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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第一章 帝覚
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3話 剣戟

「ちょっと!もっと引っ張らないとダメですよ!」


「分かってるけど!量が多すぎるよ!」


 大きくかけられたレヴィへの声。

 ミーナの声である。ミーナ宅から連行される豚達がレヴィの屋敷への移送に猛反発してブヒブヒと叫んでいる。

 当のレヴィは、ひょろひょろの手羽先だし、強化魔法も使えない。なのにアリスがレヴを手伝わない理由。


「筋トレですよ」


「こんな過酷な筋トレ、僕には必要ないと思うんですけど」


 そういうレヴィはもう体力の限界らしく、へなへなとその場に倒れ込んでしまった。


「たかが二十匹の豚相手に何へこたれてるんですか、男らしくありませんよ」


 そう言われても...と言い返す気も失せる程、レヴィは疲弊している。

 何しろ、ミーナの家から屋敷までの道のりは、優に十キロメートルを超えている。そんな距離、レヴィは歩いた過去がない。


「もう、はぁ...着いたんだから、いいじゃないか」


 そう、もう見上げれば屋敷が目の前。だが、それは目の錯覚で、実際はこの先一キロメートルはある。

 この錯覚が起きる理由は、屋敷が帝都で二番目に高い場所に建てられているからである。目の前には見えていても、地図上ではほんとに近くても、高さという壁があるのだ。


「まだまだですよ」


「えぇーーー!!もう無理...」


「仕方ありませんね、私が運びます」


 レヴィが黙って豚に付けられたリードをアリスに託す。アリスはそれを黙って受け取り、


「こんな軽々と引きずれるのに、たったこれだけで手こずっていたんですか?はっ!」


「そ、そんな乱暴に扱わないで!」


 ミーナの忠告など耳にもくれず、豚を引きずり回し、罵倒に罵倒を塗った後、嘲笑の笑みを浮かべるアリスは嫌な意味で魔女そのものだ。


「強化魔法かけてるからじゃん」


 うつ伏せになり、口を地面に付けたまま言うレヴィ。その数秒後には、喋った呼気で吸い込んでしまった砂に咳き込んだ。


「か、かけて......ますけど、こんなの、魔法がなくたって!」


 そう言って手を前に伸ばし、何かを呟いた。

 そして、何かと緊張し、強ばった顔でリードを引っ張る。


「ぐっ!...ぬっ!むっ!」


 掛け声と共に力いっぱい引っ張るアリス。

 だが、頑として豚達は動こうとしない。結局アリスも手羽先の一人だったのだ。


「ほーら、重いでしょ?」


「もういいです!」


 そう言ってニヤニヤと頬杖を付くレヴィに腹立たしくなったアリスは強化魔法を右腕にかけた。

 ブヒブヒと抵抗を続ける豚達をリードで括りつけ、それをサンタのように肩に担いで屋敷に走っていったのは、流石のレヴィも空いた口が塞がらなかった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「やっと着いたー!」


