40話 断罪の鎮魂歌
「なんだよ、魔力足りてないだけなら入れるだけでいいじゃんか」
ベッドに横たわるレイラを見つめて言うリイラ。手錠は相変わらず付けられたままで、その服装は簡潔質素なものだった。対して寝ている妹の服装も似たようなもの、所謂パジャマ姿だ。白一色の、可愛らしいフリルのついたパジャマ。
こうしてまじまじと見ていられるのも今のうちだ。彼女が目覚めれば、甘えたがりの彼女が目覚めれば、姉に会えた嬉しさで喧騒になってしまう。
「魔力を...入れる?」
「なんだよ、お前ら知らないのか?魔力補給の使い方」
何を言っているんだという顔でリイラを見るアリス。それもそう、この帝都でそんな魔法が使える人間は──そもそもそんな魔法があることすら知らない。だから、こうして魔力が尽きて意識を失った時は、静かに寝かせてやるのが一番と思われていた。
「魔力補給なんてしたことありませんよ」
「そう?まぁ、権能使ったら一発なんだけど、それしたらまだ仰望師団ってことになるだろ?」
「レイラさんはまだお化粧に使ってましたけど」
変なとこで律儀で真面目なリイラに、笑みを浮かべるアリス。アリスは化粧などしたことがないから、その重要性は分からない。
そもそも化粧などしなくても、十分過ぎる程顔が整っているのだ。ここに住まわるメイド達から今日ここに来たリイラでさえ。
「まじで?こいつダメだなぁ...」
「でもまぁ、それだけレヴィ君に良く見られたいんでしょう」
勿論眠っているレイラの顔はすっぴん。だからといって、何とも言えない程顔は整っている。強いて言えば、魔力欠陥と魔力線欠陥によって肌が多少荒れていることが気掛かりだ。
毎日のように権能で化粧をしていたレイラ。だが、カルヴィン襲撃の際には、その朝には化粧はしていなかった。何かを感じ取ったのか、それとも何かを知っていたのか。
後者だとすれば、それを黙っていた罪は大きい。レヴィの元から離れさせるのも、簡単なことだ。
「お前は?レヴィ......様?のこと好きなんだろ?」
「...まぁ、好きですけど...」
「何その曖昧な反応。あんまり好きじゃないんだろ?」
はっきりしない、不鮮明な反応に、リイラがアリスをおちょくる。だが、それがいけなかった。
それを言われるや否や、アリスの顔は惚気モードに切り替わり、頬が緩む。
「だいっっっっっっ好きですね!」
「......あぁ、そう」
あまりの「っ」の溜め具合に、何やら執念のようなものを感じて後ずさる。それもそのはず、アリスはレヴィに執着、依存しているから。
それを本人は自覚していない。「好き」という感情と勘違いしている。
「で、なんでそんなに好きなのに化粧の一つも覚えないわけ?」
「えぇ...えへへ...だって...えへへ...」
「えへへが多い」
惚気どころではないのかもしれない。緩みきった頬と、三日月型に細めた大きな目。
えへへを存分に吐き出して、アリスは続ける。
「だってぇ〜、レヴィ君が、そのままのアリスが好きだって...えへへ」
「そういう男って、女のこと分かってないだけじゃねえの?」
予想外の切り返しに、ピシッと青筋を立てるアリス。ズンズンと迫る覇気に冷や汗を垂らしながら、リイラが弁明する。それはもう必死に。
魂を込めての謝罪を述べ、アリスの怒りは鎮まったよう。まぁ、実際戦ってみて脅威なのはアリスの方なのだから、リイラが引き上げるのも仕方がない。
「分かったならいいんです。レヴィ君は神ですから」
「神、ねぇ...」
リイラは、意味深なため息を混じらせながら、「イカレてやがる」と付け加えた。
その言葉が聞こえなかったのか、アリスはレイラの頬に触れ、「まだ温かい...」と言った。
「で、魔力補給の仕方なんだが...」
「やっとですか」
「うるせぇ」
アリスにデコピンをかまして、レイラの薄い胸に手を当てる。優しく、貴重品に触れるかのような優しさが、リイラの手から滲み出る。手から出てきたのは優しさだけでなく、緑の光も同時に出てきた。
その光景に見とれていたのか、アリスはリイラの話を聞いていなかった。
不意に肩を揺さぶられ、アリスは戻ってくる。
「聞いてんのか?こうやって胸に手を当てて、なんか...体の底から出てくる...魔力の流れって分かるだろ?」
「えぇ、分かりますけど...」
とは言っても、実際は何も分かってはいないのだ。アリスの口調から読み取れる簡単な感情。レヴィレベルにもなると、これだけの言葉で、彼女が分かっていないのが分かってしまう。
