37話 咒いの雨
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少女は、幼女は走っていた。強化魔法を体全体に付与し、筋力の増したその脚力で地面を踏む。蹴る。巻き上がった砂埃は、突如降り出した雨によって地に叩きつけられた。
屋敷へ走る。一瞬のうちに出来た水溜りを踏み切り、泥に塗れたスカートを払いながら──。
「はぁ...はぁ......着いた...」
いつもは冷静なリリでも、主人の身に危険が及べばこうして熱くなれる。
やっとのことで到着したリリは、暫くの間──とは言っても数秒だけ膝に手をつくと、屋敷の門に立つ衛兵に声をかける。
「昨日からここでメイドとして勤めさせていただいています、リリです」
「おや、リリさん...ですね。分かりました。どうぞ.........そんなに急いでどうしたんです?」
あまりのリリの余裕のなさに、衛兵までもがそれに気付き、声をかける。
リリは考えた。大人の助けが必要なのではないかと。彼女はただ掃除をするだけで、彼ら本人は大人に任せようかと。
「レヴィ様とリリィ様が病気で倒れてるんです。今すぐ行かないと...一緒に来てくれますか?」
「レヴィ様が?......分かりました。おい、行くぞ」
門を挟んで立っていたもう一人の衛兵に声をかける衛兵。リリは胸を撫で下ろした後、門を開く。
雨だからか、それとも長年の錆が付いているからか、ギシギシと軋む門を思い切り突く。そして、広大な庭を駆け抜け、辺りのメイド達、衛兵達に声をかけ、レヴィが危篤状態であることを伝える。
「何?レヴィ様が!?」
「い、今すぐ行きます!」
皆が皆、快く引き受けてくれる。自分の仕事を放り出して、バケツをひっくり返して、皆が主の身を案じて走り出す。
彼らを先導する幼女リリの心は今。
「レヴィ様!」
青い光──精霊の一種、レプリカントが彼女らに伝えた情報とほぼ同じ状況が、目前に広がっていた。
レヴィがベッドに横たわり、その上に被さるように横たわるリリィの姿。床は嘔吐や吐血で汚れている。
一つ、レプリカントが間違って伝えた情報があった。それは、彼らがインフルエンザという不治の病によって肉体を侵されているということ。
「この...気配...」
周りの大人達が慌てふためきレヴィ達の息を確かめている時、リリはただ立ちすくんでいた。
異様な気配を、死んだと聞かされていた者の干渉した印が、感じられたから。
「...呪い......触らないで!」
その言葉に、レヴィ達の周りでバタバタと動いていた大人達の動きが一斉に止まる。
それもそう、呪いとは──。
「り、リリ!呪い!?呪いなの!?」
リリは「はい」と頷いた。その言葉に、皆が絶望したような顔でレヴィ達を見つめる。目から光が無くなり、涙を目尻に溜め、おいおいと泣き出したものもいた。しかしレヴィ達には触れずに、ベッドの端を掴んで。
「呪い...の気配です。決して触れないでください」
そう、呪いは触ると移る。それも、元々の体よりも触れた人間の方に強く働くという、何とも言えない類の殺害方法だ。
リリが感じる呪いの量の濃さからして、先に呪いにかかったのはレヴィらしい。
「触った人を......!?触った人!」
「ど、どうしたリリ?俺達は触ってないぞ?」
“違う、違うんだ”
「ララ...ルル...レレ...ロロ...アリシア様...」
今言った全ての人が、レヴィに触っていたのだ。勿論レヴィやリリィ、アリシアのことも心配だが、血の通った姉妹達よりも心配することは出来ない。
唯一五人姉妹の中で触っていないのがリリだけなのだから、変な自責に苛まれるのも仕方ない。
“どうせなら今ここでレヴィ様に触れて一緒に...”
