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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第二章 呪いが集う場
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41話 恋は命脈を保ち、愛は失滅し

 開かれた双眸が、ゆっくりとリイラを視界に入れる。その真紅の眼差し──中二臭い言い方をすれば紅眼が、リイラを射抜く。

 紅眼の持ち主のあまりの強い視線に、リイラは怖気付く。まさか記憶をなくしているんじゃないか、と。


「姉さん?」


 小さな口、淡い唇が薄らと笑みを浮かべ、その呼び名を口にする。その目からは、今にも零れ落ちそうな程の涙が溜まっている。

 リイラは、その涙の重さよりも自分を覚えていてくれたこと。無事に目覚めてくれたことへの感激で胸がいっぱいだった。


「んだよ!もう起きれんのかよ!」


「ね、姉さん!?」


 不意に抱き締められた。腕が背中に寄り添い、肩に姉の顎が乗る。柔らかい二の腕が首を包み、背中に涙が伝う。


「二ヶ月先まで起きてこないかと思った...ずっとその間私だけかと思った...!起きてくれて...よかった...」


「お、大袈裟だよ...ボク、今朝には起きてたよ?」


「............は?」


 まさかの事実。仰望師団を抜けた後、あれだけ心配させ、更にこちらに来てみれば寝込んでいて、それでまた心配したのにこの仕打ちだ。

 怒りは湧いてこないが、軽い憤りレベルには、フツフツと湧いてくるものがある。


「じゃあなんで...今まで寝てたんだよ?」


「それは......あの......」


「答えろよ!どんだけ心配したか分かってんのか!?仰望師団抜けるとか言い出して!それでレヴィ様のこと好きだからって告白しても恋敵がいるからって言って諦めかけて!それで私が死にかけた!どんだけ!心配したか...」


 とめどない憤怒を爆発させ、リイラは肩で息をする。鼻息は荒く、勢いよく髪をかき上げ、掴み、引きちぎる。サラサラの髪がパラパラと落ちていく。全てが全て、レイラの心配とリイラの怒りを表していた。

 だが、流石仰望師団と言ったところだろうか。落ち着いてそれを眺めていたレイラは、「まぁまぁ落ち着いて」と姉を宥めた。


「なんでそんなに心配するの?」


「お前が大事だからに決まってんだろ!」


 そう、大事。心の底から愛していると言える、ただ一人の存在。


「なんでここに来たの?」


「お前が...心配だから...」


 心配。どこかフラフラしていて、姉とは違って情けなく、ドジっ子な妹。


「なんでアリシアさんを殺そうとしたの?」


「殺...したよ。でも、あいつは生き返った...」


「ボクが聞きたいのはなんで殺そうとしたのか、だよ」


 妹という立場。歳も十二歳離れ、なかなかの権力差があるはず。言葉のボキャブラリーも、考え方も、全て姉の方が勝っているはず。リイラが落ち着けばの話──。


「だって...お前があいつとくっつけなかったら悲しいかなと...思って...」


「それで、殺そうとしたの?」


「...そうだよ、全部お前の為に!」


 堪えられない憤りが、頭の中で行ったり来たりしている。

 ベッドの端を叩き、レイラに唾を飛ばしながら言う。その落ち着きのない様子に、レイラが活を入れる。


「ボクはそんなこと願ってない!アリシアさんとだって、仲良くしていくのを決めたし、何よりレヴィ様の最愛の人なんだよ!?なんでそんなに勝手なことしたの!?」


「......」


 最愛とは知らなかった。しかもレイラの恋敵にあたる存在。それを、妹のウェディングドレス姿を妄想している姉にどうこうせずにいられるか。そういう言い訳を考えたが、今のレイラの取り乱し方からしてそれはただの「言葉」でしかない。


「ボクの望みは一つだけ、レヴィ様の隣にいたいだけ。それだけだよ」


「.........ごめんな」


 取り敢えず、意味も分からず謝罪を述べる。大概のことは、謝ることで解決する。だが、レイラの場合は一筋縄ではいかない。何せ反抗期真っ只中の女の子。それも恋を知った、愛を知った生意気な。


