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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第五章 アズリエル
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114話 わたしはうちは

 長々とした説教が終わる頃には、もう全員が目覚めていた。

 各々が全身の傷の完治に驚きつつも、それを施したリリィに感謝を述べたのも、言うまでもないことだ。


 その小さな賞賛の合間に、少し離れたレヴィは一人考えていた。

 リリィの言葉を真に受け止めていいのかどうか。彼女の言葉は確かに的を射ているし、それには返す言葉もなかったが、ド正論にそのまま従って、果たしてそれは自身の導き出した答えと呼べるのかどうか。


「レヴィ君、皆が呼んでますよ」


「え……あぁ、迷惑かけたから謝罪はしないとね」


 色々と考えを巡らせ、模索するレヴィに話しかけたアリス。彼女は折れた大木に腰掛けて、こちらを伺う。

 振り向いたレヴィの目に入ったのは、アリスの顔よりも先に――。


「……アリス、どうしたの。腕……」


「さぁ? アブセルト様にやられたんだと思います。……まぁ、狂ったのは私たちなんでそうなっても言い返せませんけど」


 千切られた腕。千切られたというよりは切られた、というのが正確なのだろう。

 真っ直ぐ綺麗に切られたそれは、二の腕辺りで千切れていて、見る者の背筋をゾクッとさせるには十分すぎた。


 傷はそれだけに留まらない。

 目の下にはいくつかの裂傷があるし、服は焼け焦げて重要な部分しか守れていない。足も完治とはいえない状態、指先がまだ治りきっていない。


「そうだけど、ここまでしなくても良かったんじゃないかな……ていうか、僕は無傷……?」


「贔屓されたんでしょ、どうせ」


 そうやってリリィの悪口を――冗談だとは分かっているが、先程の件があったからかレヴィにはかなり深く突き刺さる。

 やはり、こうして見方を変えてみれば何もかもが変わるものだ。あれほど好きだ好きだと言っていたアリスも、今はそれほどに感じられるし、逆もまた然り。


「どうだろうね。それで、皆が呼んでるって?」


「ええ、でも……少し話しましょうか」


 アリスがレヴィの元に歩み寄り、彼の横の倒れた大木に腰掛ける。

 木が倒れたおかげで、風通しが良いようだ。そよそよとアリスとレヴィの髪を撫ぜる。


 互いに話を切り出すのを待っていた二人だが、静寂を先に破ったのはアリスだった。


「私、最近おかしいです」


「……同じだよ。僕もおかしい。言っちゃったら、僕らの関係がダメになること、分かってるから言わないけど」


 殺意の件。

 リリィには向かないそれは、やはりレヴィ、アリス、ニヒェスの三人の関係だと考えられる。そうでもなければ、アリスが自分に殺意を向ける理由が分からないし、自分もまたアリスにそうなる理由も分からない。

 現状、新しく関係を持ってしまったニヒェスが一番怪しいのだ。


 彼女の生い立ちについては全く知り及んではいないが、表情を見るに凄惨な過去だったことは分かってしまう。

 そんな彼女と自分たちの間に何が――。


「……そうですね。私も言いません」


 口を噤むアリス。

 それを口にしてしまえば、今まで築いてきた関係が全て水の泡。そんな結果は嫌だ。例え、今リリィに気持ちが傾いていたとしても、だ。


 考えていると、ふと、ニヒェスのことに関しての謎が頭に浮かび上がる。


「あの人、ニヒェスだっけ? その人は何者か……なんて知らないよね?」


 不意に問いかけるが、勿論アリスがそれを知っているはずはなく、首をゆるゆると横に振る。

 天界で突如現れた謎の存在――アリスが言うには人を何人も殺し、それを喰ったような臭いがしたという。

 そんな殺人鬼がなんの用でレヴィたちを連れ去ろうとしたのか。


「……そっか。手がかりなしか……彼女の顔にも見覚えないしね」


「多分…………いえ、そうですね」


 何かを言おうとした。

 アリスは確かに聞いていたのだ。ニヒェスの口から零れた、「うちのモノ」。それがどういう意味を持っているのか、何を示しているのか。アリスには多少見当がついていた。


 だが、レヴィにそれを言うには少し確信が持てていない。憶測の状態でレヴィに話しても、彼が気負ってしまえば本末転倒。

 ここは黙って――。


「何か言おうとした?」


「え……」


「顔暗いし」


 だが、レヴィはそれを許してはくれない。

 こう見えて、感情以外の表側。つまり表情や態度に関しては、レヴィはよく見ている。

 どう繕おうとしても、それが表情に出ていては意味が無い。それはアリスが一番知っていることだった。


 レヴィは隣で、アリスを覗き込む。

 ――何故か、その単純な行動にももう「愛しさ」が見出せない。


「……あの人、もしかするとですけど」


「うん」


 もう隠す必要もない。

 これ以上隠し事は嫌だ。

 レヴィに全て曝け出す。


 自分の頭の中で纏めた答えが。


「ニヒェスさんは、私かもしれません――」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「おうレヴィ。元気か? って……なんて面してんだよ」


