119話 『均衡の使徒』
荒廃とした花畑の中で、レヴィはただ立ち竦み、アンの言葉の意味を探っていた。
「子ども」、その意味が分からない。取り戻したヴェリュルスの記憶では、子どもが出来たというものはなかった。もし忘れているのだとしても、そんな自慢話をヴェリュルスが得意げに言わないわけがないだろうし。
「子ども……? アン、冗談は良くないよ」
「冗談なんか言わないよ。まぁ、齟齬はあったかもね。作るって言い方が違う。正確には……」
アンも、好んでその話を進めているようには見えなかった。レヴィの目を見つめ、ただ次の言葉を発する。
その態度が功を奏したのか、レヴィには、彼女が嘘をついているようには見えなかった。
――アンが、その言葉を放つ。
「――作り出した」
「……話がぶっ飛びすぎて分からない」
やれやれと首を振って、アンのわけの分からない冗談を消し去ってしまいたい気分だが、やはり彼女の目には迷いがない。
強いて言うなら、レヴィに本当のことを伝えることに対しての迷い以外、見当たらない。
「無理もないよ。出鱈目を言ってるわけじゃないのに、ボクがそう感じてしまうんだから」
アンは居心地が悪そうに肩を竦める。
「……まず、ニヒェスは何なの? 今の説明を聞いても、正直分からない」
彼女の話の仕方はなんと言うか、回りくどくてなかなか核心に触れない場面がある。
そのおかげで、だんだんと話の内容を理解していき、最後の真実で大ダメージを受けなくなっているのだが。
少し首を傾げて斜めを向く。
恐らく一番良い答えを探していたのだろうか。アンは口を開き、言った。
「『彼女』は君の……魔法の賜物さ。賜物って言っていいか分からないほど、非人道的に育てられてるのは置いといて、ね。……これ、本人には内緒で」
「魔法の賜物? 育てられた? 何一つ解決してないよ」
あざとく、可愛らしく人差し指を唇に当てて「内緒」のポーズを取るが、レヴィは内容の理解に必死でなかなか着いてこれない。
その読み込みの遅さに痺れを切らしたのか、アンは少し眉にしわを寄せて「はぁ……」とため息を一つついた。
「ごめんね」
「いや、いいよ。ボクのくだらない話にも付き合ってくれたんだし、こういう態度は表に出しちゃダメ、うん、そう!」
完全な自己解決に何度も頷く金髪の少女。
その幼いながらも艶やかな表情が、これからどういったことを話すのか、レヴィには全く想像出来なかった。
「……じゃあ、『王』の出生について、からかな?」
「うん、お願い」
「簡潔に纏め上げるとだね……と、その前に、アズリサイアを作り出したのは覚えてるんでしょ?」
何かこの話をする上での前提条件があるのか、アンは話の方向を変えてそう言う。
「作り出した」、それは違った。目を覚ました時、彼女は目の前にいたし、それは運命で、レヴィが彼女の出生に携わっていいわけがない。
腑抜けた声が出そうなのを押し殺し、言い返す。
「作り出したんじゃない。彼女と僕は、望んで出会ったんだ」
「――」
少しの気迫に物怖じしたのか、アンは少したじろぎ、しばらくの間、口を閉ざした。
少し言い過ぎたかとレヴィが自覚する頃には、アンの表情は平静を取り戻していて、先程のは杞憂だったのだと思わざるを得なかった。
「……ともかく、『王』は君が知らず知らずの内に作り出した、もう一人のアズリサイアってこと」
「もう一人のアリス……? どういう流れでそうなるの?」
「ん……またまたその前に、君は魔法が使えないんだっけ?」
正直な話、話が迷走中だ。
あっちに行ったりこっちに行ったりで、なかなか真実に繋がらない。
それが彼女の策なのかもしれないが、あまり余計な話で気持ちが有耶無耶になってしまうのは心地が良くない。
「なんで今その話を……」
「君の疑問に全てが繋がるからだよ。で、どうなの?」
まるでレヴィがこういうふうに話の迷走に不安がることを見越していたような、そんな余裕さえ感じられる。
だがどうしてか、彼女は指遊びを止めない。何か気がかりがあるのか、指だけは必ず動いていた。
