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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第二章 呪いが集う場
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39話 欠如と再現

「なんで...なんでよ!なんで...陽喰にまで登り詰めた貴女が......仰望師団なんて...!」


 目に涙を浮かべ、しかしそれは流さずに叫ぶスティラ。紺色の髪を振り乱し、リイラを睨みつけて。その表情は悲しげな一面もあり、そして怒りにも満ちていた。

 「私は悲しいよ...」と付け加えたスティラは、響く鼓動を押さえつける。


「だ...って......仕方ないんだよ。生きる為にはそこで生きるしか...」


「なんで私の所に!最初から来なかったのよ...私なら貴女を救えた!」


 声がますます荒げられるスティラに怖気付いたのか、座ったままで半歩程後ずさりするリイラ。しかしその距離を離すまいと半歩踏み出すスティラ。

 逃げられないと悟ったリイラは、髪をかき上げて落ち着いて話し出す。


「まぁ、落ち着けよ...」


「落ち着けるわけないでしょう!?なんで幼馴染みが陽喰から仰望師団まで落ちて!それで!冷静でいられるのよ!」


 叫びながらも、リイラの身を案じる。その感情は、周りにいた幼女達でさえ分かる程滲み出ていた。

 言葉を無くしてただ立ち竦むリイラを、そっと抱き寄せてスティラは言う。


「でも......無事でよかった...」


 その優しい言い方、もしくは言葉に心が感化されたのか、リイラも涙を流す。ポロポロと落ちる涙が、竜車の木の床を濡らす。

 抱き合った二人は、静かにその一時を過ごした。そして、暫くしてからスティラが切り出す。


「なんで...仰望師団に?」


「......食べ物が...無かったんだ。それで...師団に」


「貴女っ!馬鹿じゃないの!?そんなことで仰望師団に入ったの!?...はぁ...もう!」


 抱き締めていたリイラの肩を持って引き剥がすスティラ。

 確かに食事の有無は生死に関わるが、それでも仰望師団なんかに関わる必要性なんてゼロに近い。それよりも、幼馴染みの家で厄介になる方が幾分か、随分マシだ。


「ごめん...」


「もういいよ...でも、なんで陽喰の勲章まで捨てたの?仰望師団を抜けた時に必要じゃない」


「あぁ......あれがあったら師団に入れなかったんだよ。また取り直せばいいしさ」


 テヘッと笑うリイラに、デコピンをかますスティラ。その表情は怒りそのものだ。何せ“陽喰”はそう簡単に取れるものではないから。


 “陽喰”、魔法適性のみならず、剣や礼儀、全てを司る者に与えられる、勲章のようなもの。それを手にした者は、感情の起伏だけで天気を左右してしまう程の力を保有してしまう。

 先程豪雨が降り注いだのは、彼女の気持ちが陰ったから。逆に、今は気持ちが晴れ晴れしているのか、空は快晴だ。


「あれを取るのに一年もかかったじゃない!?また...取り直すの?」


「それしかないじゃん。まだ力は続いてるらしいけどさ、いずれこの力は尽きる。だからその前に取らないと」


 一度人が手にすると、一生外すことがないと言われる陽喰。だが、一度外せばその力は消え失せ、次の陽喰争奪戦、巷に言う陽喰戦争が始まるのだ。戦争とは言っても、血は流れないし死者も出ない。平和的ではあるが、どこか血の気が多い戦争なのだ。


「ってことは...まだ陽喰戦争は始まってないのか?」


「貴女がまだ力を有してるってことは、まだなんじゃない?」


 そう、正確には、陽喰の勲章を外して、力がゼロになった時に戦争が始まる。まだリイラの力は尽きていない。つまり、まだ戦争は時期じゃないのだ。


「そうか...じゃあ、一回申請したらまた取り直せるかな?」


「貴女...そういうこと簡単に言うけどね、あれは純金で作られてるのよ?どれだけお金がかかってるのか分かってるの?」


 純金で作られた勲章。それが主な原因で、昔は盗難に遭うことも多々あった。近年は、毎日羽織るマントに複雑に編み込まれたことも相まって、なかなか盗難に遭うことも減った。引きちぎれない程強固な縫い目だったからだ。

