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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第一章 帝覚
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2話 怖さ

 世界の化学は衰退し、残った文明が新たに芽を吹いている。

 世界の衰退を後押しした、否、衰退させる原因となったバケモノ、“unknown”。

 彼らは意思を持たず、唯人を殺し、貪り食う。それだけの怪物に、戦争で負け知らずの帝国が後退した理由。

 “unknown”は──


 商人が猛り叫ぶなか、手を繋いだ少年少女が大通りを横切る。


「あの...アリシア?」


「なんです?」


「この手は何?」


 繋がった手を上に上げ、これは何だと問う。

 恥ずかしがるレヴィを他所にアリシアは冷めた顔で、


「手を繋いでます」


「分かりきったこと言ってんじゃないよ。なんで手を繋がなくちゃいけないんだ?」


 すると、アリシアは小っ恥ずかしいといった様子で、ゆっくりと口を開いた。


「こ...怖いんです」


「怖い?」


 まさか、とレヴィは疑う。

 帝国の“魔女”と恐れられ、崇められる人間の放つ言葉ではないと。


「言ってませんでしたよね、私の故郷のこと」


「ああ」


 遂に話される、三大秘密の一つ。


「実は私、沼地出身なんです」


「沼地...」


 帝国の人間が最も恐れるであろう場所、シュデール沼地。

 沼地が原因となり、心的外傷を患った人もいるほどで、その言葉の恐ろしさには身を震え上がらせる効力があった。

 実際、沼地から這い上がる方法は一つしかなく、その方法は魔法を使わなければいけないものだった。


「だからあれだけ魔石を用意してたのか?」


 魔石は、体内で枯渇した魔力を補うための、魔力を含有した石のことだ。

 それを所持していると、魔力効率が二倍から三倍に膨れ上がる。アリシアが所持すれば、恐ろしいほどの力が──。


「はい」


「アリシアが魔石を持っていかないとダメなくらいの沼地だったっけ?」


 アリシアの力があれば、沼地にハマっている人の一人や二人、救出することも簡単なはず。

 アリシアの魔法を凌駕するほどの沼地なのか。


「実は一回足を取られてしまって。死にかけたんです。それからは魔石を三個は持って行ってます」


 なるほど簡単な答えだ。

 アリシアもまた、沼地に襲われて心的外傷を患った人間の一人なのだ。


「それでただの散歩にも怖気付いて手を繋がなきゃいけない...と」


「そ、そうですよ!悪いですか!?」


「いや、悪くないけど。でも、これが初めての安全な散歩なんじゃないの?」


「確かに...そうですね。こんなに落ち着いた散歩なんて久しぶり...」


 久しぶりという言葉が多少耳に引っかかったが、気にせずに反対側の耳から聞き流す。


「そうか、なら誘ってよかった」


「ありがとです。...それで、ずっと後ろで尾行している貴女達は何をしているの!」


 そう言って勢いよく振り向くアリシア。

 その瞬間、道に転がっていた小石がアリシアの足を拗らせる。

 背中から落ちそうな体勢に、咄嗟に体が動いた。


「きゃーー!!」


 俗に言う、お姫様抱っこと呼ばれる抱き方。それを難なくやってのけたレヴィに歓声と黄色い声が上がる。


「ち、ちょっと、レヴィ君!?」


「いや、ごめん」


 黄色い声を上げたのは周りの買い物客だけではなく、アリシアが振り向いた先にいたメイド達もその一員だった。


「も、もういいですから!お、下ろしてください!」


 そう言って暴れるアリシア。


「わかったわかった!下ろすから暴れるな!」


「...」


 大人しくなったアリシアをゆっくりと、貴重品を扱うように下ろしたレヴィ。

 黄色い視線は、彼に釘付けになっていて、


「アリス様!レヴィ様とそういった関係だったのですか!」


「メイド長!お祝いします!」


 口々に喋るメイド達の発言の中に、一般民衆からすれば聞き捨てならない言葉が含まれていた。

 “レヴィ様”その一言が、この場を騒然とさせるきっかけとなった。


「ちょっ!それは──」


「レヴィ...様?あの王家の?」


 買い物客が口々に噂するなか、レヴィはアリシアの手を引いた。

 一刻も早くここから逃れなければいけないと思ったから。


「逃げるよ!」


 そう言って駆け出すレヴィ達を追いかける人間は一人もいなかった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 歩きながらアリシアが言う。

