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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第一章 帝覚
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19話 “彼”との再邂逅

「なっ!?」


 驚愕に、思わず声を上げた。そこに、何故いる。今日捕獲するはずだった“unknown”が。蟷螂は二本の鎌を構え、威嚇行動をとっている。

 そして、その背後で蟷螂に手を合わせ、深くお辞儀をしているカルヴィンの姿が。レンはもう消え去っていた。


「あぁ...死神よ!我が忠誠は全て!貴方の!為に!捧げているのです!どうか...どうか私に貴方を、貴方様を操る権利をお与えくださいマシ!」


 冷静沈着を貫いていたカルヴィンの人格の崩壊。それが手に取るように簡単に、それも本人が表現する。

 何故か“unknown”のことをそうやって忠誠の的にするカルヴィン。もしや仰望師団とは皆こんなふうな性格を、口調をしているのだろうか。そうだとすれば、脅威以前に出会したくない相手なのは間違いない。


「貴様...何を...」


 その声の憎悪は、未だ抜けきれない。アリスは声を低くして威嚇する。が、カルヴィンの頭のネジはもう飛んでいる。

 「ん?」と聞こえないふりをしたかと思えば、今度は体を捩らせて叫喚する。


「貴様!そんっな言い方はして欲しくないものですね!出来れば貴方!それが好ま...シィッ!」


「黙れ、貴様にはこれで十分だ」


 そう言って白刀を鞘から抜く。純白に彩られた刀身は、仰望師団であろうと何であろうと切り裂く。そう物語っているようにも見えた。


「ふふふ...ふふふふふふふふふふふふふっはっはっはっははっ!」


 殺される。その恐怖は持たないにしても、危機感というものを持つべきだ。この狂人は。

 振り乱す程長くない髪を、首を回し、振り乱す。そして頭を掻き、つまらなさそうにただ一言。


「さぁ、殺ってくださいまし。ワタクシが援護しますので」


「ぇ......?」


 脳を持たず、コミュニケーション能力をも持たないはずの蟷螂が、彼の言葉に反応した様に動き始める。一、二本目の右足を前、それと同時に三本、四本目の右足を後ろへ。それを左右非対称に繰り返し、蟷螂はレヴィ達に近付く。


「...あぁ、帝都では死神をよく研究してないんだってね。最も、研究なんかして解剖とかしたら...僕達が殺すけどね」


 邪気を含ませた声。アリスの憎悪を孕んだ声に似ているが、狂人なだけある。桁違いの悪寒が身体中を駆け巡る。

 その眼光に射られただけで、声を耳にしただけで、体がすくむ。


「生憎貴方達は今日死神を殺す予定だった身。どうなるかは...分かってるね?」


「こちらこそ生憎、今回は捕獲しに来た」


「なんっ.........と!捕獲!しかし...捕獲してから解剖でもするのでしょう?あぁ、劣悪!愚劣!卑劣!粗悪!野卑!卑俗ぅ!あぁぁぁぁぁぁぁぁああ!貴方達のその悪を!取り除いて差し上げましょぉおおおおおう!」


 恐怖に、悪寒に打ち勝って言葉を放ったのはレヴィ。

 その言葉に、阿鼻叫喚する狂人。黙っていれば聖なる使徒ともとれる男。だがその本質は狂気に染まっていた。

 よくここまで言葉が出てくるなと感心する程、それと同レベルに、恐怖が湧き上がる。吐き気と頭痛。狂人に出会した時の拒否反応か何かだろうか。


「んふふ......それは僕の邪精霊の力ですヨ!」


「じ、邪精霊の力...?」


 口を開くも、すぐにその口は嗚咽感によって閉じられる。

 同じ様に口を開くことが出来ず、口を曲げて剣を握るアリスの姿が横目に映る。彼女もまた、嗚咽感と頭痛に苛まれているはずだ。その状態で、彼女は戦闘を行う気だ。


「アリス!よせ!」


「.........」


 アリスは主人の命令を聞いた。圧倒的反応速度で飛び出そうとした足が、ピタリと止まる。

 その賢明な判断を見て、レヴィは安堵に胸を撫で下ろす。そして、気分の悪さに苛まれながら口を開いた。


「お前の...邪精霊の力は...?」


「なんと...まだ分からないのですか。僕の邪精霊の能力は幻覚です。更にそれは、僕が忌々しく思っている人間程強く働きかけます。つまり!貴方がたがそこまで苦しんでいるということが!僕の!私の!逆鱗に!触れたと!いうわけなのでぇえす!」


