103話 違う、ソッチジャナイ
ユリ畑から戻ると、天界のメンバーは疲れて座り込んでいる様子だった。確かに、アリスと話した時間はかなり長い。彼らが立ちながら待つには、十分足が疲れるくらいの時間は経った。
謎の殺意に脅されながら、レヴィはあくまで平静を装ってアリスと接する。最初のあの時だけは、頭がイカレてしまったのかと思っていたが、今ではその考えは変わった。
恐らく、第三者の関与。それしか考えられない。何せ、意味もなく無抵抗な彼女を殺したくなるような動機があるわけもなく、レヴィがそういった起伏の激しい性格といったわけでもない。
だが、どれだけ愛で心を満たしても、その奥底にはドス黒い、爛々と輝く綺麗な殺意が沈んでいるのだ――。
「レヴィ様。着きましたよ」
「え」
ふと顔を上げると、そこはもうセシリアの家だった。
ユリとアイリスの花畑から歩き出し、かなりの時間が経ったはずだ。その証拠に、夕方で沈みかけていた太陽が今では地面の反対側だ。その代わりに月と星が地面を明るく照らしている。
セシリアの家までの道のりが、やけに短く感じたのは恐らく、こうして考え事をして頭の中がパンパンだったからに違いない。
そうとも思わなければ――殺意で頭がいっぱいだったなど――。
「あぁ、戻られましたか。例のお姫様は奪還……出来たようですね」
「お姫様なんてそんなぁ……うへへ」
だらしなく照れるアリスの頭に軽くぽんと手を置き、レヴィは皆がそうするように、セシリアの家へと入り込んだ。
彼女の家は最初に来た時とさほど変わらず、一日過ごしたその面影が少し残っていた。
一つ変わったことがあるとすれば、ベッドの数だ。昨日はベッドが七個あったはずが、一部屋だけベッドが無くなっている。
まぁ、前日はリリィ、レイラ、アブセルトが、レヴィに添い寝していたから、ベッドの数はそれほど重要ではないのだが。
「ベッドはどこかへ?」
「あぁ……ここの統治者が持って行ってしまって……」
やはり、デルバはかなりの下っ端身分。
ほとんどなんの情報も持っていなかったのだろう。だからといって殺していいかと問われれば、それは否だ。
いくら悪人であろうと、仰望師団であろうと、人の命を奪っていい理由などあっていいわけが無い。
話ぶりから察するに、天界の統治者はなかなか姿を見せず、部下を送り込んで徴収しているようだ。
だが、ただのベッドがなんの役に立つのか――それは一向に謎のままだ。
「まぁ、誰かが一緒に寝れば大丈夫だからね……」
少し、時間が歪んだような気がした。
だがそれは気の所為で、周りの少女らは皆普通に喋っているし、動いている。
次第に歪みらしきものは無くなり、それと同時、一つの考えを思いつく。
誰がレヴィと一緒に添い寝するかを争いあっている四人の少女らの間に割って入り、レヴィが銀髪の少女の手を掴んで言った。
「今日はリリィと寝るから、皆は自室で寝てね」
「はぁ!?」
皆が声を揃えて口々に文句を言う中、手を掴まれたリリィは嬉しげ。そして、それを少し顔に出して、ボソリと呟いた。
「――す」
辺りの五月蝿さで聞こえはしなかったが、レヴィにとってはあまり大したことではない。だが、彼女の存在はレヴィの状況――「殺意」を確かめるのにとても良い人材だ。
彼女を利用するのは人として良い気分ではないが、言っている場合じゃない。終いにアリスを殺してしまったらどうする――その問いが頭を駆け巡り、そして。
「……やっぱり、大丈夫……」
「あ、あの……」
リリィの声も耳に入らず、レヴィは一つ思考していた。
アリスに対しての殺意が湧くのなら、一緒にいる相手がアリス以外ならどうなるか、ということだ。
思惑通り、リリィと一緒にいてもドキドキはするが、殺意は湧かない。やはり、誰かが仕向けたアリスへの復讐か何か。それが今、成されようとしているのだ。
「ちょっと! レヴィ様!?」
そしてそれに思い当たる節が一つ。
リリィを部屋に置いたまま、少女らで混み混みな廊下から、ミーナを連れ去る。
連れ去ると言っても、何も危険ではない。ただ、レヴィと同じ部屋に閉じこもるだけ。
文面だけを見ればかなり犯罪的だが、生憎レヴィにはそんな気はない。
「何? いきなり連れてきてさ。欲情した?」
「違うよ! ……少し、話がしたい」
そう言って、ベッドの横にある丸椅子に腰掛けると、ミーナはそれに応じたようにベッドに腰掛ける。
桃色の髪が、彼女が揺れる度にふわふわと踊る。
そして、邪精霊を宿しているのであろう彼女が話を聞く準備が整ったら――話を始める。
「……で、何?」
「相談っていうか、一つ聞きたいことがあるんだ」
「何の相談?」
眉間にしわが寄っていたのか、ミーナが眉間を揉み揉みし、レヴィにそれを伝える。
それに気付き表情を和らげると、本題に入る。
「……僕に、邪精霊が宿っているか、確かめてほしいんだ」
「んー、邪精霊ねぇ?」
レヴィの考えが的中すれば、自らの体に邪精霊が宿り、それが作用して殺意を抱かせているはずだ。
そしてそれは、今も尚邪精霊を宿しているミーナならば、すぐに分かってしまう。
だからこそ、彼女をここまで連れてきて、相談――質問している。
邪精霊がレヴィの体を蝕んでいるのなら、それを倒せば邪精霊は消えてなくなるはずだし、そもそもそれが一番納得がいく答えなのだ。
デルバを倒し、その一番近くにいたレヴィに宿る。まさに邪精霊からすれば、筋書き通りの展開だろう。
これ以上に素晴らしい展開はないだろうし、それを逃す理由はないはず。
この読みにミーナは、少しレヴィに顔を寄せ、まじまじと心臓辺りを見るが。
「邪精霊はいないね。どっかに逃げたのかも」
「逃げた!? じゃあ他の皆は――」
「落ち着いて。今感じ取った感覚では、誰にも宿ってないよ」
少し年上のか弱そうな少女の一言で、これほど気持ちが和らぐなんて、思いもしなかっただろう。
だが、その和らぎと共に襲ってくる、謎の不安感。殺意でないだけマシだが、それは言葉にし難い感情だ。
「それじゃあ誰に……」
「邪精霊は二個くらいなら普通に憑依するよ。多分逃げてった奴らに混じったんじゃないかな?」
これはまた、違った安心だが、不安感は拭えない。恐怖のような、何かおぞましいものがこちらへ迫ってくる感覚。
だが、そうしているうちに、扉の向こうからそれをドンドンと叩く音が鳴る。
おおよそ、また「女ったらし」とでも言われているのだろう。
立ち上がり、ミーナに言っていいと合図を出す。その先でアリスらが大渋滞を起こしているのが見え、少し笑った。
のも束の間、再び表れる殺意。憎悪、嫌悪感。
抜け出せない負の感情のスパイラルに、レヴィは屋内でさえも、頭を抱えかけるのだった。




