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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第一章 帝覚
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16話 邪精霊仰望師団

 早朝、目が覚めた。


 いつもより幾分か眩しい陽光と、いつもとは違う部屋の天井が目に入る。いつもと違う匂い、女の子の部屋の匂いに、女の子らしい部屋の飾り付け、物。

 そして横には本物の女の子──。


「アリス、起きよう」


「んぁ〜...もうちょっとだけぇ〜...」


 そう寝惚けて言う仕草は、可憐さを失っている、本質のアリスの様な気がして、レヴィの気持ちは高揚する。気丈に振る舞ういつものアリスから垣間見える本質は、いつも少しだけ。だからこうして長い間だらしない格好を見ていられるのは、なかなか良い気分なのだ。


「だからって......」


「......すぅ...」


 服を捲し上げ、ポリポリとお腹を掻く仕草にはおっさん臭さを覚える。いくらなんでも彼女は淑女の見習いなのだから、そういうところは弁えてほしいと願う。

 でも、今日だけはいいのだ。寝過ごさなければなんでも。


「ア〜リス。起きよう、もう八時過ぎだ。征伐戦、早く終わらせる為にも早く起きよう」


 恋人の様な雰囲気。たった一人で気恥ずかしくなったレヴィは、布団で顔を隠す。彼女はそんな彼を見てはいないのに。


 本日、5月20日は、第二次“unknown”征伐戦の作戦実行日だ。別に時間制限もなく、何時から始めろというわけでもないので、ほぼ自由に「ただ狩ってこい。いや、捕獲してこい」といったざっくりとした命令が記憶にある。


「アリスっ!起きろっ!」


 気恥しさを紛らわし、即座に立ち上がるレヴィ。

 叫び声と共に、布団を引っ張り、包まっていた彼女をくるくると空中回転させる。

 その衝撃には、流石の彼女も目を覚まし、声を上げた。


「ぅわあ!」


 超高速で横回転するアリス。その直後、ベッドの上に着地した瞬間に彼女の上に横たわる──抱き着くレヴィ。やめろやめろとジタバタ動く彼女を笑顔で押さえつけながら抱き締める。

 遂には我に返ったアリスも、そのノリに乗ってきたのか、モフっという効果音と共に抱き着きにかかる。


「起きたか」


「起きたよっ」


 思えば、この、こんなやり取りを昨夕もしたような気がする。いや、していた。

 リリィの頬に傷を付け、レヴィに怒られて拗ねたアリスは、自室へ全速力の徒歩で向かい、鍵を掛け、布団に包まっていた。そこに駆けつけて、彼女に笑顔で状況説明したのが昨日のこと。

 リリィの泣き顔に、少しばかり罪悪感を覚えたのはもう忘れよう。もう彼女とは何の関係もない。ただのビジネスパートナーの一人であると認識しよう。


「本当に許嫁の関係は切ったんですか?」


「もう...何回言った?切ったよ」


 彼女の執念深さには余程のものがあり、おおらかで何も気にしない性格のレヴィでさえ、息を呑む場面がある。さては蛇年生まれか。


「私も少ししつこかったです。すみません」


 自分の失言、失態を悟ったかの様に謝罪を述べるアリス。その顔は本当に反省しているのか、と疑ってしまう程軽い表情で。

 そしてもう一つ、言葉が引っかかった。


「私もって...」


 「も」。その言葉の意味は何だろう。レヴィは全くしつこくない。諦めろと言われれば諦めるし、諦める必要がなければいつまでも執念深く...ここがいけなかったのだろう。

 だが、彼女にはそんな一面を見せた覚えはない。これらの情報からすると、これはただの彼女の冗談ということになる。

 冗談なのか本心なのか分からないのが、彼女の一番謎な部分だ。要するに、冗談か本心かを特定するのにここまで時間がかかるということ。無駄な時間だ。


「それより、リリィさんのアフターケアはしなくていいんですか?」


「...なんで?あの子、思ったより心折れないタイプだよ」


 いつの間にか「鼠」から「リリィさん」というふうに変換されている彼女の言葉。彼女なりに彼女に心を開いた結果なのだろうか。どちらにせよ、レヴィからすれば微笑ましい。

 そして彼女の性格だ。恐らくレヴィが今まで出会ってきた女の子の中では一番心が折れないだろう。


「何言ってるんですか!これだからレヴィ君は...」


「え?な、何?」


 違うのか。動揺を隠すことをしないレヴィの肩に、アリスは緩いパンチを入れる。

 強化魔法がかかってなくてよかった...と安堵したのはほんの一瞬。ほんの一瞬だけ、彼女との話から気を逸らした。だが、彼女の言葉の内容次第ではまたこちらに戻ってきてしまうのだろう。


