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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第二章 呪いが集う場
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38話 死と鮮血の赤、陽喰の徒花

 その場にいる全員。もしかしたら天候や他の動物、植物までもが恐れをなしたかもしれない。かつて見たことのない程美しく、残酷な球。

 それはシャボン玉のように虹色に輝き、いつ弾けてもおかしくないほど薄い膜。


「あれは...?」


 救助隊が皆声を揃えて零した。遠く、竜車の奥で戦っていた“unknown”達も皆が皆その方を向く。

 紫龍を殺し、その上に立っている赤髪の女。恐らく仰望師団の一員だが、彼女もまた何も言えずに口を開いている。


「...お、お前...何なんだよ......ただのメイドじゃないのかよ...」


 赤髪の女の声。

 その声に、スティラが反応する。肩をピクリと震わせ、目を凝らして赤髪の女を見つめる。その視線の熱さに気付いたのか、彼女がこちらを向く。それと同時に、竜車の後方で座っていたスティラは立ち上がり、呟いた。


「リイラ...?リイラ!」


「.........なんでお前までここに...」


 遠くからでも見えているのか、目を凝らさずにスティラを一瞥する赤髪女、リイラ。雨で濡れた美しい髪をかき上げ、アリスに目線を逸らす。

 そう、アリス。首を刎ねたはずのそのメイドは存命だ。


「...で、なんでお前はそうやって息してるんだ?」


「生憎、全く身に覚えがありませんね。でも、一つだけ言えることがあります」


 離れたはずの胴体と首は接着し、今現在は防護膜を張っている。そうやって首を刎ねられても尚、ピンピンと動くアリスに気味を悪くしたリイラ。彼女はその命は何なのだと問いかけるが、まともな答えは返ってこない。その代わりに、彼女から一つ言うことがあるらしい。


「貴女からこの子達を守れてよかった...」


 アリスが絶命した直後、リイラは幼女達に手をかけた。が、その攻撃は、見えない刃は彼女達に届かなかった。理由は一目瞭然、彼女達とアリスを含めた球体が彼女らを守っていたからだ。


「あっそ......じゃあ今から殺してやるよ!」


 そう言ってアリスに踏み込み、見えない刃を纏ったと見られる右腕を振りかぶる。アリスから見て、斜め上から降ってきたその刃も、魔女の防護膜には敵わない。──刃が折れた音がした。


「降参しますか?」


「...じゃあ死神達に命張って殺ってもらうよ」


 彼女の声を命令と捉えたのか、こちらを見ていた“unknown”が一斉にこちらへ駆け出す。それはもう、馬型から鳥のようなものまで、合計で十は超える数がアリス目掛けて飛びかかる。


「防護膜を消滅膜に変更。この子達を守って」


「なっ!?」


 アリスを目掛けて飛びかかった“unknown”達が次々に血飛沫を上げて消えていく。びちゃびちゃと落ちるだけの血が四散する。その光景に息を飲んだアリス達と救助隊のメンバー。対してリイラは髪をかき上げ、目を見開き、叫ぶ。


「権能!消滅膜を破壊!」


 その言葉に、困ったといった様子で冷や汗を流すアリス。防護膜を張ったのも、それを消滅膜に変更したのも直感がそうさせただけてあって、今はその直感が全く湧かない。

 動揺しているアリスに勝機を感じ取ったリイラは、一瞬のうちにアリスの足元に駆け寄り──。


「今度こそ終わり、かな?」


「......っ...」


 再び見えない刃を生成したリイラは、アリスの胸を押して彼女を倒し、彼女の心臓を刃で一突きに突いた。溢れ出す鮮血と、開いた傷口から垣間見える心臓の赤。

 だがそれも一瞬だけ。見えない刃は、アリスの体内から伸びてきた赤い糸のようなものに絡み取られ、リイラの手から引き離そうとする。その異様な光景に慄いたリイラは手を離し、その行く末を見守る。


 刃が刺さったままのアリスは意識を取り戻し、ゆっくりと死神のように立ち上がった。足首を軸に立ち上がったアリスは目を開く。視界に入り込んだのは、恐怖に慄くリイラの姿。赤髪をぐしゃぐしゃに掻き乱し、ブツブツと何かを呟き出した。


「そんなことあるはずが...あれが...降りてきた...?んなわけが...」


「んっ......何を言ってるんですか、貴女の相手はまだ死んでませんよ」


 そんな風に宣戦布告をしている間に、見えない刃は胸から伸びた赤い糸によって抜き取られる。痛みは感じない。

 抜き取られた刃が竜車の床に落ちる音が響き、リイラが髪をかき上げてアリスを睨む。


「...そうだね、まだ死んでないっ!」


「────」


 アリスの首に、再び不可視の刃が襲いかかる。あまりに速すぎる瞬発力に反応し切れなかったアリスは再び首を落とされる。ぼちゃっという、血混じりの音が鳴った後、否、瞬間に見えない刃は幼女達に向かった。


「お前らもこれで死ぬんだよ、こいつが生き返る前に殺ってやるよ」


 二秒程経過しただろうか。涙を流し、今度こそ最後を悟った幼女達は目を閉じる。

 リイラが右手で髪をかき上げ、左手に纏わり付いた刃を振るう。鋭い金属音──氷の弾けるような音が響き、


「...は、はぁ?」


 首を落とされていたはずのアリスの腕が伸び、その手の中にはレーベンを纏った白刀が握られている。レーベンに鋭く食いついた刃が、氷の破損状態によってよく分かる。くい込んだ刃は、レーベンの凍結能力によって順々に凍りだし、その大きさと長さの全貌が明らかになる。

