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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第二章 呪いが集う場
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42話 歯車が狂う

「そんなに見つめても何にもなんねぇよ」


 「レイラが起きるまでお預けだって言ったろ」と、赤髪をかき上げながら付け加える。

 確かに言われた通りのようで、レヴィは息を引き取ったかのような青白い顔で眠っている。

 こんな顔でムクっと起きられては、アリスの顔がムンクになってしまう。


「いえ、見てない間にぽっくり逝ってじうんじゃないかと...」


「言っただろ?眠ってるだけだって」


 とは言っても、眠っているだけの割には顔色が悪い。唇はカサカサだし、長いまつ毛もピクリとも動かない。手に触れても、脈を調べても、胸に耳を押し当てても、拍動一つしないのだ。

 ここで、彼女のあの言葉が要らない意味で信ぴょう性を増す。


「たぶんでしょう?」


「たぶんだ」


 やはり、リイラの言葉はある意味正しかったわけだ。「たぶん」。それが不必要に正確さを帯び、アリスの心中を掻き回す。

 このままレヴィが起きないことは許されない、許さない。だから、彼女に聞かなくてはいけないことがある。


「はぁ...で、どうでした?レイラさんの具合は」


 嘆息混じりで、レイラについての話題に切り替える。彼女が起きているのなら、今すぐにでもレヴィの呪いを解いてもらいたい。そして、呪いの正体を暴いて欲しい。

 まぁ、レヴィ、リリィ、姉妹四人、アリスの順に呪いが移っていることを考慮すれば、犯人は一目瞭然。それを確かめたい。


「ん?あぁ......なんか...な」


「何を話したんですか?」


 なんとなくお茶を濁し、不鮮明な言葉でアリスを巻こうとする。が、アリスは呑まれない。彼女なりに強い意志があり、レイラの情報は必須──。つまり、今回の案件は、レイラが鍵を握っている。彼女に協力してもらわなければ、呪いにかかったメンバーで取捨選択をせざるを得ない。


「ええとな、私が.........って、なんで起きてるの知ってる?」


 かき上げた髪を下ろし、びっくり仰天といった様子でアリスを見つめる。その顔は、悪戯を見つけられた子供の顔に酷似している。


「貴女...気付かなかったんですか?私が手錠外してる時、音にビックリして目、開けてましたよ」


「私後ろ向いてたからなぁ...」


 あの時の顔は見物だった。丁度さっき、リイラがしていた顔によく似ている。顔はほぼ同じなのに、髪色と髪型で随分と雰囲気が変わるものだ。もしくは熟年者の貫禄か──まだ二十四歳だが。


「で?何と?」


「...なんか、私は要らないんだとよ。まず簡単なことから説明すると......あれだ、お前を傷付けたからなんとかかんとかって」


「曖昧ですね」


 レイラの前では見せなかった弱さを、出会って一日目の元敵に見せるリイラ。

 妹の前では強がって本心を露わに出来ないが、一度取り乱した相手の前では完璧を振る舞うことは難しい。

 そんなこんなで、実はさっき色々と抱え込んだリイラは悲しげな表情を浮かべ、アリスに正直に言う。だがそれは彼女にとって曖昧だったようだ。


「ちゃんと覚えてるって!...でもまぁ...あんまり脳内でリピートしたくない内容ってのは察しの通りかな」


「察せる人間で良かったですね」


 脳内でリピートなど、もうしたくない。レイラの部屋からここに来るまでの間、どれだけ脳内再生されたか。その一瞬だけでも、なかなか辛かったのだ。もうこれ以上自分を責める必要はない。それを教えてくれた目の前の女、アリシア・スパークスという女。


「あぁ、良かった。で、次に...私の代わりにお前らを心の拠り所にするんだとよ。それもアンタらは五分、レヴィ様は九割五分。理不尽過ぎんだろ」


「そんなものですよ。私の場合、九割九分ですけど」


 「困ったもんだな」と鼻を鳴らすリイラに、アリスが自分も同類だという衝撃発言をかます。

 一体この人物達は何をそれ程レヴィに惚れているのだろうか。


“私もいつか惚れてしまうとか...?”


