26話 白鴉の憑依
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「............瀕死、だな」
聞き慣れた自分の声が、自分に対して投げかけられる。三日ぶりだったか、顔もよく似ていて、声も似ている。不器用なのに、内面が優しさに溢れているところも、そして、アリスを大事に思っていることも。
「...ヴェリュルス。ついさっきまで...君のこと、忘れてたよ」
それもそう、リリィ、レイラ、カルヴィンのことで頭がいっぱいいっぱい。言ってみれば、その状況下で彼のことを考えるのは頭がおかしいだろう。
最初に出会った頃なら、レヴィが話しただけで頭を踏み躙られ、蹴られ、といったものか。名前を思い出してもらったヴェリュルスは、そんなことはしなくなっていた。ただ、白いベンチに座り、考え込んだ。
「そうか......今、外には仰望師団がいるんだろ?」
「うん、いるよ。それに刺された......ッ!」
そこまで言いかけて、レヴィは自分がここにいてはいけないのだと理解する。否、最初から分かっていたはずなのだ。現実逃避もそろそろいい加減にしなければいけない。
「大丈夫だよ。外の時間は止まってる」
「...?止まってる?」
首を傾げ、ヴェリュルスを見つめる。
すると、彼はゆっくりと伸びをし、レヴィに説明し始めた。
「そうだ。この時間は現実じゃない。これは、レヴィ。お前の思考の中だ。だから、これも一瞬のうちなんだ。それが例え、この世界で何ヶ月暮らしても、だ」
なるほど、とレヴィは相槌を打つ。先程まで冴えていなかった脳内は、いつの間にか冴えきっている。いや、ここが思考の中だからそう感じるだけなのかもしれない。
どちらにせよ、早く戻るに越したことはない。
「まぁそんなに焦るなよ。ゆっくり話そうぜ」
そう言って、座っているベンチの端をちょんちょんと叩く。「ここ座れ」の合図だ。
ベンチに腰を下ろしたレヴィは考える。彼が仰望師団と戦えない理由、とは。
「...なぁ、何で仰望師団と戦えない?」
「.........覚えて...ないのか?」
とは言われても、レヴィが覚えていることは彼と会うのが久しぶりだということと、彼の名前がヴェリュルスだということ。それも、意識が浮上すればその名前は忘れてしまう。そんな儚いものだけが、レヴィの中にあった。
「...ごめん、何か、ごめん」
「いや、いいよ。しゃーないことだし...」
そうは言っても、彼の表情は沈んでいる。流石にまずいことを言ったか、と焦るレヴィに、ヴェリュルスは肩を軽く叩く。
「気にすんな、ゆっくり思い出せ」
「うん......それで、理由を聞いていいか?」
彼の心情などはお構い無しに、レヴィは無作為に問う。
彼の力さえあれば、今のカルヴィンを消し去ることが出来る。──思えば、ピンチになる度にこんなことを思っている気がする。
「...恥ずかしい話、怖いんだ」
「怖い...?」
彼程の力がありながら、何が怖いというのだろうか。さては弱すぎて怖いんじゃ、と考えた自分を殴りたい。
「あぁ。あの時、俺はあいつらに殺された。だから...それだけの理由なんだが、怖いんだよ」
「あの時...」
思い出される荒野の風景。
思い出せるような思い出せないような感覚の中、ぼんやりと思い出せる情景。情景だけしか思い出すことが出来ないが、なかなかに酷い状況だ。
「それで...仰望師団と戦えない?」
「そうだ。また負けて死んだら...と思うと、夜も眠れない...まぁ、眠ることはないんだがな」
ジョークを挟みつつ、なかなか辛い話を盛り込むヴェリュルス。その顔は、何かを失ったような顔で、
「そうか...でも、今の僕じゃあいつを倒せない。なんとか...頼めないかな...」
「とは言ってもなぁ...」
彼の頭を悩ませる提案。
彼は本当に頭を抱え、うずくまってしまった。あの時のような威勢の良さ、覇気は感じられない。
「このままじゃ...リリィが死んでしまう。勿論、僕もアリスも」
「......」
黙りこくっても、レヴィの説得は止まらない。ここで引いてしまえば、彼だけでなく、自身も死に、守りたい仲間さえも失ってしまいかねないのだ。
なんとかして彼に助けを乞わねば。
「僕が死ねば、君も死んでしまうんだろ?」
「あぁ、仲良くな」
そう言う彼の目は、怖さによるものなのか、涙が滲んでいる。
ここまで来てやっと、レヴィは説得を止める。彼をそこまで苦しませる提案だったのか、と。
「...心配すんな。ちょっと怖がってるだけだ」
「君は強そうに見えて、メンタルだけはそんなになんだね」
ふふっと笑みを零す二人。
その姿はまるで双子のようで。
...双子なら、良かったのにな。
「...お前がそこまで言うなら...仕方なく。...めちゃくちゃ怖いけど、行ってやる」
「......本当か?」
神がレヴィの味方をしたのだろうか。これ程嬉しいと、心から思ったことはない。
レヴィが聞き返すと、ヴェリュルスはゆっくりとベンチから立ち上がり、言葉を連ねた。
「あぁ、途中で小便漏らすかもしれんから、後片付けよろしくな」
アリス並のしょうもないジョーク。否、彼の場合、本当にやりかねない。アリスに見られないようにしなければ。
「うん、頑張って」
彼はあの時のように、手をふりふりと振って。後ろ姿が遠くなっていく。だんだん、影が薄れていく。自分も、だんだん意識が薄れてくる。
「これが...」
レヴィの意識は途切れた。
