表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第二章 呪いが集う場
46/205

44話 インフェクション

「魔女様ってどれくらい強いのかな?」


 静かに竜車は進んでいた。その静寂を破って声を発したのは、オーカー色の髪色をしたカーマインという少女。

 普段仕事場に住み込んでいる為、こういう風に間を空けずに話しかけるのは新鮮なのだ。それ故プリルは驚き、しかしきちんと会話は成立させる。


「仕事場を出たら間は空けないのね......魔女、それはもう、この世界を滅ぼせる程に。まではいかないかしら」


「いっそのこと滅ぼしてくれたらいいのに」


「何を思ってそんなこと言ってるのよ」


 こういう所がするるから、本当に彼女は恐ろしいと思う。それに比べ、そういう失言の少ないプリルは常に「普通」を保っている。


「別に?なんとなく......滅ぼせる程って言っても、実際に滅ぼしたことはないんだから分からないじゃんって」


 つまり彼女の言い分によると、実際に行った事のない事実は無いものと判断されるらしい。

 確かに、世界を滅ぼしたことはないだろう。あってたまるかと言いたい。

 結果、彼女──アリシアは世界を滅ぼす程の力は持っていないと言える。


「なるほどね、実際に会って魔法見たら分かるわよ。虹色の炎が出てくるから」


「に......じ?」


 決して嘘ではない。どこかで見たはずなのだ。その「虹色の炎」を。


「大袈裟じゃないわよ?本当に虹色の炎が......あれ?私どこであの人と......」


「......会ったことあるんじゃなかったの?」


 言葉を詰まらせるプリルに、カーマインが心配そうな顔で言い寄る。

 まさか記憶喪失?と言わんばかりの心配顔に、プリルは再び言葉を詰まらせる。


「いえ、まぁ......あるはずなんだけど......」


「変なの。まぁいいや、その魔女様でさえ、解呪は出来ないんでしょ?それって私達が一歩秀でてるってことじゃない」


 魔女より一歩秀でている。それは大きな間違いなような気がしてならない。確かに、自分達に解呪を依頼するのだからそれが出来ないのだろう、彼女は。


 だが、それは個人個人の得意分野があるから。という結論に行き着く。それぞれ得意な部があって、苦手な部もある。それが少しズレただけでこの言い草だ。

 実際剣を、魔法を交えれば、カーマイン達などハエも同然だ。


「あのね......秀でてる部分が一つあったくらいであの人に適うと思うの?......到底無理よ。あんなの......」


 そう、解呪だけが秀でているからといって、彼女には到底適うはずがない。それをもっと自重すべきだ。


「......プリルって亜人戦争出兵したっけ?」


「したわよ......あ、その時だわ。アリシアさんを見たの」


 亜人戦争に参加──とは言っても、目が覚めたら戦争が終わってそこら辺一帯が焼け野原、というのは参加した内に入るのだろうか。

 アリシアを見かけたのは、その前哨戦の時だ。


「でも面識あるって」


「じゃ前言撤回ね。見かけたことがあるってだけよ」


 そう、彼女の目の前まで行って話し合ったわけではない。ただ、遠くから見ていただけ。前哨戦だけでも素晴らしい剣さばきだった、というのを一つ覚えている。


「ふーん......亜人戦争一日で終わったって本当なの?」


「本当よ」


 そう、前哨戦を抜けば一日。前哨戦を入れても二日だ。前哨戦の内訳はたった三人しか殺していないのだから、それは日にちに含まれないだろう。

 故に、一日で終焉を迎えた亜人戦争。


「......魔女が一人で亜人戦争を終わらせたっていうのは流石にデマだよね?」


「............本当よ」


 魔女が一人で亜人戦争を終わらせたというのは少し齟齬がある気がする。本当は、亜人戦争に参加したのは魔女ただ一人、というのが正しい解釈だろう。

 何せ、さっきも説明した通り、目が覚めれば辺りは焼け野原で、敵の姿、影形も無く消え去っていたからだ。


