30話 偽りのレヴィ
「魔法適正ですかぁ〜?」
「どうだったっけ?」
「何を言ってるの?アリシア様、ララ、リリ、ルルは魔法適正は魔女に匹敵すると言われました」
ヴェリュルスの寝ている部屋で、幼女達は声を揃えて言う。常人なら聞き取ることの出来ない重なった声でも、アリシアなら容易く理解することが出来る。彼女はふむふむと頷き、一つの疑問を掴み取る。
「レレとロロは?」
そう、ララ、リリ、ルルの三人が強大な魔法適正、最高戦力の一部になることは理解した。ならばその妹達の能力とは。
「回復と支援特化です」
これはこれはとアリシアは頷いた。
最強戦力の塊と、二人の支援魔法。これ程までに恵まれた、優位に進められる戦いがあっただろうか。
小さくガッツポーズをしたアリシアに、起き上がったヴェリュルスが声をかける。
「...また征伐戦か?」
「あぁ、レヴィ君。起きていらしたんですね。もっと安静にしないと...」
「おお...」
そう言って、はだけた毛布を掴み、ヴェリュルスにかけるアリシア。今回は大人しく言うことを聞いたヴェリュルスは、再び枕に頭を置く。ふんわりとした感触が、後頭部から首筋にかけて流れる。
それをまじまじと見つめたアリシアは、
「今日は胸は揉まないんですね」
「当たり前だ。そう毎日揉んでると乳腺が切れて垂れる」
「なんっ...」
大きく実った果実を揉みすぎると腐る。いきがった言い方をすればそういうことになるが、これは医学的にも証明されている事実の一つなのだ。だが、それを知り得ないアリシアは胸を抱き、ヴェリュルスに言い放った。
「あなっ!貴方の所為で私の胸が!」
「まだ一回だけだろ」
そう言いながらも、指をいやらしく順番に曲げていっては伸ばす仕草は、アリシアの寒気を誘った。
細かい物言いに、何の興味も示さないおチビ達は、口々に喋り出す。
「やっと征伐戦に出れるんですわね」
「そうですね、レレもロロも感激なのです」
「ちょっと!?死ぬかもしれないのよ!?正気なの!?」
「とか言って、ララは一番魔法適正凄かった癖にぃ...ルルは三番目ぇ...」
「征伐戦...そう、征伐戦ね」
どうやら話の題は既に征伐戦のことに戻って行ったようで。
幼女達は盛り上がっているのか盛り下がっているのか、口々に感想を言い合っている。
全員の、小さなツインテールがふりふりと揺れる。
「...あれちょっと可愛いな」
「ッ!」
それを聞き取ったアリシアは、何を思い付いたか突然、唐突に部屋をダッシュで抜け出し、どこかに行ってしまった。
「なんだ...?」
「レヴィ様ぁ!レヴィ様は征伐戦行かないのぉ?」
「何を言ってるの?レヴィ様は風穴が開いてるのよ?立つことすらままならないのに、そんな軽率にそういうこと、言うものじゃないわ」
「レレの言う通りよ。ロロも同意するわ」
「あ、あはは...」
そう、風穴が原因で彼は征伐戦に出られない。出たいわけではないが、風穴が塞がればそれに出陣する機会も増えるだろう。
アリシアの話によれば、今回の征伐戦はなかなか大変で大掛かりなものになるようだ。ただ、詳細は聞かされていないため、それは彼女に直接聞く必要がある。
「レヴィ君っ!ただいま戻りましたぁ!」
勢いよく──扉が弾け飛ぶんじゃないかと思う程勢いよく開かれた。そこにはアリシアの姿が。それも黒髪を左右に結わえた、所謂ツインテールという髪型で。
幼女達に対抗心を燃やし、彼女らに勝ったと思ったのか、腰に手を当て仁王立ちするアリシアの姿は、
「淑女の振る舞いを習いなおせ」
「酷っ!」
可愛い以前に、その独占欲と対抗心の熱さをどうにかして欲しいところだ。
だが、そんな願望を蔑ろにする程可愛らしい。可愛い。
「けどまぁ...可愛い...」
「えへへ...」
頭を掻き、子供のように体を捩る彼女の姿はまるで、いや、子供そのものだ。