 そんなことを考えながら、アリスに問う。


「お前のレヴィ様以外の必要性どうなってんだ...」


「さぁ、それも察しの通り」


「生憎私は察せない性格でな」


 察しの悪い性格。昔から、親からもそう言われ続けた。だがそれはただの仮面で、本当は誰よりも人のことを理解し、そうしようと努めている。

 そんなリイラの言葉に、「あら」と続けてアリスが言う。


「それは残念です。それで、私のことについても何か?」


「...何でだよ、自意識過剰か?」


「いえ?さっきから、私の目をずっと見つめてるので、何か私にあるのかな、と」


 「それはお前が...美しすぎるから...」なんて、男が言うようなキザなセリフを思い付いたが、それは頭の片隅に移動させ、本当に心配しなくてはいけないこと。自分が分かり易い性格であることにため息をつく。

 それも昔から言われ続けた。「お前は分かり易い」と。こればかりはフェイクでも仮面でも何でもなく、ただ単に分かり易いだけなのだ。それ故、彼女本人も非常に困っている案件だ。


「まぁ、あるっちゃあるでお前には言えないが、それが成立しちまうと無いことになるな」


「わけ分かりません」


 それもそのはず。彼女は自分が誰なのか理解していない。

 そもそも、彼女は世界の均衡が保たれている理由を知らない。均衡が保たれているということすら知らない。

 彼女だけでない。この帝都──この世界のほとんどの人間がそれを知らないのだから。


「私もだ。何が何だかさっぱりだ。まぁ、今のところは私も敵対せずに...」


「?」


 そのまま言うことを決めて貫こうとしたリイラだが、その意気は消え失せ、言い直すことに決めた。

 勿論、放つ言葉の内容は全く変えずに。


「いや、なるべくお前にも...アンタにも、敵対意識を持って欲しくないな、と思ってな。私はご飯が食べられると聞いた瞬間からその気は消え失せてるんだが」


「...やっぱりそんなに分かり易いんですかね、私って」


 自分程じゃないだろうと思いながらも、確かにアリスは分かり易いという結論に至った。

 本当にリイラと僅差で、リイラの方が分かり易い。理由は簡単、思っていることがバレた時の反応だ。アリスはテヘッと笑って誤魔化せるだろうが、リイラの場合、図星なら目を開いてしまうからだ。この差は大きいと見た。


「レヴィ様にも何か言われたのか?」


「昔、顔に出易いとは言われました。それ以来、気を付けてはいるんですが...」


 同じ境遇の人に出会えるとは思わなかった、と感心するリイラ。

 まぁ、本当に心の底からその性格が嫌かと問われればそうではない。それが理由で、仰望師団の連中に告白されたことがある。

 明け透けな性格が功を奏したと言えるだろうか。それともダメなことだったのだろうか。

 どちらにせよ、それで自分に自身が持てたのは事実だから感謝はしている。


「まぁ、その通りだ。っと、話を戻そうか。っつっても、どうする?そっちの話の方がいいか?元に戻す?」


 このまま明け透けな性格についての話題を膨らませるか、元のレイラについての話題を掘り下げるか、その二択に絞られた。

 リイラとしては、これ以上傷に塩を塗りたくないので話を切り上げたいところなのだが。


「レイラさんの話題の方が...というか、何か辛そうだったので」


「...アンタでも気付くのに私は気付けてなかったんだな...」


「あまり気にしない方がいいですよ」


 「私は全く気付けなかった」と自責の念を強く持つリイラ。それがまた顔に出ていたのか、アリスに指摘、元い擁護される。

 それに少し憤りを覚えたのか、再び髪をかき上げて言う。


「そうだけどさ......あぁ!もういいや!まぁ、あれだ。天使の悪戯が始まったらしい」


「......リリィさんのことですか?」


 天使というキーワードに引っかかったのか、アリスが見当違いな結論を導き出す。確かにリリィの悪戯はあった──。が、それはこの屋敷の誰にも知られていない。

 まぁ、リリが駆け付けた際にレヴィの部屋に集った衛兵やメイド達の何人かは気付いているだろうが。こういうことに鈍感なアリスはそれに気付かない。


「ちっげえよ。もっと比喩的なことで...っつっても分かんねえか。せーりだよせーり。辛いだろ?だからあぁやって顔しかめてんだよ。まぁ、最初のんは慣れてないから辛いのは仕方ないけどな...」


