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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第一章 帝覚
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10話 暴言の化身のような女

「その考えは誤っているのでは?」


 統員が導き出した答えに、いとも容易く反論の意を評す女の声。

 声と共に立ち上がったのは、階下にいる民衆ではなかった。つまり、階上にいる征伐隊編成に関わった人間。


【......貴女は確か...フレイ様の従者のシーエ様ですね。何かご不満でも?】


 シーエと呼ばれたその女は、引き連れた男の子を起立させ、手を引き、レヴィとアリスのいる2.5階にある演台よりも下。丁度関係者傍聴席の延長線上にある演台に彼を立たせた。


「いえ、私ではなく、このガキが貴方の考えに異論を唱えてるんで」


「ガキって...」


 不満を露わにする主人の十二歳の男の子、フレイ。

 それもそのはず。従者が主人に向かって“ガキ”などと言うものだろうか。

 いくら口の悪いアリスでさえ、レヴィを君を抜いて、よもやガキなどと呼んだことはない。


【...シーエ様、貴女はもう少し自身の立場に観点を置くべきです】


「そんなことどーでもいいんです。とにかく、こいつが何か言いたいそうなので、聞いてやってください」


 統員の忠告などに聞く耳を持たないシーエと呼ばれた女性。

 金髪の主人、フレイと正反対の美しく長い銀髪と蔑みを浮かべる蒼眼が輝いている。

 演台まで連れてこられた少年フレイは、男の子にしては少し長い金髪の髪を持っている。緊張の一言が映る目は、シーエと同じく蒼い。

 彼の立場。彼は、帝国の傭兵達を率いている指揮長の息子であり、その指揮の権限は既に彼の手中にある。


「し、シーエ!僕はただ...」


「......」


 何かを弁明しようとしている様子のフレイ。だが、その気持ちは届かず、シーエは彼を無視する。


【フレイ様、何か考えがおありですか?】


「あ、ちょ、シーエが言ってよ!」


「何を言ってるんですか?自分で言ってくださいよ、もう一匹の雄なんですから」


 暴言の割には敬語を忘れないシーエは、そう言い残すとそそくさと元いた席に着席した。

 その後、私は何も知らないといった様子で彼を無視し続けた。


「あ...の、僕が言いたいのは......“unknown”がユアルレプスの人と交流手段を持っている...っていうのが、少し違うと思います...」


 そう言うと、彼は手に持っている手帳のようなものを開いた。


「あの子、何してるんです?」


「さぁ、何か調べてるんじゃないか?」


 そう、彼は調べていた。

 この意見を覆す根拠を。

 彼は民衆に間違った考えを広めるのを止めようとしているのだ。


「あ、あった」


 そう言って、彼は指を挟んだページを開き、演台にぐっと押し付けた。

 そして、開いたページに書いてある文字を声に出して読み始めた。


「...[これはユアルレプス“unknown”調査隊の記録である]」


【......それは?】


 なんの脈絡なしに読み始めた本。

 近くにいた関係者からは見えただろうか。その表紙と思われる部分に書いてある文字が。

 [ユアルレプス産の“unknown”について]


「さ、さっき述べた通り、ユアルレプスの人が“unknown”の調査を行った際に書いたと思われる...ち、調査書の様なものです」


【...内訳は】


「は、はい。じ、じゃあ一から読みます。...[ここ暫く、“unknown”を調査した結果、分かったことをここに記す。我々は、ユアルレプスの中心都市、ネグロードから主に発生していると思われる“unknown”を調査した]」


「“unknown”の発生源はユアルレプス...?」


 ネグロードから発生しているという言葉に反応する会場。ざわめきが一層増し、階上にいる人間の口が固く閉ざされる。


【.........】


 傍聴席から見ている人の目には見えた。フレイがいる演台の上の演台の更に上の演台に佇む国家統員の眉間に皺が寄っているのを。


 国家統員が民衆の前に出ることは多く、話が出来ないという様子の時、彼は決まって眉間に皺を寄せ、黙り込む。

 そうなれば、自分達は静かにしなければならないという暗黙の了解が、統員と民衆のなかには出来上がっていた。


「[ネグロードから発生した“unknown”の容姿は個体差にばらつきがあり、小さなものは一メートルから大きなものは三十メートルまであった。]」


「三十メートル...」


 三十メートル、昔の競泳プールと呼ばれた水溜まりの半分の大きさだ。

 レヴィは競泳を見たことこそないが、そのプールの大きさは知っている。それの半分、恐ろしい程巨大な敵である。


【...驚愕はしましたが、それが“unknown”の知性とどう関わるんです】


 ここまでで、“unknown”の知性と関係性のある言葉は出ていない。

 ここから、どう知性の話に繋がるのか。


「こ、ここからです。[我々はその中でも中ぐらいの大きさ。約十五メートルの蛇型の“unknown”を捕獲した]」


 蛇型、その言葉に驚愕を隠せないレヴィとアリス。

 ユアルレプスの連中が捕獲した“unknown”が何故この帝国にいる?


