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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第五章 アズリエル
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113話 戦の後の少しの対話

「り……アイラ……」


 目を覚ますと、そこは見知らぬ空。

 夕日で橙に焼け、ピンクの雲が結構近くに見える。下界ではここまで綺麗に、近くに見えたことはなかった。


 ふと、全身に入った力がある感触を確かめる。指先、手のひら。そこから伝わる、細い何かと温かいもの。

 紛れもなく指だ。


「……てて……」


 上半身を起こしてみれば、右腕にへばりついていたはずのクロウはカランカランと転げ、左手には誰かの手が重ねられていた。

 細く、雪のようなその感触。何度も触れた、何度も握った。――リリィの手。


「リリィ?」


「……すぅ……」


 どうやら、座り込んだまま寝てしまったようで、お姉さん座りをしたまま船を漕いでいる。


 その姿が、夕焼けの橙に照らされて神々しく見える。ここまで美しいと思えるものを見たのは、ニヒェス以外では初めてかもしれない。


 レヴィは暫く彼女の寝顔を見つめると、思いついたように立ち上がり、辺りを見渡す。


「え……」


 記憶がない。それだけでは片付けられないだろう傷跡が、そこら中に転がっている。

 大木は根こそぎ倒れ、地面は抉れている。大木が倒れた際に舞い落ちたのか花びらと葉は、誰かによって黒焦げに焼かれている。

 その焼け方に見覚えがあるのは、屋敷の人間だけかもしれない。


「アリス……そうだ、アリス!」


 状況整理をしていなかったせいで周りの人間が目に入っていなかったが、アリスは案外近くにいた。

 順番で言うと、リリィ、レヴィ、アリスの順に並べられていたようだ。その奥にも、傷だらけのアブセルト、レイラ、リリにミーナが寝ている。


「皆……一体……?」


「ぅ……あ……? あ、起きましたか……」


 鳴り止まない心臓を抑えると同時に、足元に座り込んでいたリリィが目を覚まし、レヴィに声をかける。

 その顔色から理解出来るのは、「また自分が何か迷惑をかけた」ということ。だってそうだ。そうでもなければ、彼女はこうして疲れきった顔をしていない。


「起きた……けど。……また何かしちゃったか」


「……まぁ、いいじゃないですか。アリスも無事ですし」


 楽観的にコロコロと笑ってみせるリリィだが、瞳には彼女が言った言葉は書かれていない。むしろ、「これ以上迷惑をかけないでくれ」とでも言いたげな。

 だが、それは杞憂だ。そう言いきれる理由がきちんとある。


 だって彼女は、そんな女性ではない。


「……ごめん。本当に、ごめん」


「謝らなくていいんですよ。さ、皆起こしちゃいましょうか。暇です。暇なんです!」


 気丈に振る舞うリリィ。

 その奥に宿る疲労感に、レヴィが気付かないとでも思っていたのか、にこやかな作り笑顔でアリスの頬をぺちぺちと叩く。


「リリィ……話」


「話? 何ですか?」


 分かっているくせに。とは言わない。

 自分をここにこうして立たせてくれているのがリリィのおかげであることは、彼女のボロボロの体を見れば分かる。


 だが。いや、だからこそ、今は彼女に本心で話してほしい。


「……何でこんなふうになってるのかは分からないけど、けど……いや、ありがとう」


「……? 話の本質が全く見えないんですけど」


 軽口を言ってみせるリリィだが、レヴィは押されない。この程度の軽口、今までどれだけ受け流してきたことだろうか。


 リリィの手を徐に掴み、引き寄せる。


「――ッ! ……?」


「もう、どっちが正解か分からないよ……」


 アリスが好きなのか、リリィが好きなのか。そんなことは今重要ではないのだが、心に次々と浮かぶのはそういった感情だらけ。

 優柔不断、なかなか決まらなくて、どっちつかずのクソ男――なんて呼ばれ方をしても、レヴィは反論しない。もはや自身でそう思っているから。


 好きになる動機がないアリスを選ぶのか、こうして毎回自分のことを救ってくれるリリィを選ぶのか。

 何度も唱えた。今考えるべきことじゃない。だけど、今しか考えられない。


 選び、選択し、決める。レヴィは――。


「――…………アリスを」


「へ……?」


「アリスを幸せにするんでしょう? 決めてたんじゃないんですか? リリィ、知ってますよ?」


 崩壊したのは理性か。それとも心にやっとのことでしがみついていた均衡か。

 涙が溢れる。どちらを選ぶのか、そんなものは決まっていたはずなのだ。いつも、自分のことを思ってくれているのは二人とも一緒だった。なのに、どこかで優劣を付けたがっていて。