「謝ったって遅いよ。もうアリシアさんのことは傷付けたんでしょ?」


「それは......」


 首を刎ねた時血飛沫が脳裏に浮かぶ。返り血を浴びて愉悦の表情を浮かべるリイラ。

 それらを思い出せば、もう言い逃れは出来ない。レイラの為とはいえ、殺すことに愉悦を感じた悪魔だからだ。


「さっき言ってたじゃん。何かしら傷を付けたんでしょ?」


「まぁ......な」


 わざわざ首を飛ばしたことを、「何かしら傷付けた」と言い換えたのは彼女の優しさなのか。それともそんな些細な変化を気にする、繊細な女の子だったのか。

 どちらにせよ、リイラがしたことを正当化することは不可能に近い。


「じゃあもう話は聞かない。姉さんなんて大っ嫌い」


「それとこれとは別だろ...なんで起きてるのにあいつを心配させた?」


「そんなの姉さんには関係ないじゃん」


 頑なに姉に対して冷たいレイラ。今ここにレヴィが駆け込んでくれば、少しは状況も変わっただろう──。そんなこと願っても、寝たきりになってしまった男が自発的にここに来るとは思えない。レイラが手を貸せばあるいはとは思うが、今の彼女の心は穏やかではない。今の状態では、引き合わせてもレヴィのことしか助けないだろう。

 だから、リイラは妹を宥めるべきだった。なのに──。


「関係あるって......あいつのおかげで仰望師団抜けたんだし...」


「でも傷付けたことに変わりはない。ボクは寸止めだった。生憎レヴィ様は傷つけたけど、アリシアさんはボクを認めてくれた。でも姉さんは違う。さっきの声色からして、姉さんのことはまだ敵対視してる。分からなかったの?」


 レイラの脳内にリピートされる、蟷螂とレヴィの対峙の場面。危うくレヴィは腕を持って行かれる所だったのに、レイラは不謹慎にもあの時思っていた。


“かっこいい...”


 それが彼に従う、多量の理由の中の一つだ。

 そして、アリスのこと。彼女がレイラを認めてくれたのは、悲壮に塗れた自分の人生が彼女に同情させたのか、それとも同じくレヴィを愛する仲間だとして認めたのか──。恐らく前者だろう。彼女もまた、悲壮な人生の持ち主だ。

 どちらにせよ、レイラには心を開いてリイラにはまだ心を開いていない、というのは事実だ。それが、レイラには感じ取れた。


「それは......あいつの出生元が原因だろ...まだ私の中から邪精霊は抜けてない」


「......そんなことも出来ないから姉さんなんだよ。姉さんはいつもそう。ボクの為とか言って、いつも余計なことをする。もう構わないでよ。周りが不幸になるからさ」


 自分が手をかければかける程、周りの人間。親戚だけでなく友人や知人まで不幸に巻き込む、まさにそう。疫病神のような扱いだ。

 そんなレイラの態度に鼻を軽く鳴らしながら、


「私の愛が余計って言うのか?」


「違う、愛自体はボクに必要。けど、それはレヴィ様からの寵愛でなんとか補える部分に過ぎないし、その愛が引き金になって周りに迷惑を及ぼすことは免れない。...邪魔なんだよ」


 ハッキリと言われた。自分は邪魔。いらない存在なんだ、と。確かにレヴィからの愛は優しく、ほんわりとしたものだ。それ故、他人にあまり影響を及ぼすことはない。

 そこまで突き放されても尚、リイラはめげない。


「......そこまで嫌か?」


「しつこい。嫌だよ、大っ嫌いだよ」


 今のレイラの心の底からの叫び。叫びというよりかは呟きか。

 シスコンの姉には効果絶大だと考えたのか、その言葉を躊躇いもなく放ったレイラだが、彼女は姉のタフさを思い知っていない。


「そうか......でも...なんで目覚めた時に私に抱き締められて拒否しなかった?」


 目が覚めて、抱きしめた時。レイラは本当に驚いたように、久しぶりに家族に会ったような雰囲気で接した。今はこうして喧嘩のようになっているが、あの時は何故拒否しなかったのか。


「上げて落とす方が効果的だからだよ」


「なかなか毒舌が板に付いてきたじゃないか」


 心の底からの嫌味を放つも、それはいとも容易く。鋼鉄で出来た心に弾かれ、消沈する。

 その様子に、大きな目を軽く見開いたレイラは、再び瞼を重くして言い返す。


「関係ない話盛り込まないでよ。ボクは姉さんに甘えたりなんかしない。甘えて欲しくない。甘える必要は、ないと思う。そして、支え合う必要も」


「それは言い過ぎだろ...まだお前子供だし...そうやって癇癪起こしてる間は面倒見させろよ...」


「先に癇癪起こしたのは姉さんだし、ボクは癇癪なんて起こしてない。冷静に起こってるだけ」


 もう自分と、今構築されている人間関係だけでこれからを過ごしていけるという銀髪の妹と、癇癪を起こしているのは子供の証拠なのだから、大人しく面倒を見させろと言い張る赤髪の姉。

