11話 従者達
5月15日の午後8時頃、帝都の中心から少しズレた場所。王城から六キロメートル程離れた場所にある、フレイの父が所有する屋敷で悲鳴が起こった。
「ッ!そ、そんな格好でい、いきなり入ってくるなっていってるだろ!?」
そういってベッドの端に逃げ込み、部屋の角に体を埋める少年フレイ。
彼は羽毛布団を顔に掛け、部屋に入ってきた少女のあられもない姿に叫喚する。
それもそのはず。今彼の部屋に入って来たのは若干十五歳の少女。
女子が男子の部屋に入るのは別に疚しいことではないのだが、
「えぇ......今日あれだけ貶してしまったので...少しでも心が休まるように、目の保養になればと着てみたのですが...」
昼の威勢の良さは何処へと聞きたい気分だ。夜になり、早寝の父親はもう夢に喰われている。
メイドも、彼女一人だけしか雇っていない。
助けを求めても誰も来ないのは承知の上、彼はそれでも叫ぶ。
「だからって!せめてシャツくらい着ろ!」
そう、今彼女は下着二枚だけで彼の部屋に登場したのだ。まだ女性耐性の付いていないフレイは、声を枯らして叫ぶ。
「シャツ着たらもっといやらしく見えるかも...です」
昼は恥じらいの欠片もなかったのに、二人きりになると、急に恥じらいを持ち、色気も増すこの少女は...
紅潮し、もじもじと体をくねらせるシーエ。捩らせる腰と共に踊る長い銀髪。
「い、いやらしく見えないようにしろよ!」
「そ、それは無理です...」
そう言って、ズリズリと、ゆっくりとフレイに近付くシーエ。
その顔は、暴言を吐いていたとは思えないほど美しい。まさに美の暴力。
艶のある肌と輝く銀髪。双方が寄ってたかってフレイの目のやり場を困らせる。
「ち、ち、ちょ!は、離れて!」
「嫌です」
まだ思春期にも入っていない少年の方が、思春期真っ只中の青年よりも女性耐性は強いだろう。そう思ったシーエ。
だが、それは大きな間違いであり、誤算だ。
「や、やめ......え?」
「.........」
そういう疚しい知識も持たない少年に凶行は働かない。
彼女は、本当に彼の心を落ち着ける為だけに下着を着けたのだ。
最も、彼はそれで心が落ち着くわけがないが。
「シーエ?」
彼の足を伸ばさせ、その上に頭をそっと添えるように乗せる。
膝枕だ。
その行為は、まさに彼氏彼女のようで、
「...こうして見ると、彼氏彼女みたいですね」
「と、歳が離れすぎじゃないか!き、君はそうやって...か、からかってるんだろ!」
彼女の内心、正直な答えは否である。
彼女は本気で彼を手に入れたいと望み、その為に努力、実行する心持ちだ。
だが、まだ時期が早すぎる。彼はまだ十二歳で、シーエは十八歳。
この帝都での結婚条件は、お互いの歳が十八歳を超えること。つまり、後六年は彼は彼女のものにはならない。
違う、彼女は彼のものにはならない、なれない。
「...そこですか?私達が親戚なところは無視していいんですか?それにからかってなんていませんよ」
「そ、そっか...僕ら...従兄弟なんだもんね...」
そう、問題は歳の差などではない。
観点を置くべきは、彼らが親戚同士であること。常にシーエが含まれるリジェネ家が、フレイを含むジーク家に仕えている。
だが、彼らは近い親戚。それ以前の家系は、ジーク家とリジェネ家が結婚することなどなかった。のに、
「私は父親が憎いです。折角遠い親戚になりかけていたジーク家に...私より先に手を出すなんて...」
そう、彼女の父親はジーク家の女性と結婚した。フレイの叔母と呼べる存在だ。
この帝都では、二世代以上前に親戚同士が結婚していなければ、その子供達は晴れて結婚することが出来るのだ。
だが、彼女の父親はジーク家に手を伸ばした。シーエが拾うはずだった親戚同士の結婚という勝利を。
「......きっと、シーエが叔母さんでも、シーエがシーエのお父さんだったとしても、同じことをしてたんじゃないかな?」
彼女を太ももに乗せて、彼はベッドに手をついて言った。
そう、彼女が叔父や叔母の立場でも、同じことをしていたはず。でなければ彼女という存在は生まれず、こうやって膝枕もしていないはずだ、と。
「そ...うかもですね。...フレイ様はやはり秀才ですね。レヴィ様に匹敵する程ではないでしょうか。私の様な凡愚にはそんな考え、全く思いつきません」
いつも以上に敬語が丁寧なこと、いつも以上に自分を褒め称えることに少々違和感を覚えながらも、彼は横たわる従者の頭を撫でる。
その寵愛を微塵も残さずに心で啜る彼女は、強欲なのだろうか。
「でも、それ以前に僕として問題があるだけど...」
いつの間にかたどたどしさが失せたフレイは、それ以上に深刻な問題を彼女に告げる。
それは、誰にも分かりきっていること。