 リイラの腕の倍はある長さに、細くて切れやすそうな刀身。

 再びリイラは腕から刃を取り外し、頭を抱えた。


「なんで...なんでお前が!」


 ウダウダと胴体側の首から、落とされた首から赤い糸が伸び、互いを繋ぎ合わせる。接着した直後、彼女は目を開く。そして勝ち誇った顔で言った。


「死なない相手と殺せない女の子達...降参しますか?」


「...刃が無くなっても、まだ権能が残ってる」


 アリスが予想する限りは、彼女の権能はレイラのものと酷似しているはず。何か、想像したことを現実に出来る権能──。それで幼女達の命を狙われては、防ぎようがない。


「権能...」


「レイラのこと知ってるなら権能のことも知ってるんじゃないの?まぁ相違点はあるけど」


 彼女の言う相違点とやらが、もし歯止めの効かない権能なら──考えただけでも寒気がする。

 だが、アリスは見た。リイラの表情の曇りが、そこまで権能が大きな脅威ではないことを。


「知ってますけど、貴女のは知りませんね。権能の数が違うとか...そんなとこですか?」


「あ〜...惜しいね。権能の数は五つだ。それと、ネックが一つ。私の権能は数秒で解かれてしまう」


 アリスは勝機を感じた。数秒しかもたない権能。逆に言い換えれば、数秒耐えればその脅威は去り、更に彼女の権能が一つ減るのだ。

 これがレイラだったら。数秒耐えたところで脅威は去らず、逆に勢いを増すばかりだっただろう。更に、権能は数十分保たれる──今、レイラがここにいれば勝ちは確定のようなものだ。


「そうですか、じゃあ私達の勝ちですね」


「...更に言うと、私の権能は声に出さないと発動しないんだ」


「......レイラさんと違って相手に考えていることがバレてしまう...?」


 勝機どころではない。今のところネックだらけではないか。ここにアリスの素の力と幼女達が加われば、彼女の首を討ち取ることは容易なことのように思える。


「そうだよ...ったく...だから、今ここでお前らを殺してやる」


「......は?」


 言っていることの意味が分からない。アリスには、幼女達には分からない。何故そこまでアリス達の死に固執するのか。

 レイラの為なら、こちら側へ来て妨害すればいいだけの話。それをプライドが許さないのかもしれないが、そういう穏やかな解決方法もあるのだ。


 再び見えない刃を生成した様子のリイラは、今度は勢いに任せて飛んでこない。何か、様子を伺っているようで──。


「貴女、レイラさんのことが...レイラさんとレヴィ君の行く末が気になるなら、屋敷に来ればいいじゃないですか...なんで...なんで殺そうとするんですか...」


 その言葉を待っていたとばかりに、ふんすと鼻息を鳴らし、髪をかき上げるリイラ。

 竜車の床を思い切り踏み付け、彼女は大声で言った。


「......そうだよ!めっちゃ良い提案じゃん!私も師団を抜ければいいんだ!お前賢いじゃん!」


「......今のは提案として言っただけで、本当にそれが出来るのかも分かりませんし、最初のうちは懲罰房で暮らさないといけませんよ」


 その提案を飲んだのか、理解したのか、うんうんと頷いて笑顔になるリイラ。髪を下ろし、端正な顔立ちが髪によって少し掻き消える。

 そして、立ち竦んだアリスの元に歩み寄り、


「それでもいいよ。レイラの元にいられるなら......レイラの幸せを願ってやれるなら...」


 その瞬間、凍ったように震えていた幼女達の震えが止まる。動かなかった口をパクパクと動かし、ちゃんと動くことを確認する。指を曲げたり、膝を伸ばしたり、色々なことを一斉に確認し、レレが言う。


「本当にいいんですか...?その人はアリシア様を一回は殺した人ですよ?レレにはとても信じられません」


「ロロも同意見です」


 言われてみればそうだ。屋敷に呼び込んだところで、レヴィといい雰囲気になっていたら、扉を破って殺しにかかるかもしれないのだ。


「大丈夫ですよ。私は死なないし、レヴィ君のことはこの人は狙わない。...唯一気がかりなのはリリィさんですけど...」


 リリィはレヴィの元許嫁という立場であり、更に言えばレヴィのことを今でも好いている。そして彼女は死んだらもう生き返らない。彼女が一番危険な立場にいるのだ。

 とは言っても、「彼女だけは狙わないであげて」なんて交渉が成立するとは思えない。


「リリィさんは......危険ですね」


「なんだよ、私がそいつのこと殺すと思ってんのかよ?」


 そりゃそうだ。今だって、アリスのことを三回殺したのだ。「殺さないから信用してくれ」なんて言われても、信じることは出来ない。


「だって貴女、私のことを殺そうと...」


「あ〜...あれはリビルの頼みだから...?別に私情でお前のこと殺そうとしてたわけじゃねえよ。まぁ、恋敵殺しておいたら少しは楽になるかな...ってのはちょっとだけ思ったけどさ」


 これで二回目だ。“リビル・レレモード”、その全貌は謎に包まれている。第一次征伐戦の際には傭兵に紛れ込み、カルヴィン襲撃の際にはその命令を下した張本人。一つだけ分かることは、彼が仰望師団のトップクラスに位置する人物だということ。


「リビルって......誰なんですか」


「...あっ、そうか。お前ら知らないんだね...あいつは狂ってるよ。まぁ、詳しくまでは言えないけど」


 お茶を濁し、そっぽを向くリイラ。「まぁそれも仕方ないか」と、アリスも詳細までは問わず、リイラにそこに座らせる。

 そして救助に来た傭兵やメイド達に、彼女を拘束するように言おうと竜車から降りた時、入れ違いになって竜車に飛び込む女の影があった。

 アリスは気にせず歩き始めたが、リイラの目は伏せられた。


「リイラ...どうして仰望師団なんかに?」


 紺色の髪が揺れた。

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