 二人の視線が交錯し、すれ違う。


「よく言うよ、最初の言葉でバレバレだっつの」


「......殺り合う?」


 邪気、いや、殺気が身体中を包み込み、それと共に悪寒が激しくなる。元々ここに着いてからは悪寒が続いていたが、それが酷くなった感覚だ。

 メンタルは強いリイラでも、流石に身体的には妹に敵わない。


「それはごめんだ。勝てる気がしない」


「あっそう。あと、もう子供じゃないから。もう妹でもない」


「......なんで」


 どういう、ことなのか。妹というものの定義は、先に生まれた兄姉がいた時、次に産まれた人間関係のことを言う。それが解消されることなどあるはずがない。

 だが、戸籍上の解除は出来る。それに、レイラが言っているのは心の問題。


「............言わない。でも妹じゃない理由は一つだけ。ボクは今のところレヴィ様しか愛していない。それは命を救ってくれた恩を受けてのことじゃない。それまでは...少しだけ好きだったけど、今となっては九割五分がレヴィ様が占領してる。姉さんの居場所なんてどこにもないよ」


「あと五分残ってるじゃんか」


 残りの五分に対してのツッコミを忘れないリイラに、レイラはため息をつく。そんなことも分からないのか、と。


「残りの五分はここのメイドさんや衛兵達に対しての愛。ボクが姉さん...貴女に割く心の残りなんてない。ボクはもう貴女無しでも生きていける。ボクは、レヴィ様とその周りの人達に囲まれて過ごすんだ」


 今の愛を与える相手、受け取る相手を明確に提示し、更に姉に対しての愛はもうゼロなんだと表明する。更に自分の未来像まで出来上がっているご様子。

 そこまで言われては、リイラも本心を言うしかない。


「.........悲しい...けど、そりゃあ結構。仲良くやればいい。まぁ、私は師団抜けたから...陽喰でもまた取り直しに行くか。お前も暇だったら陽喰...いや、亜喰に挑戦してみても──」


「いらないよそんなの。レヴィ様が望むなら取る。それだけ。貴女の命令も、要望も、何もかも聞かない」


 「もう完全に嫌われちまってるな」と髪をかき上げるリイラと、姉から目を逸らして「そうだよ、もういいよ...」と呟き、嘆息するレイラ。

 リイラはレイラのことを見、レイラは別のどこかを眺めている。


「そうか。なら......とその前に」


「何?まだあるの?ここまで言われておいて、そのしぶとさは何?妹に対する愛じゃなくて依存だよそれ」


 話を続けるつもりだったが、序盤に聞いた話への言及がまだだったなと話を切り替えようとするリイラ。だが、レイラはそれすらも妨害しようとする。今は、姉の何もかもがムカつく。気に入らない。壊したい──。


「今妹って言った」


「.........」


 強い憤りを、怒りを覚え、レイラはシーツをグッと握る。握り締めた拳がフルフルと震えて、堪えきれない怒りがどこかへスッと消えていく。


「やっぱ子供じゃねえか!まぁ、どんだけ嫌われようと、可愛いくて仕方ないのが妹だ」


「何勝ったようなふりしてんの......バッカみたい」


 何か、何かが腑に落ちた。

 それは何か分からない。だが、それが落ちたことにより、姉への嫌悪感が少し薄れる。気付けば顔が熱い。──熱か?いや、違う。これが姉妹の本当の関係なのか。


「ほら、ボキャブラリー少ないから!ハハッ!子供子供!」


「子供じゃない」


 煽り立てまくるリイラは指を差し、ギャハハと笑い立てる。下ろした赤い前髪は軽く目にかかっている。それ、目に入らないのかと疑問に思いながら、レイラは頑なに子供であることを拒否する。


「まだ十二歳のガキが何言ってんだよ。大人しく私──じゃなくてレヴィ様とかあいつに頼ってればいいんだよ」


「言い分の後半は認める。けど、やっぱり子供じゃない。証拠はちゃんとある」


「...証拠は?」


「............」


 そう言われると、なかなか言い返せない。恥ずかしいのが半分。不安が半分。これを言ってしまうことが、どれだけ心の支えになるのか、逆に、どれだけ子供である心を崩すのか。五分五分だ。


