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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第二章 呪いが集う場
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31話 アビスからの生還

「頼むから...起きてくれよ...もう耐えられない」


 黒髪の男が話しかけているのは、地面に倒れ、口から血を流す青年だ。倒れた青年は同じく黒髪で、何も話すことない口は、微かに開かれている。ただ目を開いたまま。しかしその瞳孔は開かれていて、彼の命の灯火が消えていることを証明している。


「レヴィ......」


 倒れたまま、死んだように微動だにしないレヴィを揺さぶり、彼を何とか起こそうと奮闘する。

 だが、その行動は虚しく終わり、ヴェリュルスは立ち上がる。仰向けに寝転がったレヴィの腹に突き刺さっている剣の柄を掴む。


「...ッ!」


 柄に、正確には剣に触れた瞬間に、弾かれたように手を引き戻すヴェリュルス。弾かれた右腕は、電流を流されたようにビリビリと痺れ、それがだんだんと上腕に駆け上がってくる。

 ヴェリュルスは即座に思考を巡らせた。このままただ佇んでいれば、いつの間にか体が。正確には意識が消えてしまう。その前に、どうにかしてレヴィの意識を覚醒させないと、現実のレヴィの体はもぬけの殻になってしまう。


「レヴィ!起きろ!頼むから!」


 レヴィはそれに応えようとしない。開かれた瞳孔はそのまま、ヴェリュルスが頬を叩くと、それに少し感応したのか、体がピクピクと痙攣する。


「!レヴィ!目ぇ覚ましたか!?」


 だが、その目はもう死んでいる。恐らくあれだ。死んだカエルに電流を流したら、筋肉の収縮によって足がピクピクと動くやつだ。ヴェリュルスが手を離した後も、相変わらず剣は電流を流し続けているようで、それが纏うオーラのようなものはなかなか消えようとしない。


「ダメだ......早く抜かないと...」


 覚悟を決めたヴェリュルスは、色んな思いを張り巡らせる。──リリィの為、レイラの為、あの五人姉妹の為、何より自分とアリシアの為。


「あれ程までに好きだって...思わなかったんだ...」


 それだけ言ったヴェリュルスは、両手を柄にくっつける。


「──ッ!...うっ!」


 小さな電流だけではない。毒のように体力が徐々に奪われ、業火で焼かれたように体が熱くなり、大きな電流が数秒置きに体を痺れさせる。

 身体中の全力を腕に集中させ、レヴィのことを思い、彼の周りの人間のことを思い浮かべ、渾身の一抜きで──。


「はぁ、はぁ......抜けた...」


 抜いても尚、痺れ続ける剣を投げる。遠く、山なりの放物線を描いたそれは黒い地面に刺さり、壊れたように呻いている。

 再びレヴィに体を振り向かせ、彼の元に駆け寄る。だが、彼の容態は同じまま。否、剣を抜いた所為で余計に傷口が開いたようで、吹き零れた血が、上半身から下半身まで全てを覆っていく。


 終いに、その血はこの世界の全てを塗り潰そうと、激しく流れ出す。臓器こそ見えてはいないが、なかなかに心が痛む状態に、ヴェリュルスは頭を抱える。


「.........」


 横目に入ってきた剣を見ると、諸刃の両側についた反しが百足の足の様に蠢いている。なるほど、それでレヴィの傷口は悪化したわけだ。となると、彼の容態を更に悪化させたのはヴェリュルスということになる。

 それを自覚したヴェリュルスは、更に絶望を。これ以上ない程の絶望を味わった。


 現実逃避の為。ここにいては自責の念に囚われるだけ。そう考えたヴェリュルスは、痺れる両手をダラダラとぶら下げたまま部屋の奥へ歩いて行く。

 だが、その行く先に終わりは、部屋はない。それをヴェリュルスは知っている。何せ、レヴィが目覚めるまでの十八年間ずっとここにいたのだから。


「レヴィ.........アリ...アイラ...」


 そう呟いた時、レヴィの目が──開いていた瞳孔は収縮し、死んだように半開きになっていた口がパクパクと動く。声こそ出ないが、何かを訴えかけようと、一生懸命動かしている。