 アリスはふと顔を上げる。思い出した。あの時、彼が言った言葉の意味を理解した。「僕の力が...効かない?」それはつまり、あの時彼は自身に嫌悪感を抱いていなかったからなのだろう。


「お前は...何であの時...村を壊した...?」


 途切れ途切れの言葉を、耳に手を当ててしっかり聞き取るカルヴィン。その様子に、もう既に気が狂うどころかタガが外れそうな程の嫌悪感を抱く。


「.........仰望師団の王座に座す人の命令だったからだ」


 冷静さを取り戻し、紳士の様に佇むカルヴィン。その手足はくねくねと踊らず、綺麗な姿勢で彼女に言った。

 だがそれも一瞬のこと。再び腕を地面に付き、顔を上げて、まさに犬の様な格好で、


「だがしか〜し、今回、貴女の様な素晴らしいお方を殺す命令が下ったのでぇす!おめでたやおめでたや」


「私を...殺す...か。あの時殺しそびれたからか?」


 彼女に思い当たる節はそこら辺でしかない。他に彼ら仰望師団と関わったことなどなかったのだから。

 仰望師団。その言葉を思い浮かべる度、すげ替えられた仮両親の首が思い浮かぶ。


「...貴女まさか記憶を...?」


 彼が続けて、「もういいです」と言う。その目は殺人鬼の目だ。

 一方、レヴィはずっと考えていた。否、イメージしていた。もう一度“彼”に頼れば、この状況を打破出来るのではないか、と。


「約束したのにな......」


 そう、彼と約束。誓いに近いものを交わした。否、自身の中で、自分と誓ったのだ。もう、彼には頼らず、自分自身の力でアリスを救って、守ってみせる、と。


「レヴィ君?」


 心配する彼女の声は届かない。蟷螂が再び進行を始めた。もう紫龍とは十センチと後数ミリ。このままではもう、二人とも。紫龍さえ助からないだろう。彼、カルヴィンの目も、もう獲物を狙うそれに成り代わっている。自身ではもう助けられない。太刀打ち出来ない。だから──。


「僕に、力を貸せよヴェリュルス!!!」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 暗い部屋。否、部屋というよりかは暗い場所としか言えない様な、それ程暗い場所。なのに、“彼”の姿だけは明かりに照らされた様にはっきり見えていて。


「呼んだか」


 先の征伐戦ではあれほど痛めつけられ、トラウマを背負っていてもおかしくないのに、レヴィは安堵した。嘆息を零し、彼をまじまじと見つめる。そして思い出そうとする。「この人の名前は何だったっけ」


「.........」


「呼んだかっつってんだよ」


 そう言ってレヴィの溝に蹴りを入れる“彼”。その行為に、レヴィは怒りはせず、ただ笑顔を見せた。

 彼がとった行動に、気持ち悪さでも感じたのか、“彼”は踏襲を止めた。


「んだよ、気持ち悪ぃ」


「ごめんごめん。反応が遅れたね。呼んだよ」


 反応が遅れただけでここまで非人道的な行動をとる人間がいるものだろうか。だが、レヴィはそんなこと、考えもせずに謝罪の言葉を述べる。

 そう、“彼”を呼んだのは他でもない、アリスの為だ。


「何の用だ」


「...見てなかったのか?」


 短い言葉を一貫して貫く“彼”に、不思議に感じたレヴィは起き上がりながら問う。同一人物で、意識を共有しているなら同じ風景を見、同じ感情を持つものなのではないのか。

 後々になって考えれば、後者は有り得ないと切り捨てることになるが。


「前言わなかったか?俺はお前じゃない」


「.........初耳だよ」


 彼の答えは意外なもので、レヴィは反応を遅らせざるをえない。自分は“彼”じゃ、“彼”は自分じゃない。それが事実だとすれば、“彼”は何なのか。


「まだお前に教えるには早い」


「な、何それ...」


「......でも、教えてもないのに、何でさっき俺の名前が分かった?」


 レヴィが考え込んでいた疑問に行き着く。そう、レヴィは確かに“彼”の名前を叫んでいた。助けを、求めた。なのに、その助けを求める相手の名前を忘れるという醜態を晒した。


