96話 星
「お兄ちゃんが……?」
窓の割れる音。リーフェンスがレヴィを呼ぶ声が、隣室で就寝準備をしていたカオルたちの静かな入眠を邪魔した。
おかげ、と言うべきか、所為、と言うべきか分からないが、カオルは真実を知る。
元仰望師団のアブセルトとレイラからの意見、見解を信用するとなれば、彼は仰望師団に囚われてしまったと見て相違ないだろう。
「あぁ、けど……ひとつ気がかりなのは」
「青い目だよね……」
姉妹が続けざまにそう言う。
青い目――それが仰望師団にとって、どういう意味を指すのかは、元仰望師団であるアブセルトたちは知らない。
恐らく、仰望師団の中枢に位置する者であればそれを知りうるかもしれなかったが。
「青い目……」
「? どうしたの? カオル……」
「え……いや……デジャブ……です」
――走馬灯のように。しかし自らが体験したように思い出されたそれは、デジャブと言うべきか。それとも予知夢のようなものと同じ類なのだろうか。
「デジャブ? ……疲れてるのかな。今日はとりあえず寝よう? 明後日の天界に向けて、しっかり休まなきゃだし」
「……天界……?」
そういえば、とレヴィは渋い顔をし、カオルに事情を説明していなかったことを思い出す。
だが、迷いが生じた。
今、天界に行くと分かれば、彼女は本気で猛反対するはずだ。何せ、血を分けた兄妹が悪魔のようなものに取り憑かれ、どこかを彷徨っているのだから。
本当のことを言って、お互いに曲げられないものをぶつけ合って答えを出すのか、彼女を騙して天界へと連れていくのか。それとも、レヴィの意思で彼女を置いていき、トオルを探しに行かせるのか。
到底、ひとりきりでは決められない事案。
振り向き、腹の傷が治ったばかりのアブセルトと、懇親の一撃の反動によって手首を負傷した様子のレイラ。二人の顔を見つめ、頭の中で葛藤を繰り返す。
「……カオル、まだ決まってないから、静かに。怒らずに聞いてほしい」
「ダメです。お兄ちゃんは絶対に、取り返します」
涙を溜めて、しかし揺るがない兄への執着心と彼への愛。それらが、瞳の中にしっかりと渦巻いている。
艶のある黒髪が、割れた窓から入り込む生ぬるい風に撫ぜられると、カオルは続ける。
「お兄ちゃんは、絶対に助ける。それだけは、あなたが……レヴィさんが決めたことでも、曲げることは出来ません」
「……で、でも……」
言い返す言葉が見つからない。
出会って日にちの浅いレヴィからすれば他人も他人のトオルだが、カオルにとっては肉親。誰が放っておいて、黙っていられるものか。
実際、レヴィが父、イヴァンとシーガで出会した時だって、自身の感情は止められなかった。溢れ出る「助けたい」という思いが、何よりも先走って、他に何も考えられないのだ。
「レヴィ、二手に別れよう」
「別れ……」
「トオル捜索組と天界組。二つに別れりゃ、問題はゼロだろ?」
腹が千切れかけたというのに、呑気なアブセルトは、穏やかな口調でそう言う。
彼女の意見は一理――否、それ以上の価値があり、それを実際に行動してみるのもなかなかにいい案だ。
「……分配はどうするの? 僕やカオルの独断じゃ、絶対に均等にはならない」
「そりゃあお前、自主制だろ?」
続けて「私はアリス。レイラもだろ?」と二言。レイラは勿論彼女の問いかけに頷き、これで天界組が既に三人。
「……リーフェンスは?」
「レヴィ様の望む方で」
こうなれば、レヴィの意思で均等さに不平等が出てきてしまう。
だが、レヴィは敢えて言った。
「じゃあトオルをお願い。……頼んだ」
「――はい」
一瞬、予想を裏切られたように瞠目していたリーフェンスだが、レヴィが手を伸ばすとすぐさま素の表情に戻り、遂行の意を手のひらに込め、レヴィと握手を交わした。
「じゃあ、他の奴らにも聞いて回るか」
「うん、そうしましょう」
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翌々朝、遂に天界へと旅立つ準備が出来たと、リルムとリーフェンスから連絡が入った。
庭へと出ると、そこには巨大――を遥かに上回るような大きさの飛空艇が佇んでいた。
「でかい……」
「この大きさなら、多少塵に当たっても大丈夫です」
そうやって、胸を張りながら豪語するリーフェンスは、心做しか、魔力枯渇によってやつれているような気がする。
その心配は杞憂ではなかったようで、ふらふらと覚束無い足元が絡まり、リルムの胸元へと倒れ込んだ。
「……トオルの捜索、リーフェンスは出られないかな」
「いえ、大丈夫よ。これでも結構タフなのよ。竜車に暫く揺られていれば、体調も元に戻るはず」
レヴィは「そっか」と安堵の笑み。
リーフェンスは「任せてください」と、親指を立てて元気を装う。
天界組と、トオル捜索組は、かなり均等に分けられた。
アリスを何としても助けたい、と言って、レヴィと同行してくれることになったのは、リリィ、アブセルト、レイラ、リリの四人。
対して、トオルを救いたいと願ったのは、リルム、リリ以外の姉妹たち。カオル、そこにレヴィの要望で、お互いの組にミーナとリーフェンスが加わる形だ。
「思えば、トオルがいなきゃ男は一人なんだね」
ぞろぞろと集まってきた女の子たちを見渡し、男手が一人なんだと自覚する。
だが、後ろについてきてくれる女の子たちは、レヴィと同等――それ以上の手練ばかり。天界組だけでなく、トオル捜索組にも、戦力は均等に振ってある。
「難易度は、どっちの方が高いですか? リルムさん」
「そうね……未知数なのは天界の方、かしら」
それにはレヴィも納得の頷きだ。
まず、トオル捜索では、戦闘は多くても二度ほど。トオルと出会した時と、彼が逃げた際、もう一度出会した時だ。
それに比べて天界は、まず空を飛ばなければならない。それに加えて、ミーナの監視、天界に着いたら、今度はラグナロクが襲ってくる――天界の方が数倍難易度が高いかもしれない。
「そうですか……ミーナ、案内はよろしくね」
「ミーナ疲れたぁ〜」
そうやって駄々をこねる、ミーナの頭を優しく撫でると、レヴィは厳かな声色で放つ。
「……じゃあ、行こうか。……トオルを頼んだ」
「……」
皆が黙りこくるが、肯定の意と取って大丈夫だろう。理由は、全員の目に希望が宿っているから。
「……行こう」
まだ見ぬ早朝の暗い空に、異世界の星が燦然と輝いていた。
4章完結です