「あぁ......そうですか...」


 何故か先程までの笑顔は消え失せ、暗い顔に打って変わる。目を伏せ、湿った唇を舐める。

 そんな白々しい様子のアリスに、リイラが色々と詰め込む。


「んだよ、知ってんだろ?女同士なんだから別に恥ずかしがることじゃねえじゃん!まぁ恥ずかしがるような話題でもねえか......で?いつ初めてなった?」


「え?あぁ......いつだったっけな...」


 確かに恥ずかしい話ではない。レイラに言ったような話題を出せば、アリスも赤面してしまうだろう。いや、もしかしたらこれ程図々しい女なのだから、そういうことに全く恥がないのかもしれない。


「覚えてねえのか?」


「いや、そういうわけじゃなくて...」


 何を言われても言葉を濁すアリスに、短気なリイラの堪忍袋の尾が切れかける。しかし、顔には出さない。最大限の笑顔で、


「なら教えろよぉ〜」


「えぇ......」


 頑なにこの話題に食いつかないアリスに違和感を感じ、リイラはふと考えた。アリスという人物がどういうものなのか、どういう出生だったのか、そしてその後の人生がどのようなものなのかを悟った。

 だから、表情は曇った。

 だが、まだ断定は出来ていない。だから、アリスに問う。


「.........お前、もしかして...」


「...まぁ、そのまさかですかね...」


 彼女ははにかんだ。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「レイラさん、入りますよ」


「...どぅぞぉ〜」


 間抜けた声が、扉の向こうから聞こえる。

 その声色からすると、姉との喧嘩の爪痕は消えた──切り替えたのだろう。

 いかにも病人の部屋に入るようにゆっくりと扉を開き、中で仰向けに横たわるレイラに声をかける。


「失礼します。...リイラさんの時とはだいぶ態度が違うみたいですね」


「そりゃあまぁ......色々あったし、まぁ、体的な事よりかは心的なものが大きかったかな」


 つまり、生理という体の現象による痛みよりも、心が痛んだ。

 今までずっと仲良く、喧嘩一つせずに付き合ってきた姉リイラだからこそ、喧嘩した時は激しくぶつかる。その衝撃に耐えられず、お互いが傷付いたという結果。

 ならばこの喧嘩、すれ違いには何の意味があったのだろう。


「そうですか。まぁ、とりあえず...一応、念のために、おめでとうございます」


「何の念押し?そこまで念のためと思うなら別に言わなくていいんだけど」


 この帝都では、そういう事が起きると、女性は一人の大人として認められる。それ故の「おめでとう」。


 だが、少々、ネタを織り交ぜて言った言葉に憤りを覚えた様子だ。何となく、危機感を感じたアリスは話をすり替える。


「いえ、少しの嫉妬、と言いますかね」


「何に対しての嫉妬?」


「......私、まだなんです。やっぱり、地元で言われたあだ名は間違ってなかったのかもしれません」


 「バケモノ」。アリスが昔、言われ続けた言葉だ。数年に渡り、そう呼ばれ続けたアリスはもう一つの人格が出来かけるまでに至った。しかし、それを抑制した人物。あの頃のたった一つの心の拠り所──目の前に座るレイラの両親だった。


「...姉さんが昔言ってたよ。バケモノって呼ばれてる人がいるって」


 蟷螂型の“unknown”対峙の際のアリス証言。それを思い出し、何となく今のアリスの心中を察したレイラは、それに沿った話をし始める。


「別にそれは私に限ったことではないでしょうに...それに、なんで仰望師団だった頃に私のことを?」


 そう思うのも無理はない。「バケモノ」なんてあだ名、どこでも耳にすることは出来る。ある者は犯罪者、ある者は障がい者。数え出したらキリがない。

 それなのに、その沢山の「バケモノ」の中からアリスを導き出した理由。それが分からない。


「ま〜だ気付いてないんだね。やっぱり潔白だ。...あの時のカルヴィンの行いは正しかった。そしてあの時のボクの行いは誤っていた......そうだよ、謝らないとな...」