「……ぼ、僕は……」


「アリスのことが好きなら、リリィは何も言いませんよ。まぁ、リリィのことを好いてくれるならそれ以上の喜びはありませんが」


 何故、自分が犯した過ちの中でこうして泣き、恋に溺れ、慰められているのだろうか。

 分からない。全く分からない。

 リリィを選びたい。リリィを好きたい。リリィが好きだ。リリィのことを愛している。なのに、リリィ本人がそれを許そうとはしない。


 過ちを――二度目の過ちを犯すことを許さない。


「僕は……! リ……」


「それ以上は、禁句です。リリィはあなたの恋人ではないし、許嫁の関係ももう解消されてるんですから」


 それならどうして、リリィは涙を必死に堪えているのだろう。そして、それに気付かれないように後ろを向いて、気付かれないように溜まった涙を拭うのだろう。


 自然とアリスへと気持ちが向く。だけどもリリィのことを愛している。

 今決めることでもない。でも、今決めたい。時間が迫っているわけでもなく、死にそうなわけでもないのに、レヴィはそれを決めたがっている。


 リリィは静かに振り向き、レヴィに向かって言う。


「リリィは、あなたの過去から消えました。アリスが、あなたの未来にいるんです」


「ッ! ……ち、ちが……」


「……」


 違う。消えていない。彼女は過去から消えない。消してたまるものか。決して消させない。


 鮮明に、全てを覚えているのだ。

 リリィと遊んだこと。リリィと草原で駆け回ったこと。リリィに花冠を作ってもらって、それを頭に乗せてもらったこと。リリィと初めてキスした時のこと。リリィが自分の死を悲しみ、生き返ったことに涙してくれたこと。リリィが、リリィが、リリィが――。


「僕は……また同じ……ことを……」


「最初の気持ちに意味なんてないんです。あなたが『今』アリスのことを好きなら、それでいい。あなたが『今』誰かを嫌いになりたいならなっていい……過去に囚われてばかりではいけないですよ」


 いつの間にこんなに大人になってしまったのだろうか。それとも、レヴィがずっと子どものままで育ってきてしまったのか。

 あれだけ小さく、幼く、自分の感情だけをぶつけてきたリリィが、今こうして理性というブレーキをかけて正論を放つ。


 ――過去に囚われてはいけない。


 そうは言っても。とぐちぐちと反論の言葉が次々に湧いてくる。


「でも……アリスも『過去』だ。誰とでも……未来は作れて……」


「……リリィは、あなたに幸せになってほしいんです。これは心の底から願ってる、本当の本当に本心なんです」


 引き寄せられたレヴィの手を、逆にリリィが自分の胸元に当て、両手で包み込む。

 温かい拍動が、レヴィの手を伝って彼の心音と同調する。


 続けて、リリィは言った。


「あなたを幸せに出来る人はアリスしかいない。そうでしょう? 借りが出来る度に、リリィに心が揺らいでいてどうするんですか」


「――」


 ド正論。

 これだからレヴィはいけない。感受性の豊かさ故に、人になにかされる度に「好きだ」と勘違いしてしまう。

 恐らくそれは、本心の「好き」ではなく、虚像の「好き」。あるいはただの「借り」を「好き」と変換してしまっているだけなのだ。


 昔からそうだった。

 無条件の愛、例えば両親に向けての愛は、いつでも揺らがないものだった。

 だが、リリィに「結婚しよう」と言われた時から、彼は崩れ始めた。――虚の「好き」を作ってしまった。それ以来、リリィのことを思い浮かべては「好き」と反芻させ、心の中でリンクさせた。そうでもしないと、「好き」は風船のようにどこかへ飛んでいってしまうから。


「だ、か、ら、リリィのことは好きじゃなくて借りを返そうとしてるだけ、それで話は合致するでしょう?」


「……凄いね、君は」


 見事に心を読まれたところで、レヴィは遂に折れた。

 もう威勢を張り合う必要も無い。それどころか、レヴィの本心を気付かせてくれたのだ。他でもない、リリィが。


「でしょう? むふふ、さ、起こしましょ起こしましょ」


 胸を張り、笑顔を作ると、リリィは再びアリスの頬をぺちぺちと叩き始める。

 それは段々と強さを増していったようで、最後にはもう心地良いくらいに爽快な音が、そこら中に響き渡った。


 その後、アリスに死ぬほど説教されたのは言うまでもない。

 その合間にも、リリィはレヴィの表情を伺い続けた。彼の心が「また」揺らいでしまわないように。




 健気な少女は思う。


 ――正直者は馬鹿を見る。その通りだと。

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