「......そう」


「驚きすぎて言葉も出ないって感じかしら?」


 確かにこれだけの事象があったと言われれば、喉が支えるのも致し方ないことだろう。


「驚いてなんかないよ。ただ、びっくりしただけ」


「同じ意味じゃない。で、その顔からしてまだ聞きたそうだけど?」


 そわそわと、続きを聞きたそうな表情が丸分かりだ。幼い頃からずっと傍にいた身からすれば、それくらい見抜くのはいとも容易い。


「べ、別に聞きたくは......」


「小さい頃からずっと戦争に行きたい戦争に行きたいって呟いてた貴女なら聞きたいでしょうに」


 彼女の小さい頃の夢は、女騎士だった。女騎士になって、王子様を迎えに行く──逆だろというツッコミを受けながらも、彼女はそれに向かって精進し続けてきた。

 しかし、それは思わぬ結末を迎えた。詳細は言うまでもない。「剣が下手すぎる」その一言で、終わりが始まった。


「......聞きたいよ」


 言い合いに負けたと静かに認めるカーマインは、暗い顔のままプリルを見つめた。

 するとプリルは、その暗さを掻き消そうと言葉を連ね始めた。


「決まりね。あの人は......アリシアと呼ばれる魔女は、魔女なんかじゃない」


「魔女って呼ばれてるじゃん」


そう、彼女の通り名は「魔女」だ。誰が何と言おうと、魔女は魔女。それを覆すことは出来ないだろう。

 だが、プリルの言葉はそれとは少し意図が違っていたらしい。


「いいえ、あれはただのバケモノよ」


「バケ......モノ?まぁ、そういう言い方も出来るだろうね。それ程強ければ」


 強さを持てば、その分恐れられることも仕方ないことだ。それが例え、「バケモノ」のように罵られることになったとしても、力を持った代償としてそれを受け入れなければならない。

 だが、またカーマインの予想は大ハズレに収まった。


「いいえ、強さだけじゃない。何もかもが完璧過ぎるのよ。抜け目がない。隙がない。かと言って顔にでも欠点があるのかと思えば、それも違う......帝都で一番二番を争う美少女っぷりよ」


「プリルよりも?」


「......茶化すのは止めてよ。あの人に適うはずがないでしょう?」


 いくらお嬢様と呼ばれていても、いくら小さい頃から英才教育を受けていたとしても、剣や魔法が足りない。その点アリシアは違う。抜け目がない、と言うよりかは完璧なのだ。


 それに、カーマインだって英才教育の申し子だ。


「知らないもん」


「......まぁ何にせよ、あの人は完全無欠の怪物よ。レヴィ様に仕えてからどう変わったのかは......知らないけど」


 亜人戦争の頃のように、もう噂は頻繁に流れなくなった。それが、彼女が力を失ったということなのか、それともレヴィに会って何か変わったのか、どちらかなのだろう。


 まさかその両方──レヴィに仕えた所為で腑抜けていたら。


「会いに行って随分腑抜けてたらどうする?」


 あっさりと心中を読まれたプリルは、少し肩を震わせて言った。


「どうもしないわよ。......でも、呪いにあっさりかかるくらいだから随分腑抜けてるのかもね」


 亜人戦争直後、寸前のアリシアならば、呪いの気配に即刻気付き、それに触れることはなかっただろう。──腑抜けている可能性がだんだんと膨れ上がってきている。


「でも、呪いがかかった状態でも適いっこないんでしょ?」


「たぶんね。あのバケモノっぷりからしたら、何度でも生き返るんじゃないかしら」


「流石にそれは生き物じゃないよ」


 生き物じゃない、としたら彼女は何になるというのだろうか。まさか無機物、とか、神様、とかに当たるのか。


「でもプラナリアっていう生き物は切られても再生するのよ?」


「人間とプラナリアは違うよ。たぶん女神様レベルまで強くなっちゃっただけだよ」


 女神アズリエル。天界内の神界ヴェールで一時を制覇したと呼ばれる神の一種。その素性は得体のしれないものばかりだが、唯一の逸話は、「何かをしでかしてヴェールから落ちた」というものだ。


