メイドとして働かせてもらう!文句あんのかコラ!」
「な、何も言ってないよ?」
どうやらメイドとしての務めに何やら心配があるのか、緊張のあまりレヴィに軽くキレる彼女の目は──目は、何故か恋する乙女のようで。
そんな彼女の目に何やら不思議なものを感じるレヴィ。
アリスから聞いたところによると、彼女がアリスの命を絶った張本人だと言う。それだけを聞けばレヴィも黙っているわけにはいかないが、レイラと同じ境遇なのだと、アリスが無事なのだからと思うと、どうしてもアリスのお願いを承諾する他なかった。
「レヴィ様、こんな人はほっといてご飯食べましょ?」
「こんな人......って、お姉さんじゃないの?」
気が立っている様子のレイラは、その目をリイラに向けようとしない。レヴィの服の裾を掴んで、ずっと俯いている。
「何故か」それを聞こうとした時、アリスが不意に耳打ちをする。
「喧嘩したんですよ、レヴィ君、そこら辺は感じ取ってやってください」
「あ、うん......」
元仰望師団同士の喧嘩──どれ程恐ろしいものか。軽く山が吹き飛ぶ程の喧嘩をしたのだろうか。王として、それは流石に容認出来る範囲ではない。
だが、見た目は子供なレイラも、見た目は大人で中身は子供っぽいリイラも、お互いに人間としての常識は持ち合わせている。そんな乱暴は働かないはずだ。──そうであってほしい。
「お待たせしました......」
再び、影の方から誰かが登場する。その姿は、長い銀髪を下ろした人形のよう。実際、彼女が着ている服も、純白のドレスなのだからそう見えても仕方ない。リリィだ。
「......リリィ?その格好は?」
「ちょっとオシャレに......って、なんで皆いつもの服装なんですか!?」
照れながら説明するが、皆の服装に思いっきりツッコミを入れるリリィ。確かに言われてみれば、レヴィもアリスもカーマイン達も、言ってみれば普段の服装だ。
アリスだけは「The魔女」といった服装だから奇抜なのは奇抜なのだが。
「だってこれは屋敷内での晩餐ですよ?別に着飾る必要はないんです」
「で、でも......こうやって解呪の人達も来てるんだし......」
解呪の人達元いカーマイン達がお客様だから着飾るのは当然だと言い張るリリィだが、アリスの「謎」といった表情に少し気が引けたらしい。すこすこと後ずさりし、皆と同列に並んだ。
そういえば、と、リリィの言葉によって何かを思い出したレヴィは、カーマイン達に向き合って言った。
「あ......カーマインさん、プリルさん、ありがとうございました。僕達の......メイド?従者?を助けてくださって」
「遅れてすみません」と付け足したそれに、その場の誰もが凍り固まる。何せ王が、ほぼ一般庶民に対して頭を下げているのだから、彼女らがそういった反応をするのも仕方ない。
「お、王様が頭を私達なんかに下げてはいけません!顔を上げてください!」
「プリル、そこは受け取っとこう?」
王様に頭を下げられることと、この状況の圧迫感に耐え切れなくなったプリルは、冷静さをなくして手をあたふたと振る。
対してカーマインは常に冷静に彼の感謝を受け止めようとする。
この場合、どちらが正解なのかは分からない。だが、感謝をそのまま受け取る方が筋というものなのだろう。
「............納得出来ないわ」
「なんでよ」
長い溜めを作って、しかし納得出来ないと首を振るプリルは強情だ。そこは素直に受け取っておけば良いのだとばかりに、パシンと頭を叩くカーマインに何も言い返さずに、彼女は俯く。
「取り敢えず、もう食べようぜ。お腹減ったぁ〜」
男らしい性格のくせに、「お腹」と、ちゃんと女の子らしい言葉を使うリイラに、レヴィは少し感心して頷いた。決して、お腹が減ったというところに同調したのではない。
リイラの言葉に確かにと頷いたアリスは、ジュースを注いだグラスを天井に掲げて大きな声で言った。
「そうですね。じゃあ、かんぱーい!」
皆がグラスをぶつけ合い、グイッと一杯を飲み干し、屋敷のテーブルに敷き詰められた食べ物を求めて散り散りに去っていく。
アリスはリリィと話し、何やら軽い口喧嘩になっているらしい。リイラは黙々と皿の上の食べ物を平らげ、対してこういった場所に引け目のあるプリルは、食べずに周りを観察している。
そんな中、一人だけ、否、二人だけその場を動かなかった者がいた。レヴィとレイラ。元々少食で、こういう晩餐会もあまり食べないレヴィ。だが、ここにレイラがいる必要はあるのか。
「......レイラ?」
そう呼ばれても尚、彼女は微動だにもしない。ただ、レヴィの裾を握っているだけで、彼女は動かない。
諦めて、動き出そうとしたその時、レイラが口を開く。
「レヴィ様、一つ聞いてもいいですか?」
「ん、何?」
そういうレイラの目には、涙ではないが何やらじわりと滲むものがあった。
だが、レイラを怒らせるようなことはしていないはず。
「ちゅー、しましたよね?」
「......え?」
「したんでしょう?」
──していた。レイラを怒らせること。まず、レイラが自分のことを好いているというのを軽く忘れていた時分である。
ここはどう切り抜けるべきなのか。素直に認めてしまうのが一番早いだろうが、そんなことをすればレイラに怒られかねない。
