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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第四章 異世界の星
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95話 蒼の天秤

「突然でごめんなさい。でも、今じゃないとダメだ」


 リーフェンスとミーナを連れ、屋敷へと帰ったレヴィは徐にリルムを呼び出し、目の前で言った。

 リルムは顔に泥を浴びせられたように苦渋の笑みを浮かべると、レヴィに向き直る。


「……どういうことかしら……?」


「天界……今すぐじゃないとダメだ」


 その言葉と、ミーナを連れているこの状況から全てを察したリルムは、強ばらせた顔を右手でほぐした。


 おおよそ、ミーナが何かを告げたのだろう。だから、こうしてレヴィは躍起になって行動を起こそうとしている。

 レヴィがこうして感情的に行動を起こすのは、大抵が人の為に動く時だ。恐らく今回もアリスのことを吹き込まれたのだろう。


「……ミーナちゃんは大丈夫なのかしら?」


「手錠をはめてます。魔力鎮静剤も打ってるから、多分逃げ出そうとしても無理ですよ」


 その言葉に、ミーナは少し顔を歪める。

 手錠をはめられた手首が痛むのか、それとも失策だったことを悔いたのか。


「そうなのね。ところで、なんで私の所に?」


「リーフェンスのことです。全て聞きました」


 屋敷に戻る途中で、リーフェンスから全てを聞いた。

 彼女は「創造の智」を持つガヴェイン。その力はあらゆる創造に対応していて、例えばこの場所で大昔の建造物を創造しろと言われても、成し遂げることが出来る。


 この力を彼女本人の口から聞き出したレヴィは、ふとひとつの答えを導き出した。


「――艇、ね」


「そうです。彼女の力があれば、出来るでしょう?」


 ほとんど間違いではない。しかし少し違うと言うように、首をゆるゆると振るリルム。


「この力は強大過ぎるのよ。それ故に、力をかなり摩耗してしまう……気付いていたでしょう? この子が少し、元気がないこと」


「……これで元気がない方なんですか?」


 そう言うレヴィの片腕を握り、頬を擦り付けるリーフェンスは元気そのもの。まさに具現化したような明るさである。


「そうよ。いつもはもっと明るいもの。今は……少し陰ってるわね」


「うっさい。陰ってるとか言うな」


 言い返す口ぶりからは、そこまで気力の無さは感じられない。むしろ、今までで最高潮じゃないかというほどに。


 ――好きな人の選んだ服に身を包み、それをあれほど褒められたなら、そりゃあ少しは気が良くなるのも無理はないが。


「ともかく、この子にはまだ無理なの。今日とは言わず、そうね……明後日くらいには回復してるかしら?」


「……明後日……ミーナ、間に合う?」


 力なく首を縦に振るミーナ。

 それにはレヴィも安堵の息を漏らす。


「じゃあ……明後日か。それまでに全員には伝えておきます」


「えぇ、お願い」


 それだけ言うと、リルムは体を翻し、自室へと帰っていく。その後ろ姿を見つめながら、どうにか手錠を外そうとしているミーナの頭をぽんぽんと叩くレヴィ。


「どしたのさ」


「戻ってほしいなぁってね」


「?」


 あどけない表情で、レヴィに小首を傾げるミーナは、その本質さえ垣間見えなければ、ただの可愛らしい少女だ。


 ――ミーナの件と、アリス、そして天界の件が全て片付けば、何もかもが上手くいくはずなのだ。なのに、何かがそれを阻もうとする。どうしても、目的までに壁が生まれてしまう。レヴィの生まれた星なのか、それだけは昔から変わらない。


「『王様』、伝えに行くんでしょ?」


「……うん」


 ミーナから溢れる、謎の温かみを感じながらも、レヴィはその足を進めた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 屋敷の二階に位置するとある部屋に、トオルは立ちすくんでいた。否、頭を抱え、今にも発狂しそうな程にもがき苦しんでいた。


 腹の底から煮えくり返りそうな怒りが湧き上がり、その感情は抑制出来ない。

 胃の裏が痒くなり、腹を掻き毟ってはその痛みに苦痛する。


 終いには手を喉に差し込み――。


「うぁあぇぶぉ!! あぁ……うぶっ……」


 吐き気など優しいものだ。

 それ以上に、具現化したような憎悪と怒りが、体を蝕む。


 苦しい。その言葉だけが頭の中を反芻し、飛び交い、ぐちゃぐちゃになった感情が表裏ひっくり返り。

 妹のこと――そんなことさえも忘れ、暴れ、髪を掻き毟り、自傷し、部屋のあちこちに体をぶつけ――。


「――」


 赤眼が光った。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 それは突然だった。

 屋敷の奥で小さな明かりが灯ったかと思えば、その光は突如として大きく膨張し、破裂した。

 光に呑まれたレヴィ一行が目を開くと。


「なん……」


 レヴィたちの立っている廊下の奥に、ひとりの影が見えた。ひとりのはずが、それの圧迫感はまるで何十人にも囲まれているような。そんな風にさえも感じさせる程の威圧感が、廊下を包み込んだ。