「アズリエルのこと?流石にあれには......匹敵するかもね」


 逸話こそ残っていないものの、その強さは格別だという噂も昔は広がっていた。

 だが、その強さの具体例が残存していない為、いくらアリシアが強いとは言えど比べようがない。


 だから、プリルは適当に流した。


「でしょ?......そう言えば、アズリエルの逸話はそこまで残ってない。なのに皆は女神だと崇めてる......何かおかしいと思わない?」


「まぁ、疑問に思う点は沢山あるけど、それにいちいち突っ込んで行ったらキリがないわよ」


 神話、おとぎ話には、何の功績も残していないのに名前が乗る神だっている。プリルは、アズリエルもそれの一種なのではと睨んでいた。


 だが結局結論は先程言ったのと変わらない。ツッコんでいたらキリがない。それだけだ。


「......何か、功績を残さなくても崇められる......確か、アズリエルって堕天したんだよね?」


「そうね。あのヴェールから堕ちたっておとぎ話が残ってる」


「そのアズリエルがアリシアさん......ってことは有り得ないの?」


 予想外の想像力を働かせ、アズリエルとアリシアが同一人物だという仮説を立てるカーマイン。独特なその考え方を、プリルは正面からぶった斬る。


「......まず有り得ないわね。堕天した神は堕天使と呼ばれる......堕神じゃないのが引っかかるけど、堕天使っていうのは基本的に悪魔なの。あの高潔な人が悪魔のような、それに相当する程悪い人だとは思えないわ」


「......そんなものかな」


 高潔だから、堕天した神ではないと言い張るプリル。だが、そんなものはアテにならない。もしかしたら高潔な笑顔の裏で、にんまりと悪魔の笑みを浮かべているやもしれない。

 まぁでも、プリルがそこまで言うならと納得したカーマインは、車窓の景色を眺める。


 色んな色の草花が植えられていて、非常に綺麗だ。それもそう、ここはもう帝都の中心に差し掛かった所。王の目に触れる場所だから、こうして綺麗を保っているのだ。

 丁度ユリの花が目に見えたところで、プリルが続ける。


「そんなものよ。まず、おとぎ話とこの世界を結び付けることすら頭がおかしいとしか言いようがないもの」


「ひっどい!折角頭回したのに!」


 所詮おとぎ話はおとぎ話。神話は神話。この世界はこの世界なのだから、言うなれば漫画の世界と現実世界をくっつけているようなものなのだ。遠まわしに言えば、所謂「中二病」。


「手先は器用でも頭は回らないのね」


「......もう止めた。怒っても仕方ない」


「あら?降参かしら」


 嫌に諦めの早いカーマインに不審感を抱きながら、もう一度再燃させようと挑発を吹っかけるプリル。

 だが、その作戦は失敗に終わったよう。


「降参降参。さっきの話はなしにしよう......でも、一応本人に確認とっとけば安心じゃないかな?」


「アズリエルの話を?馬鹿なの貴女?そんな話したら強制的に送り返されるわよ?」


 頭がおかしいだろと脳内で何度も繰り返し、カーマインを一瞥する。まるで他人のように、蔑むように。

 だが、そんなプリルの無愛想な表情に動揺の一つもせず、カーマインは反応する。


「なんでよ」


「頭がおかしいと思われるから一択ね」


「腹立つ......」


 再燃とまではいかなくても、それなりに怒りを買うことには成功した様子。ご満悦のプリルは、更に追い打ちをかけてシメにする。まるで人の怒りを喰うような人間。亜喰や陽喰とかけて、怒喰と呼べよう。