結局、素直に認めるのが一番良いという結論に至った。
「え、ま、まぁしたけど......」
「なんで私はまだなんですか?二人にはもうしたのに?」
何故とか以前の問題ではないか。大体、キスというものはほぼ結婚の儀式と変わらないのだから、彼女とそれをすれば結婚を約束してしまうことになる。──アリスとリリィ、二人にキスをしたのだから、公に二股宣言をしていると言っても過言ではない。
「レイラは......まだ、子供だから」
「子供はしちゃあいけないんですか?」
「......どうなんだろ?」
別に、決まりというものはない。さっき言ったことも、必ずではない。だが、大概がそういった暗黙のルールだから、そういうものはあまりするものではない。
「でも一応、三番以内には入ってるでしょう?」
「何の?」
とぼけているのではない。
誰かがこの会話を盗み聞きしていれば、それは「好きな人の三番以内である」とはっきり言ってやれるのだが、生憎今は彼らの周りには誰もいない。
「あぁもう!」
「────?」
対してレイラはとぼけていると思ったのか、レヴィの指をぐっと引き寄せて小指を絡めた。そして彼女はレヴィの顔をまじまじと眺め、言った。
「............これで三番以内です」
「な、何が......?」
まだ彼女の真意が分からないレヴィは、あくまで鈍感を貫き通す。あくまでとか言う前に、元々鈍感なのだが。
「知らないんですか?約束」
「知ってるけど......何の約束?」
段々と強くなる小指の締め具合に顔をしかめながら、レヴィが問う。
呆れた様子のレイラは、ため息を三回程ついてやっとのことで口を開いた。
「結婚するという約束です」
「子供だな......」
心からの言葉。本当に子供らしいものだ。親子が結婚の約束をする程に幼稚な。まぁ、まだ十二歳ならばそれも許せる範囲なのかもしれない。
ふっと笑いながら言ったレヴィに、レイラが怒ってかかる。
「う、うるさいですよ!黙って妻として娶ればいいんです!」
「あと四年必要だけどね」
結婚するには、女性は十六歳。男性は十八歳にならないといけない。つまり、レヴィとリリィは結婚出来る。レイラとはまだ出来ない。そしてアリスは──。
それに、レイラが妻になるということは他の少女達を選ばないということ。選ばない方法で妻にしようとすれば、そこはリリィの提案を呑まなければいけない。
「そこは王の権限でどうにか」
「まじか」
そして、レイラもまた無茶振りな提案を口にする。この法が適用されれば、赤ちゃん同士の結婚すら許されることになる。まぁ、対象の年齢を引き上げればいいだけの話だが。どちらにせよ、流石に十二歳の女の子を妻にするというのはどんな王でも気が引けるだろう。
「まじです」
「はぁ......それしかないことはないと思うんだけどなぁ〜......」
「と言うと?」
「それしかないことはない」。つまり、ハーレムを作るような王にならない方法があるのはあるということ。しかし、それは三人の中の二人を傷付ける方法。レヴィとしては、出来るだけ悲しませたくはない。
「選ぶ、とか」
「......そんなの不利じゃないですか」
どこが不利なんだというと、まず年齢だ。彼女を妻にするとなれば、法を変える必要がある。それか待つか。どちらにせよ、それらを行った場合に、リリィやアリスの手が加わる可能性は拭い切れない。結果、ハーレムを築いてしまうかもしれない。
そうなれば、レイラは選ばれなかったということになる。なかなか難しいものだ。
しかし、気持ちだけの問題なら、レイラだって可能性はある。
「そんなことないよ?レイラだって僕の大事な人の一人だ」
「そ、そう......ですか」
照れて赤くなった頬を擦りながら、レイラはレヴィに添い寄る。
「そうだよ。だから自信持って。でも権能は使っちゃダメ」
権能など使われては、この世界の秩序がひっくり返ってしまうことも考えられる。それに、レヴィの気持ちがレイラ一択になる可能性も拭い切れない。彼は、今のこの気持ちを永遠に残しておきたいのだ。
「まぁ......場合によっては──」
「だーめ」
そう言いながら、軽いデコピンをレイラのおでこにかます。彼女はヘッドバッキングのように頭を振り回しながら叫んだ。
そこまで強くした覚えはないのだが。
「痛っ!えぇ......レヴィ様の意地悪!」
「一気にまた子供らしくなったな」
結婚の約束の場面から、ずっとら子供だったのはそうだが、今となっては小学生そのものだ。表情も、頬を膨らませて、まるでフグだ。
「ふん!いいもん!いつか権能でボクの男にしてやるんだから!」
「まだ子供だよ......」
相変わらず頬は膨らませたまま、ドスンドスンと大きな足音を立てながら、しかもガニ股で向こうへ歩いていった。
その途中で、口喧嘩が激しくなったらしいアリスとリリィの間に割って入り──更に乱闘が始まった様子。勿論お遊びでだ。
レヴィも、彼女らに歩み寄る。
その時、頭の中で──幻聴のように、声が鳴り響いた。
『レヴィ』
これにて二章完結です!
次話は一度番外編を挟んでから三章にいきたいと思います。
これからもよろしくお願いします!