ベッドに両膝を乗せ、四つん這いでヴェリュルスに近付く。またヴェリュルスに襲われることを恐れてはいない──むしろ望んでいるのか。という雑念を払いながら、ヴェリュルスは心の波を落ち着かせる。
「ルル達と一緒だぁ〜」
「ホントだ!ツインテール!」
「レレとロロはトリプルテールだけどね」
「そうよ、トリプルテール」
それを聞いたヴェリュルスは、体を少し横に傾けて彼女らの後頭部を見つめる。そして気付いた。
「ほんとだ...トリプルテール...初耳だな」
「じゃあ私も...」
自分もと対抗心を燃やし、ポケットからもう一つゴムを取り出し、トリプルテールに仕上げようとするアリシア。それを何とかやめさせようと声を上げ、説得する。
「お前はツインテールのままでいい!」
「えぇ...でも...」
「でも...」と反論しようとしたアリシアに、ヴェリュルスが言い放つ。
「俺は......ツインテールのままがいいと...思う」
レヴィに何も言えない程、チキンなところは似ているようだ。
そんなキザな言葉を聞いたアリシアは、頬を高潮させ、反論の代わりに彼に言った。
「ここまで照れて、恥ずかしい気持ちは初めてなんですが、どう責任を取ってくれるんですか?」
「責任って...」
何とも言えない空気だ。責任、その言葉がヴェリュルスの胸を高鳴らせる。
とその時、ルルが声を発する。
「お二人共熱いですねぇ〜」
「ルルは余計なこと言わなくていいの。でも、この状況は見てる方も恥ずかしくなるからやめて欲しいですね」
「あ、あぁ、ごめん」
ヴェリュルスが、自分の発言を悔いた後、レレが彼のフォローに入る。
「レレは、謝らなくていいと思うわ」
「ロロもそう思うわ」
「ん、んん?」
この状況をこのまま継続させるか、それとも空気を遮断して切り替えるべきなのか、ヴェリュルスは悩んだ。
「まぁ、どちらにせよ、話の題は変えるべきだと思います」
そう言ったのは、この中で一番冷静に話を聞いていたリリだ。相変わらず冷めた顔で、何を考えているか分からない彼女に、ヴェリュルスは話しかける。
「あぁ、そうだな...にしても、なんでこの中でお前だけが冷静なんだ?」
「お前じゃないですリリです」
「...ごめん」
なぜ、こうもこの屋敷には「お前」と呼ばれることが嫌いな人間が出入りするのだろうか。レヴィやヴェリュルスが世間知らずなだけなのだろうか。それとも女の子の扱いを知らないだけなのだろうか。
どちらにせよ、冷たい表情が更に冷たくなった彼女の言うことを聞かないのは、賢明ではないと感じた。だから呼び方を変える。
「リリは──」
「リリがいつも冷静なのは、周りの人達が喧しすぎることが原因です。実際、リリは笑うこともあるし、泣くこともあります...が、それが比較的少ないだけです」
思い返してみれば、こうやって言葉を遮られることも日常茶飯事。これもまた、そういう星に産まれたからなのだろうか。
彼女の話ぶりからすると、感情の起伏が穏やかなのではなく、それを表に出す。つまり表現することが苦手なのだろう。
珍しく、ヴェリュルスにも、レヴィにも出来そうなことが増えた。彼女の感情の表現を助けること。休息中の楽しみになりそうだ。
「そうか」
「そうです」
とは思ってみたものの、あまりの無表情さに、流石のヴェリュルスも怖気付く。この感情をどうにか出来ないものだろうか。
ベッドから降り、隣で静かに佇むアリシアに目で助けを求める。
「私には無理です」
「だよな...」
まぁ、こうして急いでどうにかしなければいけない案件ではない為、ゆっくりと考えていけばいいだろうという結論に至った。
「ところで、今回の征伐戦の敵は分かっているんですかぁ〜?」
「......言ってませんでしたね」
それはヴェリュルスも知らされていない、敵の脅威の詳細。
全員が固唾を呑んで、彼女の言葉の行く先を見つめた。
