13話 アリシア・スパークス
「好きです」
勇気を出して、いや、振り絞って言った。
その言葉は簡潔なのに、どこか不鮮明で、どこか不安定で、もう一つのたった一言で壊れてしまう。そんな脆さ。
そんな安っぽい言葉で繋がれた安い愛は、どこか儚くて、必要ないと思っていた。だけど、
「なんで...」
「なんで...でしょう。そうやって自分が好かれている理由が真面目に分からないところ、とかですかね...」
そう、そんなところも好き。だけど違う。本物の答えは、ずっと心の奥底にあって、到底自分じゃ辿り着けない。
底に辿り着いた時、告白しようと思った。けどそれ以前に彼への気持ちが抑えられない。寝ても覚めてもレヴィ。そんな彼女の心は、彼一択だった。
「そ...んなことで」
「そんなことじゃないんですよ、レヴィ君。貴方は私を救ってくれた。それだけでも十分好きになる理由になります。しかも...私が貴方のことを好いたのはそれだけが理由じゃありません」
それも好き。勿論その理由は二の次で。
「...今日の傍聴会、聞いていなかったのか。僕がおま...アリスを助けたんじゃない。僕に乗り移った“あいつ”が...」
...貴方が執拗いこと。それは最初は気に食わなかったけれど、好きになってからは心地良い程に感じられる。
いつの間にか、嫌いなところを含めて好きになっていた。
「そんなこと、どうでもいいんです」
彼を安心させる為。そういう建前の下、彼女は彼の手を取った。包み込み、彼を安心させ、自分も安心しようとした。
そして言葉を連ねる。
「私を救ってくれたのは、私を守る決断を、約束をしてくれたのはレヴィ君です。助けた時の意識が“その人”でも関係ない。レヴィ君がいなければ成し遂げられなかった、守りきれなかった私がここに生きています」
...なぜ、泣いているのか。そんなこと、私にだって分からない。貴方が助けてくれて、私が生きていることが、何より嬉しくて、幸せ。
決壊した涙腺はとめどなく涙を放流する。
「...そんな考え方もあるんだな」
「...はい」
彼は袖で涙を拭った。そんな可愛らしい仕草も、からかったときに一瞬浮かべる困惑の表情も、全てを好いている。
そう、好いている。
「アリスの考えは分かった。確かにアリスの好意が本物なのは伝わった。でも...」
問題があったらしい。
...その語尾に付けられた言葉が、次に待ち構える、私を傷付けると思われる言葉への対処を教えてくれる。
...あぁ、きっとダメ。ふられてしまう。
それでも彼女は返事をした。冷静に努めた。
「はい」
準備も出来ていないのに、彼の口は勝手に喋り出す。
...あぁ、待って。やめて。
「僕には許嫁がいるんだ」
いつの間にか、彼女は目を見開き、唖然に口を開けていた。
それは、良い意味で、彼女は歓喜の涙を流した。
「...ぇ?なんで笑っ...てるの?」
彼にとって、この事実を知らせた時、彼女は悲しむと踏んでいたのだろう。だが、それは杞憂だ。アリスの精神力の強さを侮ったのは彼の失態。
「だって...嫌われてないんだったら、可能性は無限じゃないですか」
涙を止め、彼女は言った。
そう、彼女が一番恐れていたのは、彼に嫌われてしまっていること。レヴィにとってはなんとたわいのない冗談でも、彼女自身はずっと気にしていた。
「彼は笑っているけど、本当は傷付いていないだろうか」そんな妄想が彼女の脳内に蔓延っていた。
だから、彼女は嬉しかった。
自分に、諦める必要はないんだと。可能性は十分に残っているのだと。
「そう...だけど、僕は...」
「いいんです。それ以上言わなくても」
そう、皆まで言わずとも分かっている。
...今はその人に気持ちが傾いているんでしょう?それなら私は、
「その許嫁とやらをぶちのめして、必ず貴方を手に入れて見せます。貴方に好いてもらうように頑張ります」
そう、強行突破するだけ。
ボクシングのように拳を空に振るい、アリスが言う。
彼女は本当にそれをする、してしまう人間だ。レヴィは惧れる。
「物言いが物騒だけど...それに僕はアリスが──」
「さて、そろそろ寝ましょうか。今夜は一緒に寝ましょう。イヤラシイことも大歓迎です」
言葉を遮るアリス。その真意はさっきと同じ。彼の気持ちは彼女に囚われてしまっているのだろう。
...私が取り戻すから。
「誰がするか!」
そういったことを考えていなかっただけに想像妄想をしてしまうレヴィ。
彼は正真正銘の潔白である。そういったことを簡単に口に出せるアリスとは違って。
「さぁさ、寝ますよ」
それだけ言うと、彼女は風の魔法で照明のランプを切った。