「......うっさいなっ!どっか行けよクソババア!」


「反抗期のお子ちゃまでちゅねぇ〜」


「.........」


 叫ぶが、相手は超強者。クソババア如きで、メンタルなんてそう簡単に崩れるものではなく、逆にレイラが煽られて怒りを覚える。

 何か不可思議な気持ちだ。これが大人の強さというものなのか。それならば、レイラはまだ大人になりきっていない。まだ子供のままだ。それは肯定できる。だが──。


「反抗期ってのは子供のうちに来るもんだ。十代前半に一回、んで後半に二回目が──」


「生理だよ!」


「.........」


 反抗期についての持論を述べ始める。もしかしたら事実なのかもしれない。だが、レイラに今のこの状況を乗り越えることは出来ない。その言葉を言わなければ。


 遮って言った言葉に驚いたのか、それとも声に驚いたのか、リイラは黙りこくってしまった。

 それにまた苛立ちを感じたレイラは、続けて捲し立てる。


「分かんないの?生理が来たんだよ!」


「......あぁ、それで...寝込んでたのか」


「んだよ悪いかよ!」


 全てが解決したような気がした。今朝には起きたのに、ずっと寝込んでいた理由も、今こうやってイライラしている原因も、全てが全て──とは言えないかもしれないが、ほとんどがそれの所為だろう。


「そりゃ初めては痛いわな、腹に注射何本も刺されたり、臓器を雑巾絞りされたくらいの痛さだもんな。そりゃ初めてでそれは...よくやったよ」


「......姉さんもなったの?」


 親身になられることに弱いレイラは、先程までの行いを悔いることもなく質問する。

 無駄に分かり易い表現を使って言うリイラに、少し興味が湧いたからだ。


「そりゃ、二十四にもなれば生理くらい来るさ。逆に来なかったら病院行きだ。後、姉さんに戻ってるぞ〜」


「うっさいな!......ね...あんたはいつ来たんだよ」


 病院行き。そう言われて、肩を震わせる。

 言われてみれば、二十四にもなって生理が来ない女など、少し妙だ。いや、だいぶ妙だ。

 姉さんからあんたに呼び名を変え、リイラの反応を探る。


「わぁ〜いきなり口調悪くなったなぁ......私は十四ん時......そう思ったらアンタ早いね」


「る、るっさい!」


 と言うふうに、彼女の反応はそこまでいいものではなかった。レイラの思い通りになれば、「なんで...そんな言い方すんのよ...」的な反応を期待していたのだが。


 早いと言われて顔を赤くして叫ぶレイラ。その様子に、少し勝機を感じたのか追い打ちをかける姉リイラ。


「まぁ、あれしたら来るとか言うし...?......アンタまさか...十二歳で......?」


「黙れぇえええええええええええ!」


 皆まで言わずとも、この帝都ではそういう噂が蔓延っている。それも、結構表の方で。子供が聞いたらどうするんだと問われるかもしれないが、ませた子がいたらレイラのようになってしまうのだ。


「あはははは!.........なんか、普通に戻ってるじゃん」


 顔を赤くして俯き、「うぅ〜〜」と呻きながらリイラを睨み付ける。「そういうあんただってしてんじゃん」とか思ったりしてみたが、考えたところ反応は薄いだろう。おおよそ「うん、そうだよ。思春期だしね」みたいに返されるのだろう。

 対してレイラは、まだ思春期に入っていない。思春期前の反抗期と生理が相まって、今この状況を作り出している。


 普通に戻ってると言われ、少しだけ「そうかもしれない」と頷いてしまったのが尽き。リイラは頬を緩ませてレイラを見つめている。

 少し気味が悪くなったレイラは布団を頭から被り、言った。


「黙ってろよ...ボクは...それでイライラしてる...かもしれないんだから...ほっといて」


 ほっといてと言いながらも構って欲しいのが女心というものだ、という持論を持っているリイラはそこから話題を膨らませようと、レヴィの話題を持ち出す。


「でもここでレヴィ様が来たら喜んではしゃぐだろ?」


「それ以外に何をするって言うの?」


「こりゃ...こっちも依存かな?」


 アリスと同じ匂いを感じ、少し妹を危惧する。首を傾げ、そう言ったリイラに冷たい一言が投げかけられる。


「は?」


「なんでもないよ。まぁ、そこまで辛いなら出てってやるか。体、気ぃつけろよ」


 冷たく投げかけられた言葉に全く動じずに、リイラは扉を開く。その様子を布団の影から黙って睨めつける妹レイラ。

 その心は、二つの感情に揺れていた。

 このままリイラに冷たい態度を続けるか、いつも通り、普通に接するか。

 どちらにしても、今のリイラに付いた表面の傷は、埋めることが出来ない。


「はぁ.........なんでこうなるのよ!」


 その声に驚いた人間型植物。種族は亜人に部類し、その姿はコンパクトなユリのよう。小さな目が付いていて、大きさは掌サイズ。

 ぴょんぴょんと跳ねるその植物は、声の主に飛びつく。


「!?.........ネル?」


 小さな植物と共に、レイラは笑顔になった。

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