「遠いですねぇ〜」


 そんなやり取りをしている二人の目線の先に、優雅に立つアリスがいる。彼女は腰から太刀を抜き取り、素振りを。否、試し斬りと言った方が近い。何にせよ、空を掻っ切った。


「アリス」


「あぁ、レヴィ君、遅かったですね」


 本物の剣を見たことがないレヴィとミーナは、目を丸く見開き、その純白の刀身の美しさに心を奪われる。


「で、何してたの?」


 ふと我に返ったレヴィが尋ねる。

 アリスは剣を鞘に戻し、レヴィ達に振り向く。


「そろそろレヴィ君の剣が届くはずなので、その時の為に試し斬り?のようなものを」


「...僕の剣とアリスの剣と何が関係あるん──」


「あ、来ましたよ」


 言葉を遮って言った彼女の目の先には、一台の竜車が。荷車を引っ張っている竜は、難しい漢字で書く方の龍だ。

紫龍と呼ばれるその龍は、トカゲのような体躯を持ち、しかし二足歩行で行動する、所謂恐竜に似たような生き物である。

紫と赤に彩られた表皮は、鱗がビッシリと張り巡らされている。


「竜車か、男心くすぐられるなぁ...」


 好奇心旺盛なレヴィは、魔法、騎士に留まらず、龍にさえも興味を絶やさない。

 乗ったことこそないが、屋敷に何度か来たことはあるので、触ったことはある。

 その時の興奮は、いかにも男子丸出しの反応でそこにいる誰にも伝わった。


「レヴィ様、遅れて申し訳ございません」


 そう言って頭を下げ、額に冷や汗をかいているのは、恐らく剣を作ってくれた職人なのだろう。


「いやいや、僕らも今着いたところだから、頭を上げてください!」


「そうですか...ならよかったです」


 必死に頭を上げさせるように頼まなくていい相手は楽でいい。昔、一時間もの間頭を上げなかった人がいたことを思い出す。


「あれはトラウマになりかけたな...」


「?」


「いや、何でもないです。それで...貴方が剣を?」


 頭上にハテナを浮かべる職人と思しき人に問う。


「いえ、作ったのは私ではございません。私は商人です。この剣の素晴らしい所を、作った職人本人よりも伝えられるはずですので。第一...この腕では鍛冶はできませんね」


 そう言って荷車に乗っている剣を擦る。

 ハハッと笑いを含ませて言った彼の言葉はレヴィを気遣っての物言いなのか、それは分からなかったが、レヴィにとっては仲間を発見したような気分だった。


「そうですか」


「じゃあ...ご覧下さい」


 スルスルっと剣を包んでいた布が退き、刀身が顕になる。


「────。」


 禍々しい剣が顕現する。

 鱗のような、羽毛のような物が剣の至る所に張り巡らされ、柄は上下がすっぽり手を覆い、怪我しないようになっているのだろうか。

 柄からズッと伸びたもう一つの柄は、何に使うかは分からないが、剣自体の禍々しさをより引き立てている。


「いかがですか?」


 おどおどしながら、商人はレヴィの顔を覗き込む。

 なるほど、彼も同じく、この剣に忌々しさを感じているのだ。決して嫌悪感ではない何かモヤモヤした感情が、心の中で蠢く。


「すご...いですね」


「お褒めにいただきありがとうございます」


 そう言って、腹に手を当て、再びお辞儀をする。

 だが、今回はレヴィも止めはしない。

 この禍々しい剣に、何かを感じたからだ。


「ギミックも色々用意しているので、それは後程説明するとして、模擬戦など試してみてはどうでしょう?」


 そう言うと、先程まで黙って見ていたアリスが商人に木刀を渡される。

 なるほど、さっきの空切りはこの為の。


「アリスが木刀で僕が本物の剣?」


「何かご不満で?」

「何かご不満でしょうか?」


 アリスと商人の声が揃う。

 アリスはニマニマとした、挑発の笑顔。

 商人は次期王の機嫌を損ねたかと心配そうな顔。

 心配いらない、後者ではない。


「いや...不満じゃないけど、流石に舐められすぎじゃないかなって...」


「まさか、私に剣で勝てると思ってるんですか?」


 否、そういう訳ではないが、もし掠ったりして怪我をしたら大変だと言いたいだけなのだが。


「いや、そういう訳じゃ...怪我したら大変じゃん?明日征伐戦だし」


「随分舐められたものですね。実際に舐めてもらうのもやめて欲しいですけど」


「またそういうこと言って...」


 こんな時まで、冗談を本気でかましてくるメイド。

 ここまで生意気だと、少し活を入れたい気持ちにもなるだろう。誰しもが。

 ──ほら、商人も難しい顔をしてる。


