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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第二章 呪いが集う場
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36話 再誓約の証

「まだかぁ〜?」


 疲労困憊のレヴィは、たかが山登り一つで音を上げていた。筋肉痛が増すばかりの足と、それに伴う足の攣りがレヴィの登山速度を遅延させる。

 それに比べ、先導を切るアリシアの足は休むことを知らない。ズンズンと次の一歩を踏み出し、悲鳴を上げているレヴィを置いていく。


「もう少しです。もう...意気地無し」


「んなこと言ったって...あ!また攣る!あ!」


 筋肉の勢い余った収縮と、それに伴う痛み。もう数回、十数回は経験したので慣れ始めた頃だ。

 そしてアリシアは、全くもって攣る予兆が見えない。恐らく強化魔法の所為だ。あれを解除すれば彼女も攣るはず。だが、そんな可哀想なことは出来ない。何せ自分の従者なのだから。


「またですかぁ〜?もう!貧弱過ぎ!」


「仕方ないだろ!足は速くてもこういう持久力を試されるのは無理なんだよ!」


 レヴィの100m走の最高記録は11秒台だ。これは帝都でもなかなかの瞬足であり、強化魔法を使わずに開催される少し大きな国際体育大会なんてのでも、レヴィは三番に入る程だ。王がそんなのに出ていて大丈夫なのかと心配になるが、そこは心配無用。周りの競技者はほとんどが屋敷の衛兵達だ。所謂SP。


 瞬足に関してはそんなものだが、持久力については、レヴィは申し分ないくらいに平均に劣っている。細かい記録は言うまでもない程遅いので、帝都の民衆も声を潜めていた。


「持久力がないと...色々満足させてあげられませんよ?」


「あぁ、前に教えてもらったやつのことか?...したことないから分からないよ」


 純粋無垢で、疚しい感情を全く持ち合わせていないレヴィにある種の危機感を覚えたのだ。だから、アリシアは教えた。何から何までを。何故そんなことを知っているのかと問われれば──。


“あれ?なんで知ってるんだっけ?”


 という自分への問いになって変わってしまった。

 まぁとりあえず、レヴィに疚しいことを吹き込んだのだ。本当に、何から何まで。だが、レヴィはそれに興味を全く見せず、逆に気分を悪くしたようで、軽くリバースしかけていた。


「そうですか?なら私が指導元い色々な体験を...ぐへへ」


「ぐへへとか言わないの。生憎今はそういうことに興味ないからいいよ」


 とは言っても、レヴィはもう十七歳。思春期の真っ只中なのだ。にも関わらず、そういうことに全く興味はない──。性障害者なのだろうか。


「そうですか......まぁ、いつでもしたい時にお使いください」


「?」


 アリシアは一番大事なことを教えていなかった。故のこの反応。

 それに多少の可愛さを覚えながら、アリシアとレヴィは歩く。もう山頂は目前だ。


「もう着きますよ」


「え?あぁ...」


 最後の一歩を踏み切り、陰っていた地面が、見ていた視界が急に明るくなる。

 水色の山肌と、その色を構築している沢山、否、沢山では言い表せない程のユリの花。


「......綺麗でしょう?」


「.........」


「レヴィ君?」


 レヴィは考えていた。生き別れとも呼べる、血の繋がっていない妹とも呼べる、そして許嫁のあのリリィのことを。

 花の種類こそ違えど、その光景は似通ったものがあった。


「いや、何でもない」


「?そうですか」


 首を傾げ、そう言うアリシアは先にユリの中に足を踏み入れる。踏み付けないように慎重に。だが、そんなことは叶わない。どこかで踏んでしまうのだ。


「あぁ、踏んじゃった」


「そりゃ踏んじゃうだろ」


 当たり前の、いつもしている行動なのだ。他の生き物を蹂躙し、我が物顔でそこに踏み入る。これでは“unknown”と変わらないではないか。最も、“unknown”の場合は殺した後自責の念に苛まれるのかは知らないが。

 それでも、こうして殺してしまった命に対しての謝意を忘れないアリシアの生き方には尊敬の意のみを感じる。


「踏んじゃうけど、可哀想じゃないですか」


「......偉いな」


 アリシアの近くまで歩み寄り、花々を踏まないように花の手前で立ち止まる。アリシアが言うには、喧騒から離れたこの場所は、主従関係を深めるのに最も適した場所らしい。頭を撫でると、小動物のように可愛らしい笑顔になる。その表情に拍動を打たれながら、