「何ですか?」
「......人前で暴言吐かないでくれたら多分...好きになれる」
好きになれる。その言葉に紅潮を隠せず、顔を太ももに埋める。
それでも上昇していく体温はフレイに十分過ぎる程伝わっていた。
「......頑張ります」
歯切れの良い、殊勝な心掛け。
これでシーエが改心して、人前で泣くことがなくなれば、もっと彼女を慕うことができるだろう。
母親を亡くした少年にとって、心に占める彼女の存在は大きい。彼女は二人きりになればこそ変な思い違いをしてくるが、それでもこうやってかけがえのない時間を過ごせていることには感謝している。
...これが永遠に続けばいいのに。
そう思う彼は、シーエと共に深い眠りに落ちた。
同時刻、帝都中心街の更に中心。
イヴァンの所有する屋敷では──。
「レヴィ君、入りますよ」
涼やかで静かな声。いつもの悪口がなければこれ程までに美しい声なのか、と感心するレヴィは、彼女の声に反応するのに少々時間を要した。
「いいよ、何の用だ?」
「はい、実は...子供が」
ドアを開け、お腹を擦って言うアリス。
だが、それは冗談だと分かりきっている。
彼はそんなことした覚えはないし、それをするつもりもない。
純愛を全うするつもりで彼女に恋をしたのだから。
「冗談はいいから。で、何の用?」
だがその冗談は、いつも通りレヴィの心を休めるもので、
「冗談はいいとか言って、実際欲してるんですよね?」
バレた。
そこまで顔に出ていたのか、と、顔を覆って目の部分だけ、指を開く。
パチパチと瞬きした目の先に、パジャマ姿のアリスがいて。
「...欲してない。もうお風呂入ったのか」
「何ですか?妄想ですか?いやらしいったらありゃしない」
「お前、シーエさん見てからマシだと思ってたけど同格だな」
そう、今回の傍聴会で、彼は暴力並に人を傷付ける言葉を見た。彼女の性格がどんなものなのか、垣間見る。否、丸分かりだった。
さぞかし家に帰っても暴言が止まらないことだろう。
「あの人と比べるなんて貴方頭狂ったんですか?」
「生憎、お前にだけは言われたくないね」
その言葉のどこが不満だったのか、彼女は頬を膨らませながら。足音を一歩一歩、ドンドンと響かせながら、ベッドに腰掛けているレヴィに近付いた。
「な、何だよ」
「そ、その...お前っていうのはちょっと...やめて欲しい...かも...です」
なんと可愛らしい要望。
お前という言葉が、毎回彼女の心に刺さっていたのだろうか。それならば、自分は刺さった棘を抜かなければいけない。
棘を抜く有効な薬は、彼女の要望に応えることだ。
「...か、かわ──」
言いかけたその言葉は、自分で振るった拳によって掻き消された。
痛い。が、それは掻き消さなくてはならない言葉だった。
...可愛い、なんて。
「な、何で自分を殴ってるんですか!」
「べ、別に?」
わけの分からない凶行に、驚愕の一言が目に映る。
主人がいきなり自身を殴ったものだから、
「精神病ですか?」
「ちげえよ」
今日は異常に冗談が多い。
もう、彼女に“ジョーダン・アリス”などという異名を付けてやろうか。
「と、とにかく。私を呼ぶ時は...アリスでお願いします」
「...分かったよ──ッ!?」
言い終わるや否や、彼女のダイブを喰らったレヴィ。
くい込む両手がレヴィの肋骨を締め付け、顔を腹に埋め、足をばたつかせる。
「痛っ!ちょ!あ、アリス!強化魔法解いて!」
言うまで気付かなかったのか。彼女は「あれ?」と呟きを零し、何かを呟いて強化魔法を解いた。
魔法が解ける瞬間、彼は何も感じないことの悦びを感じた。否、喜びだ。
「ふぅ...痛いわ!」
「ご、ごめんなさい!...なんか、ずっと昔からなんですけど、興奮したり、命の危険を感じると勝手に魔法が発動しちゃうんです」
なるほど、超危険な魔法使い。魔女だということが身に染みて分かる。
つまり、ハグをして興奮した時も同じような現象が起こり、“unknown”に腹を貫かれた時は勝手に回復魔法が発動するというわけだ。
「危険な部分と体を守る上で安全な部分がハーフハーフだな...」
「まぁ...それで話があって」
だからそれを早く言えと言っている。
冗談を繰り返し、挙句の果てに飛び込んだ理由は何だ。意味などないだろう。
そう、思っていた。
「簡潔に言います」
「魔法のことか?」
黙って首を振る。
ならば“unknown”のことか、それともミーナから託された豚達のことか、あるいは──
「好きです」
宣言通り、簡潔過ぎる言葉。
どうしようもなく意地っ張りで、どうしようもないくらい冗談が好きで、どうしようもないくらい可愛いくて、どうしようもないくらい、頼りになる従者。その口から発せられた、簡潔な言葉。
レヴィは泣いていた。




