27話 傲慢の王
「ぜんっぜんチビってないし!ぜんっぜん怖がってないじゃん!」
精一杯大きく、声を荒らげるレヴィ。再び、意識の狭間に来たのだと、二人は同時に思う。
こうやって意識の狭間に来る時は、いつもふとした瞬間だ。意図しない邂逅。意図しないタイミング。それらが彼らを互いに向かい合わせる。
「...だな、案外いけたわ」
へへっと付け足す彼の顔は、迷いが吹っ切れたように見える。忌々しい自身の記憶から解き放たれたような、そんなイメージだ。
一方、意識を共有して外界を見ていたレヴィは、ただただ「ありがとう」としか言えなかった。
「いや、いいよ。今回のことでかなり俺の経験値になれたし。それより...お前、練習かなりしただろ」
と、言うと、この三日間で積んだ剣の腕のことを言っているのだろうか。それとも三日間柔軟しまくった体の柔らかさのことを言っているのか。どちらにせよ、三日間しか練習していないことが少し気がかりだ。
「...かなりはしてないかな」
「そうなのか?でもだいぶ動かし易いぞ」
肩を回すヴェリュルスに、レヴィは頭を下げる。唐突な彼の行動に、気高きはずのヴェリュルスもたじたじとする。
「...顔上げろよ、王様だろ?」
「いや、こうしないと......助けてくれてありがとう...」
深く頭を下げる。仲間を、大事な仲間を助けてもらったお礼に、と。
それが気に食わないのか、それとも恥ずかしくなっただけなのか、腕を組み直してそっぽを向く。
「べ、別に...アリシアの為だし?」
「なんでそんなにツンデレっぽい?」
レヴィの言葉をそっぽ向いたまま無視し、彼は続ける。憂いを帯びた目で、そして泣き出しそうな目で。
「でも......アリシアはお前のことが好きなんだよな...」
違う。恐らく、アリスが好いているのは“unknown”から自身を救ったヴェリュルスであり、今こうやって敵を打ち倒し、仲間の命を救ったヴェリュルスだ。
断じて、レヴィではない。そう思い込む他ないのだ。
「違うよ、アリスは君のことが...」
それはそれで、言葉を続けるのに躊躇う。自分もまたアリスのことが好きだし、何よりアリスは自分を好いてくれている。そんな相手の、自分の気持ちを蔑ろにするのは、少し違うと思った。
例え彼のおかげで自分が好かれるようになったんだとしても、実際好かれている体は自分のものだ。ならそれで良いじゃないか。彼の体じゃない。
強欲で、傲慢な自身の姿が垣間見える。
「僕なのかもしれない...けど」
思いもしなかったその言葉に目を見開くヴェリュルス。本当に心の底から裏切られたような感覚に陥り、彼の内心はパニックになる。
「え?」
「彼女は...僕のことが好きなんだ。最初は...君なのかと思ってたよ。けど......たぶん違うんだ...」
彼は、自身で傲慢であることを知っている。決して彼の言っていることは、100%正確か、と問われれば、誰もがNOと答える。
「なんだよ...結局そうなんのかよ...」
頭を下げ、あからさまに気持ちの落ち込みを表現する英雄。その姿に、レヴィは何の気持ちの変化もない。
その様子に、ヴェリュルスはゆっくりと立ち上がる。レヴィを眼中に入れ、穴が開くほど睨めつける。
だが、レヴィは怯まない。もう、彼に人の優しさはなかった。
「お前.........」
「...何だよ」
睨めつけられたことに反発し、こちらもまた彼を睨みつける。それも、穴が開くほどに。ただ、ヴェリュルス。彼も怯まない。彼の目に、もう迷いはなかった。
どこからともなく現れた剣を手に持ち、剣先をレヴィに向ける。宣戦布告のポーズだ。
剣先とレヴィの額の感覚は指一本程度。もうヴェリュルスが踏み出せば、或いはレヴィが踏み出せば、簡単に首を刎ねられる。
「やるならやればいい」
「その場合、意識はずっと俺のもんだ。アリシアも、俺のもんだ。最初っから!最初っから!お前のもんじゃねぇんだよ!」
あくまで剣先を向けただけ。それを握っている彼の手は震えている。
それを目視するなり、レヴィはおどけてみせた。彼を挑発する為に。だが、それをする理由は見つからない。無為に、彼は過ちを犯す。
「何が最初っからだ。アリスは、僕を好いているんだ。君なんか、眼中に──」
「黙れぇえっ!」
そう叫んだ彼は、剣を振り上げ、しかしレヴィには剣を当てずに体当たりをした。
意識の中だからか、それとも彼の体幹が弱かったのか、どちらかは分からないが、レヴィは軽々と三メートル程吹き飛び、着弾した。
仰向けに倒れたレヴィにのしかかるヴェリュルス。剣を逆手に、レヴィの胸に剣先をそっと置く。
「お前なんか!お前なんか!......お前なんか...」
だんだんと声の張りが弱くなるのを耳にしながら、レヴィは笑顔を零した。
それとは正反対のヴェリュルス。強いはず、メンタルは強いはず、なのに彼が流す涙は切なく見える。
「いいよ、もう......疲れたよ。君が愛されればいい。僕は...もういいんだ」
「.........」
涙が頬に伝う。それはレヴィのものであり、ヴェリュルスのもので。
ひねくれたレヴィの感情がヴェリュルスに届き、ヴェリュルスの涙の勢いは加速する。
「いいんだな......?もう......二度と戻れないぞ...?」
涙でぐしゃぐしゃになった顔でレヴィに問う。相変わらず笑顔で涙を零すレヴィとは違い、ヴェリュルスだけはずっとアリシアのことを思い続けている。
それを感じ取ったレヴィは、軽くもたげていた頭を地面にゆっくりと下ろし、最後の時を待った。