「あれだけ気丈に振舞っている人こそ、内心は凄く脆いんですよ。あの凄く...忌々しく光る笑顔の裏で、どれだけ涙を流しているか...」


「ぇ...」


 彼女がリリィの心配をしているから驚いた。というわけではなく、彼女の弱さを見たことがないから、彼女は強い人だと思い込んでいたから驚いた。

 強く見える人程弱い。その解釈は間違っていない。だが、彼には信じられなかった。

 ...彼女が弱い?涙を流している?そんなことがあっていいのか。


「彼女はレヴィ君が思っているよりも弱い。私よりも弱い。私が拗ねただけであんなになったのに、彼女がそれだけで済むわけがないでしょう?」


「...それもそうか...そうだな」


 自身で自身の行いを「あんなになった」と表現するのは少々の自尊心が垣間見える。

 彼女が、リリィが布団に涙を擦り付けるだけでは済まないというのか。ならば──あの笑顔の裏に潜んでいる影が、いくつもあるというのか。


「元許嫁として、きちんと責任取ってきてあげてください」


 責任は取らなければいけない。それは分かる。が、一つ問題が。


「......それでアリスは怒らないのか?」


「責任を取る時くらいは我慢しますよ。そこまで私はお子様じゃありません」


 お子様じゃないと言い張る彼女だが、恐らくその心情の変化は昨日今日のいちゃつきが原因なのだろう。それらが彼女の心を、満たされない心を少しでも満たしたなら、彼も本望というものだ。


「そうか、でも...どうやったらいい...?」


「すぐに他人任せになるのがレヴィ君の少し、ほんの少し悪いところですね」


 ほんの少しと付け足すところに彼女の優しさが見える。これがなければ、レヴィの心は壊死してしまう。何故か。自慢じゃないが、メンタルの弱さには自信があるからだ。


「ま、まぁなんだ。一人でやっていけることなんてそう多くないんだし...」


 そうして逃げる彼の言葉は、努力家には通じないだろう。強いて言えば一匹狼の努力家というレヴィが憧れている存在にとっては。


「はいはい。分かりました。...取り敢えず、一日いちゃついてきたらどうです?」


「それした後に突き放される身にもなってみてあげろよ...」


 そう、いちゃつくのには問題が少々ある。一つはさっきレヴィが言ったように、いちゃついた後に冷められては、レヴィのもそうだが彼女の心がもたない。かと言って最初から彼女に冷たく当たるのは違うと思う。


「確かに、まぁ、余計傷付きますかね...」


 そしてもう一つの問題。それはいちゃついた後の問題などではなく、レヴィ本人の問題。


「それに、いちゃつくのはアリスだけで十分だ」


「レヴィ君...なぁ〜にキザなこと言ってるんですか!馬鹿なんですか?」


 静かに間を取り、何か思わしげな空気を作った後、それをすぐに崩壊させる。その後に続く言葉には、何やら棘のようなものが沢山付いていて。


「違うよ!アリスといちゃついたら疲れるから、一人だけで十分ってことだよ!」


「ふーん...」


 理解しなさそうな、空を仰ぐアリス。その態度にレヴィも意気消沈し、


「分かってないな...」


 その時、アリスでもレヴィでもない誰かが扉をノックする。その質感を表現する音で、レヴィは誰がノックしたのかを理解する。使用人の一人だ。


「レヴィ様。来客でございます」


「来客?」


「お外で、門外でお待ちです」


 そう言って二人の元に近付く。何か疚しいことをされるのではと肩を抱いたレヴィは、それが見当違いなことを理解する。

 彼女が止まり、指を指したのは窓の付近。彼女が指差した窓の奥には、外門の外に佇む少年がいる。


「そっか、誰?」


「私はお会いしたことはありませんが、レン・フォーサイスという方だそうです」


 それを聞くなり、聡明な記憶力を辿り、その名前を見つけようとする。が、それは出来なくて。


「......僕も聞いたことないな。まぁいい。行くよ」


「レヴィ君」


「どうした?」


 今度はアリスが肩を抱き、凍えるように体を震わせている。

 何事か分からないレヴィは、ただそう言うしかなかった。


「精霊が疼いています。何か...嫌な予感がします」


 精霊が疼く、ざわめくというのは、精霊が感じる悪寒と言っても過言ではない。つまり、彼女の精霊は今、不快感を覚え、震えているのだ。それを感じ取るアリスもまた、同じ悪寒に震える。


「...嫌な予感。分かった。アリスも一緒に行こう」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「こんにちはっ!」


「え?」


 門を開き、佇む少年の目がこちらを見、またこちらも彼を目に捉えた瞬間、予想だにしない言葉が向けられる。

 特別大きな声で叫んだわけでもないが、突然の言葉に驚き、肩を跳ねさせるレヴィ。

 「こんにちはっ!」と叫んだ少年の姿、顔は至って平凡だ。少し気になるのは頭髪が白髪なところか。他には、マントを羽織っている以外、特別おかしなところはない。が、


「ぁ、すみません!ちょっと癖で──」


 謝意を露わにし、腰を折って頭を下げる彼の言葉を遮るのは、


「貴様、仰望師団か」


 目に憎悪や嫌悪感を露わにし、敵意剥き出しでそう放つアリス。

 彼女が問いた、仰望師団。正式名称、邪精霊仰望師団と呼ばれる集団。帝都では大きな動きはしていないものの、その凶悪な犯罪履歴とその劣悪な態度が相まって、ユアルレプス国内でも彼らを見る目は良くはない。