魔力の流れなんて感じたこともない。仰望師団でさえ、それを掴んでいるというのに──。何かしらの嫉妬感が浮かび上がる。
「それをお腹、肩、腕の順番に移動させて、最後に手に持ってくる。んで、五本の指先からこの子の体に流し込む...分かるか?」
分からないアリスを他所に、彼女はズンズンと説明を続けていく。
アリスに感じられるのは、魔力が体外に放出されて感じる温度などだけだ。全くもってこの人の説明は分からない。なのに、
「ここまで丁寧に説明されて分からない人はクソです」
と言って、自分自身も貶した対象に加える。つくづく、自分でも馬鹿だと思う。
「......やってみろよ」
「あぁ、ダメです。呪いがかかってるので」
こういう風に、逃げるのはとても簡単。言い訳を探すとなれば、アリス程上手いものはいない。
責任逃れの神と呼べよう。
「呪い...?」
「レヴィ君から移ったようです」
「不本意ながら、胸を揉まれた時に」なんて言えっこない。レヴィが次期当主として相応しくない人だと思われてしまう。
それに、彼は今何かおかしい。何かが。
「あぁ...呪い、呪いね...レイラなら解けるかもしれんぞ?」
「本当に?」
「レイラは呪い解除のプロ中のプロ。まぁ、私でも出来るんだが、私が救えるのは三人だけだ」
呪い解除のプロってなんだよと問いかけたが、なんとか胸のうちに押さえつけた。
リイラは髪をかき上げながら、そう言った。
「......なんで三人なんですか?」
人を救うのに、何人が限界などとあるものなのか。そんなことがあっては、近親者に一番最初に使うに決まってる。
「なんで...か。実は、制限がかかっててな」
「制限?」
制限と言われれば、アリスはどうしてもレヴィのあの言葉を思い出してしまう。「アリスは僕にくっつきすぎだから、一日三時間までだ」ある時期、そう言われたことがあった。実際、それを遂行したはいいが、アリスは気がおかしくなりかけた。それに見かねたレヴィは、その制限を廃止した。その時の言葉も、よく心に残っている。「お前はレヴィ好きのレヴィ狂か」
「まぁ、言ってみればこれも呪いの類だ。月喰は知ってるか?」
「ええ、知ってますけど...陽喰の反対ですよね?」
月喰。陽喰の反対と呼ばれるのが一般的だが、その素性は底知れない。ただ、まことしやかに囁かれていることが一つ。──仰望師団とは違う犯罪集団が持つ、勲章のようなもの。
「そうだ。私はそいつとやりあった。その時に、軽く呪いをかけられた...ってわけだ。それが制限。まぁ、実際救ってきた数は多いんだがな、残り数が三人ってだけだ。だから、本当にピンチの真っ只中の人間しか、私は助けない。お分かり?」
実際救ってきた数が多い、ということは、これまでに呪いにかかった人を沢山解いてきたのだろう。またリイラの好感度がアップだ。
「なるほど、レイラさんは呪いを解く術を持っている上に、呪いをかけられていない。故に誰でも救えるんですね?」
「そう。こいつは私と同じ血である他にも、私より秀でている部分が沢山ある。私を超えることも容易い」
かき上げていた前髪と手を下ろし、冷静に話すリイラ。だが、冷静そうに見えるその顔も、妹の寝顔に頬を綻ばせていた。
「...もしかしたら亜喰まで?」
「それも有り得る。なんせ私の妹だからな」
亜喰。基本的に「喰」とつくものは勲章の類が多いが、亜喰もそれの内。最も高い位の勲章なのだ。
名前の由来は、亜人を喰らう程、というのが一つ。そして女神アズリエルを喰らう程、という二説がある。アリスとしては、アズリエル派だ。理由は、アズリエルってなんかかっこいいから。
「まぁ、その点については何も疑問が湧きません......私も亜喰狙えるかな...」
顎に手を当てて、真剣に亜喰戦争に出場することを考えるアリスに、リイラが肩に手を置いて言う。
「やめとけ、あれは本当の戦争、殺し合いだ。幾ら命があっても......痛いだろ」
そう、陽喰戦争は平和そのものだが、亜喰はそう簡単に手に入らない。何せ帝都で一人だけしか手に入れることが出来ないから。
そしてその審査内容だが、これがまた難関だ。
まず一つ目に、村を三つ破壊する程の魔力適性がないといけない。つまり、そこらの魔法使いでは歯が立たないのだ。
そして二つ目、人の命をその審査場で五人助ける。これは治癒魔法の適性を調べる為と、魔力の量をはかる試験だ。