――アンの動向に注視するのも大概にして、話を大元に戻そうとする意識。
魔法が使えない。それは多分、帝国での「ある意味での逸材」であり、その体質故に苦しんできたことも多々ある。
魔力調整が上手く出来ずに体に溜め込んでしまったこともあるし、アリスとの仲違いの時に指摘されたことでもある。
「そう、だよ。魔法が使えない。滅多にない病気だってさ、お医者さんによるとね」
「……ふーん、そういうふうになってるんだね」
「……何が?」
人によって個人差のあるものだから仕方のないことだと捉えることも出来る範疇だが、それでも魔力線は塞がったままらしく、一生魔法が使えないと忠告されたのが、彼が小さい頃。
今ではそんなに気にすることでもなくなったはずだが、まさかここで掘り返されるとは思いもしなかった。
――ただ、
「君は嘘を信じるほど簡単で素直で、凄く出来のいい男の子なんだ。そのお医者さんが間違えたのか、分かってるのに君を丸め込もうとしたのか、そんなのはどうでもいいことなんだけど」
「?」
簡単、素直。出来のいい、丸め込まれた。度々飛び出す矛盾の言葉に、少し顔を顰めるも、アンには悪気はないらしい。むしろ、彼女の表情を見るに、褒め言葉である可能性も。
ただ、ただ、だ。
言いたいことが全く分からない。
察しの悪い性格も相まって、彼女の伝えたいことが何なのかはほぼ汲み取れないままだ。
彼女が次に伝える言葉がなければ、だ。
「君は魔法が使えるんだよ。ただ、君の魔法適性パターンは凄く稀――というか、今までに死んだ人の中でそんな人はいなかったよ。だから、凄く魅力的だけど、その分扱いが難しい」
後半部分など聞こえない。
ただ、ほぼ二十年を「魔法を使えない」として生きてきた故に、「魔法を使える」。その言葉があまりにも衝撃的で、鮮烈な打撃だった。
声も発せず、ただ彼女の二の言葉を待つレヴィは、いつしか身体中が震えていて。
「ここまで来たらもう、話しちゃっていいと思う。だから言うよ。君の魔法は――」
――。――――。
「禁忌に触れる、恐ろしい力。『生成』の魔法だよ」
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ただ、暴力的な言葉に――。暴力的な内容を孕んだ言葉に、打ちのめされて。潰されて。
しかしながら、彼女の真意は未だ汲めないまま、瞳を見つめる。
「生成、ピンと来ないよって顔だね」
「そりゃそうだよ。魔法を使えないって思ってたんだし……いや、使えないし」
今更その根底がひっくり返ったって、魔法の使い方が分からなければ使うことは出来ないし、もう諦めた身だからこそ剣に身を委ねたのだ。
こうして、いい意味で魔法というものに裏切られても、どうしていいか分からないのが本震である。
「でも、アズリサイアがいるよ」
嫌な予感はする。
当たって欲しくない、しかしアンの話を聞いていれば必然的に導き出せてしまう答え。
それが、どうにかしてレヴィの心をズタボロにしようと、やって来ている。
恐る恐る、暗闇の中で一歩を踏み出すような気持ちで、レヴィは問うた。
「……彼女は何?」
「何って、だから君の魔法」
「――」
堪えるものだ。分かっていながら、その真実を聞いてしまえば絶望に打ちひしがれたように心がげっそりしてしまう。
そんなレヴィの様子に同情したのか、アンは少し口角を下げて悲しそうに言う。
「驚くのも無理はないよ。でも、分かってたことでもあるんじゃない? 最後の征伐戦、君が死んだ後、アズリサイアは消えた。死んだんじゃなく、消えたんだ」
リリィにそこまで詳しく聞いたわけでもなかったが、大体の予想はついていた。
魔術師ハークが体を作り出し、死霊術師リルムが魂を込める。そんな簡単であるはずの蘇生が、アリスにだけ通用しなかった。
これが指すことは、つまるところアリスは死なず、体も魂も諸共消えてしまったということ。
「――」
意図せずとも繋がっていき、はまっていくパズルのピースが煩わしい。
アンの言葉の裏付けをするように、彼女の言葉の信憑性が高まる「理由」が、次々に作られていった。