 その顔は、頬が赤く高潮しているのを隠そうとしているような笑みで、


「さっきは...その、ありがとうございました」


「こけたこと?なら別にいいよ。危なかったから助けただけだし」


 なんとも素直に言えないものだろうか。

 そんな思いも他所に、レヴィの口は先走っていた。

 気付けば、手を放している。


「大丈夫なのか?手、放しても」


 心からの心配。本当に心的外傷を患っているのなら、帰って早々に治療すべき案件だ。が、アリシアは思った以上にメンタルが強かったようだ。


「もう大丈夫です。もう怖くありません」


「そうか...」


 さっきまでは恥ずかしく、なんとも言えない空気だったのに、今は何故か、物足りないような感覚に襲われている。

 ...僕は、アリシアを欲している。


「それと、一つお願いがあります」


 口に人差し指を当て、こちらへ翻る。

 その姿は魔女と呼ぶには相応しくない、乙女の顔だった。


「なんだ?」


「私のことは、アリスと呼んでください。そろそろ打ち解けて、なんでも話せるくらいにはなったんじゃないですか?」


 そう言われても、と口走りそうになるのを抑える。

 確かに、仲良くなってきて、彼女の心配を出来るくらいに、自身の話を聞いてくれるほどにはなった。が、レヴィには一つだけ言えない言葉がある。

 “好きです”その一言が。


「そう...だな」


「じゃあ一回呼んでみましょう、さんはい!」


 無駄にテンションの上がったアリシア...アリスに付いていくのは至難の技だ。だが、そこを乗り越えないで、彼女に告白など出来ない。

 笑顔で、


「アリス」


「...はい」


 顔を赤らめ、上目遣いでレヴィを見つめるその目は、レヴィからすれば虎視眈々と眺められている気分に相違ない。

 思わず仰け反り、それがまた彼女の不機嫌を呼び込む。


「今度はレヴィ君が私を避けるんですか!?アリスと呼んだ仲なのに!」


「それは関係ないだろ!ちょっと怖かったんだよ!」


 すると、アリスは手を差し出した。

 ん、と付け加えたその行動の意味は分からない。

 ただ、突っ立ったままでいる。


「手を繋ぎますか?って聞いてるんですーよ!」


 そう言って、強引に引き寄せられた手と指は、アリスの指の間に絡まって、


「なん、なんで、恋人繋ぎ?てか絡め方がいやらしいんだけど」


「いやらしくありません!それ以上聞いたら殺します」


 冷厳な言葉をかけられ、固まるレヴィ。

 かけられた、と言うよりかは拘束された気分ではあるが。


「は、はい...」


「じゃーん、着きましたー」


 張り合いのない声で迎えられたのは、小さな小屋。否、家だ。

 屋根は見たことないほどに地面に平行で、今まで見てきた街並みにはない造りの屋根である。

 扉は、板を貼り合わせたような貧相なもので、屋敷で育ってきたレヴィにとってはただの板にしか見えない。


「......ここどこ?」


「いいから黙って付いてきてください」


 そう言って、アリスは一歩歩み出て、板に張り付けられているリングをコンコンと鳴らした。


「はーい」


 幼い声と共に、ギギギと音を立てて開く板。否、扉。

 それらが鳴り止み、ひょこっと顔を出したのは、桃色の髪の少女。恐らく十代前後だろう。


「アリシアさん、ですね!」


 威勢のよい声と、さながら幼女の顔がより少女感を醸し出している。


「そうです。明日の件について──。」


「ッ!」


 レヴィの脳内に、瞬間的に拒否反応が映し出される。

 この子を巻き込むのか、という正義ぶった感情が、ふつふつと心の中で煮えたぎる。

 だが、それは口に出さず。アリスに悟られないように押し殺す。


「どうぞ、中へ」


 家の中は一部屋だけのこじんまりした一般的な家だった。

 唯一漂う異臭を抜くと、だが。

 獣臭だ。