 だが、ヴェリュルスはそれに気付かない。彼はただレヴィから遠ざかり、突如出現した部屋の中に入ってしまった。


「ぅ......るす......」


 彼の意識は途切れない。剣を刺された瞬間の衝撃を覚えている。熱が体を焼き、電流が体を流れ、毒のように体力が奪われ──体は動かなくなった。


 そして、彼は死んだ。はずだった。なぜ生き返ったのか。それは彼にも、ヴェリュルスにも理解しえないことなのだが、一つだけ分かったことがあった。


“終わりのない輪廻の輪に囚われた二人の男は、永遠にその輪の中で周り続ける”


 その声が脳内に、語りかけるように響いたから。

 レヴィはその意図を理解した。そして、彼との──ヴェリュルスとの記憶を取り戻した。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「俺の...所為で...」


“終わりのない輪廻の輪に囚われた二人の男は、永遠にその輪の中で周り続ける”


「なん──?」


 ヴェリュルスは、その意味を理解した。

 輪廻の輪の中に囚われているのは自分達だ。鳥籠の中に飼われた二羽の鳥のように、鑑賞動物のように。

 決められた運命が、いつも同じように彼らを襲う。決められた運命はいつも同じ結末を迎え、彼らは永遠に廻っていた。


「そう...だよな...あの時もそうだった...もんな...」


“そして彼は死に、お前は再び創造の使徒として外界に降臨する”


 ヴェリュルスは唾を飲んだ。再び自分が支配する体が手に入る。その欲望に押され、彼の気持ちは少しだけ、レヴィに傾いた。


「でもその頃にはアリシアは...アイラはもういないだろ」


“......生きてるよ”


 その言葉に、再び唾を飲む。今度また、アリシアに、アイラに愛して貰える日が来るのなら、レヴィの命を奪ってでも──。


「...いや、やっぱダメだ。今のアイラの幸せはレヴィだ。殺すことなんて......って、俺が殺すわけじゃないだろ」


“.........そうか”


 「そうだよ」と、やっとこさ人間らしい答えに行き着いたところで、彼は赤い世界に出来たベンチに腰をかける。

 ベンチは何故か部屋の真ん中にあり、彼がベンチに凭れかけて背骨の音を鳴らすのには十分過ぎる程余裕があった。


「...にしても、なんでこんなに罪悪感がすぐに薄れるんだ...」


“簡単さ。お前がレヴィと同化し過ぎてるのさ”


 同化。何度も何度も何度も何度も何度も何度も聞いた言葉。今までにヴェリュルスが耳にした言葉の中で、一番心地の悪い言葉だ。

 同化しかけた時の、自分が自分じゃなくなるような感覚が、彼にとってはトラウマになりかけている。


「同化...か。良い気はしないと思ってたけど、今なら何となく納得出来る」


“良い気はしない、か。何ともまぁ、上から目線だな”


 どっちがだよ、と渾身のツッコミを入れたい気持ちは山々だが、彼の機嫌を損ねたらどうなるのか、ヴェリュルスは知っている。だからこそ、敢えてそういった軽はずみな行動は取らない。


「んで...お前一体誰よ。もう分かりきってるけどさ」


 話を切り替えて、彼の正体に迫る。実際、彼の正体などバレているどころでは済まない程バレバレなのだが。

 その正体は──。彼の言葉を待った。


“...彼が目覚めれば、一度同化の練習をしてみてはどうだ?”


 だが、それについての返答が返ってくることはなかった。

 あちらもまた、話を切り替えて気分の転換を楽しんでいるようだ。ヴェリュルスは気分転換を好んでやっているというわけではないのだが、彼はまた違う趣向を持っているらしい。


「無視かよ......あぁ、そうするよ。あいつが俺のこと恨んでなかったらな」


“恨んではないんじゃないか?ほら、部屋の前まで体引きずって来てる”


 その言葉を聞くなり、ヴェリュルスは部屋の扉と言うべき場所に走り寄った。

 あまりのスピードに、脳内に響く声の主も、息を呑む。その音を確認したところで、ヴェリュルスはゆっくりと扉を開く。


「......レヴィ...」


「......やってくれたな......はぁ、でもまぁ、生きててよかった...」


 その「生きててよかった」が、自分に対しての言葉なのか、それともヴェリュルスに対しての言葉なのか、それはその場にいる誰にも理解出来なかった。当の本人であるレヴィを除いては。