「蛇型...僕達が撃退した“unknown”も...元はユアルレプスに?」


「そ、そのようです、レヴィ様。で、ですが、この文書にはこうあります。[我々はその“unknown”を解剖した]」


【解剖...】

「解剖!?...解剖されたのになんでイアル街に...同じ蛇型の“unknown”が...」


 更に頭の中がこんがらがる事実。

 それが、簡単に調査書の中に書かれている。それを、簡単にフレイは読んでいる。


「わ、分かりません...ですが、交流手段を持たない理由がここに書いてあります。か、彼らはその“unknown”を解剖しました。ですが...[“unknown”を解剖した結果、分かったことが一つだけある]」


 その場にいる誰もが、固唾を飲んで彼の言葉の行方を伺った。

 その小さな口から発せられるものが、どれだけ予想外な言葉であるか、彼らには計り知れなかった。


「[“unknown”は臓器及び神経を持たない]」


「............は?」


 その場にいる全員が、暫くの沈黙の後に声を揃えて言う。

 臓器、神経を持たない。その言葉が頭の中を反響する。


「......と、書いてあります」


【つまり......神経を持たないということは、脳もないと?】


「そ、そのようです。実際、食道のみはあるようですが、消化器官も持たない、と書かれています。そ、その証拠に、“unknown”の腹に入った人間は消化されずにそのまま体外に排出されるので、バラバラになっていること以外は、食された人は綺麗に出てきます...」


 確かに、明るくなって目が捉えた傭兵、魔法使い達の死体は、バラバラになってこそいたが、消化されてドロドロというわけではなかったのを思い出す。


「あ、“unknown”に襲われた街で、ゆ、行方不明の人はいないことがその根拠です」


 その通りだ。行方不明者はいない。

 襲撃された街の全ての住人が、バラバラ若しくは惨死体となって発見されている。


【脳がないから、思考は停止...いや、考えることも出来ない。心臓や臓器もない...それなのに人間を喰らい、殺す。それはまるで...】


 まるで、


「死神...」


「......て、敵国ながら、ユアルレプスも“unknown”のことをそう呼んでいるようです」


 死を喰らい、自身もまた生きていない、死んでいる。それはまさに悪魔としか、死神としか呼べない存在だった。


「ゆ、ユアルレプスが発生源でも、彼らは意思疎通を可能としない存在です。と、統員様が言ったことは、不可能に近いと思われます」


 その時、不意に拍手が数回だけ鳴った。

 拍手をしたのは彼の従者であり、暴言の化身の様な少女、シーエだ。

 彼女は椅子に重く腰掛け、足を組み、一言だけ言った。


「よくやりましたよクソブタ。もう帰ってもいいんじゃないですかね?」


 相変わらず暴言が止まらない少女。癖が数分で直るわけもないが。

 王城だというのになかなか態度の大きな彼女は皆の視線を集める。


「そ、そんな勝手はダメだよ...まだレヴィ様とアリシア様の話が残ってる」


【フレイ様の考えは分かりました。どうやら私の意見は間違っていたようですね。...その本、調査書はどのように入手を?】


 まさか、と統員は疑う。

 海を跨いだ敵国のスパイが、この帝国の、しかも傭兵指揮長だったら。

 疑念が頭の中をぐるぐると回る。


「ち、父がユアルレプスに出兵した際に交戦した兵から盗みとったものだと聞いています」


 正直に答えたはずなのに、噛んだ所為で何故か嘘臭く聞こえるのは仕方のないことなのだろうか。

 まぁ、少年がそんなことするわけない。という固定観念が厳格な統員の心を蝕む。

 疑う理由など、本当にないのだが。


【ユアルレプスのスパイなどでなくてよかったです】


「す、スパイなんて...」


 そんな巧妙な仕事、自分に出来るわけないと、スパイを持ち上げてしまう謙虚な心。

 ずっと黙って見ていたレヴィは、アリスに、彼を見習って欲しいと願う。心が擦り切れている今の彼女にそんなことを願うのは酷な気がするが。


「そうですよ、冗談キツイですよ統員サマ。こんなクソガキにそんなこと出来るはずがないでしょう」


【.........レヴィ様、他に交戦中、気になったことなどはございませんか】


 シーエを無視し、レヴィに話をふる統員の考えは一つだ。

 これ以上彼女に暴言を許せば、フレイが泣くという可能性を考慮したのだ。

 そうさせないためには、これ以上彼女と話をしない方が吉。実際、レヴィに話をふった後は彼女は口を挟みはしなかった。


「...特にはありません」


 謎が多すぎて、“unknown”のことで頭がいっぱいになる。“彼”のことなど、考える必要もなかった。


【アリシア様は】


「私もありません」


 アリスも同じ気持ちなのだろうか。

 自分と同じ目をしていると感じた。


【それでは、これにて質疑応答傍聴会を閉会します】


 傍聴席を立った民衆に紛れた影は、彼らと共に蠢く。

 だが、その行き先は開く門ではなく。

 誰も、その影が消える瞬間を目撃してはいなかった。

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