 アリスの問に、全く向き合わずに言葉を濁すが、彼女はそれに何も思わない。リイラにだって、そうされたからだ。


 何やら分からないことをボヤきながら、だんだんと頭が俯いていくレイラに、アリスは声をかける。


「...過ぎたことですし、私は危害を加えられていません」


 そう、今のところ、誰も悪くない。強いて言うならば、アリスを三回殺したリイラくらいが罪に問われるはずだろう。

 でも実際、アリスに全く傷は無く、心の傷もまた少なかった。


「それでも、結果的にレヴィ様を傷付けた。それはお互いに愛する人として、いけないことでしょう?」


 あの時の、蟷螂の時だろうか。腕を引きちぎられかけたレヴィは、それを期にカルヴィンを退けた。その傷あっての功績だが、それでもレイラは気にしていたらしい。

 片方の手の指で反対側の指を弄り、その爪を剥がさんとばかりに引っ張っている。


「まぁ...間違ってはいませんね。一応、貴女の謝罪は受け取っておきます。これからはそういうこと、ないと思うんですけどね」


「場合によっちゃあ...レヴィ様に危害は加えないけど、アリシアさんにはするかもしれないよ」


「......それはどういう...?」


 爪を引っ張るのを止め、項垂れていた顔をアリスに向け、レイラは真剣そのものの顔で彼女を見つめる。

 レヴィとアリス、脅威なのはどっちだと問われれば、誰が答えても結果はアリスに決定する。それ故の、アリスを切る宣言か。


「分かっていないのならいいよ。貴女がそれに気付くまで、ボク達は隠し続ける」


「......本当に貴女といいリイラさんといい、素晴らしい具合に秘密主義ですね」


 いつの間にか「キミ」から「貴女」に成り代わった呼び名と、「隠し続ける」と宣言された驚きにより、少しだけ間を空けた。


 秘密主義者のラファティー姉妹とは違い、アリスは全てを曝け出したいタイプの人間だ。だから、今のところはレヴィにも、彼女らにも秘密はない。秘密主義の人の内心が、本当に分からない。


「それを知ったら悲しむからだよ。まぁ、嬉々とする場面もあると思うけど」


 笑顔のような、人を気遣った時のような顔。曖昧な表情と、曖昧な表現。その二つに挟まれるも、勢いで流すアリス。


「そうですか、まぁ貴女の大人になった記念として、今夜はパーティーでもしますか?」


「......レヴィ様が起きてから、ね」


「やっぱりそうなりますよね。私も同意見です。...それもまぁ、今夜になるか明日の夜になるかは貴女次第なんですけどね」


 レイラがこちらの意思に乗って、レヴィを助けてくれるとなれば、彼女は今まで通りこちらの陣営、仲間だ。だが、一度「嫌だ」と首を振れば、それは主の死を求むと捉えられ、この屋敷から追放されるハメになる。

 まぁ、レヴィの為にならば命をも賭すと宣言したレイラが、彼の死を求めるとは考えにくいことなのだが。


「それはどういう...?」


「さぁ、分かっていないのならいいですよ。隠し続けますから」


 先程のレイラの言葉を借りる。

 やはり、こういうところの理解力はまだ十二歳レベルなのだろう。首を傾げ、分からないといった感情を表に出すレイラ。


 別に可愛らしくしようと思ってしたのではないだろうが、小首を傾げたその顔は、美をも圧倒するものだ。


「.........」


「な、なんちゃって...てへっ」


 無言の圧力に耐えきれず、先程の言葉を撤回しようと努めるアリス。こちらは可愛らしくしようと、ちろっと舌を出し、片目を瞑る。

 そんな彼女にまずかけられたのは、嘆息だった。


「そりゃあ、こんな可愛い人をレヴィ様が見過ごすわけないよね...」


「可愛い...だなんて......レヴィ君にも言われたことないのに」


 レヴィは恥ずかしがってか、それともそういう風に思ってないのか知らないが、アリスのことを可愛いとか美しいだなんて言ったことがない。そんなレヴィの男らしさの無さに、つくづく呆れる今日この頃だ。

 蒼白な顔で寝込んでいる今のレヴィに、そんなことを求めてはいない。が、起きたらいつか、言ってもらおう。


「...周りの衛兵達の視線、気にならないんだ?メイドさんとかも結構見てるよ?」


「あぁ......私、そこら辺鈍感なんです...」


 レヴィ以外にそういう目で見られるのは喜ばしくないことだ。気持ち悪いおっさん傭兵──とは言っても、レヴィの存在を護衛するアリスと同類なのだから、そこまで嫌悪してはいけない。

 そんなことまで分かってはいるのに、込み上げてくるこの感情に終止符を打つことが出来ない。


「そうっぽいね、うん。そういう顔してる」


「......それで、もう辛くはないんですか?痛みは?」


 もう想像したくない。その一心で、レイラに助けを求める。目の動きで彼女に伝えようとするが、彼女は一向にこちらを向かない。むしろ、目を逸らしているのだ。

 なぜそんなことをしているのか分からない、理解し得ないが、レイラは気持ちを汲んだらしく、アリスの言葉に反応する。


「権能でなんとかしたよ。こういう使い道もあるんだね。イライラも消した。...それよりも、ボクが聞きたいのはさっきの話。今夜になるか、明日の夜になるか......ってレヴィ様の状態によるってことだよね?そしてそれがボク次第だと」


