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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第一章 帝覚
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18話 レン・フォーサイス

「......ス!アリス!」


 意識が覚醒する。目を開く。映るのは自分を心配そうに見つめる主人の顔。今にも泣き出しそうに口をへの時に曲げて、彼は叫ぶ。


「レヴィ君...」


 主人の名前を口にしながら、微かに痛む頭を抑えながら、横たわっていた床に手をつく。支点にした腕を伸ばし、体を起こす。

 ただそれだけの行動に、レヴィは背中を支えてくれる。


「優しすぎませんか?」


「えぇ...?」


 褒め言葉で言ったはずが、逆に彼を混乱させてしまったらしい。頬を掻きながら、彼は目を逸らす。そんな可愛らしい反応を見ると、先程までの悪夢が嘘のように感じられる。

 思い出していたのは、過去の生活のこと。そしてその生活が終焉を迎えた日のこと。


「なんか...悪夢を見ていた気が...」


 そうレヴィは言う。彼も同じように過去のトラウマを掘り出されたのだろうか。同じように頭を擦り、痛そうにしている。


「......って、あれ?私さっきまで紫龍に乗っていて...」


 そう、彼女は悪夢に引きずり込まれる前、紫龍に乗り、轡を引いていた。

 うたた寝をしても紫龍から落ちないように、高価な鞍を使ってはいるため、転落の心配はいらなかった。だが、彼女が驚いたのは、目が覚めた時に竜車の荷台に寝転がっていることだった。


「あぁ、凄いバランス感覚で寝てたけど、危ないかなと思ってこっちに移動させたんだ」


「ふー...ん?」


 このひょろひょろのレヴィが彼女を移動させたというのか。火事場の馬鹿力でも発揮すれば出来ないことはなさそうだが、火事場というわけでもない。

 彼女の中で、何かが引っかかった。


「レヴィ君が運べたんですかぁ?」


 真面目には聞けない。理由は恥ずかしいから。それだけだ。

 だがそれは質問に限った話ではない。真面目な話をしようとしても、どうしても顔から火が出そうになるので、仕方なく冗談に、からかいに乗せて話を進めるしかない。

 自身でも、悪い癖だなとは自覚しているものの、それを直そうとは思わない。


「うーん......あんまり覚えてないんだけど、力がふっと湧いてきて...」


「ふっと...?って何馬鹿なこと──」


「魔女でもあろうお方が、随分と油断をなさったようだ。一年前とは大違いですね」


 レヴィとの楽しい、嬉々とした会話に口を挟む男の声。聞き覚えのある、脳が恐怖と憎悪に混ぜて覚えた嘴の入れ方。

 再び、一年ぶりに聞いたその声が、数秒でアリスの感情を沸騰させる。

 紫龍の前から登場した男は、彼女の激昂に肩をすくませる。カルヴィン・ギャレット、仰望師団がそこにいた。


「ッ!カルヴィンっ!」


 これでも抑えている方だと自分を宥める。が、溢れ出す憎悪、嫌悪は吹きこぼれを止めない。

 隣にいるレヴィが「なんだ?」という顔をしていても、そんなもの目にもくれない。


「おやおや、そこまで怒らなくても。ただ頼まれて来ただけですよ」


「ボクもいるよ〜」


 頼まれた、頼まれて殺しに来たのか。自身の立場をきちんと弁えているカルヴィンは、冷静にそう言う。

 更に背の高いカルヴィンの後ろから出て来たのは、丁度数時間前に出会したレンだ。その時との相違点は、彼が“彼女”に見えたことだ。


「女?」


「今朝は男装してたんだよ〜。ボクは一日のうち、午前は男装、午後は元の姿。つまり女の姿に戻っているのさ」


 そういうボクっ娘の今朝との違い。一目瞭然だ。何やら猫耳が生えていること、目が大きくなっていて、頬が少し高潮している。声も一オクターブ上がり、女声に。更には服装も、裾の短いドレスの様だ。純白のドレスは、砂埃一つ着いておらず、彼、彼女の心の潔白さを表している。

