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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第二章 呪いが集う場
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35話 誓いの黒いチョーカー

「アリシア」


 その言葉一つで、彼女の朝は動き出す。凍った心がゆっくりと、甘やかに溶ける。溶けだした心が心を包み、温かい気持ちになる。


「はい」


 冷静に努めるが、溢れ出す好意は止められない。止める理由もない。だからこうして、


「キスしましょうか」


 冗談だと偽って、自分の欲望が滲み出る。

 本気なのに、心からそう思っているのに彼は、


「冗談にも慣れた。朝のお勤めだ。さぁ、動くぞ」


“鈍感にも程がありますよ...”


 鈍感過ぎる、小説の主人公の様なウザさ。それすらも認め、彼女は愛していた。嫌いなところも好き、好きなところはもっと好き。そんな、矛盾しているようにも思えることが、彼女を取り巻いていた。


「冗談じゃないのに...」


 その声は小さく、掠れてレヴィには届かない。元々彼女はその声を届けるつもりはなかったし、聞かれてもまた「冗談は止めてくれ」と冷たく遇われるだけだ。

 何を言っても冗談。そう思われるようになったのは、確かあの頃、アリシアとレヴィが出会った当初──。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 朝のお勤め。とは言っても、父からの流れ仕事をこなすだけの単純な作業。所謂王の雑用だ。将来はそれを全て自分でこなさなければいけないと分かってはいても、やる気などは出ない。微塵も。


「はぁ......」


 何か良いことがないかなと窓の外を眺める。見上げた先は、神々しく輝く太陽。その光に目を焼かれながら、チカチカした目を暗い部屋内に向ける。

 そこにある人影。


 少年の視線がこちらへ向けられる。逆光でなかなか顔が見えないが、なかなかの美少年だ。


「......ん?」


 魔女が被るような黒いエナン。短いスカートに、羽織ったマント。そして少女本体は──雪のように白い肌に艶のある、あり過ぎる黒髪。触りたい程に美しく、肉付きの良い、露出した太もも。

 舐め回すように眺めた後、やっとのことで少女の顔に目をやる。


 太陽が陰り、逆光が消えたことで彼の顔が目に入る。

 少女はその時、運命を。運命の赤い糸を感じた。顔だけでそう思ったのなら、なかなか痛いやつだと思われるかもしれないが、彼女は心の底から痺れる感覚を覚えたのだ。

 自分でも頬が高潮しているのが分かる。


「............」


 息を呑む程美しい、可愛らしい、端正な顔立ちではあるが、個性的でもあるその顔。鼻や顎は、誰もが少し曲がっていると聞いたことがあるが、それすらも許さない整い。

 まさに美の暴力。


 何故こんなにも舐め回すように見られないといけないのだろうか。運命の人だと断定したのはいいものの、こんな人に運命を感じたのは不服しか感じない。


「何ですか?貴方のような人が...私の主人なのですか?」


「......主人?」


 そう言えば聞いていた気がする。今日からレヴィ専属のメイドが勤めて来ると。

 その相手が、特に特徴のないレヴィのメイドがこんなに出来すぎた少女でいいのだろうか。


 何故正直に、「今日から専属メイドとして務めさせていただきます」と言えなかったのだろうか。正直に本題に切り出せない自分に嫌気がさし、彼女はスカートをぎゅっと握った。


