112話 「 」
「 」
何も無かった。
ただ守ろうとすれば、人が命を落とし。奪おうとすれば、それを邪魔する輩が現れる。それが通例、普通だった。
少女リリィは、いつも義憤の炎に燃えていた。母の無念を晴らす。――思えば、父親もレヴィの父に殺されていたのかもしれない。そんな勝手な想像が、無理に少女の心に負担となってのしかかる。
少女リリィは、いつも妬んでいた。アリシア・スパークス――魔女を。美しく、気高くて、それでいて愛嬌のある可愛げさ。何もかもが負けていた。普通より少し美人のリリィには、為す術もない。
アリスと仲良くしてきたものの、未だに彼女に対する軽い妬みは消えてくれない。それどころか、少しずつ増幅していった。
――自分が妬んでいるのは、紛れもなくレヴィが一番愛している女性。その事実が、少女の心に負担となってのしかかる。
少女リリィは、世界を恨んでいた。
何故、両親の命は早くに絶えてしまったのか。自分を置いていってしまったのか。不条理で理不尽な世界を、リリィは憎む。
アンノウンや仰望師団ような訳の分からないバケモノたちに追われ、仲間たちが死ぬことも、普通の生活をしていたならなかったのだろう。そんな妄想が、少女の心に負担となってのしかかる。
だが。
少女リリィは、レヴィを愛していた。
両親がいない悲しみや寂しさも、アリスへの妬み、嫉妬心も、世界を恨む邪悪な心も、彼を一度見れば、世界が変わって見えてしまったのだ。何故かは分からない。ただ、愛している。
愛、それだけがあれば戦争など無くなる――誰かが言っていた気がするが、まさにその通りなのだ。
愛があれば、憤りも。妬みも。憎しみも。全てが楽しみ、尊敬、慈しみに変わる。
世界を変えてくれたのはレヴィなのだ。
彼のために、今は亡き人に憤りは覚えない。
だから、彼が本当に愛する人を邪魔したり、妬んだりはしない。
だから、世界を憎むのは止めた。
だって、こんなにも愛している人が、変えてくれたから。
愛する人の作り出した世界を拒む理由などないでしょう。
少女リリィは、もう半分諦めていた。
レヴィがもう、自分のものにならないと分かっていた。
幼い頃の一時期。その時間だけが、彼を独り占め出来る唯一の時間だったのだ。
少女リリィは、もう諦めかけていた。
少女リリィは、もう諦めていた。
少女リリィは、諦めた。
少女リリィは、諦めた。
少女リリィは、諦めきっていた。
この「諦め」を、レヴィが変えてくれたなら。再び、彼の存在というものが、彼の言葉が、この決まりきったリリィの世界を。固定観念に塗れたこの世界を壊し、新しい世界へと旅立たせてくれるのなら。
――リリィは何事をするにも厭わない。