 だが、リイラはそれを引きちぎった。強化魔法に強化魔法を重ね、筋力が数十倍にも膨れ上がった腕で引きちぎったのだ。


「あぁ......あれ?捨てたっけ?置いてたっけ?」


「置いてるの?」


 リイラの記憶からすると、確か陽喰はこのポケットに──。


「あった!」


「うわぁ...汚れてるねぇ〜」


 泥に塗れた陽喰を太陽にかざす。所々に錆の生えた金と銀は、滴り落ちる雫を付着させている。


「仕方ないじゃないか!洗濯なんて出来なかったもん」


 仰望師団の住処は人それぞれに決められている。上位に位置する師団の連中は良い場所を住処に設定され、逆にリイラのような下位層の人々は、洞窟のような場所に住まわされる。それでも何とか必要最低限の食事は取れ、彼女が安心して命を任せられる慰安の場所となった。

 そんな場所で洗濯など、以ての外。なのに、


「なんで洗ってないのに臭ってないの?」


「えへへ...だって、権能の二つは身支度に使ってるんだもん」


 アリスの前で見せた強気な態度から一変、甘えた子犬のような雰囲気を丸出しにするリイラ。

 そんな彼女の権能の使い道は、至ってシンプル。


「毎日魔法と権能の一つでお洗濯して、で、出かける前は必ずお化粧。これ必須だよ」


「帝都の衛兵達が手を焼いている相手が、権能をこんな風に使ってるって知ったら嘸かし悔しがるでしょうね」


 過去に二、三回、仰望師団征伐戦が行われた。筆頭は、あのフレイの父親。彼が先導を切って踊った征伐戦の相手は、二回目三回目共にリイラ、レイラ姉妹だった。

 得体の知れない権能に、四散する傭兵達。彼らを置いて脱出したフレイの父親の判断は賢明だったか──。


 その当時敵対していた相手が、征伐戦前に化粧や洗濯をしていたなどと聞いたら、頭から溶岩が噴き出す程怒り狂うだろう。

 だから、リイラ、レイラ姉妹が帝国陣営に含まれていることは傭兵達には内緒だ。


「だろうね、教えてやりたいよ」


「ダメよ。陽喰を宿したまでに至る人が、陽喰を引き剥がした挙句に仰望師団にまで落ちぶれるなんて......」


 そう、そんな醜態──醜態どころではすまない痴態を晒すことになる。

 ましてや、帝国の中枢にまで行きかけた人物だ。出来たとして、仰望師団の、邪精霊の恐ろしさを全世界に広めることくらいしか出来ないだろう。


「私だって不本意だったんだよ。邪精霊を宿せば全ては楽になるって言われてさ」


「わぁ...なんて宗教的」


 宗教や麻薬にはこういった勧誘方法が用いられることが多い。「楽になるから」「楽しくなる」その一瞬の楽しみの為に、多くの人が金と命を賭す。


 だがリイラは少し違った。別に仰望師団に入ったから借金をするわけでもなく、命が危ういわけでもない。逆に権能を持つから安全とまで言える。そして一番の相違点が、彼女は生きる為にその道を選んだ。誰もそれを咎めないが、スティラだけはそれをし、その後で彼女を許した。