「いや、もしかしたら家事やらせたらポンコツとか...?」


 その可能性は拭い切れない。こうやって顔が整っている人に限って、どこか欠点があるものなのだ。

 ボソッと呟いたその言葉も聞こえていたらしく、それを耳にした少女は少し嫌な顔をした。


 なんてことを言うのか。少女は驚愕した。いくら顔が整っているからといって、誰もがそうとは限らないではないか。

 本当にこの人が少女の主人になる男なのだろうか。


「......君は?」


 今頃かと自分でもツッコミたくなるタイミングでそれをぶち込むレヴィ。

 少女は相変わらずスカートを掴んだまま、声を出そうとしない。


 何故、何故何故、声が出ない。虎に睨まれた時に声が出ない。動けないという状況によく似ている。

 こちらを見つめる少年の眼差し。それに射られながら、彼女はやっとのことで声を発する。


「あ......アリシア・スパークスと...申します」


「アリシア...か。あ、僕名乗り忘れてたね。僕はレヴィ・ルーナ...って、もう知ってるか...たはは...」


 すっかり自分の立場を忘れていた。自分の立場は次期国王、帝王というなかなか位の高い場所にいるのだ。そんな自分のことを知っていない人など──。

 彼女のとぼけ顔からすると、そんな人もいるのだろうか。


 あの、カルヴィン・ギャレットという悪魔が殺そうとしていた人が、こんなに優しそうな少年なんて。と驚愕に驚愕を重ねるアリシア。

 思わず知らないふりをしてしまったが、この帝国を統治する王の子息を知らないはずがない。


「し、知ってます...ね。あ...」


 油断、していた。レヴィが見とれていたのは、アリシアのツヤっとした白い太もも。脚フェチなレヴィは、と言っても今目覚めたのだが、鼻血を流した。

 ぽたぽたと青い絨毯を染める鮮血に、アリシアは冷静に対応する。


 油断、していた。まさか自分の太もも如きが少年の鼻血を誘うなど、思いもよらなかったのだ。

 少年元いレヴィは、若干十何歳。そんな幼い少年が、太ももに見とれるなど──。少しませているのだろうか。


「動かないでください。はい、これを詰めてください。あ!上向いたらダメです!下向いてください!そう...そうです。で、鼻の窪みに指をくい込ませて...そうです」


 言われた通りにするレヴィは、彼女が姉のようにしか思えない。実際、彼女は若干十代後半から二十代。レヴィとは歳が少し離れているようだ。


 言った通りに可愛らしく鼻をつまむレヴィに、初めての母性本能をくすぐられながらアリシアはレヴィを座らせる。


「...何か、最初の命令はありますか?」


「じゃあ......抱きしめて」


 自分でも何て命令だと思う。恥ずかしくて頬が高潮する。否、高潮では済まなく、赤面と呼べる。


“あぁ、やっぱり動揺してる...”


 欲望丸出し、と言うよりかは少年の無邪気な願望なのだが、それでも苦しいものがある。理由は簡単だ。アリシアは人を抱きしめたことなどない。故に、恥ずかしさが勝って、幾ら命令と言えど遂行出来そうにないのだ。

 しかし、彼の目を見て分かった。どこか期待に胸を膨らませる一方、どこか物寂しげな瞳。これは自分の目と同じ。親を亡くした故の寂しさが、そこにあった。


“なんて...可愛い...”


「......寂しかったんですね...」


「...うん...」


 今は体の大きさが勝っているアリシアがレヴィを包み込む。丁度体の大きさの差からして、レヴィの顔が胸に埋まる高さ。

 胸にレヴィを埋めながら、アリシアは強く、強く抱きしめる。


「むぐっ!アリ...シア!ぐるじぃ...」


「黙っていてください?」


 そう言うと、強ばっていたレヴィの体は緊張が解れたように脱力し、手をダラっとさせる。アリシアが更に強く抱きしめる。強化魔法を使って。


「────」


「寂しかったでしょう?」


 猫なで声で言う。

 両親を亡くしたアリシアにとって、レヴィのような片親の辛さは理解し得ないが、それも十分辛いものだということは理解出来た。


「────」


「辛かったでしょう?」


 次期国王、帝王という立場に十代から立たされて精神的にまともな人間がいるわけがない。だからこうやって、アリシアは抱きしめる。


「────」


「私が...一生お守りします...?」


 レヴィからの反応が一向にないことを不自然に思い、抱きしめた手を離す。

 胸の中から出て来たのは両鼻から鼻血を出して気を失ったレヴィ。先程詰めたはずのティッシュを丸めたのは抜け落ち、アリシアの服を盛大に血で汚していた。


「あぁ......やりすぎちゃいましたか...」


 それからレヴィをベッドに運び、彼の服を着替えさせ、そして彼が目覚めるまでにかかった時間は総合で三時間だった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「ぅぁ...?」


