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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第一章 帝覚
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1話 帝都の魔女

本編開始です。

 朝、目が覚めた。


 小鳥の小さな囀りと、煩いくらいに響く遠くの鐘の音。これらが聞こえてくると、起きたという実感が湧く。


「...もう朝か。」


 背伸びをして、窓の外を眺める。

 いつも通り、見えるのは活気付いた商人達とレンガ造りの街並み。


 服を着替えると、目を覚ました男の容姿はがらっと変貌する。

 黒を基調とした王族の服。それを着用した彼の身は、かなり引き締まっているように見え、何処かの剣士のように頼りに見える。が、この男、レヴィ・ルーナは全くもって戦闘経験がない。それどころか、戦闘に出してはいけない人間なのだ。

 何故なら。


 王家の末裔だから、という理由ではない。それも重要な理由の一つであることには違いないが、


「おはようございます、レヴィ君。今日も使えもしない魔法の特訓ですか?」


「うるさい、黙ってろ」


 理由はもう一つ。魔法が使えないことだ。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「unknown」


「へ?」


 唐突に父、イヴァン・ルーナの口から放たれた怪物の名前。世界を震撼させた怪物。unknown。


「unknown、明日の話ですか?」


 そう言いながらレヴィの横でパンを齧っているのはアリシア・スパークス。

 たわわに実った胸と、黒髪の艶、薄紅色の唇が、整った顔を更に色気付かせて映えさせる。

 メイドのくせにメイドとは思えない服装、なのに頭のメイド御用達の何かはしっかりと着いている。

 身元は不明、元の住所も不明、年齢も不明の謎っ子だ。最初の頃はそんな彼女を不完全燃焼したような顔で見つめていたレヴィも、そろそろ慣れた頃である。


「そうだ。...正直、心配でままならん。レヴィ、本当に大丈夫か」


「大丈夫...だと思う。なんか、至高の鍛冶師が作ってくれた剣が今日届くんでしょ?僕に持てる重さだったら大丈夫だよ」


「レヴィ君、自分のひょろひょろさを自覚してたんじゃなかったんですか?」


 そう、言われるがままに打ちのめされる心は放っておいても、服のせいで騎士のように見えるのはまやかしなのだ。

 騎士のように、魔法使いのようになりたいと望んできたレヴィはそれらにずっと憧れていた。が、魔法は使えない、剣も振れない。

 となれば、大人しく椅子に座って国の統治について勉強する方が幾分かましだと自分で判断した。


 だが、父から持ちかけられた話を拒否する理由はなかった。即答だった。


「ひょろひょろなのは自覚してる。けど、アリシアこそひょろひょろじゃないか。魔法は凄いけど...剣とかは持てるのか?」


 そう、アリシアはルーナ帝国随一の“魔女”と呼ばれる存在。

 彼女の存在は、帝国にとっては大吉。敵対する国々にとっては大凶と出た。

 最初は対人間用兵器と称されたが、“unknown”が世間を騒がせてからは対“unknown”用兵器と呼ばれるようになった。故に、


「持てますよ、剣くらい。ひょろひょろが心配ならボディビルダーになりましょうか?」


 笑いを含ませながら言う。

 それもいいかもしれないと言い返そうと思ったものの、その気はすぐに失せた。


「もうなんでもいいよ...で、今日は何をすればいいんだ」


「ええと...」


 指を顎に当て、可愛らしい仕草をとる。

 本人曰く、これは癖で、あざと可愛くやっている訳では無いらしい。


「とりあえずこのままで大丈夫です。明日に備えてゆっくり休んでください」


「わかった、休むよ」


 明日の征伐戦が主な原因だが、なかなかテンションが上がらない。思い描いていた出兵をイメージ出来ず、虚弱な挨拶を最後にレヴィは食卓から退室した。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 イヴァンから流れ込んだ仕事をこなし、新鮮な空気を吸おうと自室を出る瞬間、開きかけの扉の向こうから、突風とともにアリシアが流れ込んでくる。


