108話 殺意の定義
「ミカにもう少し聞いてくればよかった……」
分からないことだらけ。
八方塞がり。
いろんな疑問が頭の中を跳ね回るが、依然としてその真実は掴めない。
何故、自分たちはお互いに殺意を持って接しているのか。急に現れたあの少女、ニヒェスと呼んだ彼女は何者なのか。レヴィは彼女に何を言ったのか。
どうにかして思い出そうとしても、これまた毎回同じように、靄がかかって記憶が見れない。
アリスも、レヴィと同じく気持ちが少し落ち着いたようで、血塗れになった服を着替え、今はレヴィの膝に頭を載せている。所謂、膝枕。
「ミカ……? って誰ですか?」
「え? あぁ、いや。こっちの話だよ」
ミカの言い回しからすると、レヴィ、ヴェリュルス、アリスの三人はミカやガブリエルと面識があったと見て間違いなさそうだ。
だが、レヴィとアリスはそれを忘れている。全てを知っているのは、ヴェリュルスだけだ。
「だめだ。話が謎だらけで何も掴めない」
「さっきから何をぶつぶつ言ってるんです?」
目線の下でそう尋ねるアリスは、先程レヴィの肩に噛み付いた時とは別人のようだ。
レヴィだけが殺意に駆られるのであれば、何かしら精神に異常をきたしたと見ていいのだろうが、アリスにもそれが起こったとなると、もう頭が回らない。
こういう時は、一度気持ちを落ち着かせて皆で散歩でもするべきなのだ。
「アリスは……いや、いいや。アリス、散歩しよう。皆を起こして、天界散歩」
「えぇ、皆でですか? 二人きりじゃなくて?」
「――今は危険だと思う。誰か、止める人がいなきゃ」
二人きりでどこかへ出かけたり、二人きりで部屋にいると、さっきのようなことが起きても対処出来ない。
何せ、理性がお互いぶっ飛んでいるから。
「? 危険?」
「……起こしに行こう。皆一緒なら、大丈夫」
アリスは未だに、自分の抱いた殺意に気付いていない様子。
故に、レヴィの放った「大丈夫」の意味すら、満足に理解出来ないままだ。
小首を傾げながらも、レヴィに続いて部屋を後にするアリス。
――その瞳は、先程までとは打って変わって「純粋」だった。
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皆を起こし、天界を歩くレヴィたち。
各々が――とはいっても、その中の数人がそれぞれの悩みを抱えていて、誰にとっても悩ましい状況であるのに違いはない。
一見なんの気負いもないように見えるリリィも、アリスたちの異変に多少は気付いている。ただ、声に出さないだけで。
「天界の散歩か。なんか目的でもあんのかよ?」
「……ちょっとね。散歩だけが目的じゃないのは、皆にも分かると思うけど」
赤い前髪をかき上げて質問するアブセルトに、そう答えるレヴィ。
レヴィが連れた少女らが、「レヴィの目的が散歩などでないこと」は、彼の言葉ですぐに理解出来る。
「散歩に行くから剣は持ってきて……って、なんか物騒じゃないですか?」
「誰が何をしでかすか分かったもんじゃないからね。ボクが敵でも何でも切り払うけど」
リリィは妙な雰囲気に肩を震わせるが、流石元仰望師団のレイラとアブセルトは身構えない――というか、心に余裕があるように見える。
レヴィの真意を汲めていないのが事実でも、彼が何かしら物騒な場所へ行き、物騒なことをしでかすことは彼女ら二人にはお見通しなのだろう。
「そりゃありがたい……レイラって剣振れるの?」
「ええ!?」
今更かと瞠目し、声を上げるレイラ。
元仰望師団ともあれば、全て権能で賄えただろうし、そうなれば剣を振る理由もないはず――近接戦に持ち込まれた時以外は、だ。
「振れますよ剣くらい。……ボディービルダーみたいにムキムキになれば、ボクのことをそうやって侮ることもなくなるかな……」
「デジャブ!?」
「デジャブ!?」
過去にこういった会話があったものだ。
過去とはいえ、もう一年近く前の話なのだが。
あの頃とは、レヴィの見た目も、アリスの心境も、何もかもがガラッと変わっている。
あの頃の自分は、これほど仲間を従えると思っていただろうか。
「デジャ……? それでレヴィ様、どこに向かっているんですか? あの邪精霊たちの根城だったり?」
「あー……ちょっと違う。違うっていうか……まだもうちょっと遠いかな」
レヴィの目的は未だはっきりと明言されない。そうしてしまえば、ここで引き返したりする者も少なくはないだろう。
というよりまず、その話をまともに受け入れるとも思えない。
――殺意に蝕まれているなど。
「ぐっ、が……あっ……」
――殺せよ。アリシアを殺したいんだろ? 私が、僕が、俺がお前がキミが自分が我が殺したがってんだから。
「れ、レヴィ様!?」
突然頭を抑えて立ち止まり、その場で蹲るレヴィに、少女らが心配の表情を浮かべる。
殺意が、迫ってくるのが分かる。
逃げられない。それは天災のような、それは津波。地震、雷、天変地異――避けようがないし、逃げようがない。
何せそれは自身の中にあるのだから。
「あ、アブセルトさん……」
「! 大丈夫かよレヴィ。おい!」
「あなたは……」
蹲るレヴィの背中を擦り、「大丈夫か」を連呼するアブセルト。その目は不安に潰されそうに歪んでいる。
――こいつも皆。みんな、皆ミンナ殺しちまえばいいんだ。僕が。僕が。僕が僕が僕が。
「だめ……収まれ」
何故、アブセルトの名を呼んだのかも分からない。
殺意が、この場の全員に向くことなど考えてもみなかった。そもそも、この殺意は何なのか。天界に来てから何かがおかしいのだ。
思い当たる節はいくらでもある。
アリスが原因。天界が、ミカが、ガブリエルが、ヴェリュルスが、ミーナが――ニヒェスが。
ニヒェス。彼女の暴力的な美貌を思い出す。彼女に比べれば、アリスなどゴミのように思えてしまう。
美しく、高潔な口から覗く犬歯と、それに付着した血液。
そして、彼女は。レヴィは確かに言ったのだ。お互いの名を。レヴィ、ニヒェス。ではなく。「ヴェル」「アイラ」と。
「え……?」
「レヴィ君! しっかり!」
それを自覚すると、遠くに聞こえていた少女らの声も近くなる。頭の端々までを襲っていた頭痛は収まり、視界のボヤけもなくなる。
ニヒェス。ニヒェス。ニヒェス。
彼女が今回の。諸悪の根源なのだろうか。
そうであれば、彼女を――。
――殺す? 殺さない。生かす? 生かさない。好き? 好き。好き、好き。好き好き好き。好き好き好き好き好き。
――彼女は?
「アイラ」
「ぇ? ――ッ!!」
噛。噛んだ。
美味しい。
美味。
体の底から、力が湧いてくるような。
そんな感覚が。
僕の私の俺の食欲を。
そそった。
「――殺すぞヴェル」
「お前を殺して。俺は」
二人の目が、金色に輝いた。




