14話 消失の幼少期
「なんで王候補...いや、次期王がこんな...草むしりなんて...」
そうボヤきながら、渋々草むしりという雑務を課せられたレヴィは、淡々と雑草を抜いていく。根元から引っこ抜くその単純極まりない作業は、手先が器用で集中力も素晴らしいレヴィにはもってこいの仕事だった。
「仕方ないでしょう?メイド達がバカンスに...それも私を置いて...」
ぷるぷると肩を震わせるアリスの悲痛そうな声。メイド達の怒りを雑草抜きで発散しようと、強化魔法を使って雑草を根こそぎ抜いていく。
それでも怒りは鎮まらないようで、叫びに表れている。
「バカンスか...どこ行ってるのか聞いてる?」
「船でラスタまで行ってるそうです」
孤島ラスタ。そこの有名なスポットといえば、完備された上下水道、設備の完璧なホテルと呼ばれる宿泊施設。青い海に、白い砂浜。それと、軍用施設。
中立国家である為、戦闘こそは怒らないものの、軍用の戦闘機、武器、兵はなぜか待機している。
「ラスタかぁ〜...行ったことないなぁ」
この帝国の王子でさえも、否、王子だからこそ近付くのに気が引ける地だといえようか。何故ならラスタの所有国はユアルレプスだから。
となると、勿論軍用施設はユアルレプスのものになる訳で、待機している兵も彼らの所有物だ。
「危険っていえば危険ですからね、レヴィ君は行かない方が得策でしょう。でも私は...」
グチグチと愚痴を零すアリスの姿は、どこぞの姑のように粘着質な言葉を吐き出す。
そこに、いつものように可憐な少女はいない。
「まぁ、レヴィ様をリリィから奪おうとしている悪女なんて、メイド達に嫌われて当然でしょう?」
そう口を挟むのは、今日からこの屋敷でメイドとして働くようになったリリィ。彼女の朝のイヴァンへの挨拶の意味の伏線回収が、やっとここで行われた。
ただそれだけのことに、レヴィ達は驚愕を隠せない。
「なんでよりによってあなたが...鼠ですらこの屋敷は雇うんですね」
「ん?それを言うとこの屋敷...いや、父さんに嫌味を言っているような...」
「細かいことは気にしないでいいです」
そうやって、子を宥めるように猫なで声でレヴィに語りかけるアリス。
しかしその目は恋敵であるリリィのことをちゃんと捉えていて。虎視眈々と見つめられる彼女は、肩をすくめた。
「うわぁ、怖い怖い」
そういってレヴィの肩に抱き着こうとするリリィ。だが、その一瞬の出来事をアリスは見逃さなかった。
即座に彼女の手から放たれた鎌鼬が、リリィの白い頬を切り裂いた。
「ッ!痛っ!」
「おい!アリス!」
「だって...」と口を尖らせるアリスには目もくれず、レヴィは座り込んだリリィの傷に応急手当を施す。
それがまたアリスの気を逆立てたらしく、彼女は足音をどんどんと響かせながら雑草抜きの仕事を放棄した。彼女の足取りは早く、いくら大股で追いかけようとしても追いつくことは叶わない。
「...リリィ」
「はい!なんでしょう?」
レヴィの心は既にアリス一択に決まっている。邪魔なのは、今目の前で頬を摩っているリリィ、彼女自身ではない。
彼女のことは、別に嫌いではない。友達関係としては好きだ。が、彼らの間を取り持って離さないのは、「許嫁」という関係。その関係を破綻させることが、アリスと結びつくための条件の一つだ。
言い出しにくい。だがやるしかない。アリスが好きだから。
「僕と...いや、僕と君の許嫁の関係を解消してほしい」
瞠目する彼女は瞬き一つしない。だからといって、涙を流しているわけでもなく。パクパクと口を開け閉めし、言葉にならないような声を出した。
「ゎ...たしのこと、き...らぃに...なったの?」
違う。何か違うように感じた。
その違和感の正体は、好意、愛の形だ。幼い時に感じた好意など、今のとなれば戯れ言もいいところだ。
だが、それを馬鹿真面目にそのまま口にしていいものだろうか。
答えは「いい」だ。誤魔化して彼女への気持ちを嘘にすることなど、死んでもしたくはない。
「嫌いじゃ...ない。けど、今は...好きな人がいるんだ」
その瞬間、彼女の目の色はコロッと変わった。それはまるでレヴィの心を見透かしたように、アリスに向いていた敵意を彼にも向けたように見えた。だが、それは杞憂。
「アリシアさん...ですか?」
「う、うん...改めて言われると気恥しいな...」
彼女は目を爛々と輝かせ、彼の肩を掴んだ。そして、その爛々と輝いた瞳は消沈の意を表した。
落ち込んだと見えるその瞳を下から覗き込むレヴィ。
「痛っ!」
リリィの白髪が靡き、彼女の額がレヴィの額にぶつかる。その勢いの様子から見て、彼女は強化魔法をかけたようだ。
額を擦り、涙目で彼女を見つめる目。その目に、同じく目を潤ませて笑顔で言うリリィの姿が映っていた。
「やっぱり、レヴィ様はそうだったんですね。分かりました!リリィは諦めます。ちゃんと、あの人を幸せにしないと...怒りますよ」
そう言って涙を流し、彼の前で、キッパリと彼を諦める決意を固めたリリィ。
レヴィは思う。どうして、ここまで女の人は強いのだろうか。レヴィなら、一晩は部屋に篭りきりになり、ベッドの中で一日を過ごした挙句、廃人の様に辺りを徘徊するだろう。それ程、彼と彼女らのメンタルの強さには差があった。