「まぁ、貴女が望むならすればいいわ。私は無関係だけどね」


「......うん」


 以外にも素直に聞き入れたカーマイン。再び車窓の景色を眺める。プリルも同じように、対になった窓から外の景色を眺める。


「それにしても、帝都の中心に近くて助かったわね。これがあのリィル街とかだったら一日はかかるわよ」


「帝都の中心に近いから招集したんじゃないの?」


「............そういう考え方もあるわね」


 カーマインの指摘に、だいぶの沈黙を加えて納得の意を表明するプリル。

 内心、カーマインに言われるまでその事実には気付かなかった。自分でも馬鹿だと反省出来る。


「今絶対分かってなかった!」


「さ、さぁ、着いたわよ」


「話聞け......」


 誤魔化しながら、カーマインにそう言われながら、車窓から目を離し、竜車を降りる二人。階段などはない。何せ古びた竜車なのだから。

 ジャンプで、王の屋敷の芝生に足を踏み入れ、ゆっくりと歩き出す。


「やっぱり大きいわね......流石王様って感じ」


「そうか?私達の仕事場の方がでかい気がするけどなぁ......」


 そんなことはない。プリルの正確な距離感覚からすると、カーマイン達の仕事場の倍は大きさはある。否、横に倍、奥行きに倍だから四倍かもしれない。


 芝生を歩いていくと、次第に花がちらほら咲き出している。


「貴女の感覚はどうなってるのよ......取り敢えず、行くわよ」


 足の遅い、小股で歩くカーマインを置いて、プリルはズンズンと大股で歩き続ける。それに少々の危機感を感じたカーマインも、小走りでプリルの元へ駆け寄る。

 目の良いカーマインは、その時見ていた。


「......誰かいる」


「アリシアさんじゃないの?」


 目のあまり良くないプリルは、目を凝らして遠くを見やるが、ぼんやりとした影しか見えない。今日に限って、メガネを忘れて来たのだ。

 それに比べ、大きな目をそのまま普通に開き、その「誰か」を見つめるカーマイン。彼女の目には、二人の影が映っていた。

 銀髪の女性と、金髪の少年。


「違う、男の子と女の人」


 やっと目視出来る距離になり、プリルはその少年の方に目を向ける。そして言った。


「......フレイ様?」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「フレイ様、お手紙が」


 扉を叩くことはなく、忍び込むように入室するシーエ。

 そんなシーエの行動に何も驚くことはなく、淡々と勉強をこなしているフレイ。こんなことは日常茶飯事だから、別に驚くことはない。疚しいことなど、全くしていないのだから。


「ん?誰から?」


「......差出人の名は記入されていません。悪戯かと思ったのですが、この封筒から便箋まで、何もかもが悪戯にしては豪華過ぎるので......」


 と言って、シーエがフレイに見せた封筒。確かに、金色で縁取られているそれは、まるで王の屋敷から届いたような感じだ。

 彼女の言う通り、悪戯とは思いにくい。


「......?筆跡鑑定とか出来たら良いんだけどね......」


「すみません、本当に......私が未熟なばかりに......」


 「筆跡鑑定でも出来たら」という言葉に過剰に反応して、深々と頭を下げるシーエ。

 その予想外の行動に、フレイは両手を挙げて叫ぶ。


「いや、いいんだよ!頭を上げて!」


 「しかし......」と声を細めるシーエは、下げていた頭を軽く上げる。

 その様子に、胸を撫で下ろしてフレイは言う。


「ま、まぁ......内容によってはそれをせざるを得ないんだけど......中身は見てないの?」


「見ておりません。それでは、何かあればお呼びください」


 あまぁ、見ていたとなればメイド失格、使用人に格下げということになる。この帝都では、メイドの方が使用人よりも立場が高い。そんなことを無しにしても、使用人、メイドに関わらず手紙を無断で見ることは禁じられている。

 況してや指揮長の息子への手紙だ。どんな機密情報が入っているか分からない。まぁ、子供にそんなものを送る方がおかしいのだが。


「う、うん。またね」


 そう言うや否や、即座に退室するシーエ。その様子をきちんと確認してから、手紙元い便箋を引っ張り出すフレイ。

 金に縁取られていたのは封筒だけでなく、便箋もだったよう。


「......豪華」


 そう呟き、便箋に綴られた内容を次々と目から脳に送り込んでいく。


「............」


 こんな少年だが、彼の得意技は「速読」だ。如何に長い本でも、十分とあればその全てを読破し、内容を記憶することが出来るのだ。だが、それは彼の努力の成果ではない。生まれつきの特性──つまり加護である。