「魔法で作り出された彼女の体内は、魔力で満たされてる。その魔力源が息絶えると……言うまでもなく分かるはずだよ」
まさに裏付けの裏付け。確かめ算の確かめ算。
見事に表裏一体に繋がっていくピースが、レヴィを嘲笑っていた。
「――認めたくない。でも、しにが……アンが言ってるんだから間違いはないんだろうね」
「うん、残念ながら、君がアズリサイアの生みの親だ」
生みの親と言われれば聞こえはいいが、生憎そういった意味ではなく、皮肉じみた一言であるに違いない。
彼女が消え、復活させ、そして彼女と自分を苦しめる殺意の原因を探ろうとした結果、思いもよらぬところでアリスの根源を知ってしまった。
それに深い後悔もクソもありはしないが、ただあるとすれば、彼女が所謂魔力の塊だったことへのショックは大きい。
更には自分が生み出したときた。それ相応の報酬――真実を聞かねば、帰れまい。
「残念、ではないね。……気持ちの整理がついてないんだけど、僕がアリスと出会って過ごしてきた時間は、記憶は、全部僕の独りよがりだったってこと?」
「……一概にそうは言えないんじゃないかな? ボクから見ても、この何年間か、君たちは確かな愛を育んできてる。紛れもない、愛を。それは三百年の時を生きる死神という存在が、胸を張って言える数少ない事実の一つだ」
ここまで清々とした確証を宣言されては、流石のひねくれ坊主レヴィでも信じざるを得ない。
まぁ、アリスが魔力の塊とは言っても、人形と話しているわけではないから、愛は育めるはずだ。そうだといいなと思っている。
「……君は嘘をつかない。君は嘘をつけない。だから信じる」
「胸が痛いなぁ。ボクだって隠し事の一つや二つもあるよ。一人の乙女として生きようと頑張った結果がその隠し事なんだ、これは誰にも破れない」
煌めくアンへの信頼をぶつけると同時に、彼女は打って変わってその期待信頼とは反対の言葉を放った。
何故か、自分が不利に回るような発言を。
「僕にも隠し通せるの?」
「……君は口外しなさそうだからねぇ。検討しておくよ。さ、話が逸れちゃってるけど、つまるところ結論はただ一つなのさ」
「僕がアリスを作り出した。僕の魔法は、何かを生み出すこと。僕の魔力がなければ、アリスは生きていけない、か」
アンの不思議なレヴィへの信頼が、瞳の色に映し出される。
その瞳の輝きが、殺意を孕んだレヴィの心には少し重苦しい。――自分はそんなまともな人間ではないのに。
「そういうこと。まぁこれも、本題に進む前の余談もとい、前提の確認に過ぎないけどね」
「そうだったね。彼女……ニヒェスのことを聞いてない」
あまりの衝撃の事実の連発に、本命を聞き出すことがおざなりになってしまっていた。
でもまぁ、さっきまでの話が余談であるなら、この先に待つのはもっと恐ろしい衝撃なのかもしれない。否、その可能性が十割だ。
「そう。……ちょっと手、借りるね」
そう言いながら、アンは徐にレヴィの手を取る。細い指と細い指が、絡まり合う。
年齢に反して幼い見た目にこういうことをされても、ドキドキしたりはしない。たとえ恋人繋ぎをされていたとしても。
「どうしたの?」
「これではっきりするはずなんだ」
「……? 何が?」
彼女は何一つ明確な答えを示そうとはしなかった。まぁ、そんなところがアンを、アンたらしめているということも、もう分かってきた。
レヴィの疑問に答える気が出たのか、アンは少し顔を赤らめながら続ける。
「確信を持つための儀式とかと思ってくれればいいよ。ただ魔力の不純さを確かめるだけで、君が潔白なのか、そうでないのかは、多分お医者さんよりかは早く分かる」
「不純……潔白……?」
「今悟られても何ら問題はないんだ。むしろ勘づいてくれてる方が話が通りやすいし、何よりショックが少ないと思うからね……ほい、分かった」
名残惜しさを具現化したような、アリスを彷彿とさせる指の解き方。
何度も指を絡め、解き、また絡めた感覚。それと似通った感触がここに――。
