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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第五章 アズリエル
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105話 不自然な邂逅

 生臭い。犬を、猫を、どのような小動物を殺し、解体すれば、このような独特の臭いになるのだろうか。

 辺りはその異様な香りで満たされていた。


 その臭いの元はやはり、生き物。だが、犬や猫といった小動物ではなかった。

 一言で言えば、人。人間だった。


 死体と、その腐臭がもたらす死者たちのパレードは、毎夜毎夜、新たな仲間を誘い込んでは拡大していく。

 それと同じく、異臭も拡大。近隣に住民などはいないが、それは差程問題じゃない。

 理由としては、その異臭は天界全域に広がっていたからだ。


 屍が積み重なり、あらゆる者らが手を重ね、体を重ね、お互いに抉られた箇所を凸凹で埋めたりしている。

 抉られた箇所は、まだ傷口が新しく、唾が残っていたり残っていなかったり。


 屍の作り出す小山の上で、一人女が立ち上がる。その風貌は、天使らに匹敵するくらいに美しく、見るもの全てを魅了してしまうかのうな、それくらいに素晴らしいつくりだ。

 恐らく、彼女の足下に倒れ伏し、息を絶やしたその青年も、彼女の魅力に心を奪われて、このような無残な死体となってしまったのだろう。


 死体を踏み、歩き、女は呟く。


「足りない。もっと。もっと」


 飢えた獣のように、彼女はひたすらに屍の――死んだ男たちの生気を吸い尽くす。

 手から足から、次々に吸われて無くなっていく生気が、目に見えるよう。


 彼女はそれらを全て吸い尽くすと、その剥がれかけた爪で死体を漁り出す。

 臭みの強い内蔵を取り除き、流石に新鮮とは言えない肉を一塊掴み出す。それを徐に口へと運ぶと、彼女はあまり上機嫌ではない様子で、また呟く。


「不味い」


 これは例外ではなかった。

 こんなものを美味しく感じたことは無かったし、食べたいと思ったこともなかった。飢えを満たせるものも、他に沢山あったはずなのだ。


 だが――。







 溢れ出す「サツイ」と「ショクヨク」を満たすには、これしか方法がなかった。


 虫を殺しても、何も感じなかった。

 犬を殺しても、鳥を殺しても、馬を八つ裂きにして食べても、何も感じなかった。美味しくなかった。


 ある日、ふと彼女は人を殺してみた。

 なんの躊躇いもなく、なんの考えもなく。


 殺してみたとは言っても、馬を殺したようにナイフを持って行動したわけじゃなかった。

 今まで、それほど触れ合う機会が無かった人間に触れた途端、相手の感情が逆流してきて、それを窘めている間に相手は死んだのだ。


 その頃は何も分からず、ただ恐れてその場から立ち去った彼女だったが、後に目撃者の証言や仮説から、彼女はこう呼ばれることとなった。


 ――ニヒェスと。


 天界での独特な言葉の中でも、最悪なカテゴリに入るこの言葉の意味は、簡単に言えば食人鬼。

 学問を学んだこともなく、言葉の意味などほとんど知らなかった彼女がこの言葉の意味を知ったのは、その事件から一年が経つ頃だった。


 初めて人を殺してみると、案外気持ちはスッとした。いけないことをしているという自覚もなく、ただ、自分の体がそうするままに殺したことが、例えようがないほど快感だったのだ。