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手が、腹を捩じ切る。その痛みに苦痛を露わにしながら、レヴィ元いヴェリュルスはカルヴィンを睨み、言ってみせた。
「よぉ、久しぶりだな」
「......君は...ぶっ!」
何かを言おうとしたカルヴィンの頬を殴る。カルヴィンの体は、まるで石のように簡単に弾け飛び、アリスの元まで飛んでいく。
弾け飛んだカルヴィンを見下し、蔑視の目で見つめるアリス。
「何を...!」
「命日」
彼に何も言わせる言葉はない。そう判断したアリスは、カルヴィンへと手を伸ばす。
それに対抗しようと、残った左手でアリスを切ろうと振りかざすカルヴィン。しかし、圧倒的なアリスの魔法展開の速さには劣る。
「ぬぁっ!」
一瞬、カルヴィンの位置がズレたような気がして、アリスはそのズレたカルヴィンに向かって魔法を放つ。
轟音と共に、爆炎と呼ぶべき大きな炎がカルヴィンを焼き尽くす。滴る液体と、肉が焼ける音。それがアリスの憎悪感を少しずつ収めていく。
「あぁ、愚劣」
「ッ!?」
言葉のした方向は下。下を向く前に、アリスの腹に刺さったもの。手だ。それも、男のものとは思えない程整って、細い、白魚のような。
痛みに顔を歪めながら、アリスはなんとか魔法を当てようと努める。
「当たれ当たれ当たれ当たれ!」
「ぎゃははははははははっははっはっは!」
叫ぶアリスと狂気の笑い声のコントラスト。それが、ヴェリュルスの嫌悪感を掻き立てる。
「貴様ァァァァァァァ!」
「貴方も」
カルヴィンの手刀が、ヴェリュルスの剣を受け止める。彼の手は、傷一つ付いていない。いや、付いていたとしても、血に塗れすぎて判断出来ない。
傷こそ付いてはいないものの、中身は相当堪えているようで、彼の手の骨の軋む音が聞こえる。
「はっ!骨折れてんじゃねぇのか!?」
「骨など、いらないのです。僕に必要なのは死神と邪精霊だけなのです!」
剣を、手を弾き、互いに少し距離を取る。落ち着いた様子のカルヴィンに、ヴェリュルスが語りかける。
酷く穏やかで、相手を油断させるような声で。
「なぁ、なんで天使だからってリリィを殺そうとする?俺を、俺達を殺そうとする?理由あんのか?」
「......天使については、理由は知らないのです。リビル様からの直々の命令なのですから」
リビル。その存在は、ヴェリュルスも知っている。
なぜなら──。
「...リビルのやつ、まだ生きてんのか」
「邪精霊は永遠なのです。憑依した相手が事故や事件で死なない限り、永遠なのです」
嫌に落ち着いた様子のカルヴィンへ、もう一度だけ問う。今度は邪気を孕んだ声で、嫌悪感丸出しの声で。
「............なら、今日がお前の邪精霊の命日。それと同時にお前の命日だ」
「...そんなことさせないのです。僕の権能が貴方をそうさせない!僕の!邪精霊の!権能は!」
ゆっくり、たっぷりと吸い込み、踏み出しの準備は出来た。
カルヴィンは話している途中だが、そんなものは関係ない。今、やらねば。
「──ッ!権能!」
そう言って、ヴェリュルスの剣を避ける。否、確かにヴェリュルスはカルヴィンを切ったはずなのだ。なのに、この肩を掠める手の持ち主は、
「やっぱりか。お前の権能、見抜いた」
「見抜いた...ですか?」
何とも心外そうな顔をし、口を曲げるカルヴィンは攻撃を止めない。上、下、右、左斜め上。全ての攻撃を避ける必要がなくなったのだ。
「ッ!痛っ!」
「バカなのですか?攻撃をまともに喰らうなど...」
言葉を最後まで連ねないカルヴィンは、「もういい」といった様子で、ヴェリュルスの腹を貫く。
勿論、痛い。だがそれはまやかし。全てが全て、幻覚の域なのだ。だから、
「ぐはっ!.........」
「────ッ!」
腹を貫かれても、それは痛みだけ。実際に怪我するわけでもなく、また、彼がそこにいるわけでもない。
彼のいる場所はリリィの元。おおよそ彼女の胸に狙いを定め、手で貫くつもりなのだろう。
幻覚に惑わされず、自身に目線が降り注いだことに、カルヴィンは言葉を詰まらせる。
「そこに、いるな。じっとしてろ」
「......バレましたか。ここからは本気です」
そう言うと、今まで目の前で乱舞していたカルヴィンは消え失せる。うっすらと背景が混ざり込み、だんだんと消えていく。
そして、本物のカルヴィンが目に映る。
「黙ってろ...とは言ってなかったな。黙ってろ」
そう言って、カルヴィンに踏み込むヴェリュルス。その速さには、自身で勝手に治癒魔法をかけているアリスでさえ、目を見張るものがある。何しろ、魔法展開よりも速い動きなのだから。
「ぐべぁ!」
「んっ......ふっ!」
律儀に黙って、そして棒立ちになっているカルヴィンの胸に剣を捩じ込む。
体を支えていた膝ががくりと落ちる。それと同時にヴェリュルスも剣を抜く。
「こんな......ところで...」
そう言いながら、仰向けに倒れたカルヴィン。もう、息はしていない。心臓を突いていたのか、ほぼ即死に近い状態だった。
アリスが駆け寄る。腹に空いた穴は塞がっている。
「レヴィ君...貴方、どうしたんですか?」
「ん?」
もしや、体に憑依していることがバレたのか。そんなことにヒヤヒヤしながら、アリスの言葉を待つ。
あだが、彼女の発言は予想外なものだった。
「なんで...あんなに動けたんですか?」
ほっとしたのか、それとももうレヴィにこの場を任せようと、譲ろうと思ったのか、ヴェリュルスの意識は自発的に切り離された。