 それがどれだけ、ボロボロなリイラの心の支えになったかは計り知れない。


「まぁ、何にせよ再現する陽喰の力で邪精霊なんて追い出せるよ。勿論レイラの分も」


 きちんと自分だけでなく妹のことも考えているリイラ。むしろ妹が最優先だ。

 アリスを狙ったのも、少しは私情が差し挟んでいたわけだし。


「...そういえば、貴女と私が知り合った時にはそのレイラって子?はいなかったけど、いつ産まれたの?」


「今から十二年前...私達が十二歳ん時」


 十二年前、彼女らは今現在二十四歳だ。彼女らが十二歳の時、レイラは誕生した。惜しくもあのレインとアレンの間に──。


「だいぶ歳が離れてるのね」


「そうだよ。で、母さんも父さんも私を育てきれなくなったみたいで...私を捨てた」


 彼女の家の家計は他人から見ても辛いくらいにギリギリを走っていた。少しでも気を抜けば死に至る程のギリギリ。少しでも仕事を休めばクビになる可能性のある程のギリギリ。

 両親は耐えられなかった。


「レヴィ様が言ってた様子からするとレイラちゃんも捨てられたって言ってたよ?」


 レヴィがお喋りなのではなく、レイラが言ってほしそうな顔をしているから言ったのだ。レヴィに非はない。


「あぁ、知ってる。レイラから聞いたんだ、レヴィってやつがあの子を助けたって。でもそれ以前にするべきことがあった」


「...何?」


「私達の両親を殺すことだ」


 赤い双眸に、空を浮かべながらリイラは言う。邪気を孕んだ、仰望師団らしい声で。

 それを聞くなり、スティラは少し焦った。「まだ仰望師団を抜けられていないんだ」と。まだ人に危害を加える可能性のある人間なんだ、と。


 その恐怖心に心を脅かされながら、スティラは言葉を返す。


「......そう、貴女達がやったの...沼地のあの事件」


「責めないんだ?」


「責めても無駄よ。今からちゃんと更生するんだから」


 更生の期間、それは無期懲役でもいい程、人を殺しまくった。踏み躙った。首を掻っ切った。

 実働だけでなく、上での仕事もこなした──。立派な犯罪者なのだ。

 それでも、スティラは彼女を認めた。「そうするしかなかったのだ」と、「その道しか選べなかったのだ」と。


「そうか...まぁ、あの時は一人だけ逃がしてやった。ちょっとはいいことするだろ?まぁカルヴィンがやったんだけどさ」


 思い出される、カルヴィンの優しさが初めて垣間見えた時。カルヴィンの隣に立ち、彼女が悪夢に魘されている間に安全な場所に運んだのを思い出す。


「で、その逃げた子があのアリシア様らしいわよ」


「まじかよ......だから...あぁ、そう。全部繋がったよ」


 予想外の展開に、目を見開いて髪をかき上げる。この仕草は元は誰のものだったのだろうか。前にこの邪精霊を宿していた人の癖だったのだろうか。


「そうなの?よく分からないけど...まぁ、本人が言ってるんだから嘘じゃないでしょう」


 まぁ、アリスが嘘をつくはずがない、と言い切るスティラにリイラは話題を切り替える。


「お前は...スティラはあいつの正体知ってんのかよ?」


 正体。悪者によく使われる文字だが、それがアリスに綺麗に当てはまるとは流石に思えない。だってアリスは、屋敷のメイド達の憧れの先輩なのだから。


「正体?メイド長であることぐらいは知ってるけど」


「......そうか」


「何?気になるじゃない」


 もしやアリスがラスボス!?という考えを持ったが、それは浅はかな考えだったようだ。リイラの目が、そうではないと暗示している。


「だーめだ。お前には言えん」


「何それ、つまんないの」


 スティラがつまんなさそうにため息をついた時、衛兵の一人がリイラの背後に回る。それを見たリイラとスティラは、すぐに理解したようで、リイラは後ろに手を差し出し、スティラは立ち上がった。

 ガチャンという、手錠の閉まるような音が鳴ると、リイラが言葉を放つ。


「んっ......また今度な。懲罰房にも来いよ」


 地面にこそ伏せないが、なかなか痛いらしい体勢に持ち込まれ、多少の呻き声を上げながらそう言った。


「仕方なく、ね」


 立ち上がったスティラは、悪人へと成り果てた幼馴染みに振り返らずにそう言った。

 そして、すれ違いざまにやって来たアリスにお辞儀をして、元いた竜車の方向へ歩いていった。

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