「や、やめておいた方がいいです、レヴィ様!相手はあの魔女です!いくらその剣が素晴らしくても、その方を怒らせたら一蹴ですよ!」


「怒ってませんよ、怒ったことなんてありません。本気で戦ったりはしませんよ。あくまで模擬戦です、手加減しますよ」


 叫び、レヴィに注意勧告をする商人だが、アリスのやる気はヒートアップしている。目がそう言っている。


「僕だって、昔から騎士の模擬戦は何度も見てるし、木刀で練習したことくらいあるんだ。負けるのはいいけど、あまり舐めないでもらいたい」


 そうは言っても、実剣は持ったことがないのが現状。

 今だって、初めて持つ剣に緊張しており、さらに、その重さにも内心は圧倒されている。


「じゃあ行きますよ」


 アリスの声を聞き、騎士っぽく構えるレヴィ。その構えはなかなか様になっているようで、離れたところにいる商人も嘆息している。

 が、問題は剣を振れるかどうかだ。

 アリスがこちらに踏み込んで来た瞬間、その瞬間を狙って──。


「ぐはっ!」


 そう思ってから、一秒未満でレヴィは地面に背中から叩きつけられる。


「ヒッ!」


 瞬間的に地面に転げ落ちたレヴィと、その瞬間に起こった突風に、ミーナが思わず声を上げる。


「え?」


 倒れ込んだレヴィは唖然の声を漏らす。

 何が、起こったのか。


「くっ!」


 自分が、アリスの振った剣の風圧で、今ここに寝かされているんだと気付く。

 こう見えて反骨心の強いレヴィは、片手で体を支え、立ち上がる。

 もう一度。そう、アリスに目で伝える。


「なかなか、メンタルだけは強いようですね」


「生憎、お前が鍛えてくれたんでね」


 皮肉も、ここでは役に立たない。

 アリスの目が、初心者相手の目ではなくなった。

 それを目視するなり、レヴィの気持ちは高揚した。少しでも彼女に認められた、と。


「はぁっ!」


 今回は、アリスは躱すだけ。

 剣での応戦はない。もう一度同じ攻撃はレヴィには通じないと思ったのだろうか。


「いける!」


 躱し、躱し、躱したその先。アリスの躱し方にパターンを見出す。

 彼女の躱し方は、一パターンだけ。上半身に対して横に振れば、上半身を後ろに逸らす。

 ならば、一歩を大きく踏み出して大きく振りかぶる。その一択だ。


「ッ!」


「はっ!」


 剣の柄近く、刀身から根本にかけて伸びている、切れ味の低い場所で首を──。


「......お見事です」


「あっぶね」


 あと数センチのギリギリで、アリスが身体中に風の魔法を纏い、レヴィの振りかぶりを相殺した。

 彼女が魔法を使えなかったら危うく失神したところだろう。


「流石秀才なだけありますね。動きをパターンで見切ってきましたか」


「でも手加減しただろ?」


「勿論、実は今の相殺、剣でもできました」


「だよな...」


 そう言われて、隠すつもりもなく、がっくりと項垂れるレヴィ。

 その後ろで口を開けて見ていたミーナが口を開く。


「征伐戦、貴方達二人だけで大丈夫じゃ...?」


「そういうわけにもいかないんです。“unknown”の脅威は底知れず。何が起こるか分からないですから、大量の人材はどうしても必要です。私達が死んだ時の為にも」


「そう...ですか」


 そう、ミーナという帝都にとって重要な人材を生きて帰らせる為にも、人はできるだけ多く用意しておきたい。

 それには、レヴィも同意見だった。こんな少女を死なせるわけにはいかない。


「そして、レヴィ君」


「なんだ」


「まだまだ詰めが甘いです。私が手加減しなければ貴方の首は二秒で飛びます。ましてや“unknown”の強さはまだ分からない。私の魔法や剣戟を優に超える強さかもしれません」


 そう、“unknown”について、分かっている情報は今の所少なすぎる。

 研究に研究を重ねた研究者もいない。

 誰も、“unknown”の素性を知るものはいない。それを知るための征伐戦だ。


「分かってる。...つまり、もう一度手合わせか?」


「その通りです」


 そう言い終わるや否や、アリスは風の魔法で飛翔する。

 空中から、レヴィに剣を向ける。


「今度は本気で頼む」


「言われずとも、“魔女”の力をとくと思い知ってください」


 その言葉が交わされ、レヴィが地面にねじ伏せられるまでにそう時間はかからなかった。

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