「ご、ごめんなさい!」


 唐突に謝意の篭った言葉。

 それに驚いたように目を見張ったのはアリスだ。


「どうして謝るんですか?」


 そう言いながら、なんの許可も無しにテーブルを囲む椅子に座る。

 全くこの魔女は。


「...獣臭凄いでしょ?」


「なんだそんなことか、気にしなくても大丈夫だよ」


「あ、ありがとうございます」


 優しい言葉をかけたはいいものの、実際問題臭くて鼻が曲がりそうなほどだ。

 ふと目をやると、寝転んでいる豚のような動物の周りに糞がいっぱい付着している。

 たぶん、世話をしても追い付かないほど忙しいのだろう。


「でも、どうしてこんなに生き物がいるの?」


「あぁ、こう見えて私街一番の治癒術師なんです」


「あっれー?知らなかったんですか?むにゅ!」


 ニヤつきながら頬杖を付いて挑発してくるのはアリス。

 その顔を押さえつけて、


「そうなんですか、すみません、世間知らずなもんで...」


「いえいえ!...それで、森で仕事している人達が、たまに怪我した動物達を連れてくるんです。私はすぐに治すんですけど、その人達は引き取りに来てくれなくて...」


 悲壮に悲壮を塗ったような顔に、三名全員が暗い顔をする。

 全員が静まり返った時、ふとレヴィの頭に提案が浮かぶ。


「...屋敷に持ち帰って世話したらどうかな?」


 アリスがこちらを向く。

 犬を拾った人間を見たような顔で、


「いいんじゃないですか?レヴィ君に育てられるなら」


「なん...か腹立つ言い方だな。僕に動物が育てられないとでも思っているのか?」


「女の子の扱い方すら知らない男の子が動物を育てられるとは思いません」


 先程の失言のことを言及しているのだろうか。

 女の子の扱いを知らない、そんなこと仕方がない。女性と関わったことがないのだから。


「今の言い方だと女の子の方が豚や兎よりも単純ってことに──」


 言いかけたその時、レヴィの意識は既に飛んでいた。

 顎に強烈な、魔法で強化した拳を食らい、数秒間レヴィは宙に浮いた。


「全く、本当に失礼な男の子です」


「ひぇー...」


 やっとのことで浮上した意識は朦朧とし、机に腕をかけ、やっとのことで起き上がる。 揺れる視界には、ボクサー並のアッパーを食らって引いている──。


「君、名前なんていうの?」


 名前を聞くのを忘れていたのを思い出す。

 桃髪の少女は、目線をレヴィに逸らすと、堂々たる様子で、


「ミーナです。ちなみに、歳は19歳です」


「え、僕ら歳下だった!?」


 どう見ても19歳には見えない貧相な胸と童顔、そして低身長。

 信じることこそ出来ても、彼女に歳上として接しろと言われても無理があるのも事実だ。


「私は...」


「あー!胸ばっかり見て!成長期はまだ先なんです!」


 アリスの声を遮って言うミーナ。

 胸ばかり見ていた記憶はないが、事を荒立てない為にも黙るのが得策と言えよう。


「...で?本題は征伐戦のことか?」


 遂にレヴィが口火を切る。

 その予想は大当たりだったようで、


「はい、回復要員が足りないので回復専門の超大物を連れて行こうかと」


 顔を赤らめ、超大物と呼ばれたことに照れるミーナは、子供そのものだ。


「それで、征伐戦には付いてきてくれるのか?」


「...昨日まで悩んでたんだけ...ですけど、今日覚悟が決まりました」


「安心してください、配置される場所は後方の一番安全な場所です。死ぬことはまずありえません」


 どんっと胸を叩くアリス。その時に揺れた果実に目を取られ、赤面したことは一生の秘密だ。


「はい、よろしくお願いします」


 黒々しい鴉が窓の外から彼らを眺めていた。

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