走馬灯のようにフラッシュバックしたアリスとの思い出が、未だ色濃く記憶に残っている。からかわれ、愛し合い、時に喧嘩をした彼女。
そう、何としても、彼女を殺したいなんてクズな感情を消し去ってしまわねば。と、――。
思っただけ。実際のところはそうじゃない。
――認めろ。認めろと、ヴェリュルスでもないもう一人の自分が囁く。
――認めろ。認めろと、叫ぶ。
――認めろ。認めろよ! と、絶叫する。
そう、分かっていたはずなのに。
「君は……オブラートに包むのが得意だね……」
「まぁね。これから先のことはそうするつもりがない。何せ知らなければならないことだからね」
そう、自覚をしなければいいと思っていた。だが今、彼女は確かに「裏付け」をし、果たしたのだ。
他でもない自分がそうなってしまっていた。他人じゃない。自分なのだ。
「き……かせて」
「…………いいの?」
震える体を鎮め、軽く首肯する。
アンは口を開き、幼い声色で、しかし荘厳な雰囲気を漂わせるように、言った。
「…………『王』じゃない。アズリサイアでもない。……君が、殺意の原因だ」
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アリスの他には何も無いはずなのに、どうして自分がそういった感情を持つようになってしまったのか。
彼女だけ――とは言えなくても、何か不思議な縁があるのに、何故自分にその感情が付きまとってしまうのか。
アンは、甘いレヴィの心をズタボロにするような言葉を、軽々と。しかし一言一言に彼への情けをかけながら、言い放った。
「殺意の原因はレヴィ」。それは、自分が一番気付いていた。
自覚しなければいいと、許されるのだと、そう思っていた。だが、現実はそう甘くない。現実は、無慈悲な事実をまるで息を吐くように放っていて。
「大丈夫?」
「……分かってた……分かり切ってたはずなんだ。どう見ても、どう感じても、僕の殺意が一番強かった。昔から『ニヒェス』って呼ばれてる子よりも」
ニヒェスがレヴィの作り出したアズリサイアの残り滓ならば、魔力を提供するレヴィの殺意が流れ込んでしまうのも無理はない。
それはアリスにとっても同じことで、要するにレヴィが全て悪い。彼の殺意が、彼女らを苦しめる原因となったのだと、つまりはそういうことだった。
「認めたくないよ。誰だって、醜い自分だけを嫌って、輝く自分は大好きって抱きしめる。それが人間なんだよ」
「……」
間違いない。アンの言う通りだ。
醜い殺意を仕舞って、輝く自分をアリスたちに見せ続けた。
だが、やはりそれには限界が来るというもの。その手始めに、アリスの前で「殺す」と言ってしまったりした――。
「でも安心してっ! 君の殺意は綺麗。純! 君は間違ってないよ」
「純……? 殺意の純度なんかあるの?」
聞いたことがない。殺意の純度など。
一般人からすれば、殺すことは必ず悪で、殺意に綺麗も何も無いのが普通のはずだが。
「あるに決まってるよ。世界を救うための悪役を殺すヒーローの殺意と、無差別通り魔事件の犯人の殺意……どっちが綺麗かって言われれば、前者でしょ?」
「……」
肯定は出来ない。否定も出来ない。
だが、一つ言えることは、
「程遠いよ……」
「…………まぁ、ここからが本題の中の本題だから、軽口を叩きながらでも聞いておいてよ」
レヴィは黙ったまま、アンが気遣う様子を見つめていた。
彼女のその気遣いがどういう意味なのかは、考える気力をなくしたレヴィには分からない。
ただ、涙を溜めるばかり。
「これが本当の……っていうか、ボクも解決したい問題」
「もん……だぃ……?」
「君が作り出した魔女、unknownから世界の崩壊を防ぐ、アズリサイアという切り札は、救世主なんかじゃない」
「――」
声にならない声を出して何とか言い返そうとするが、アンの言葉は止まらない。
「君が作り出したのは、束の間の安寧をもたらし、最後には全てに破壊を授ける『均衡の使徒』」
「ちが……」
「名は『戦骸』。君が作り出した、四人の使徒の一人さ」
――その時のアンの表情は、どことなく狂気を帯びていた。