まさに雲泥の差。
「う、うん...」
「しっかりしてくださいよ!そんなので本当にあの人を守れるんですか!?それに、リリィが貴方に提示した結婚条件は、リリィを、...私を救うことですよ。まだ救ってもらってません。だから、元から許嫁の関係なんてないんですよ」
そう言って背中を叩く彼女の声は軽快だ。なのに、彼女が流す涙は、言葉は、レヴィの心を痛めた。
無邪気に過ごした日々。その日々の中に、レヴィとリリィは佇む。決して離れることのなかった二人の交わした誓い。それが今、破られた──。
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「レヴィ様ぁ!」
「リリィ!」
言葉を、ただお互いの名前を呼ぶだけに交わす二人が、草原で駆け回る。その姿は、遠くから見ても、酷く微笑ましく、辛いものだった。
草原に飛び込み、転がり、仰向けに寝転がる二人。草の沢山張り付いた体を寝転がりながら祓い、リリィが口を開く。
「ねぇ、レヴィ様?」
「なんだい?リリィ」
微笑ましいやり取り。それは遠くから見ている両親達には聞こえていただろうか。聞こえたいたとしても、僅かにしか聞こえない。そんな距離で──。
「レヴィ様は将来、何になりたいの?」
「将来?夢のこと?」
「うん」
そう言って、顔をしかめる、幼きレヴィ。その様子を、寝返りを打って真正面から目に捉えるリリィ。彼女は彼の返事を待ちながら、そこら中に生えているシロツメグサで冠を作り始めた。
「将来かぁ〜。...パン屋さんになりたいかな」
「なんで?」
「だって、皆に美味しいパンを作ってあげるんだよ?凄く幸せじゃないか」
そう言って頭を、組んだ手の上に乗せる。
空を仰ぎながら冠を作り続けるリリィは、彼の言葉に疑問を抱いた様で、
「えぇ?ケーキ屋さんでもいいんじゃない?」
「...確かに。ケーキ屋さんでもいいね」
そう、彼は人に何かを提供する仕事を夢に描いていた。だが、彼女はその考えを少しでも変えさせようとする。
彼女自身、なぜ自分が彼の夢を操る必要があるのか、その必要性については考え中だ。
「でも、レヴィ様は...お花屋さんもいいかも」
「お花屋さん?うーん...綺麗だろうね...」
そう言って、レヴィは草原に手をつき、体を起こす。それに釣られて同じように体を起こすリリィ。その手には、まだ未完成の冠が収められている。
レヴィはシロツメグサを一本手に取り、匂いを嗅いだ。
「でもお花って臭いね」
「...ん、うん。でも、いい匂いするのもあるよ?」
「本当?僕が屋敷で見るお花はみんな臭いよ?」
花は臭いものだ、という固定観念を持つレヴィ。そしてそれを正そうとするリリィ。異常な程に彼の考えを正そうとする彼女の真意は、自分自身でも分からない。
だが、それが後にレヴィを聡明にする理由になるとは、この日の彼女は思ってもいない。
「そんなことないよ...それに、レヴィ様が一番似合ってるお仕事あるよ?」
「そんなのあるかな?」
「王子様!」
幼きレヴィは、沈黙を選んだ。否、選んだのではなく、自然とそういう反応になってしまう。「王子」その仕事は、彼の将来の夢をぶち壊し、彼の将来を狭めた原因、そしてその結果だ。故に、彼はその仕事をしたいとは思わない。男の子なら誰もが羨むその立場に、立ちたくはない。
「でも、レヴィ様はなりたくなくても王子様になっちゃうんだよね...」
「...そうだよ。あんなの、僕はやりたくないんだ」
これをイヴァンが聞けば、彼は魂を抜かれたようになってしまう。それは事実で、そうならない為に、この場所まで逃げてきた。
遠くでイヴァンが微笑む。そして、その表情はすぐに消え、横にいる夫人に話しかける。その相手はリリィの母親。何を話しているのかは、遠く離れている幼いレヴィには皆目検討も付かない。
「でも...リリィはなって欲しい」
彼女の顔は、何か思い詰めた様な表情をしていた。ただ、彼は未だ幼過ぎるためにその表情の真意を読み取ることは出来なかった。だが、その時間だけは切り取られ、一生彼の心に残り続けることとなる。
「...なんで?」
「だって...ううん、私を助けてくれるから。もし助けてくれたら...結婚しよ?」
彼は彼女の心が読み取れない。少しの間の意味も理解出来ない。子供だからという理由を除いても、それを理解するのは難解だろう。
「どういう意味?」
「ううん、分からない。けど、王子様になったらきっと分かると思う」
それだけ言って、彼女は作り終えたシロツメグサの冠を彼の頭に被せた。それと、リリィの母親が近付いてくるのは同時で。
リリィの母親は、彼女の手を引いた。リリィは抗わなかった。ただ、別れたくないと涙を流し、彼女は彼から顔を背けた。
「──僕は、好きだよ。だから、結婚しよう」
彼女は振り向かなかった。
レヴィの父、イヴァンはレヴィの肩に手を置き、死ぬ間際の様な悲しげな声で言った。
「あの子とはもう会えない。これが最後だ」
その言葉を最後に、レヴィの幼少期の思い出は幕を閉じた。