レヴィに歩み寄り、彼の頬に軽く触れようとした。手を伸ばし──その腕が掴まれた。
「......スティラ様?」
濃い紺色の、長身の女だ。スティラと呼ばれたその女は、リリの腕を掴み、レヴィに触れさせるのを止めさせた。
その顔は怒っているようで、泣きそうな顔で。緩んだ頬が、何かを言いたそうに震えている。
「ダメだよ...私達だって、レヴィ様のこと好きなんだもん...私達だって触れたいよ...けど、そんなこと...レヴィ様は望まない...」
「ッ!レヴィ様もっ!...好きだけど、リリはレヴィ様の為に死ぬんじゃないの!リリは!...ララやルルの為に...死にたいの...」
熱く、冷静に努めていたあの時の彼女からは想像も出来ない程の熱量で、スティラに言い返す。そう、レヴィのことは主人として好きだ。けども、姉妹の愛情には勝らない。だから、死ぬ。死にたい。
「それも一緒だよ...ララ達がもし死んだとして、リリが死んだことが嬉しいことだと...思う...?貴女はここで、彼女らの帰りを待って...」
「............言う通りかもしれない...です」
先輩メイドに諭され、やっとのことで冷静さを取り戻したリリ。彼女は気持ちを一瞬のうちに切り替え、大人達に命令した。
「たぶん手袋をしても呪いは移るので、レヴィ様達はこのままで。吐瀉物にも触らないでください」
それを聞いた大人達は、そのまま退散するかと思われた。が、彼ら彼女らはそのままレヴィの部屋に残り続けた。
口々に、今この状況になった理由を考察していた。
「皆さん...?何を?」
「このまま何も出来ないのなら、打開策が見つかるまでこうやって待つのみ。レヴィ様に死なれては私達も解雇されてしまうからね」
そう言って、スティラ頑なにレヴィの部屋を離れない。彼らの目は、希望に満ちている者もいれば、今にも泣き出しそうなものまで沢山。
「それよりもさ、レヴィ様達が何をしようとしていたのか、とか興味ない?」
「......よくこの状況でそんなことが言えますね」
幼女らしく、可愛らしく細々とした声だが、その声は冷徹で、スティラは少し怖気付いた。
だがそれもつかの間。彼女の気は既に晴れているらしい。その理由とは──。
「大丈夫だよ。呪術が発動してから意識不明になるのは早いけど、死ぬまでに至ったのはたったの三例。それも、全員が一ヶ月後に亡くなったんだ。大丈夫。それまでに何か打開策は出てくるよ」
「......そうだと...いいですね」
確かに、昔読んだ本の内容にそういったものがあったのを思い出す。ならば、そう焦らなくても。と思ったのは一瞬。他の危険を感じたからだ。
「征伐戦の途中で...魔力が激減したら!」
「まぁまぁ、そう焦らなくても大丈夫だよ。なんたって向こうにはアリシア様が付いてる。あの魔女様だ。亜人戦争でも傷一つ無く生還した、唯一の人間なんですから...いや、もはや人間かどうかも分からないね」
何をそんなにアリシアのことを褒めるのか。彼女とララ、自分、ルルの魔法適性はそれと同じか、それを上回る数値だったのだ。医者がそう説明していた。
とその時──。
「え?」
「...ん?どうしたの?」
「あ、アリシア様...?」
突如としてリリの視界に飛び込んできたのは、双子などでよくある感覚の共有だ。誰かが物凄く感情を興奮させた時に起こる超常現象の一つ。
特に今回は、五人分の感覚と視界が流れ込んできている。
「アリシア様が...どうかしたの?」
「アリシア様が...」
リリの顔を覗き込むスティラの顔と、首を刎ねられたアリシアの胴体の姿が重なる。
感覚だけでなく、遂には感情までもが流れ込む。
“終わり...なのかな”
“なんで...あのアリシア様が...”
“そう...レレもロロも終わるのね”
“もうそこまで来てる。もう終いよ”
“ダメ...リリは、まだ誰にも本当のリリを──”
「リリ?」
ガタンと扉を開け、流れ込んでくる感情をシャットアウト。扉を開けた時に、再び腕を掴まれる感覚。これはララのものか、それとも他の四人の誰かか。否、どれも違った。リリだ。
「アリシア様に何があったの?」
「アリシア様が...死んだ」
その一言で、その場にいる全員が騒ぎ立てる声を止ませた。喧騒な状況から一転、全くもって音が鳴らない。まるでお葬式のように。
「ララ達は無事なの?」
「だからっ!今行かないと死んじゃうんだよ!離してよっ!」
腕を掴む手を振り払おうとするが、強化魔法をかけたのか。スティラの力は強まるばかりで、小さなリリの腕は悲鳴を上げる。
だが、それ以上にスティラの、皆の表情に目を奪われた。主人でもなく、同僚でもない幼き子のために、助けに行く決意を見せる衛兵とメイド達。同僚であるアリシアが死んだにも関わらず、その眼差しは強かった。
「皆も...行くの?」
「当たり前です。それでこそ...従者ですから」
スティラの、皆の顔は晴れていた。
だから、リリも信じた。感情を塞ぎ込んだ今でも、まだララ達は生きていると。
「行きますよ皆。助けに...」
小さな、幼き少女を先導に、すぐさま救助隊が編成された。




