33話 途切れ、途切れ
「内緒だ」
長時間に及ぶイチャイチャが終わり、レヴィが先に口火を切る。彼の心中は、罪悪感のみで埋め尽くされている。よって、彼はパニックに陥っている。冷静沈着に保とうと努めているが、焦りは所々に見受けられる。
「えぇ...いいじゃないですか...リリィ達の愛を!皆に知ってもらいましょうよ〜」
「殺されちゃうよ...二人共」
そう、アリスにこのことが知れれば、殺されるどころでは済まないだろう。殺されないにしても、数年の無視が遂行されてしまうのは間違いない。
ファーストキスを済ませて気持ちが高まるはずが、こうして落ち込むレヴィをリリィが元気付けようとする。不器用に。
「...どうでもいいですけど、リリィって胸小さいんですかね?一回でもいいからこれ見よがしにタプンタプン揺らしてみたいです」
「本当にどうでもいいな。...僕から見たら大きい方に見えるけど」
どうでもいいと言いながらも、きちんと受け答えだけはするレヴィに、リリィが微笑む。子供の時のように無邪気な笑顔で。ついさっきキスしたなんて言えないような顔で。
「アリシアさんが羨ましい限りです」
ぼそっと、他人に伝えるつもりなど全くなしに放ったそれも、しっかりレヴィの耳には入っていた。
今のレヴィには、アリスの「ア」だけでも致命傷になる程の傷心状態だ。
「なんか...寒いな...」
日差しが陰り、少し気温が下がったかなと思った刹那、体温までもが急激に下がり始める。とは言っても二分くらいだと思うが。
それは相変わらずアリスへの罪悪感からなるものなのか、それとも風邪でも引いたのか。
「キスしましょうか?」
「なんでだよ。風邪引いてるんだとしたら移るぞ」
別にもう、キスは何回しても罪悪感は拭い切れない。だから何回やっても同じことだ。だが、彼女の身を案じるならば、今この状態でそれをするのは良いこととは思えない。
もし朝から熱を出しているのなら、もう遅い。
「えぇ......足りませんよぉ〜」
「えぇ......ちょっと待って、頭痛い」
それは彼女を退ける方法などではなく、事実だ。数秒置きに頭を刺されたような痛みがレヴィを襲う。頭に手をやるが、そんなことをしても意味がない。ただの気休めとして──。
「あ...レイラのとこ行かないと......ん?」
「............熱い。熱が出てます」
レイラの元へ行こうと、ベッドを降りようとするレヴィを抑え、彼の上に四つん這いになったままで額をレヴィの額に引っ付ける。
仄かに感じられる彼女の冷たさが、レヴィの熱を冷ましていく。それもつかの間、熱がほんのりと彼の額に伝わって。
「...熱って魔法でどうにかならなかったっけ...?」
「なりませんよ。ちょっと意識が朦朧としてるんじゃ...?」
それもそう。彼の目のピントはほぼ合っていない。幻覚に負けず劣らずの目眩が彼を襲い、猛烈な吐き気が催す。
“これが俗に言うインフルエンザなのかな”
そんなことを不意に思いながら、彼は眠りに着いた。永遠に、と付けば物騒な物言いだが、そうではない。熱に浮かされ、意識を失っただけ。それはこの帝国ではよくある症状で、民衆からは“インフルエンザ”と呼ばれている。由来は知らない。
「......大丈夫...です...か?」
途切れ途切れに言うリリィ。彼女の目も、熱に侵されていて──。
彼女は床に吐瀉物を吐き出し、そのまま意識を失った。
死んだように寄り添う二人の姿が美しく、はたまた切なかった。
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「.........」
朝早く、朝日が陰り出した頃。アリスと五人姉妹は竜車の荷車へ乗り込んでいた。姉妹達は口々に自分らで話し始め、帰路はいつも黙ること。そんな彼女らの様子を無表情で眺めながら、アリスは考えていた。
何故、レヴィがあんなに変わってしまったのだろうか、と。
記憶喪失=人格が変わるというのは有り得る事象なのだろうか。以前のレヴィは胸を掴んだりなんか絶対に出来なかったし、ましてや「俺」などとは言わなかった。少し気持ちに引っかかる部分はあったが、それよりも元のレヴィのことが好きだ。
「アリシア様、そろそろ」
「.........」
最小限まで減らした傭兵の中の一人がアリスに話しかけるも、彼女は未だ思考の波に飲まれたままだ。
そう、レヴィが好き。だからこそ、元のレヴィに戻って欲しい。例えそれがリリィやレイラを死に追いやる条件なのだとしても、遂行する責任、義務がある。従者として、未来の妻として。
「アリシア様」
「...!...はい...」
「そろそろお時間です。行きましょう」
傭兵の言葉に黙って頷くアリス。彼女の頭から拭い切れないレヴィのこと。拭い切れないレヴィの事案。そんな迷いを振り払ったのは、目の前で黙っていた姉妹達だった。
「アリシア様、何か問題でも?もしよろしければレレとロロが話し相手を務めますが」
「そうよ。ロロも聞いてあげる」
「ら、ララだって!聞いてあげるんだで!」
「ララ、文章変よ。特に語尾。噛んだのかしら。早口言葉も極めたリリが太鼓判を押してあげるわ」
「リリって太鼓判って言葉好きだよねぇ〜。アリシア様ぁ。ルルも聞いてあげるですぅ」
聖徳太子ではないのだからと、彼女らの口を抑えたいところだが、こんなものアリスの魔法にかかればちょちょいのちょいだ。