「敵は...無尽蔵に生産された“unknown”の集団。そして仰望師団が五人......到底適う相手ではないとは思いますが......やるしかありません」
その言葉に何かしらの危機を感じ取ったヴェリュルスは、おもむろに叫んでいた。
「馬鹿か!?やめとけ!死ぬだけだぞ!」
「それでも...」
「ダメだ!俺が!お前の主人が許可しない!」
勢いに任せて、感情に任せて叫んでいた。
こういうことを言いたいとは思わなかったが、もう一度彼女を失うことがあれば、と考えれば、結局は叫ぶ道を選んでいた。
どうにかして、何とかして彼女を止めなければ。
「俺は!もう泣きたくないんだよ!もう失くしたくないんだ!頼むから!頼むから!......行かないでくれ...」
我を忘れたように、狂ったように言葉を繋げるヴェリュルスに、ベッドの周りの幼女達は顔を引きつらせている。肩を震わせ、今にも泣き出しそうに。
だが、そんなことに構っている暇はない。彼女を失うことへの恐怖が勝った。
「それでも......この国を治める貴方の代わりとして、行かなくてはいけないんです」
彼女はヴェリュルスの望みに応えられなかった。応えなかった。
ヴェリュルスは俯き、言葉を失った。同様に、アリシアも彼に何を思ったのか、「すみません」と一礼した。
「...私達は明日にでも、ガルフードへ向かいます。貴方は絶対安静です。もし何か......不安が生じたら、お腹の包帯は取らずにリリィさんか、レイラさんの所に行ってください。ほんの気休め程度に」
そんなことが何になる。と言いたい気持ちを抑えて、彼はアリシアの言う通りに体を横にした。
アリシアはもう一度一礼し、扉の方向へ向かっていった。
これが、最後の別れになるんじゃないかと感じたヴェリュルスは、上体を起こし、もう一度だけ彼女に声をかける。
「分かったから...分かったから、今日だけは隣にいてくれ」
もう失いたくない。もう別れたくない。その気持ちだけが、ヴェリュルスの勇気を振り絞らせ、心の奥底からの言葉を放たせる。
その言葉に少し同情を感じたのか、アリシアは振り返る。が、その顔は氷のように冷たく、血色が失せていた。
「アリ...シア?」
「貴方はレヴィ君じゃない。そんなこと、ずっと前から分かっています。気丈に振る舞ってみましたが、どう見てもレヴィ君じゃない。貴方が誰か、そんなこと全く興味ありませんが、そうやってレヴィ君のフリをするのはやめてもらえませんか?気持ち悪いです」
相当な言われよう。毒舌に、ヴェリュルスは胸を抑える。心臓が──心の奥底がどうしようもない程痛い。
彼の、レヴィの言う通りだった。アリシアが好きになったのは自分なんかじゃない。彼自身だった。そんなこと、最初から、彼が言い出した時から分かっていたはずなのに。
彼はレヴィの意識を殺してしまった。もう戻らない意識の持ち主を妬んだ。その事実が、更に彼を痛めつける。
「俺を......本当に覚えてないんだな...」
「貴方なんて知りません。誰ですか」
自分は覚えられていない。忘れ去られた存在なのだ。それを自覚、再確認した時、吐き気が身体中を駆け回る。
「うっ......っ!」
何とか手で口を抑え、その嘔吐感を収める。
アリシアはそんな容態にも、なんの興味も示さない。
「もういいですか?私は行きます」
「待っ──」
彼が言い終わる前に、扉は大きな音を立てて閉じられた。その反動で、軋んでいた扉の縁が少しだけボロボロと崩れた。
二人のやり取りを涙目で見ていた五人姉妹は、何も声を発することなく、全員が一斉に一礼をするだけで。
五人がぞろぞろと扉の向こうに流れゆくのを見送りながら、ヴェリュルスは再び枕に頭を置く。寝返りを打ち、顔を枕に埋め、
「レヴィ......戻ってきてくれよ...」
彼の意識は、暗い暗い闇の中に吸い込まれていった。
そこに倒れ伏した、男の影。それを見るなり、ヴェリュルスは涙を流した。