「.........ッ!」
少々、彼の命を。否、感情、意識を断つのを躊躇ったヴェリュルス。
彼の行動を後押ししたのは他でもないレヴィだ。ゆっくりと頷き、目を閉じ、死んでいないのに死んでいるような顔で。
英雄は押し込んだ。胸にズプズプと刺さっていく剣を見つめながら、ヴェリュルスは泣きに泣いた。
苦しさに顔を歪め、何度か痙攣をしたレヴィを見つめながら、彼はゆっくりと立ち上がった。
「さよなら、だ」
レヴィの目には、三人の少女が映っていた。
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「っ!...はぁ...はぁ...」
「ど、どうしたんですか?」
戻ってきた。戻ってきてしまった。目の前にいる彼女が愛した人間の命を、意識を断って。
アリシアは相変わらず、端正な顔立ちを心配そうに歪めている。
「いや.........大丈夫だ」
「そうですか......お腹、治癒魔法かけます」
言われてみれば、腹に風穴が開いていたのを思い出す。ほぼ乾ききった瘡蓋に、新しく流れる血が注いでいる。更には、カルヴィンが思いっきり手を捻ったものだから、傷口が治りにくい形に曲がっている。
まぁ、アリシアの治癒魔法があれば大抵の傷は治るのだが。
アリシアが傷口にゆっくりと触れ、それに痛みを感じている間に白い光が顕現する。
「すげぇな...」
「...?」
上目遣いでヴェリュルスを見つめ、分からないといった様子で首を傾げる。そして目を伏せ、再び治療に専念する。
「...あれ?」
空気を読んで黙っていたヴェリュルスも、唐突に放たれた言葉にビクッと反応する。
何が疑問なのか。何が「あれ?」なのか。それは、傷口を見てすぐに理解出来た。
「傷口が...治らない?」
光を放っているアリシアの手の先、触れている傷口が、一向に治らない。一向にとは言っても、まだ二分と経っていないのだが、大抵これくらいの傷口なら三十秒で塞がるはずなのだ。アリシアが声を漏らすのも仕方ないだろう。
「痛い......けど、自然回復で待つしかないか...」
ヴェリュルスは腹を括った。これからはベッドでの安静生活だ。食事が運ばれてきたらそれを食し、トイレの為だけに部屋から出、戻って来たらすることがないからと言って眠りに眠る。
元から体を動かしたい体質のヴェリュルスにとって、それは品のいい拷問といえる状況だった。
「自然回復でも治るかどうか...」
「大丈夫だよ、なんせ俺は!.........俺は...」
俺は、何だと口を噤むヴェリュルス。
そんな彼の様子に、再び首を傾げるアリシアの頭にぽんと手を乗せ、よしよしと撫でる。彼女は褒められた犬のように笑顔で、
「でへへ...」
「女がでへへとか言うな...」
アリシアを注意した後にすべきこと。
ヴェリュルス自身には面識のないリリィと話すこと。会話を合わせること。それは酷く難しく、ヴェリュルスの最も苦手とする分野だった。
「あの子がリリィか」
「何言ってるんですか、あの子って」
「え?違うの?」と振り向くヴェリュルスに、アリシアは「いいえ」と首を振る。
そう、目線の先で目を微かに開き、息も絶え絶えの状態でヴェリュルスを。レヴィを見つめているのはリリィ。
その体は自由が効かない様で、ピクリとも動かない。
リリィと呼ばれた少女に駆け寄り、背中に手を回し、軽く上半身を持ち上げる。
まるで首の据わっていない赤ん坊のように頭がぐらっと前に傾き、ヴェリュルスは微かに驚く。だが、それ以上にこれからの動向に注意していた。
「レ...ヴィ様......」
「ん、何だ?」
本当に息が切れている。近付けた顔に当たる、甘い香りと生暖かい息。ここまで息だけで色気を出す女の子はいないだろうと思う程の色香。
内心少しキョドりながら、ヴェリュルスはリリィの言葉に応える。
「あり......がとう......ござ...います」
「いや......いいよ。...無事で良かった」
体を起こそうと、自身の体と奮闘するリリィへの助力。背中を支え、長座の状態に。
次第に体が動くようになってきたリリィは、長座で伸ばしていた足を軽く外側に曲げる。
彼女の行動の度に揺れる銀髪が美しい。これもまた、少女という未完成の女性の色香に加わっている。
「いいえ.........レヴィ様...」
「ん?」
「っ!怖かった...!」
胸に手と顔を押し当て、彼女は泣きじゃくる。大人びた少女のイメージが覆され、幼い少女の一面が垣間見えた気がした。
内心はそう思っていても、体が無意識に反応するのは仕方のないこと。
反射的に手を上にあげ、彼女に触れまいと努める。
「怖かった!怖かった!......レヴィ様っ!」
胸に押し当てていた手を背中に回し、少女が抱き着いているとは思えない程の怪力でヴェリュルスを締め上げる。
「いたたたたたっ!痛い!リリィ!」
「...ごめんなさい」
「うん......大丈夫?」
ヴェリュルス本人とは思えない程レヴィを真似た口調。それはかなりリリィの心を許したようで。
「大丈夫じゃないです...」
「...何で?」
ヴェリュルスは問う。
「私は一回貴方を諦めました。でも、無理なんです。...こうやって、助けに来てくれたり!優しく声かけしてくれたり!...もう、好きで好きで堪らないんです。諦めきれないんです」
「────」
その時、ヴェリュルスは気付いた。自分が殺した意識の持ち主がどんな人物であったかを。どれだけ、この少女に思われて生きてきたのか。それを、彼は理解したつもりだった。