最後に、本物の殺し合い。亜喰の所有者が死亡する度に行われる亜喰のイベントで、出場者が本当に殺し合う。容赦は無し。だが、降参すればその後は安全に家まで帰ることが出来る。
まぁとにかく、何がなんでも取らなくてはいけない理由がない限り、こんなのに出場させるのはごめんだ。というのがリイラの考えだ。彼女の言う通り、最後の突破口で傷口を深くして帰ってくる者も少なくない。だがアリスは、
「痛くないですよ、なんでか知りませんけど」
「本当に分かってないんだな」
「...何がです?」
何のことだ、さっきから。といった顔でリイラを睨みつけるが、彼女はそんなことしったものかとそっぽを向いてしまった。
「いんや、こっちの話。そういえば私がこっち側に来た理由、もう一個あんだけど、分かる?」
「......さぁ?」
突然話題を切り替えられるが、なかなかそんな気分になれないアリスは、予想だけしてそう言った。
「ご飯食べられるからだよ。それも豪華な」
「そんなとこだろうとは思ってましたよ、はぁ...」
予想は大当たり。
いかにも、元仰望師団らしい性格だ。それに比べてレイラは、なかなか人間っぽさがあったのではないかと再確認出来た。
「レイラが目覚めるのは大体二ヶ月後だ。それまでに──」
「二ヶ月!?間に合いませんよ!レヴィ君が...死んじゃう...」
言葉を遮り大声で叫ぶが、レイラは目覚めない。
二ヶ月先、それは非常に深刻な事態だ。このままでは、レヴィだけでなく、リリィ、あの五人姉妹の四人、そしてアリス本人の命が危ういのだ。
「死ぬ?あぁ......呪いの種類知ってる?」
「知りませんけど...」
首を傾げると、リイラが説明を始める。
「呪いの種類は大きく分けて三つ。単純に殺す為だけにかけられる呪い。死にこそしないが、悶え苦しむ呪い。そして最後に、意識不明状態にする呪い。まぁ、ずっと眠ったままってこった。レヴィ様ってやつは三つ目にかかってるんだよ、勿論リリィって子も」
それならば、どれだけ時間がかかっても、寝ているだけなら勝機はある。
アリスも呪いにかかっているから、彼女が目覚めるのも二ヶ月後になるはずだ。その間にこの疲労感はとれるだろうか。
「......じゃあ、死なない...んですね?」
「たぶんな」
「その言葉で信ぴょう性が欠けますね」
信ぴょう性だけではない。今まで積み上げてきた好感度がダダ下がりだ。だからと言って、彼女を信じないこととは全く別問題だが。
「だろ、私の得意技だ。っと、そろそろ時間じゃね?私のこと懲罰房に放り込まなくてもいいのか?」
彼女が見上げた部屋の時計は五時を回っている。正確には五分、彼女が話すことが出来るのは五時までだったはずだ。
つまり、アリスの心が変わった証拠。
「私見ですが、ここまで親身になってくれる人はもうそんなとこにいなくていいです。レイラさんの隣にいてあげてください」
自分を三回も殺した相手を、ここまで友好的に、それも罪を償わせない人などいるのだろうか。答えは否だ。
いつの間にか、少しだけ心の広くなったアリスは彼女の背中を押した。
押されるがままにレイラの横まで行き、振り返るリイラ。
「え?いいのかよ!」
「ええ、よく考えたらレイラさんのこともそんなふうにしてませんでしたしね。バレなきゃOKなんですよ」
そう、レイラの罪は断罪していない。それなのに、彼女の姉だけには罪を償わせるなど、人間として失格だ。
だからここで逃がす。いつかは償わせると心に誓って。
「メイド失格じゃねえの?その考え方。まぁ、ありがたいこっちゃ。外してくれよ」
何も言わずに、ポケットから鍵を取り出し、後ろに組まされた手にかかった手錠に差し込む。
軽い金属音が鳴り、勢い良く外れた手錠がアリスの手中に握られる。
「おお!体が軽い!なんだこりゃ!」
「手錠を外しただけですよ」
深い意味を込めて、その言葉を放つ。
そう、手錠を外しただけ。
「おお!サンキュー!ずっと隣にいるわ!」
「ええ、それじゃあ」
元敵だというのに律儀に礼までして、リイラとレイラの元を後にするアリス。その顔にはもう迷いはない。ただレヴィの身を案じるのみ。
ガチャンと扉が締まり終わると、リイラはレイラの頬に指を当てる。
「.........」
静かな部屋に、たった一回、外の鳥の声が響く。
「...レイラ」
「...姉さん?」
赤い双眸が開かれた。




