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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第一章 帝覚
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12話 第二次征伐戦及び

「好きです」


 好き。耳で捉えたそんな単純な言葉。

 単純で、明解で、どうしようもないほど簡潔な言葉。なのに人を一喜一憂させる言葉は、レヴィの涙を誘った。


「なんで...」


 飛び込む意味、言葉を濁し、冗談を連発する理由。全てが元の様に一つに還る。

 人の言葉がここまで心に重くのしかかるのは何故だろう。

 “あぁ、きっとあれの所為だ”


「なんで...でしょう。そうやって自分が好かれている理由が真面目に分からないところ、とかですかね...」


 言葉を濁すことなく、淡々と言葉を並べるアリスの心情が読み取れる。告白に対しての反応に怯えている、そういうことだろう。

 アリスは表情一つ変えずにレヴィの目を見つめる。涙を流すその理由をも問うことはせず。


「そ...んなことで」


「そんなことじゃないんですよ、レヴィ君。貴方は私を救ってくれた。それだけでも十分好きになる理由になります。しかも...私が貴方のことを好いたのはそれだけが理由じゃありません」


 そう言って俯く。

 違う、救ったのは“彼”だ。断じて自分じゃない。好くなら“彼”を。自分はいい。“彼”にしか出来なかったことだ。自分が好かれる理由なんて、ない。


「...今日の傍聴会、聞いていなかったのか。僕がおま...アリスを助けたんじゃない。僕に乗り移った“あいつ”が...」


「そんなこと、どうでもいいんです」


 それだけ言うと、彼女はレヴィの手を取った。優しく、包む様に手を覆う。

 彼女の温もりが、ドキドキと伝わる拍動が、上昇する手の温度が、手と手を通じて伝わる。


「私を救ってくれたのは、私を守る決断を、約束をしてくれたのはレヴィ君です。助けた時の意識が“その人”でも関係ない。レヴィ君がいなければ成し遂げられなかった、守りきれなかった私がここに生きています」


 そう言うと、彼女もまた涙を流す。だがその表情は笑顔だ。

 悲壮感を漂わせて泣いているレヴィとは違い、彼女は嬉し泣きだ。


「...そんな考え方もあるんだな」


「...はい」


 涙を拭いながら、彼女の考えを肯定する。

 そう、彼女の考えは十分に分かった。分かったつもりだ。

 問題がなければ即刻返事をしても良いのだ。だが、それはできない。何故か。


「アリスの考えは分かった。確かにアリスの好意が本物なのは伝わった。でも...」


 問題はあった。


「はい」


 どうやら彼女も何かしらの覚悟を決めてきたのだろう。返事だけすると、後は口を固く閉ざして、彼の言葉を待った。それがどれほど彼女の心を抉るのかは分からずに。


「僕には──。」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 古びた扉。もうレヴィが生まれてから毎日、欠かさず見ているその扉は、その向こうに大きな部屋を隠している。

 コンコンとノックをする。

 返事はない。ただ、書き物の音は聞こえる。そういえば、最近父イヴァンは耳が遠くなっていると聞いていた。それが原因だろう。


「入るよ」


 またしても返事はない。

 扉をゆっくり引くと、中の空気。安心感を与える匂いが鼻腔を満たす。最も、アリスといる時程安心はしないが。

 今は少々気まずい関係なものだから、こちらの方が落ち着くのも事実だ。


「あぁ、レヴィ。来てたのか」


 そう言って顔を上げる彼。何故か強ばった表情で、狼狽えた目付きでレヴィを見つめる。


「...どうしたの?」


「いや...実は少し話があってな」


 そう言って頭を手で抱える。

 彼のこの行動は、「参った」「困った」「どうしよう」というふうに、困惑したときなどに出る癖である。

 レヴィはこの行為を目にする度に碌でもないことを彼に告げられる。


「......はぁ...分かった。座るよ」


 拭いきれない「またか...」という感情。

 嘆息にため息を重ね、重々しい空気を作る。彼から話を持ちかけられる度にこの空気だ。意図したものではないとはいえ、あまり重々しいのも気が滅入る。

 早く話を始めて欲しいと、静かに願う。


「未だ“unknown”の正体は分からない」


 “unknown”その言葉が記憶を探り、ミーナの生首を連想させる。

 嫌な気持ちになったのも束の間、レヴィは気持ちを切り替えた。でなれければ今、こうやって精神がまともな状態で話してはいけない。


「...まぁフレイ君のおかげでだいぶ進展したけどね」


 そう、フレイ。彼の話の内容は密なもので、“unknown”の真実に一歩近付く為に有用な意見だったと思われる。


「あぁ、そこで、私達は彼の文書を預かり、調べることにした」


「国家統員のやりそうな...強引さが滲み出てる」


 国家統一及び制御委員。略して国家統員。彼らの凶行には、人生の長い間帝都の中心から離れて過ごしていたアリス。彼女も目を見張るものがあった。

 過去の惨状には、国家転覆未遂罪を犯したと言われる男を、磔にし、爪を剥がし、挙句の果てに殺してしまった。極めつけに、死んでから冤罪と分かっても、彼の家族に謝罪の一言もなかったという。