「......は?」


 ある程度、半分程読んだ所で、彼は再び折り返して読み返す。

 内容の意味が、意図が分からなかったからだ。そこには、「正義の味方」という文字もあり、


「シーエ!」


「はい」


 呼ばれた瞬間、呼ばれる直前かもしれない。すぐさま入室し、フレイの真横まで。

 おおよそ、扉の前で待機でもしていたのだろう。彼女は忍者か何かか。


「は、速いな......!ちょっとこれは......ダメだ」


「と言うと?何か内容が......?」


 内容に対して危惧したのは間違いではない。否、正解だ。

 内容にも問題があるが、その中でも最も問題な地点。この手紙の差出人だ。


「この手紙......仰望師団からだ......」


「──は?」


 あまりに突然、しかも犯罪集団からの手紙だと聞き、その言葉に耳を疑うシーエ。それも仕方ない。何せ、仰望師団に対抗する手立てなど皆無に近いのだから。


「な、内容......は......と、取り敢えず見てよ」


「............これは......?」


 内容によっては、破り捨てることも厭わなかった。だが、そうはいかない。

 これは即刻、この帝都、帝国のトップに相談、助けを求めるべきだと、フレイもシーエも同じように判断した。


「仰望師団のやつ......何を考えて......」


 空が晴れ始めた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「あれは......フレイ様?」


 プリルが庭を歩き、遠くに見えた影を指差す。その先には、金髪の少年がいる。風に靡くさらさらとしたそれは、見る者の目を潤す。彼の美に整ったあどけない顔と共に。


「フレイ......あの指揮長の一人息子?」


「そうみたいね。あんなに綺麗な金髪の男の子、帝都では珍しいわよ」


 帝都では、髪が軋んでいる者は貧乏だという暗黙の了解がある。故に、アリスやレヴィ、最近で言えばリリィなどが髪がサラサラなのは、食べているものが原因でもある。

 中流のプリルやカーマインは、軋んでこそはいないが、なかなかサラサラとまではいかない。


「......そんな言葉を交わしている暇もないみたいね。何やら急いでいるみたい」


 せかせかと歩きながら、忙しなく口をパクパクさせている少年に近付く。

 何やら急ぎの用事らしい。まぁ、アリスが自分達に頼った理由に比べればマシなものだろうとは思うが。


「そりゃあ何かあれば王に頼るわよね......」


「そんなに王に頼っていいのか......」


 王に近付くのには、ある程度の名声が必要だ。今で言えば、プリルやカーマインの解呪のこと。フレイで言えば、父親が指揮長であることなど。

 それを条件にしても、流石に王にばかり頼るのは少し違うと思う。少しは自分で解決すればいいと、カーマインは思った。


「......アリシア様もいる。必死に語りかけてるのはアリシアさんに対してらしいわね」


「アリシアさんだって色々と疲労困憊だっていうのに」


 カーマイン達は全てを手紙で読んでいた。元仰望師団の人員を屋敷に招き入れたことも、アリスが三回命を落としたことも。最初は驚きのあまり声が出なかった二人だが、今となっては彼女の心中を察せるまでに至った。

 それ故に、彼女の疲労困憊具合が良く分かるのだ。


 カーマイン達が近付いてきたことに気付き、アリスは近付きに近付いたフレイを引き剥がして言う。


「あ、少し待ってくださいフレイ君。お客さんがもう一人」


「ま、待つ!?仰望師団の手がすぐそこまで!」


「ち、ちょっとだけ待ってください!こっちだって緊急事態なんです!」


 仰望師団の手がそこまで迫っていたとしても、それをどうしろというのか。

 今の屋敷の状態を知らないフレイだからこそ、こんな勝手な要求が出来る──否、勝手ではないかもしれない。何せ、彼の言い分によると、その要求の内訳はこうだ。「仰望師団がフレイを攫いにやって来る。それを阻止してくれ」と。