「もう少し奥まで行ってみるか?」


「踏んじゃうけどいいんですかね?」


 あくまで命を大切に努めるアリシアは、女神と呼べようか。レヴィはこんな人間に出会ったことがなかった。


「ご飯食べる時だって、命を奪ってるんだから少しはいいんじゃないかな?無闇矢鱈に摘み取るとかじゃなければさ」


「...なるほど、言われてみればそうですね」


 にへっと綻ばせた笑顔が咲く。

 命を奪うこと、奪われることの理屈を理解したアリシアは、笑顔のままユリの中に腰を下ろす。

 レヴィもそれに続いて腰を下ろす。


「さて、何を話しますか?」


「特に話すことはないけど...毎日喋ってるもん」


「そうですねぇ〜」


 ここに来て最大の難関。会話する為の話題がないという、お喋りさんからすれば悪夢のような事例が発生した。

 考えてみれば、今朝のうちに夢の話は話した。そして赤竜の背中で好きな動物の話もした。話題は限りなく狭められている。その中でレヴィが興味を持てる話題──。


「......アリシアの小さい頃については?」


「小さい...頃」


 そういえば、アリシアの出生に関しては全てが不鮮明だ。どこで生まれたかも知らない。どんな生い立ちなのかも知らない。親がどんな人なのかも。

 特に全てを聞きたいというわけではないが、話題がない今としてはなかなか好都合な話題だ。


 だがアリシアの顔は暗く、言いたくなさげな雰囲気がそこら中に漂っている。


「覚えて......ないんです。気付いたらそこにいて...」


「そこ...って?」


 それでも、何故かくすぐられる探究心。それに任せ、レヴィは思い切って聞いた。

 アリシアの顔は相変わらず暗く、何やら不穏な空気が流れる。


「...内緒です!私が死ぬかもしれない時に話しますよ。ただ一つ...」


「一つ...?」


 アリシアは人差し指をレヴィの目の前に立て、片目を瞑った。

 そして笑顔のような、泣き顔のような、わけの分からない顔になって、


「少し迫害を受けていたんです」


「......迫害...」


 それは人種差別のことか、それとも宗教に関係することで迫害されたのか。

 アリシアの表情を見る限り、それはどちらも違く、アリシア個人に対しての迫害と思われた。


「...これ以上は聞かないでおくよ」


「いいんですか?私の神秘に触れないで」


 そう言われると、なかなか聞きたい気持ちも湧いてくる。だが、彼女の暗い顔がそれを咎めた。

 でも、彼女が「私の神秘」などとチャラけているのだから聞いていいのだろうか。


“......分からん”


「じゃあ、誓いを」


「なんだよいきなり」


 突然話題の方向性、どころか表情まで一変させ、笑顔に戻ったアリシアが「誓い」をすると言い張る。

 まさかと思ってみたはいいが、しっかり首のチョーカーは着いたまま。誓いが破られたから新しい誓いを、というわけではないらしい。


「誓いなら何年か前にやっただろ?なんでまた...」


「あれは貴方の従者になるという誓いです。対して今回の誓いは、貴方を一生お守りするというもの。よろしいですか?」


 「よろしいですかも何もないだろ。勝手にしてくれ」と適当に流したレヴィ。アリシアはその素っ気ない態度になんの興味も示さず、持参していた小さなポーチから何やら複雑な模様のものを二つ、取り出した。


「...何それ?」


「ヴォウという誓いの道具です。ここ七年のお給料を全部費やして買った最高級品ですよ。絶対に壊しちゃダメですからね?」


 そう言って、アリシアはヴォウの一つをレヴィの掌に乗せる。これをどうしろと言うのか。使い方の分からないレヴィは、それを握っただけで他は何も出来ない。

 それに気付いたアリシアは、「あ」と呟き、レヴィに説明を始めた。


「これを私のチョーカーのここに...着けてください。リングがあるでしょう?そこに引っ掛けるんです」


 上を向き、レヴィにチョーカーのリングを触らせる。白くて細い首に巻き付いたチョーカーが、何故か痛々しく感じた。

 レヴィは何も言わずにアリシアのチョーカーのリングにヴォウを取り付けると、「んで、その後はどうすれば?」と尋ねた。


「私が貴方のブレスレットにこれを着けます」


「ふ〜ん......ん?僕ブレスレットなんて持ってないぞ?」


 レヴィは、服以外のオシャレについては全くの無知だ。だから、服こそはオシャレにキマっていても全体的に見るとどこか華美に感じられない部分があった。


 レヴィの言葉に反応したアリシアは再びポーチから何かを取り出した。取り出したのは、アリシアのチョーカーと似た──模様が全く一緒のブレスレット。そしてそのブレスレットにも小さなリングが。