「纏めるとそうですね」


 さっきの考えも撤回だ。やはり仰望師団の一角を担っていた人物だけあって、理解力はそこそこに高いらしい。全てを纏め上げ、それから結果を導き出そうとするその姿に、アリスは感嘆する。


「ってことは、ボクに何をして欲しいの?」


 とは言っても、結局察しは悪いよう。姉妹揃って似たもの同士だ。


「......単純に言うと、レヴィ君に呪いがかかったんです。そしてそれはリリィさんにも、あの姉妹にも、そして私にもかかってます」


「...つまり、それを全部解けと?」


 人聞きの悪い言い方に組み替えたが、アリスが言いたいのはそういうことではない。内容的には何も変わったことはないのだが、もっとオブラートに包んで言いたいのだ。


「解け、とは言ってません。解いてもらいたいんです。もし制限があるのなら、取捨選択をせざるを得ないのなら、構わず私を捨ててください」


 取捨選択。この世で最も残酷な言葉の一つと言えよう。その一人に、自分がなるのだと言うのだからアリスは強い女の子だ。

 言うは易し、行動に移すのは難しいというのはまさにこのことか。実際に眠り続けるとなれば、アリスは他人の接触を好まない。もう、そのまま飢え死にでもなんでもさせてくれと言わんばかりの雰囲気を漂わせるだろう。


「別に制限なんてないよ......女の子救うのには特に問題はない......んだけど...」


「...男の子はレヴィ君一人だけ............貴女、何か企んでます?」


 呪いの解除方法なら知っている。同性ならば、手を伸ばす当てて呪文を唱えるだけでいい。ところがそれが異性ともなれば──。


「へっ!?た、企んでなんか!......ないよ...けど...アリシアさんに怒られる、かな......」


 こうして動揺を隠しきれずに狼狽えるわけだ。

 アリスは嘆息混じりに言い放つ。


「全く動揺が隠しきれていないのと、私は怒りませんよ...まぁ、レヴィ君を助けるためなら別に......唇でも股間でもまさぐっててください」


「...怒らないんだ...」


 股間は余計だったかなと自分を省みた時に、レイラが頬を高潮させて言う。そりゃあそうだ。唇を奪うともなれば、十二歳の少女が赤面するのも無理はない。むしろ早すぎるくらいだ。


「内心複雑ですよ。でもあの人を守る為なら仕方ない。まぁ、おとぎ話からすると...目覚めのキスといったところでしょう?」


「ボクが...レヴィ様に......目覚めのキス...」


 何を想像したのか、赤面どころかトマトになってしまったレイラ。ベッドに顔を擦り付け、言葉に出来ない声で叫んだ。

 あまりの興奮度に、少し嫉妬の念を覚えたアリスは対抗馬を放つ。


「想いの通ったファーストキスは私が奪いますけどね」


「...今回のは想いが通ってないんだね」


 思った以上にその言葉で冷静になってしまった彼女に自分を省みさせられ、恥ずかしさに赤面するアリス。

 だがそれもつかの間、気持ちをリセットし、レヴィへの愛を表明──否、自分のレヴィからの好かれようを表明する。


「そりゃあそうでしょう。だってレヴィ君は眠ってる」


「そうなるけど......起きた直後にしたら、少しは心変わりするかも...?」


 何を根拠にそういうこと、とムキになって反論するのは美しくない。先程、折角綺麗だと褒めてくれたのだから、それに順ずる振る舞いをすべきだ。

 そう、いつかレヴィにも言われたように。


「正妻が私っていうのは認めるんですね?」


「うぎっ.........ぼ、ボクだって、狙える立場にはいるんだからね?」


 狙える立場、「ふん、笑わせるな」と言いたい気分ではあるが、そこもまた抑え、堪え、レヴィの正妻に相応しい態度に努める。


「所詮はただの女...いえ、女の子でしょう?」


「女の子って...また子供扱い?」


 そりゃあそうだ。いくら生理が来たからといって、それで「大人だ」と認めるわけにはいかない。それでは、お酒なんか生理が来た者順だし、結婚だってそうだ。そしてそれが適用されるならば、体は完璧に大人なアリスでも結婚は出来ないということになる。