 だが所詮は仰望師団。アリスの激昂は増すばかりで、


「貴様...よくここに来れたな」


 厳格で冷たい言葉で威嚇をするアリス。しかしそれは仰望師団という狂人の心を揺るがすことなど出来ない。

 逆にレンを不機嫌にさせ、


「キミがここにいるから来たんだよ。まず、キミには死んでもらう。ボクの不機嫌を促したからね。まぁ、ボクが手を下したらレヴィ様に嫌われちゃうから、カルヴィンに殺ってもらうよ。ボクが殺りたいのは山々なんだけどね、そうしたら、レヴィ様も一緒に死んでしまうから、仕方のないことなんだよ」


「ペラペラと御託を並べて。偉くなったつもりですか!仰望師団というだけで人間の...いや、全生物の中で最も下等生物なのに!」


 仰望師団という存在そのものを否定し、蟻やゴキブリ、それと同等。もしくはそれ以下の最低な生き物だと説くアリス。その言葉ですら正当性を欠くほど、アリスは余裕を失っていた。


「アリス、落ち着いて」


「触らないで!」


 彼女を落ち着けようと背中に触れようとしたレヴィ。その手を払い除けるアリスの目は、もう仰望師団しか見えてはいない。「好き」と言った主人の声も、今のアリスには届かない。寧ろ逆効果だ。


「ほら、レヴィ様。そんな野蛮で卑劣愚劣な女よりも、こっちの方がお淑やかで、潔白で、優しくて、体も豊満で...はないけど、とにかくボクと主従関係を結んだ方が貴方の為になりますよ!さぁ!」


 そう言って手を広げるレン。彼女の言葉には、今のレヴィを説得する力がある。特に、アリスに冷たくされた後なのだから、心が揺らぐのも仕方ない。


「で、でも...君は仰望師団だ」


「......」


 彼は踏み止まった。仰望師団の手に落ちることなく、アリスの元で。彼女の主人であることを選んだ。それが拙く、彼女に不釣り合いな主人だとしても、彼は彼女の元で生きることを決めた。

 アリスの故郷の話を、彼女の仲間が全員殺された元凶が仰望師団でなければ、彼は揺らいでいた。


「レヴィ君は私の主人です。貴様のような子供に相応しい相手じゃない。さっさと消え失せろ」


 立ち上がって手を振るうアリス。

 いつにも増して暴言が酷い。これはシーエ並なんじゃないかとレヴィを感心させ、彼は苦笑いする。


「ボクを...選ばないんですか?」


 声量と覇気の薄れた声。悲しみを、哀しみを包んでレヴィに渡す、その声。擲つではなく、そっとプレゼントのように渡す様に放たれた声は、レヴィに届いた。だから、


「...アリスがいなければ、君が仰望師団でなければ少しは心が揺らいだかもしれない」


「──ッ!」


 「アリスがいなければ」その言葉に目を開かざるを得ない。自身の代わりにこんな仰望師団の連中がレヴィを、現主人を世話する。それを想像するだけで湧いてくる憎悪。レヴィに対するものじゃない。レンに対するもの。それはもう、抑えられない。


「そこの女が...いなければ...仰望師団じゃ...なければ...」


「貴様...殺す」


 邪精霊に取り憑かれたかのように憎悪を孕んだ雪の声。蓋を乗り越え、壁を乗り越えやって来た感情は、後退することを知らない。アリスは無我夢中に叫んでいた。


「殺してやる!貴様のようなガキが!我が主君、レヴィ君に...レヴィ様に恋をするなど!許さない赦さない!殺してやる!仰望師団纏めて私が!殲滅してやる!」


 当人であるレヴィが、唖然に口を開き、目を見開く程恐ろしい嫉妬心と執着心。レヴィにはこれの正体が何なのか、すぐに理解出来た。

 「好意」「恋」「愛」どれも違う。彼女は彼に依存しているだけだ。


「怖いよ。それにレヴィ様にそう言われたら仰望師団抜けるし、それにキミも殺すし。...さっきも言った通り、ボクが手を下すわけじゃないけどね。カルヴィン、殺っちゃって」