 自分の身を案じるのは別に悪いことではない。だが、それを全部王に頼っていいものなのかどうか、というのが今回の問題点だ。


「クソブタ、このお方は忙しい。少し待ってあげては?」


「......また出た......」


 と言いつつも、その罵声に少し安心感を感じるフレイ。その腑抜けた顔を横目に流しながら、アリスはカーマイン達に顔を向ける。

 客をもてなす心構えは完璧。まず、最大限の笑顔で、


「お待ちしてました、カーマイン様、プリル様」


「様なんて......魔女様がそう呼んだら世界が反転しますよ?」


 反転、とまではいかないだろうが、四分の一は傾くだろう。魔女といえば、王の次点の存在。その王がポンコツともなれば、この帝都で一番強さを持っているのは魔女、即ちアリスということになる。


「......やっぱり知らない......」


「......?」


 何のことだか分からないアリスは、首を少し傾げる。

 そして、彼女らを案内しようと──その前に。


「あ、あぁ......なんと呼べば?」


「呼び捨てで構いませんよ」


 とは言いつつも、客人に対しての敬意は払わねばならない。呼び捨てなど、御法度もいい所だ。それだから、彼女は間違っても呼び捨てになどしない。


「じゃあカーマインさん、プリルさん、着いてきてください」


「ち、ちょっと!?僕達は!?」


「それにはこの私も同意見です。こんなフンコロガシと二人っきりなんてたまったものじゃありませんよ」


 この二人は、どうしても今離さなければいけない。でなければ、弱みを握られるような感覚がしてならないのだ。

 況してや、屋敷の人間の状態が一番良くない状況だ。彼らが寝返って王に歯向かうことになるとするなら、今が最高のチャンスだ。


「......応接室に案内するので、着いてきてください」


「それでも後なのか......」


 落胆を全く隠そうとしないフレイに、アリスは再び呆れ顔をし、少々細々とした部分を省いた説明を行う。


「貴方達には伝えてありませんでしたけど、今は少々危機が迫っておりまして。あぁ、お二方、こちらです。少しお待ちください」


 やっとのことで着いたレヴィの部屋に、カーマイン達を案内する。彼女らは言葉一つ発さず、その部屋に入った。

 理由は簡単。アリスの心の余裕の無さに気付いたからだ。これ以上彼女の反感を買えば、恐ろしいだけでは済まないだろう。


「だから!仰望師団がこっちに来るからそれどころじゃないって──」


「あぁもう!聞き分けの良くない人はこれだから......レヴィ君とは大違いです。やっぱりシーエさんが言ってる罵倒は意味を成していたわけですね」


 あくまで主と比べながら、フレイの子供っぽさを否定するアリス。シーエの罵倒、悪口は正当性があったのだと納得し、扉を閉める。

 全くアリスの怒りは収まる気配を見せず、今にも飛び出しそうな殺気が彼女を取り巻いている。


「それはどういう......?」


「いいえ、取り敢えず少し待っていてください。これ以上喚いたら王権で裁きますよ」


 実際、アリスには王権はない。だが、彼女の言い分をレヴィが承諾すれば──イヴァンのいない今ならば、レヴィが眠っている今ならば、彼女は王権を握っているのと同然だ。彼女が王権を乱用する可能性も捨てきれない。


「......ごめんなさい」


「聞き分けが良くなって結構。取り敢えずはそこの応接室に入っていてください。数時間経てば帰ってきますので。あ、トイレはこの奥です」


 怒りこそ収まらないが、一定のラインは超えなかったようで、彼女は律儀にトイレの場所まで彼らに教える。聞き分けが良くなったのなら、彼らは客人として扱うのが正当だ。


「......やっぱり貴女とこっち陣営はあまり好感触ではないようですね」


「......そうですね。私は子供が嫌いです。それに付き纏う人も嫌いです。私は......嫌いなものが多過ぎるので」


 アリスの嫌いなものは、上げればキリがない。何せ、彼女のモットーは「レヴィとその大事な人以外は大切じゃない」だ。まさに彼女の執着心、依存心を具現化したようなモットーだ。