「君...名前なんだっけ...」


 力なく質問するが、彼の応答は素っ気ないもので、手をWの字に曲げ、言った。


「さあな」


「えぇ......とにかく、助けて欲しいんだ」


 今、レヴィの頭の中には、大量の問題が発生している。

 一つ目は今の外界の状況。蟷螂と狂人に挟まれ、危機一髪という言葉がまるでぴったり当てはまる。

 二つ目は、“彼”が手を貸してくれるかどうか。アリスを人質にとっているような感覚だが、状況を打破する為には“彼”の力が必要不可欠だ。

 三つ目、これは後々。征伐戦及び捕獲戦及び、仰望師団対峙の後の話だが、リリィの慰め方だ。レヴィの言葉が最後となり、彼女はいっこうに部屋から出てこようとしない。自殺している。という心配は必要なさそうなのが、この案件を一番簡単なものにしている原因だ。

 四つ目。征伐戦及び捕獲戦の捕獲が完了した際に活躍することになる傭兵が、時間差でこの場所に来てしまうことだ。運悪く、戦闘が長引いて傭兵達が到着してしまえば、彼らも巻き添えになることは不可避だろう。


「何をだ」


 個人的には一番目と二番目が一番大きな問題だが、二番目が叶わなければ、四番目の問題が花開くことになってしまう。ならば、最も犠牲を少なく済む方法は。


「...とにかく八方塞がりなんだ。君の力を借りれば、その状況を打破出来るかもしれないんだ。...頼む、力を貸してくれ」


 地面と言えるだろうか。とにかく地べたに額を擦り付け、土下座と呼ばれる態度を取る。

 彼は土下座をしたことがない。人に頼んだことなどないし、あっても「頼む」の一言で片付く話だ。逆に、土下座される方が多いのではないだろうか。故に、やり方こそ分かっていても、体がしっかりその行為を出来ているのか。それは分からない。そんなことを気にしている場合ではないからだ。一刻も早く、この状況を。


「そんなことしなくても、アリシアが危険なんだろ?」


「ま、まぁ、アリシアだけじゃ済まないかもだけど...」


 少々彼の言葉に語弊はあるが、アリスが危険なのも、周りの傭兵達が危険なのも事実だ。予測された事態に迅速に対応する。それが、「次期王が誰かに土下座する」という対応方法だとしても、それは次期王としてすべき行為なのだと割り切れる。


「分かった。出て行けばいいんだな?」


「まぁ、そうだけど...」


 彼は再び、暗闇から消えかけた。だが、その行為は起こらなかった。否、彼が途中で行くのを止めたのだ。


「ど、どうしたの?」


「......いや、敵はなんだ」


 「なんだ、そんなことか。ヒヤヒヤさせるなよ...」と呟きながら、レヴィは立ち上がる。そして、敵の本質、そしてその特徴を口にする。


「敵は前と同じように“unknown”今回は蟷螂型だ。足が十本あって、とにかく気持ち悪い。あと──」


「時間がない。簡潔に言え」


 言葉を遮り、彼は言う。何故か、その言葉には余裕がないように見えた。

 否、言葉だけではない。彼自身に、余裕がないように。


「敵は蟷螂型の“unknown”と仰望師団だ」


「仰望師団......」


 仰望師団とは、と説明しなくてはいけないのか。それはもう、狂人の中の狂人。言葉に、表せない程の狂気に満ちていて。と、口に出す言葉を頭に浮かべる、と。


「それは“邪精霊仰望師団”か?」


「ん?あぁ、そうだ。でも君なら一発で...こう!だろ?」


 拳を突き出し、「一発でけちょんけちょんだろ?」というふうに表現するレヴィ。だが、それを“彼”は見ていない。レヴィから目を逸らし、ただ口にした。


「すまない。いくらアリシアの命がかかっていても、俺は外に出れない」


 暗い部屋は、白い部屋に変わっていた。

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