魔法の使い方は至って簡単。話のスピードを遅らせて感じる魔法を使うだけだ。──と言うと難しい気もするが、要するに言葉をゆっくり耳に入れ、それぞれの言葉をちゃんと理解するということがその内訳だ。
「いや...うん...レヴィ君のことが気になって...」
走行を始めた竜車に乗りながら、アリスは話し始める。
その彼女の静かな態度に、幼女達もまた黙りこくる。ただアリスの言葉を聞くだけ。それに徹した。
「別人のように変わってしまったから...」
「...監視...しておきましょうか?」
その言葉に、五人姉妹の中の次女が口を挟む。
監視、そう言ったのか。アリスの心は揺れた。そうすれば、いつどこでレヴィの容態が元に戻っても安心出来る。征伐戦の途中でも、心置き無く討伐に夢中になれる。
「頼みます...」
「レレ、ロロ、頼んだわ」
「承りました」
そう言い終わるより前に、彼女らは手を合わせ、互いに互いの指を絡める。合わせた指の間から漏れる、青い光。
大きな光が漏れていたはずが、彼女らが離した手の中から出てきたのは小指の第一関節程の大きさの青白い光。
それはあっという間にその場から離れ、
「今すぐにレヴィ様の様子を確認出来ますが...」
「今すぐに」
待てない。彼の記憶が戻るなら、征伐戦などしていられるものか。そんなもの、すっぽかしてやる。
とは思いつつ、一つ気がかりがあった。それは目を覚ましたリリィのこと。病み上がりでまさか何かするとは思えないが、彼女のことだ。何をしでかすか分からない。
「畏まり.........え?」
「...どうしたの?」
「レヴィ様とリリィ様が......倒れています!」
声を荒らげるアリスに臆せずに事実を述べるレレロロ。略してレロ。
彼女らの言い分によると、彼らは今、病気で倒れているらしい。それも、第二の死神とまで呼ばれるあのインフルエンザという病に。
「──ッ!今すぐに助けに──」
「ま、待ってください!今止まってももう遅いです!アリシアさんが抜けたら、もう勝てません!」
竜車から体を乗り出し、今にも飛び降りそうなアリスの腕を掴むララ。そしてスカートを一生懸命に引っ張るリルレロ。
腕を引っ張り、アリスが竜車に体を戻す。その瞬間に、アリスが叫ぶ。
「何...やってんですかっ!今!レヴィ君を助けに行かないと!......最後になるんじゃって...」
気迫に押され、タジタジとする幼女達の中に、勇者は一人いた。
リリ。彼女が控えめに手を上げ、話し始める。
「リリ一人なら...この場から抜けても大丈夫です」
「そんなの......任せられるわけ...」
レヴィのことは全て自分が責任を取り、面倒を見、何もかもを自分と関係させたい。その一心で──でもアリスの思いはリリの冷静さに押され、
「...ん......わ、分かりました。気を付けて...くださいね」
コクリと頷いたリリは、勢い良く竜車から飛び出した。その勢いを相殺し、砂埃を上げる地面。
しっかりと着地したリリは、一生懸命を体現したように屋敷へ走り出した。
「どうせなら...この急襲にも対応せずに...」
「ララ!」
弱音というかなんというかを吐き出したララに怒号が響く。声を発したのはレレとロロ。重なった威圧感が、ララの無責任な言葉に制裁を下す。
「その場の人達は...皆殺しにさせるの?」
「.........冗談だって...えへへ...」
やはりちょいちょいボロが目立つ。皆がツインテールもしくはトリプルテールを振り、竜車の進行方向へ振り向く。
もう後一時間程で急襲があった場所に到着だ。それなのに──。
「............」
ぶちぶちと自分の唇の皮を剥く。それはある一種の自傷行為であり、彼女はこうすると安心するのだ。勝手に発動する治癒魔法がそれを治し、再び彼女がそれを剥く。
自傷のスパイラルに陥ったアリスは、心中不安でいっぱいだった。その目は瞬き一つせず、進行方向を眺めていた。
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「そろそろ...ですかねぇ〜」
瞬きを止めてから小一時間、アリスは自傷行為にストップをかける。否、かけざるを得なかった。
目の前で繰り広げられる、自分達を迎え入れるように佇む五人の人影。不審感しか与えないその佇まいに、思わずアリスが口を開く。
「貴方達は...」
そう言われるや否や、彼ら彼女らは一斉にアリスに向かって飛びかかる。
ある者は剣を。ある者は魔法を。ある者は短剣、鞭、最後に──。
「──ッ!.........石?」
柔軟な体で全てを交わした後、最後のトドメとして飛んできたのは石。それも、砂のように細かいものだ。
それ自体には、何の疑問も疑念もない。いや、あったのかもしれない。ただ、その石を投げつけた人の正体に惑わされて、石という単純明快な武器が気にならないだけかもしれない。
「貴女は...」
「あぁ...引っかかったか。単純な女め。そんな性格してよくもまぁ...レヴィ様とやらの従者が務まるもんだ」
アリスがいつも付けているのと同じメーカーのホワイトプリム。赤い髪に、長身細身の体。紛れもなく、前々日に屋敷を訪れたあの女。
「ミア...さん...?」
赤い髪を手でかきあげ、その状態で薄紅色の唇を舐める。そして、言った。
「ショータイムだよ、皆」