「子供レベル...赤子の手を捻るレベルってことですよ」


「それは......どうかな。権能あるし、流石の貴女でも死ぬことはあるでしょうに」


「そこは......何とも言えませんね。何しろ自分のことについては全く...知らないことが多すぎます」


 自分のことが一番良く理解出来ない。そんな言葉を誰もが平気で使うが、恐らく帝都でここまで自分を理解していないのはアリスだけではないだろうか。


 誕生日も、自分が今何歳なのかも、それに自分がどんな存在なのかも不鮮明なまま、十数年が過ぎた。

 過去の記憶はどんどん消えていき、鮮明に残っているのは屋敷に務め始めた直後からでしかない。極めつけに、レイラとリイラがこうして自分の素性を隠し通している。それはつまり、どういうことなのか。


「そう...でも言わないよ。ボクはレヴィ様を選んだ。だから貴女は選ばない。第二候補くらいには入れてあげるけどね」


 第一候補がいるから選ばない。そういった偏見を無くした賢明な判断に、アリスは顎を引く。第二候補レベル程の高地位にいれば、アリスがわざわざ何かをしなければいけない理由も減るわけだ。


「それは...有難いですね。貴女が守ってくれるなら、私も首を落とさなくて良さそうです」


「自分自身に対して不謹慎過ぎないか......まぁ、権能で何とかするよ。で、実際のところは戦力ってレヴィ様の気を引く材料になるの?」


 何かにつけてもレヴィのことが気になるご様子。それを言えば、アリスもそうなのだが、ここまで固執していればそれはもう──依存だ。


「...あの人は強い人が好きなんじゃないんですか?」


「何でだろ」


「...弱い人は死んでしまう。そうなると、自分が守れなかったっていう自責の念に苛まれるからですよ」


 ミーナのことを思い出し、あの惨状を思い出し、この瞬間もまた、アリスは自責の念に苛まれている。「自分がふざけたことをしなければ」。レヴィは、そうじゃないんだと宥めてくれたが、アリスはまだ納得していない。まだ自分の所為だと頑なに信じ込んでいる。


「と、言うと?」


「やっぱり頭もお子ちゃまですね」


「わ、悪かったな!」


「まぁ...説明すると長くなるので割愛しますが、今月の初め、あの人は仲間を失った。...それも大量に...」


 そもそも、レヴィは衛兵達の心配はしていたか──。ミーナのことだけだったようにも感じるが、内心は凄く考え込んでいるのだろう。まさに今のアリスと同じように。


「それで...か」


「まぁ......私の責任がほとんどなんですけどね」


 そう、全てはアリスが勝手にやったこと。レヴィが責任を感じることは、微塵もない。


「...そうやって、全部自分の所為にするのが貴女達主従の悪いところだよ...」


「.........主従は似ると言いますが、本当なんですね」


 自分でも、それが悪いことであるとは理解している。のだが、そうせずにいられないのがこの主従なのだ。アリスがこうして今、苦悶しているのだから、レヴィも夢で苛まれているに違いない。

 そう思うと、どこか運命共同体だと思える気もする。


「さて、そろそろ行きますかね」


「レヴィ様の所に?」


 そうだと思い、ベッドから足を降ろしたレイラ。だが、その目論見は違ったらしく、アリスは首を大きく振る。

 アリスのそんな様子に何やら違和感を感じたレイラは、


「どうしたの?」


「......キスしないで助ける方法を、です...」


 あまりに急な切り返しに、瞠目せざるを得ないレイラ。


「え?さ、させてくれないの!?」


「...やっぱりダメです」


「......えぇ......」


 心へのダメージが余程大きかったのか、呆れを隠しきれない様子。

 「でもまぁ、いいか」という気持ちが少し湧いてきたのか、ベッドから腰を降ろして立ち上がる。アリスに視線を向けると、彼女もまた動揺した様子で言った。


「と、とにかく!取り敢えず書庫に行きますよ!」


「えぇ〜......」


 嫌々ながらも、手を引かれて部屋を出るレイラを見つめる一対の双眸。そんな彼女を置いて、アリス達は書庫へ向かう。

 「ちょっと待ってよ!」と足を引きずるレイラを他所に、アリスはズンズンズンズンと書庫へ歩いて行った。

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