29話 超越した脅威
毎度毎度すみません。ストックがなくなるまでは毎日投稿に変更させていただきます。申し訳ありません。
「何か...分かったことは他にはないんですか?」
“unknown”を解体し、その素「何か...分かったことは他にはないんですか?」
“unknown”を解体し、その素性を調べている場所。いつもは、動物や魔獣の解体などをしている廃墟のような場所だ。
今回“unknown”を解剖し、その素性を調べるという任務が課せられた為か、その内装は少し賑やかになっている。簡単に言えば、人手が増えている。
アリシアが声をかけたのは、蟷螂型の“unknown”を解体しながら他の解剖者達に指示を飛ばしている老人だ。
その手は手袋をしておらず、蟷螂のどこかで切ってしまったのか切り傷が至る所に見受けられる。
老人元い解剖長はアリシアの声に振り向き、笑顔を見せた。
「これは...!アリシア様...よくおいでになさいました」
「昨日も来たでしょう!?もう...ちょっとボケ始めてるんじゃないですか?」
フフッと笑いを零しながら語るアリシアに、彼もまた笑いながら、「そうですかね」と言った。
実際、彼はもう定年を優にオーバーし、御年82歳になる、なかなかの長寿者なのだ。既にボケが始まっていても、誰も文句は言うまい。
「それで...何か新しい発見は?」
そう、アリシアが昨日今日と、連続でここを訪れたのには訳がある。こういう研究現場では、昨日今日の出来事でコロッと事実が変わりかねないのだ。昨日事実だったことが今日そうでなくなることもある。それを危惧したアリシアは、こうしてここを訪れた。
「それがですね...」
「やはりですか...」
アリシアは落胆した。昨日来ても目立った結果は見られず、今日も同じこと。
レヴィが命を。腕一本を代償にしようとしたこの任務も、失敗もしくは結果無しで終わってしまうのだ。
老人は険しい顔をし、アリシアを見つめた。
「実は...イヴァン様から直々の命令がありまして」
「ッ!イヴァン様ですか!?」
言葉を詰まらせ、心臓も悪いであろう老人に怒鳴りつけるアリシア。だがそれも仕方あるまい。イヴァンなら、今朝彼の部屋を訪れた時には既に事は終わっていた。
血塗れの帝国の王の部屋。下に引かれた絨毯だけでなく、カーテンですら、真っ赤に染まった程の大惨事だったのだ。様子のおかしいレヴィには、失踪と話をつけているが、実際のところ、アリシアは奇襲の線が濃厚なのではと睨んでいる。
そのイヴァンが、死んだと思われた彼がこの老人と接触していたという事実を元に、アリシアが考えるのは──。
「いつですか?」
「...今朝です」
おかしい。矛盾だ。彼が殺されたのは──。
何かが、引っかかった。その正体は掴めないまま、アリシアは続ける。
「今朝.........」
何か。何かがおかしいのだ。
「あの...それで...」
老人は、垂れた眉を更に垂れさせて、心配そうな顔で言った。
それに気付いたアリシアは、「ごめんなさい」と一礼し、「それで?」と後を続けるように促した。
「それで、イヴァン様が仰られたのです。“金でも銀でも、数少ないこの帝国の資源を使ってみても、私は咎めない”と」
「......金、銀、資源...」
イヴァンの言う通り、この帝国では、年々金銀が不足している。特に金は、相手国との共通通貨なのにも関わらず、帝国には手で掴める程しかない。
その理由は簡単だ。この帝国が周辺の国々と貿易をしていないことが主な原因で、貿易をしない理由とはつまり、帝国が一強であることだ。孤独の英雄を名乗ってきた帝国にとって、他国に手を借りる、貸すことは法に違反する。
「それを聞いた私は、例の蟷螂に金を塗ってみたのです。ほんの少量ですが......その身は溶け始めました」
「な......」
あのレヴィの剣でも討伐しきれなかった“unknown”が、たかが金を塗りこんだだけで溶け始めた。その事実に、アリシアはただただ立ち尽くした。
「な、何かいけないことでもありましたか...?」
「いけない...っていうか......ユアルレプス...やっぱり彼らと“unknown”は繋がっていた...」
呼吸を荒くして言うアリシアに、老人は肩を震わせる。それに気付いたアリシア。だが今回は気を落ち着かせることが出来ない。ユアルレプスの、特に仰望師団に対しての憎悪が膨れ上がった。
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「アリシア様、お客様がおいでになっています」
「来客ですか?珍しい...」
解体現場から帰還し、いささか機嫌の立っているアリシアに、メイドの一人が声をかける。
来客。つまり、レヴィに用があるということなのだが、彼は生憎腹に風穴が開けられていて動けない。動けないことはないが、動いてはいけないのだ。
こういう時は大抵、アリシアが来客に話をつけることが決まっている。それは亡きイヴァンの言葉。守らないわけにはいかない。
「?」