「ここで決着付けますか?どちらの方が従者に相応しいか」


「はっ、馬鹿らしい。別に誰もフレイ君に仕えたいなんて言ってはいませんが?」


 馬鹿げた提案、わけの分からない提案に、鼻を鳴らしながら、アリスの怒りゲージは最大に達しかけている。

 ここでレヴィが目覚め、彼女に止めるように言えば何とか事は収まるだろうが、それは叶わない。


「私の主を侮辱した罪は重いんですよ。分かりますか?」


「......聞き分けが悪いからでしょう?それに、私に手を出しても無駄ですよ。何せ......不死身が立証されたので」


 あくまで主を慕っている様子を表に出すシーエ。彼女の怒りもまた、ふつふつと湧いてきているようだ。


 不死身が立証された。と、並外れた言葉を口にするアリスに、魔女の言葉だからだろうか丸ごと信じ込むシーエ。彼女は暫く口をもごもごさせた後、口を開いた。


「......そんな馬鹿げたことが?」


「体験済みですよ。既に三回は死にました。それでもやるって言うんですか?」


 ここで彼女に戦いを挑めば、間違いなく負ける。だから、シーエは最後まで口で応戦する。


「......痛みは感じるでしょうに」


 だが、その口での応戦が更に反感を買い、アリスの怒りを爆発させる。

 強く、まるで仰望師団を睨むような表情でシーエを睨み、強化魔法で圧縮させた脚の筋力を続発させ、


「たまに、ですね。やるならやりますよ。いきますよ」


「──ッ!?」


 すぐさま腰のレイピアを抜き、何とかアリスの第一撃をそれで防ぐシーエ。だが、その一撃は一撃だけでは収まらず、何度も何度も、上から下から斜めから、色んな方向から飛びかかってくる。

 それら全てをやっとのことで防いでいるシーエを心配してか、横でその一瞬を見ていたフレイが声を上げる。


「ち、ちょっと!アリシアさん!」


「全ては貴方の所為なので」


「っ......」


 何もかもが自分の所為。そう言い放つと、フレイは何も言い返せない様子で黙りこくった。そして、アリスとシーエの交戦をただ見守るだけだった。


 剣戟が音を鳴らして踊る。五、六回は「一撃」が繰り広げられただろうか。その第一波は鳴り止んだ。

 だが、次がある。剣が終われば魔法で。

 剣戟の間に圧縮に圧縮を重ねたその暴風と爆炎の攻撃。剣戟が終わるや否や、シーエに直撃させたそれはレイピアだけでは弾ききれず、


「な、何?この魔力濃度──」


 シーエは弧を描きながら、廊下に轢かれた赤い絨毯の上に落下する。まるで数学で習うような綺麗なその姿は、何とか着地寸前で体勢を立て直したらしく、きちんと足から着地した。

 これでも一応亜人戦争参加者だ。まぁ後衛だが。


 シーエの頬を、太ももを軽く焼き、爆風で数メートル弾き飛ばしたアリスは、勝ち誇った顔で言った。


「これで決着はついたと言えますか?それとも命を賭してやりあいますか?」


「......降参です。流石にこれ以上はマズイですので。今回だけはアリサンの言うことを聞いておきましょう、フレイ様」


 流石にこれ以上彼女と付き合えば、シーエの体が、命がもたないだろう。今度こそ本当に命を削られる。

 魔女というものは、それ程恐ろしい存在なのだ。


「......様?......シーエが無事ならいいけど」


 初めて外出先で「様」付けで呼ばれて少し動揺するも、その目は何やらの感情に揺れている。とめどない、怒りの感情に。


「じゃあ、応接室でお待ちください。あと一つ......」


「?」


 黙って、しかし小首は傾げずにアリスの言葉を待つシーエ達。シーエでさえ、その表情は憎しみ一択だ。


「魔女を舐めないでください」


「......はい」


 鋭く、命を射抜くような眼光でシーエ達に言い放つ。まるで、彼女のことなど敵でもなく、ただの蚊同然かのように。そんな見下した表情のまま、彼女は目を瞑ってレヴィの部屋に入っていった。


 その扉がガチャンと閉まるのをちゃんと確認してから。もしかしたらたまたまかもしれないが、それが鳴った直後、フレイは拳を廊下に叩き付けて言った。


「............クソ野郎ッ!」


 従者をコケにされて、何やら気持ちの悪い感情が心の中に蠢いていて──。

 フレイの目は紅く輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