 後々、彼女がその男を殺したのは、邪精霊でもなく、彼女本人の特殊能力だったということが判明した。


 それが判明したのは、彼女が捕えられて実験室に運ばれた時。ふと、実験長らしき人物がポツリと零した言葉を、彼女は聞き逃さなかった。


 実験室での暮らし――暮らしとは言えないほど、環境は劣悪だった。

 食べられるものはカビの生えた、ゴミ箱に捨てられているようなパンと、飲み物は実験者たちが使っていたトイレの下水。


 今思えば、彼らにはよく辱められたものだ。それもこれも、この力を使えばすぐに逃げられたのに。


 遅かったとは思った。

 だが、あのタイミングが一番良かったとも言える。

 その時、実験室には自分を辱めようと、虐めようと集まった男たちが全員集まっていた。もはや、実験ではなくただの性処理係。

 服を脱がされ、屈辱に塗れた顔で彼らの顔を見上げた時、ふと、顔に付着していたゴミが落ちた。


 すると、みるみるうちにあの感覚が蘇ったのだ。意図しないうちに、相手の命を奪ってしまった。

 否、もしかすると、本当はそれを願っていたのかもしれない。痛く、辛かった生活を助けたのは、他でもない自分の能力だった。


 男らの服を脱がし、ダボダボながらも着て、実験室の外へと出ると、そこは一面の花畑。白いユリや、向日葵、たんぽぽから紫陽花まで。

 これほど多様な花が一斉に花を咲かせるのかと驚きに瞠目したその時、辺りは枯れ果てた。


 活き活きとしていた花たちは皆枯れ、そこには枯れた葉と花の屑で出来た灰畑が広がっているだけだった。


 その時、彼女は思った。

 ――もう二度と、自分以外の者のために生きたりなんかしない。綺麗事もいらない。自分の邪魔をするやつは、皆食べてやる、と。



 女はとある民家へと辿り着いた。

 特別大きいわけではないが、それなりに金持ちらしい家だ。

 彼女はノックもせず、夜中の家へと忍び込む。匿ってもらう場所が欲しかったわけでもなく、寒さを凌ぐための場所が欲しいわけでもなかった。


 ここに来た理由は、「いい香りがする」から。


「美味しそう」


 初めてだった。

 確かに人の香りなのに、ここまで食欲を。殺意を唆られる香りは。

 どれたけ舌舐めずりをしても、唾を飲み込んでも、空腹が過ぎて涎が溢れ出てくる。


 複数あるうちの、一番奥の部屋。

 物音はしない。だが、何故か血の香り。


「……」


 だが、そんなことはどうでも良い。

 殺食欲を満たせるものが、そこにはあるはずだ。それは間違いなく男。

 今から食すその男に親近感を覚えるような感覚が少しあって戸惑うが、そんなことは気にしていられない。


 ――腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った。


 ぐぅと鳴りそうになる腹を抑えて、ゆっくりと扉を開く。

 まず視界に入ったのは、床中に溢れ出る血。そして、だらんと項垂れた青年と、それに齧り付く少女の姿――。


「――」


「……? ……へ」


 歯を突き立てた少女、アリスは言葉を失う。平静を取り戻し、自分がしていたことが、恐ろしいくらいに揺れて感じられる。

 頭を抱え、意味もなく涙を流し、口に入った青年、レヴィの肩肉を吐き捨てる。


 口の中で捏ねくり回された肉は、ふやけてドロドロになり、もう血で汚れた粘土のようになってしまっている。


「あんた、誰」


「だ……」


 答えるまでもなく、アリスは彼女の美貌に酔いしれる。女性同士なはずなのに、彼女の顔を一目見ると、蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。


「ニヒェス」


「にひぇ……」


 片言で話すニヒェスは、それだけ名乗るとアリスの前に立ち、翻った。

 彼女に背を向け、レヴィの顔をまじまじと見つめる。


「美味しそう。とても。美味しそう」


「だ、だめ……」


 力なく、アリスがニヒェスのブーツの端を掴むと、ニヒェスは唸る。

 獣が尾を踏まれて怒ったような。いや、それ以上に物凄く恐ろしい表情で、彼女を睨めつける。


「……レヴィ君は……だめ……」


「なんで。……男は。食べ物」


 現実離れしたその考え方に、どう反論するべきかも分からなくなったアリスは、静かに項垂れる。同じく項垂れたレヴィをちらりと見、訳のわからないこの状況に頭を悩ませる。


「じゃあ。いただきます」


 そう言って、ニヒェスがレヴィの顎をくいっと押し上げる。


「――っはぁ……」


 軽い衝撃だった。

 顎が押し上げられたことにより、少し開いた気道から、彼の肺に沢山の新鮮な冷たい空気が入り込み、彼の意識を引きずり出す。

 目を開くと、そこには見知らぬ女性の瞳がある。


「あぇ……?」


 それはもう、失禁するほどに魅了された。

 整った眉、小鼻、切れ長の目など、数え上げればキリがないほど。

 だが、レヴィは。ニヒェスは。

 お互いが視線を交差させた瞬間、何も考えることが出来ずにただ言った。






「アイラ……?」

「ヴェル……?」

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