 夕方、目が覚めた。目に入るのはベージュ色の天井と、シャンデリア。白く輝くそれは何かを連想させるようで。


「...え?」


 ふと、ベッドの端に目をやる。

 目に入ったのは、上半身下着一枚の黒髪お姉さん。アリシアだ。

 彼女はこくりこくりと船を漕ぎながら、静かに寝息をたてている。


「......アリシア、アリシア」


 別に起こす必要もなく、自分もそのまま寝ていい気分だったが、一つだけ聞いておきたいことがあった。いや、二つか。


「...ん...ぅん...あっ...」


「どんな夢見てるんだ...もしかして、起きてる?」


「あら、バレてしまいましたか」


 妖艶な雰囲気で、体をくねらせながら眠る少女などいるものか。いてたまるか。

 最も、今のレヴィはそういうことに全く無知で、全くもって純粋の一言に尽きる。

 しかしこの演技の前は本当に寝ていたようで、大きく伸びをする。大きく張った胸が弾けんばかりに上下に伸びる。白くてつるつるの脇など、変態にかかれば格好の餌だ。


「あ」


 だが、もろに見えてしまっては、流石に純粋なレヴィでも恥ずかしがるのは仕方ない。

 大きく張った胸に耐えきれなくなった下着のホックが外れ、落ちる。レヴィの目に真正面から入ってしまったそれは──。


「か、か、隠せぇ!」


「えぇ?いいじゃないですか...これでこそ、主従というものですよ」


「そ、そうなの...?」


 純粋にアリシアの言葉に騙されてしまったレヴィは、目を覆っていた手を外させた。

 そんな純粋無垢な彼の対応に、流石のアリシアも恥ずかしがって、


「...嘘です」


「じゃあ隠せよ!せめて下着だけでも!」


「むぅ...」


 そう言われ、高潮した頬を叩くアリシア。渋々、落ちた下着を拾い上げ、胸に被せる。

 だが、一大事だ。


「あ、ホック壊れた」


 語尾に笑いを含ませながら言うアリシアに、レヴィは幽霊を見るような顔でアリシアから目を逸らす。

 もういいだろうか。見ても。


「もう見たんだから何回見ても一緒ですってぇ!見ましょうよぉ!この美しい※※を!」


「もろに言うなぁ!」


「まぁ、それはどちらにせよ構わないんですけど、一つお願いがあって」


 冗談では済まされない状況を他所に、アリシアは急に真面目な顔になる。

 その真剣な表情に、顔を赤らめながらもアリシアと向き合うレヴィ。何か深刻なことが──。


「この...チョーカーを着けてください」


「僕が...?やだよ」


 彼がアリシアの裸に慣れるのは早かった。もう冷静に物事を考えられる、と自負するレヴィの考えはまたしても外れる。やはり緊張しているのだろうか。


「いいえ、私にです。主人として、私にこのチョーカーを...」


「あ、そういうこと......分かった」


 そう言って、レヴィにチョーカーを渡す。チョーカーの内訳は、殆ど、と言うか黒ベースに一筋の白いラインが入っている、何とも単純なものだった。

 それをアリシアの首に当てる。


「これって...首締まらないよね?」


「たぶん大丈夫だと思いますが...」


「え、何か怖い」


 上半身裸の少女と、それにチョーカーを着けようとしている少年。何とも変態プレイにも程がある。

 だが、彼らは全くそんな気はない。ただの主従関係としての契約を今ここで──。


「ん.........少し緩めときますね」


「緩めるのかよ」


 そういったやり取りの間に、彼女は器用に首の後ろに手を回し、少しだけチョーカーの締め付けを緩めた。


「これで私とレヴィ様...レヴィ君の契約は完了ですね」


「こんな簡単なのでいいのかな...?」


 レヴィにとっての契約とは、王城で見たような盛大なものだった。主に結婚式などによく出席していた彼は、契約を重いものだと感じていた。

 だからこうして簡単な契約に戸惑っていて。


「不満ですか?...じゃあ......キスしましょうか」


「う、う!嘘はやめろ!ファーストキスの相手はもう決まってるんだ!」


 その言葉に、若干の辛さを覚えながらも、アリシアは「そうなんですか?まぁ、冗談ですよ」と言い流す。

 本心は冗談ではなかったのだが──。


「で......下着はダメでも服くらいは着てよ...」


「むぅ...仕方なくですよ?」


 そう言って、仕方ない感じを思いっきり醸し出しながら血塗れの服を羽織る。

 その姿に、レヴィは軽い自責の念を覚える。が、それもアリシアの所為なのだからと割り切った。


「それではレヴィ君、私はこれからイヴァン様に挨拶に言ってくるので......何か御用があれば......このベルを鳴らしてください」


「あ、あぁ...」


 黒色のベルをレヴィに渡し、手を前に交差して礼をする。彼女は即座に扉を開き、その奥へ飛び出した。

 閉じた扉にもたれながら、アリシアは言った。


「......運命の人...」

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