魔女というものはここまで便利な道具...魔女は便利だ。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
挨拶と返答。布団に体を埋めて、レヴィとアリスは眠りにつこうとする。レヴィは数分もあれば眠れるという夢の体質の為即座に眠りについた。が、彼女はそうはいかない。恋というものを知ってから、寝付きが悪いのだ。
「............」
数十分が経ち、闇夜に虫の音が響く頃。
同じ方向を向いていたお互い。
アリスはレヴィの背に手を回し、抱き着くと呼ばれる体勢になる。
言葉に出来ない、否、言葉では表せない程の「好き」が溢れ、
「レヴィ君...っ!好きっ!」
「............」
レヴィには届かなかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「久しぶりですね!」
白銀色の髪の美少女。美少女かどうかは見る人にもよるが、大抵の人は「整っている」と言うだろう。
美しいと気品の良さが売りのアリスとは正反対の美しさ。笑顔と芸術のパラダイスとでも呼べようか。
「り、リリィ!?」
「三人目だ」
「ちょ、ちょっと待ってよ父さん!リリィを征伐戦に連れて行くの!?」
「何か文句ありますかぁ〜?」
腰に手を付き、頬を膨らませる、リリィと呼ばれた少女。フリルのついたスカートがヒラヒラと揺れる。
「文句というか...」
「お久しぶりです、イヴァン様。今日からお世話になります」
人が変わったかのように声質が変わる。恋をした乙女の声から、よそ行きの繕った声。
だが、そんな声色の変化にも全く臆せず話を流麗に続けていくのがイヴァンの得意分野だ。
「あぁ、よろしく頼むよ。それにそこまで畏まらなくても...昔みたいにおじ様でいいんだよ」
昔は「おじ様おじ様!」と慕ってくれていた彼女の面影はどこにもない。もはや別人と話しているような感覚に囚われる。それはレヴィも同じで、表裏のないアリスと比べてしまうと、この少女を恐ろしく思ってしまうのも無理はない。
「それじゃあおじ様」
声色は変えずに放つ言葉だけ変えた彼女の後ろ。扉の向こう側からノックの音が鳴る。
来客はきっとメイドの一人。また何かをしでかし、それの報告義務でここに来たのだろう。
扉がゆっくりと開く。
「レヴィ君?」
違った。来客は、それはそれは美しいきめ細かい肌をもつ、黒髪の美少女。
美少女が二人、隣に並ぶ。恐らくシーエが呼ぶ、「ゴミブタ」「クソブタ」と言われる人達がこの光景を目の当たりにすると、息をフンスカ言わせるのだろう。
「アリスも来たのか?」
「当然です。鼠が入り込んだようなので、駆除しに参りました」
鼠、その一言に異常に肩を跳ねさせるリリィ。鼠が怖いわけでもなく、鼠が彼女に何かをしたわけでもない。
ただ、アリスの言葉の真意を読み取った。
「ね、鼠?」
「貴女のことですよ、リリィ・アレインさん」
そう、彼女が呼ぶ「鼠」とはリリィのことだ。自分ものだというレヴィに湧いた「鼠」という意味だろうか。レヴィには到底、女同士の恨み合いなど理解出来ない。
「なんでリリィが鼠にならなくちゃいけないの?」
「そういうぶりっ子ぶってるのが余計に腹立ちます!」
ぶりっ子ぶっている。間違っているといえば間違っている。彼女は天然ぶりっ子という、相当タチの悪い性質の持ち主だ。
よって、彼女に非はない。
非があるのは、どちらかと言えばアリスの方。
「まぁまぁ!落ち着けって二人とも!征伐戦一緒になるわけだし!」
「征伐戦...一緒?この鼠とですかぁ!?ふざけないでください!こんな鼠いなくても二人だけで!」
火に油を注いだか。いつの間にか暴言に自分が巻き込まれていることに頭を抱える。
どちらかといえば油と水だが。
「そ、そんな言い方ないでしょう?」
確かに、リリィの言い分にも一理ある。が、例えばアリスの立場にレヴィ自身が立った時、冷静に振る舞えるかといったら答えは否だ。
「......落ち着こう。征伐戦の作戦を言うから、二人とも座って」
落ち着くのがはっきりした、正しい答えだ。
「私がレヴィ君の隣です」
「リリィだって!」
「こんな座り方...座ってないけどおかしいだろ...」
一つだけ孤立した席に座っているレヴィ。その両方の肘掛に文字通り肘を掛ける二人。
二人とも豊満に育った胸をお持ちな様で、レヴィの顔に時々当たるそれに、鼻息を荒くしてしまう。男の子なら致し方ないことだろう。
その様子を羨ましいとは思わずに冷静な目で眺めるイヴァンも遂には頭を抱え、
「まぁ...いいだろう。征伐戦の作戦内容を...と言っても簡単だがな」
小さな小さな征伐戦作戦会議が開かれる。