「...ととっ。もうそれにもビビらなくなったぞ」


「そうですか、じゃあもっと素早く入ります」


 流れ込んできたアリシアを受け止める。

 さらに、嫌味に嫌味を重ねるアリシア。

 だが、レヴィはそれを嫌だとは思っていない。寧ろ心地よいくらいの毒舌だ。

 王家の人間だと知れると、誰もが謙遜して自分のことを様付けで呼び、距離をとる。

 アリシアのように好意的に接してくれる人間がいると、心が休まる。


「そうかい、で、要件は何?」


「私と子作りしてください」


 こういう予想も出来ない冗談もそろそろやめて欲しい、と言えない状況に唾を呑む。


「そういう冗談はいいから。もっと重要なことなんだろ?」


「この話題のどこが重要じゃないんですか?」


「お前なぁ...」


 冗談だと分かっていても想像してしまう自分が情けなくなり、額に手を着くレヴィ。

 赤面したレヴィをからかうようにアリシアがトドメを刺す。


「好き」


「いい加減にしろ」


 冷静な態度で言い返すが、その内心は地震が起きたように揺れ動いている。

 この動揺を彼女に悟られれば、彼の本心がバレてしまうだろう。


「はーい、じゃあここまでにしましょうか」


「うん、それがいい。で、要件は?」


 レヴィは構える。次の突拍子もない発言に備えて。


「明日は貴方の命日になるかもしれません。なので、街でも散歩してきてはどうですか?街に別れを言うチャンスです」


「生憎僕は明日死にたくない」


 死にたい人間などいるものか、と言いたいところだが、実際に自殺をした母親を目視した過去が原因となって、その気は失せた。


「分からないでしょう?私が明日レヴィ君を死守出来ないかもしれないし、逆に全員無事で帰ってくるかもしれないですし」


「後者に賭けるよ」


 そう、王である以前に一人の人間として、後者を望み、前者の状況にさせないことが正義だ。

 その固定観念は、悪魔がどう足掻こうが揺るがない。


「いくらですか?」


「金じゃねぇよ」


「えぇ...」


 つまらなさそうに頬を膨らませるアリシア。

 金ならこいつも幾分か貰っているはずだ。

 買い物している所も見たことがない。何が欲しいと言うのか。


「アリシアなら何を賭ける?」


 素朴な疑問。


「賭けるものなんて何もありませんよ。強いて言うなれば体ですね」


「お前頭狂ってんのか」


 下ネタの多い変態女。だが、その卑猥な話も、何もかもがレヴィにとっては楽しいものだった。こうして話す相手が今まで父親以外にいなかったから。


「何にしろ、最後かもしれないので街を散策してみては?」


 レヴィはある提案を思いついた。


「アリシアも行こうよ」


 淫猥な手を伸ばされたように体を気持ち悪そうに捩らせるアリシアに、レヴィは不快を顕にする。


「不快なのはこっちだよ。散歩に誘っただけでなんでそんな顔されなきゃいけないんだ」


「不快というかなんというか...つまりはデートに誘われたわけですね、私は」


 否定も肯定も出来ずに首が固まる。頷くべきか、首を振るべきか。結局なところ、何も出来ずに突っ立っているだけだった。


「まぁ...いいですよ。支度は済んでいますか?」


「散歩に支度がいるのか」


 聞いたことがない。散歩に支度をする人など。

 だが、彼女は頭にハテナを浮かべ、その後レヴィを馬鹿にしたような顔でニヤつく。


「散歩の支度の仕方も知らないんですか?まず、リュックにあれとこれを詰めて...」


「お前は散歩を山登りと勘違いしてるのか...」


 間違っている、誤っている。

 そう確信してから、彼女の狂行を止めるまでにそう時間はかからなかった。

 時間がかかったのは彼女に散歩に行くのに必要なものを説くことだった。

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