 仰望師団を抜ける。そんな簡単に発せられた言葉。仰望師団はそんなに簡単に抜けられるものなのか。レヴィを震撼させる。なら、全員が恋でも何でもして、それを餌に仰望師団を抜ければいいだけのことじゃないのか。

 だが、それは違うようで。


「全く...レン、君は感情を持ち過ぎだ。仰望師団は本来感情を持たないものなんだよ?別に感情があるからダメってわけじゃないんだけど。...承知した」


 本来感情を持たないもの。それが仰望師団。その言葉に、レヴィは一喜一憂する。予想が、アテが当たれば仰望師団を違う意味で抹消することが叶うはずだったのに。

 カルヴィンは、言い終わると──。


「ッ!」


「レヴィ君!」


 レヴィが反応に遅れ、小さな声を零す。アリスが彼を守ろうと、カルヴィンの攻撃を止めようと剣を抜く。

 だが、その攻撃を止めたのは他でもない、仰望師団のレンだった。


「何してるの?ボクが殺せって言ったのはこのアリシアって女の方だよ」


「感情に惑わされるな。僕達の使命は次期王とその従者の命だ」


 感情に怒りを含ませるレンは、カルヴィンを軽く脅そうと顔を近付ける。だが、それに微動だに反応しないカルヴィン。彼は静かに、彼女を諭すように言う。

 だが、彼女は聞く耳を持たない。


「...何?やるの?邪精霊ありでやろうか。じゃあ、三、二──」


 近付いた額を彼の額に押し当てる。そして脅迫するようにカウントダウンを始める。それには流石のカルヴィンも引いた様で、押し付けられた額を離し、仰け反る。


「分かった。僕が間違っていた。君とやりあうのだけはごめんだ」


「分かればいいんだよ。殺すのは女だけね」


「...承知した」


 そう口にすると、今度は瞬間的に行動しない。アリスの反応速度を恐れたのか、あるいは作戦を自身の脳内で練っているのか。

 それはどちらも違うようで、彼は去り際のレンに話しかける。


「お使いしてもいいかな?」


「いいんじゃない?あの方でしょ?」


 凡人、王家の人間であるが、思考が凡人な人間には、何が何のことかわけが分からない。ただ、何か嫌な予感だけはしていて、


「じゃあ...」


 カルヴィンが手を上げ、空を仰ぐ。

 レンは、特別大きな反応をすることなく、その行動をとる彼を他所に、レヴィに言う。


「レヴィ様!また今度会いましょう!愛してます!」


 投げキッスの仕草を両手でするレン。その姿には、流石に沸騰も終わったのかアリスも反応することはなかった。

 彼女の目はカルヴィンの動きに囚われていた。


「あぁ、神よ...邪精霊よ...我が主君を!死神を!顕現させてくださいマシ!」


 様子の変わったカルヴィン。その声は裏返り、何か尊敬する人を仰ぐ様にへりくだった言い方だ。そんな彼の態度に見とれていたのはほんの一瞬だけ。

 彼から注意を引いたのは、大きな羽音だった。


「な、なんです?」

「なんだ?」


 羽音はだんだん近付いてくる。それは、レヴィ達の紫龍の上空辺りで止まり、


「!?」


 そこに着地したのは、彼らが今日征伐戦で戦うと思われていた“unknown”の姿があった。

 茶色が体色のほとんどを占めており、大きな羽はしっかりと畳まれて体にフィットしている。八本の足は虫の様に細長く、しかししっかりと体を支えている。長く伸びた首、その先にある三角形の頭。

 そう、彼らが目にしたのは大きな蟷螂。それも足が十本もある、バケモノと呼ぶに相応しい生き物、否、死神だった。


「さぁ、我が死神に誘われて死ぬがイイ」

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