「あぁ......すまなかった。体は痺れないか?」


「痺れまくりだよ...あの剣に何付けた?」


 レヴィはヴェリュルスを疑うことはなく、彼を刺した剣に付着した毒のようなものの成分を疑った。

 その事実に胸を撫で下ろしたヴェリュルスは、レヴィの肩を担いだ。


「ごめん」


「いいよ、俺がやったことなんだし」


 数歩レヴィを担ぎ、さっきまで座っていたベンチに彼を下ろし、ヴェリュルスもまたベンチに腰をかけた。

 申し訳なさそうに俯くヴェリュルスと、清々したと言わんばかりに天を、天井を仰ぐレヴィ。その姿は、かつての二人の姿を表しているようで──。


「外で...何かあった?」


 先に口火を切ったのはレヴィの方。ヴェリュルスの所為で余計に開いた傷口よりも、外界のことが気になるようだ。

 特にアリシアのこと。レイラのこと。リリィのこと。


「取り敢えず、先に謝っとく。俺が間違ってた。お前が...正解だった」


「い......や、僕が間違ってた。あの時はどうかしてて...傲慢だった...」


 互いに互いのことを正解だと讃える、互いの姿に笑みを零す。

 互いに眩しすぎる笑顔で笑い、笑い、笑い終わった時、二人は顔を見合わせる。


「アイラ......アリシアにふられたんだ」


 テヘッと頭に手をやるヴェリュルスに、レヴィは心の底から申し訳なさそうな顔をする。それは、自分が勝ってすまないという意味なのか、それとも──。


「そうか.........他は?」


「スルーかよ!まぁいいけど......後は...なんか五人姉妹がメイドとして来たぞ」


「五人!?」


 彼女らの名前がララ、リリ、ルル、レレ、ロロであること。そして彼女らの一人ひとりの性格、レイラとリリィが目覚めないこと、イヴァンが行方不明なことを伝え、やっとのことで本題に入る。

 アリシアが、他にも死傷者が大量に出る可能性のある征伐戦が決行されること。それを、彼に伝えなくてはならない。


「アリシアが...征伐戦に行くんだ」


「......編成は?」


 編成によっては、どれ程簡単な征伐戦なのか、それとも難解な問題なのかがはっきりする。

 人の気持ちを読み取るのが苦手なレヴィでも、彼の声の落ち込みようからして、一筋縄ではいかないものなのだと理解出来た。


「その五人姉妹とアリシアだけ。リリィとレイラは使えないから、その六人だけになるんじゃないかと思う...」


「そうか......まぁでも、アリスの力なら大丈夫だよ。何があっても器用に──」


「敵は!......敵は、延々と出現してくる“unknown”と、五人の仰望師団......流石に勝てないだろ...」


 湧き上がる激上を抑えながら、ヴェリュルスは冷静に努めようとする。だが、溢れ出す心配は行き場所を失い、早口という行動に表れていた。


「............それでも、僕は信じてみる。可能性は低い。どう考えても不可能だ。でも...不可能を可能にするのがアリスじゃ...アイラじゃないか」


 どこまでアリシアを信じているのか、彼女は無駄にレヴィに信用を築いてしまっていたようだ。

 無条件にアリシアのことを信用しているレヴィの背中に続いて立ち上がる。彼は、もう一度レヴィに問う。


「それで...いいのか?」


「あぁ、いいよ」


「............たくましいな」


 すっかり逆の立場に立ってしまっているお互いの違和感に気付かないまま、レヴィは言う。


「...じゃあ、そろそろ行くよ」


「あぁ......」


 ヴェリュルスの声を聞き、「任せろ」といった表情で扉を閉めたレヴィ。

 扉が閉まる音をしっかり確認した後で、ヴェリュルスは再び背中を鳴らし、脳内に響く声の主に語りかける。


「正体バレてんのにまだ隠し通すつもりか?」


“私は違う...”


 その声は、紛れもなくレヴィの、ヴェリュルスの声だった。

 慣れ親しんだ声で放たれる、「私」という言葉。それに寒気を覚えながら、ヴェリュルスは再びベンチに腰を下ろした。


「三分裂か......」


 レヴィは目を開いた。

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