「レヴィ様! 戻ってきてくれ……た……!」


 周りの声はあまり聞こえない。

 靄がかかったように聞こえない、といういつものやつではない。自分がそれを拒んでいるのだ。


 意識の中では耳を閉じ、口を噤み、目を伏せ閉じた。

 だが、やはりそんなことは出来るはずがなくて。


「……迷惑かけてごめん」


「気にしないでいいんですよ! 戻ってきてくれた。それだけで十分なんですから!」


 内心、そんなことはどうでもいい。

 先程聞いたアリスの言葉が胸に刺さって抜けない。ただ、その言葉が抜けない、抜けない、抜けない。


 表情には出さないものの、苦悶している人の雰囲気で気付かないものか。アブセルトやレイラは、お構い無しに騒ぎ立てる。

 嬉しいのは分かってる。自分が戻ったことだけでこれほど喜ばれるなら本望だ。が、今は問題が多すぎる。


 その言葉好きなのか、と問われれば「好き」と答えよう。――八方塞がりだ。


「……ごめん、ちょっと一人にさせてくれる?」


「え……?」


 喜びの舞を踊るアブセルトらに背を向け、一人で木の鬱蒼と多い茂る森へと入っていく。そう、数日前に赴いた祠へと。


「レヴィ様……?」


 悲しみを背負ったような彼の背中を、レイラは色んな感情が混ざった瞳で見つめていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 祠は先日に比べて少し汚れていた。

 土がかぶさり、雨が降ったのか湿気がまとわりついている。


「ここに触れれば」


 ――全てが分かるかもしれない。

 たが、それはほんの僅かな可能性。ヴェリュルスがここ最近出てこないのは、それについての手がかりがゼロだから、という理由もあるのかもしれない。


 あるいはミカやガブリエルなら、と思ってもみたが、もし彼女らがそれを知っているなら先にレヴィに忠告しておくはずだろう。

 まぁ、外界に存在できない故に外の情勢を全く知らないと言われればそこまでなのだが。


「でも……」


 少し、ほんの少しだけ心につっかえるものがある。

 ――もし、彼女が。ニヒェスがアリスと同一人物なのだとしたら、自分はこの先彼女らとどう接するべきなのか。


 恋とか愛とか、そういう話ではなく、ただ単にニヒェスの攻撃を止め、自身とアリスの殺意を収める。それが簡単に出来たなら。この祠に触れるだけで出来たのなら、どれほど気持ちが楽になるだろうか。


「やってみるしか、ない」


 誰と話しているというわけでもないのに、ぶつぶつと呟くレヴィ。


 アリスの言ったことが本当なのか。

 それとも、また冗談で、レヴィがあたふたしているのを見て楽しんでいるのか。


 全ては、藁をも掴む思いで祠に手を伸ばすことで解決するはずだ。


 手を伸ばし、祠の冷たい、湿気った感触を指で確かめる。ザラザラとした感触と、視界に入る「デウス」という文字。

 何故下界と同じ言語なのか、という疑問は置いておく。読めるのならば良いじゃないか。


 ――来た。再び意識の根底に眠っていた誰かが、レヴィの足を掴んで引きずり込む。

 その異常に恐ろしさを覚える感覚に背を汗で濡らしながら、レヴィは。






「――あ」


 声が肺から絞り出される。

 何かに体をぶつけたわけでもないが、体全身に溜まった空気が、一度外に流された。

 「ここはどこだ」と言う前に、レヴィは状況把握の鍵を拾っていた。――白い世界だ。


 と、その前に少し気がかりなことがある。前回この白い世界に来た時は、辺りに花が咲き乱れて凄く綺麗だったのを覚えている。

 なのに今はどうだ。辺りは焼け野原のように焼け焦げ、見るに堪えない光景が奥の方まで続いている。


「何が……?」


 思い当たる節はひとつ。ラグナロクだ。

 ミーナの口から放たれたその現象だが、それが起こるには少し早い気がする。何しろ、ラグナロクに値する暴動や何かしらが起きていない。その予兆すらない。


 だが、焼け焦げたその花々たちは、どこかラグナロクを彷彿とさせるような情景だ。


「……」


 ――ふわりと、風が吹いた。

 レヴィの頬を撫ぜ、髪をそよそよと揺らす。少し強く吹いた風に目を瞑る。


「っ!」


 目を開いた眼前にいたのは、恐ろしいくらいに整った顔。――ニヒェスだった。

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