「あまりそういうことは言うな。彼も喜んで引き受けてくれたんだ。そこでだ、分かったことが一つだけある」


 抱えていた手を外し、人差し指を立てた。

 これも彼の癖であり、何かを教える時にこうして指を立てる。


「......それは?」


「“unknown”は生き物の類ではなかったんだ」


 こちらも驚く程簡潔な、彼女には劣るが、それだけで彼に。否、この事実を知った人間は誰もが冷静さを失う。


「......は?」


「彼らは生物じゃない」


「ちょ、ちょっと待ってよ!は?せ、生物じゃないって!?あんなに動き回っているのに、生き物じゃないっていうの?」


 そう、動くものは生き物。火や氷、水などを除けば。

 ならば“unknown”は火だというのか。氷や水だというのか。きっと違う。


「まぁ落ち着けレヴィ。ゆっくり説明する」


「ん......」


 言葉を飲み込んだレヴィに、イヴァンは静かに微笑み、話し始める寸前にはその笑顔を消失させた。

 その表情の変化は昔からそう、彼の悪い癖だ。


「まず彼らが生き物でない証拠だが...いや、まず生き物の定義からだ」


「生き物の...定義?」


 何だろうか。帝都では、生き物とは“動くもの”と認識されている。だから、これは誰に聞いても同じように答えるのだ。

 だが、レヴィの父、イヴァンは違った考えを、違った論点から生き物というものを観察していた。


「あぁ、基本的に生き物とは、生きている物を表す。単純なことだ。“unknown”には心臓がない。脳がない。だから、彼らは生き物ではないんだ」


 言われてみれば、と思わず相槌を打つレヴィ。帝都にこんな考えを持つものはいないだろう。そう、感心させた。


「確かに...フレイ君の言ってることが事実なら、“unknown”は生き物じゃなくなる...死神ってあだ名が最適だな...」


 あだ名と称される、“死神”の異名。

 それは死を彷彿とさせ──。彼ら自身も死んでいて、人を死に追いやる存在。まさに死神だ。


「あぁ、それで、だ.........」


「何?」


 異常に長い間溜めた言葉が放たれる。


「“unknown”が本当に生き物なのかどうか、死神なのかどうか、生きているなら死ぬことは可能なのかを調べる為の『第二次“unknown”征伐戦』を......企てた」


「.........は?」


 『第二次征伐戦』。

 ふざけているのか、と問いかける気も失せる程、彼の目線は真っ直ぐで、冷静さを欠いていなかった。

 ...正気...なのか。あれだけ犠牲者を出して尚──。


「怒るのも無理はない。企てたのは統員達だ。あれだけの犠牲者が出ても尚同じことを繰り返すのは少々...いや、かなり人間性を疑うが、それでもこの征伐戦は、成功すればかなりの成果を残すことができる」


 成果、成果。それは何だろう。成果を上げる為に傭兵を、魔法使いを犠牲にして。そんな犠牲を払って得た成果など、自分のものではない。

 昨晩の彼女にかけた言葉を思い出す。


「......成果が出て何になる?」


 だが今回は彼女はここにはいない。

 全ては自分が、次期王が、このレヴィ・ルーナが全てを決める。

 その為に、まずはイヴァンの『征伐戦』を行う真意を問う。


「......例えば、将来の話だが。王として尊敬するに値する人間であると民衆に知らしめることができる」


「......そんなもの、いらない」


 どうしようもない程くだらない“成果”だった。

 そんなもの、人の命を払って得る信頼ではない。そんなものは、いらない。


「今回は、対象の“unknown”の大きさ、体躯の輪郭が明確に明記されている。よって、大規模な征伐隊を編成する必要はなくなった。お前の懸念する“人に死なないでほしい”という願いも極力叶うだろう」


 イヴァンの言葉に、レヴィの肩がピクリと反応する。

 聞き間違いではないだろうか。たった三人で“unknown”に立ち向かう。言葉では易くても行動に移すにはなかなか難しい問題だ。

 だが、彼は決心した。たった三人で立ち向かって死んでも、傭兵百人の、魔法使い二十人が命を賭すよりは幾分かマシだと。


「.........編成は?」


「たった三人だ。今回の任務は“unknown”の捕獲。成功した際の“unknown”を帝都まで運ぶ仕事は雇った傭兵にしてもらうが、実際“unknown”と戦うのは三人だけ」


 彼は本気で三人で戦わせるつもりだ。

 勝算があるのか、相手の“unknown”の強さは如何程なのか、今のところ犠牲は何人出ているのか。そういったことを聞く以前に、ふつふつと怒りが湧き上がる。


「たった三人でやつに挑むことがどれ程恐怖かはアリスと僕にしか分からないだろうね...」


 続けて、「貴方は“unknown”の脅威を知らない」と続けようとした。が、その言葉は潰えた。


「大丈夫だ。今回は捕獲、ただ拘束魔法でやつを拘束するだけで終わりだ。犠牲もない...はずだ」


「はずって......で?三人のうちの二人はだいたい予測つくけど、もう一人は?」


 はず。それがレヴィの気を萎縮させた。

 三人。まず自身。そして“魔女”であるアリス。そして──。


 脳内で整理し、もう一人分の空白が謎色に染まった時、部屋の扉がゆっくりと開かれる。

 入ってきたのは白髪に一筋の黒髪を流した美少女。フリルの着いた、メイド服のような格好。何かを言いたげな黄金色の双眸。


「............は?」


 再び出会うことのないと思われた相手との邂逅。

 レヴィは思わず声を漏らしていた。


「久しぶりですね!レヴィ様!」


 爆発したように、芸術的とも呼べる程整った顔に笑顔が、花が咲いた。

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