「お前そんなの着けれるのか?リングめっちゃ小さいぞ?」


「...ぶ、不器用ですけど頑張ります」


 アリシアは狂気じみた顔でレヴィにブレスレットを巻き、それに付属したリングにヴォウを着けようと必死の顔を見せる。

 だがその頑張りは全て空回りで、「あっ」とか「あちゃ〜」とか言って、いつまで経っても埒が明かない。


「貸してみろ」


「あ!ダメ!」


 リングにはめかける寸前にアリシアの声が響く。びっくりしたレヴィは、手を跳ね上げさせ、ついでに摘んでいたヴォウを手放し──。


「あぁぁ!ヴォウが.........レヴィ君!あれ一個五百万もするんですよっ!?」


「なんでそこまで高いの買ったんだよ!しかもお前どんだけ稼いでんだ!?」


 こうやって叫んでいても何の解決にもならない。アリシアが言うに、約五千万本生えているこのユリ畑の中から、第一関節程の大きさの装飾品を探し出す。口で言うには易いが実際やって退けるには高い壁だ。


「......探します?」


「探さないと誓約出来ないんだろ?じゃあ探すしかないじゃないか」


 こうして、合計二時間に渡るヴォウ探しが幕を開けた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「あったぁ!」


 二時間探しても見つからず、協力しても見つからず、最終的には先に見つけた方が十万円という王家ならではの賭けをして探していた時、不意にアリシアの声が響き渡る。


「え?嘘!?見つけたのか!?僕そこ探したぞ!?」


「ふっふ〜ん」


 鼻息を荒くしてヴォウを睨むアリシアの顔は悪魔様々の表情だ。

 赤竜も待ちくたびれたのか山の麓で寝転んでいる。その中で見つかったヴォウは輝きを全く失っておらず──。


「まぁいいや、早く続きしようよ」


「最初はと言えばレヴィ君が自分で着けようとするから...」


 自分で着けることになんの罪があるのだろうか。不器用で、装飾品を着けるだけに十五分もかかっているアリシアの所為ではないのか。


「自分で着けたらダメなのか?」


「誓約器具は互いに着け合わないとダメなんです。それなのにレヴィ君は...」


「ご、ごめんって...知らなかったんだよ...」


 それは知らなかったと手を合わせて礼をするレヴィに、怒りが収まった様子のアリシアは笑みを浮かべて。


「まぁいいです......手ぇ、出してください」


 言われた通りに、ブレスレットの着いた右腕をアリシアに差し出す。ブレスレットは、ユリ畑を探し回った所為か少し汚れている。アリシアはそれを見て言う。


「そんなに...一生懸命に探してくれたんですね...」


 頬を高潮させて言うアリシアを見て、こちらもまた頬を高潮させるレヴィ。

 その様子を見ていた蛍達は、彼らの行く末を見守るようにユリに沢山止まった。


「そりゃあ専属メイドのプレゼントだもん。なくすわけにはいかない」


「キザっぽい」


「えぇ...」


 せっかくアリシアのことを考えて言ったのにこの反応だと、何とも言えない感情に陥る。

 

輝きを失うことを忘れたヴォウは、夕暮れの今でも夕日に照らされてオレンジに光っている。そんなヴォウを摘み、レヴィのブレスレットに軽々と装着するアリシア。

 それには流石のレヴィも驚きを隠せない。


「お前...すぐ出来るじゃんか!」


「な...今のはたまたまですよ!」


 そう言ってそっぽを向く。が、すぐにこちらに向き直ってレヴィに言う。


「レヴィ君、立ってください」


「え?う、うん...」


 戸惑いながらも言う通りにする。思い返してみれば、レヴィがアリシアに命令した数よりもアリシアがレヴィを指図したことの方が多い気がする。──これは帰って検討しなければ。


 レヴィが立ち上がっても、アリシアは手を離さない。むしろ強く握って、片膝をユリ畑につく。片膝を立て、レヴィの手の甲にキスをする。


「な!何を!?」


「誓いです...えへへ...」


 いつも通りニヤニヤと、意地悪そうに笑うアリシアに、驚愕に目を開いていたレヴィも笑顔になる。


「......そろそろ帰るか」


「ですね、帰ったら誕生祭です」


 そう、誕生祭。今日はレヴィの誕生日だったのだ。11月16日。何故こんな時期にユリが満開なのかと問われれば、それは誰もが同じように答える。

 このユリ畑は、生の呪いにかかっていた。

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