「分かりました、すぐに行きます。場所は...」
「第二広間です」
「分かりました」
この屋敷の広間には名前がそれぞれ付いており、大きい順に大広間、第二広間、第三広間と延々続いている。第五広間程にもなれば、それはもうただの個室でしかないのだが、それでも使用経験はあるようだ。
そんなことを頭に挟みながら、アリシアは廊下を歩く。そこを掃除し、ほうきで掃いているメイド達を横目に流しながら、彼女はやっとのことで第二広間に到着した。
黒い扉に金色の縁。ここが広間の一つであることを示している。
「失礼します」
二回のノック音のすぐ後に開かれる黒扉。その向こう側に、黒いソファーに座っている女の姿が目に入る。
彼女はおもむろに立ち上がり、一礼をした。その礼はメイドのように、手を前に重ねるものだった。それもそう、どこからどう見てもメイドだ。ホワイトプリムに、黒と白の服装。
おおよそ、彼女の主人もまた体調を崩したとか何かで、その主人の代役として来たのだろう。
「それで...何か御用で?」
お互いに席につき、話し合いの準備が出来た。先に切り出すアリシアに、目前のメイドの頬は緩む。
それに敵意を抱いたのか、それとも同じ従者として親近感を覚えたのか、アリシアもまた頬を緩める。
「先に私の名前を名乗らせていただきます。私の名はミア・トラディーラと申します。ミアでいいですよ」
綻ばせた笑顔は、アリシアの敵意を抑えさせた。
同じように頬を緩ませたアリシアは、コクリと頷くと、「それで...」と言葉を続ける。
「御用は?」
「ええ、私の主人に代わりまして......ヴィルロワに代わりまして、本日は参りました」
ヴィルロワ。ガルフード地方を収める領主の名だ。その従者が、こうして笑顔でアリシアを待っていた。その用とは。
「今回の用は...“unknown”についてです」
「“unknown”...また出現しましたか」
これは予想された事態。ユアルレプスから一番近い海に面しているガルフードは、ユアルレプスの格好の餌食だ。
そして、四日前の襲撃によって、“unknown”と仰望師団の関わり合いが発覚した。よって、今回の“unknown”の襲撃にも仰望師団がくっついてくることが予想される。
一番頼りになるレイラ、その次のレヴィがああして安静な状態の時にこの襲撃。どう考えても屋敷内部の犯行だ。
「ええ、それも多数のユアルレプス人を連れて。街の人々は既に避難済みですが、奴らの劣悪さからして......何をしでかすか分かりません」
「そうですね。...それで、今回はその“unknown”の討伐を頼みに来たと?」
ミアは俯き、軽く首肯した。
彼女も、こうして自身の地を自分達で守れないことを辛く思っているのだろう。その目には涙が滲んでいる。
「泣かないでください。少々人員が減っていますが...何とかしてみます」
アリシアが頬を緩ませて言うと、ミアはコロッと表情を変え、「はい!」と返事した。
その切り替えの速さに何かしらの違和感を覚えながら、アリシアは続ける。
「そちらに傭兵はいま.........いない方がいいか」
思い出される第一次“unknown”征伐戦。彼方此方に散らばった傭兵達の死体。
彼女が考えたのは、「無駄に微かな戦力を多数連れて行くよりも、自分のような強大な戦力を少量連れて行った方が犠牲が少なくて済む」といったものだった。その考えは間違ってはいない。もし仮に作戦に失敗しても、犠牲が少ない方を選んだ。つまり、失敗する可能性を大きく危惧した。
「......傭兵は必要ありませんか?」
「...えぇ、こちらの戦力だけでどうにかしてみせます」
そんな考えを持ってはいるものの、手を抜くつもりは微塵もない。必ずや奴らを八つ裂きに。その感情だけが、アリシアの心を支えていた。
「そうですか......一つだけ、忠告です」
「はい」
何だろうか。まさか“unknown”の大きさが、といったものか。それとも、小さいながらに強大な力を持っている。というものだろうか。
それはどちらも当てはまらなかった。
「“unknown”の数は無尽蔵。それを引き連れている仰望師団と思しき人間の数は五人......人頼みで本当に申し訳ございません...」
「.........はい」
驚きすぎて声が出ない。というのはこういうことを言うのだろうか。声が詰まり、舌が数秒硬直し、手が震える。冷や汗が頬を流れる。
「では...」
ゆっくりと席を立ち、アリシアの背中に向けて礼をするミア。その姿は、勿論アリシアには見えない。
ゆっくりと扉の閉まる時の、ギギィという軋みの音。それが鳴り止み、扉が閉まる音。アリシアは頭を軽く掻き、嘆息を零した。
「戦力...」
考えられる戦力は、魔女と恐れられる自分自身。それと、今日からメイドとしてここに住むことになったあの五人姉妹。五人姉妹の魔法適正がどれ程のものなのか。それは知り得ないが、確かめてみる必要がある。何せ今は時間に、心に余裕がない。
席を立ったアリシアは、軽く天井を仰いだ。