 その本質は、邪精霊と呼ばれる汚染された精霊を宿したただの人間。なのにその実態は不鮮明で、構成人数も不明。何を目的に行動しているのかも不明だ。


「仰望師団?ってあの、ユアルレプスの?」


「答えなさい。答えなさい」


 レヴィの言葉にも反応せず、ただ淡々と彼に問い続ける。

 その彼女の周りには、微細な精霊が沢山廻っている。その精霊達の軌道を動く時の微かな痙攣、それが、邪精霊に反応している証だ。


「...そ、そうですけど、今回の訪問とはわけが──」


「黙れ!貴様の様なクソみたいな輩が帝国の次期王に手出し出来ると思うか!」


 正直に犯罪集団の仲間だと答えるレン。だが、一旦思い込んだアリスの考えを矯正することは叶わない。そんなことしでかせば、即座に首が飛ぶだろう。


「く、クソ...?」


「もう話すな。話さなくていい。貴様はここで絶命だ」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 白刀を鞘から抜き、そのまま流れで首を断つ。そのイメージが出来上がると、アリスは即座にそれを実行する。鞘から抜いて──。


「アリス。少し話を聞いてやろう」


 レヴィの声。いくら激昂中とはいえ、主の言葉を無視するわけにはいかない。

 レヴィからすればとてもよく出来た従者だ。

 抜きかけた剣を鞘に戻し、彼に危険だと忠告する。


「れ、レヴィ君!?相手はあの仰望師団ですよ!?正気ですか!?レヴィ君!」


 そう、仰望師団の脅威は“unknown”と同等。手先が使えたり、考えることが出来る分、仰望師団の方が脅威値は上かもしれない。そんな相手に話を聞こうと言い出したレヴィ。従者としては避けたい行動であるが。


「...あの、今回の訪問の理由は?」


「ぅぁ...あぁぁぁぁあん!」


 質問。ただ一文で涙を流し、叫喚する少年。その姿は、仰望師団とは見えない。ただの弱虫な少年だ。


「な、泣かないで!」


「レヴィ君、騙されちゃいけません!こんな小さな子でも仰望師団は受け入れるんです!」


 焦って、宥めるレヴィにその行動は危険だと忠告するアリス。だがレヴィは彼女の言葉を聞かず──。


「僕は.........っ...ハンカチを......」


「は、ハンカチ?」


 そう言って差し出す彼の手に、黄色い綺麗なハンカチが握られていた。彼の言うことに偽りはない。ただそれが分かっただけで、彼の脅威は計り知れない。


「あ、ありがとう」


「とぼけるな!そうやって騙し、レヴィ君を油断させて──」


 謝意を述べただけなのに、彼女の心に油を注いだようだ。油断、それだけは、レヴィにはして欲しくなかった。


「...あのさぁ、なんで人が泣いてるのにそうやって口挟んで、しかも疑ってやまないのかなぁ〜。僕は今、泣いてるんだよ。泣いて、苦しんでるんだ。君は...名前は?」


 ポロポロと流していた涙はいきなり止まり、嘘泣きだったことが判明する。そして、彼の仰望師団らしい一面が開花する。

 ぐちぐちと持論を述べるが、所詮は子供。語彙力に限界があるし、何よりその言葉を発している声が、油断を誘う。


「──ッ!誰が貴様なんか名乗──」


 なかなか全文を言い出せないアリス。それもそう、少年がアリスへの小さなやり返しとして言葉をわざと遮ったのだから。


「ほんっとにくだらないね。貴様とか騙すとか。人の尊厳を覆す陳腐な人間にでもなれば?その点...レヴィ様」


「...ぅ、ん?」


 突然名前を呼ばれ、瞠目し、声が漏れる。

 油断、した。


「貴方は本当に人として素晴らしい。人を疑わず、敵であろうと手を差し伸べる、物凄く優しいお方だ。私の小さな物差しでしかはかることは出来ませんが、貴方は王に、次期王に相応しい。どうぞ、王になった暁には、私を雑用にでも側近にでも御使いください」


 何を、言っているのだろう。仰望師団ともあろう悪人が、王の側近など、雑用でも危険はある。それでも自分を信じろと言う少年の目は真っ直ぐにレヴィを見つめる。

 そしてアリスに目を逸らし、


「.........」


「正論過ぎて何も言えないみたいだね。じゃあ、さよなら!」


 アリスに何も言う機会を与えないまま、否、言う気も失せる程呆れたのだ。

 颯爽と帰っていく少年に、返す言葉もない。

 仰望師団が王の従者に。「そんなこと、出来るはずありませんよね」と目に浮かべ、レヴィを見つめた。


「.........」


 彼の目は、泳いでいた。

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