 それは、リルムと話したことを皆に伝えて回ろうとしていたレヴィ。リーフェンスの手を引き、アブセルトと会話を始めた瞬間だった。


「……やべぇぞ」


「やばい? あれは……トオル?」


 廊下の先に立つのはトオル。

 その表情は暗く、口元には何やら吐瀉物のようなものが付着している。


 様子のおかしいトオルに近付こうと、レヴィが足を踏み入れた瞬間、世界が反転する。


「え」


 世界が反転したのではない。自分が宙に投げ出されたのだ。胃の中の何やら分からない液体が、体の中で踊るのが良くわかる。

 足がおぼつき、ふわふわという感覚が体を包む。


「――……ったぁ……」


「レヴィ様!」

「レヴィ!」


 アブセルトとリーフェンスの声が重なるが、脳震盪の所為で声が何重にも重なって聞こえる。

 何が起きたのか――自分がひっくり返ったこと以外は全く把握出来ないまま、レヴィはゆるゆると立ち上がる。


 彼の視線の先にはトオルが。

 その距離は、恐らく一歩では到底到達出来ない。

 なのにレヴィはひっくり返った――。


「トオル……? どうしたの?」


「レヴィ、あれはトオルじゃねぇ」


 その言葉に、言葉を失うレヴィ。

 全てを察したのだ。


 紅く光る眼光と、体から溢れ出る狂気。幾度となく対峙した悪の存在、仰望師団であると。


「トオル……嘘だよね……君だけは……大丈夫だって思って……」


 レヴィの声に微動だにしないトオル。ただ立ちすくみ、虚ろながらも鋭い目付きでレヴィを射抜くだけ。


 ――トオルだけは、侵されないと思っていた。仰望師団という悪に、ひれ伏さないと。それを振り払うだけの強さがあると、信じていた。

 だがそれはただのレヴィの思い上がりで、実際はそれとは程遠い、悪夢のような現実が目の前に広がるだけだった。


「レヴィ、お前も気付いてるだろ。あれになっちまったら、もう元に戻る手立ては――」


「嫌だよ」


「嫌だって言っても……」


 そんな言葉を発することも、彼と剣を交えることも無意味だと、レヴィは。否、彼が一番分かっている。

 なのにどうしても、限りなくゼロに近い可能性に縋ってしまう。トオルが、自力で戻ってくると。


「君は……俺が救う」


「レヴィ……」


 彼を身動き取れない状態にしたとしても、そこから話し合いでどうにかなる相手でないことは承知の上だ。

 力でねじ伏せ、活き活きとしたトオルを取り戻す――出会ってそれ程間がないのに、レヴィは無意識にそう思っていた。


「――」


「必ず」


 その言葉を筆頭に、レヴィは踏み込んだ。

 前傾姿勢を取り、相手に首を取られないように注意しながらトオルの懐に入り込む。


「はああっ!!」


 クロウでなく、たまたま持ち合わせた剣故に、その剣は脆く弱い。だから、本気で振り切って仕舞えば、剣は耐久しきれずに破損する。


 本気で振り上げられないが、その力加減には自信のあるレヴィ。

 微妙な加減を加え、剣が渾身の一撃となってトオルの首元に迫る――が。


「と――」


 ものも言わないトオルは、レヴィの剣を片手で受け止めると、それを握り締め、いとも簡単に壊してしまう。

 バラバラと破片が散る最中、レヴィは垣間見た。トオルの目の奥に光る、青色の光を。


「ふぇ――」


 最早、狂気ではなく悪魔そのものだ。

 そこにいるだけで威圧感を与え、一度触れることがあれば恐れおののいて失禁してしまうような。


 そんな存在を目の前にして、レヴィは何も考えられずに倒れ伏した。

 ここまでの間、たった七秒。


「レヴィ! このっ! どこの精霊か知らねぇけど……さっさと消えろよっ!」


 そう叫び、陽喰の剣でトオルの腹を断ち切るアブセルト。剣に宿る淡い橙の光が、トオルを通り抜けた瞬間、眩い閃光が飛び散る。


 通称、エルゼルム。陽喰の最終奥義とも呼べるそれは、「隕鉄を断ち、空を割る」と噂される。


 エルゼルムが屋敷の廊下全てを橙に染め、閃光が暗闇と溶けきった時、アブセルトは驚愕に声を詰まらせた。


「――っは……?」


 確かにトオルの腹を切り裂き、その手応えも確認した。更に言えば、そこから吹き出るはずの返り血も、確かにアブセルトの左肩に着いている。

 なのに――いや、その血が誰のものかは、自身の腹に走る激痛から、確認出来た。


「ぐはっ!?」


 真っ二つとまではいかないが、まさに腹の皮一枚で繋がれた腹部は、赤ん坊が泣くように、血が吹き出ている。

 呼吸の度に空気がヒュッヒュッと腹から漏れ、その音が二度目の死へと、アブセルトを誘う。


「姉さん! はぁっ!」


 どこからか駆け寄ったレイラの一撃は虚しく回避され、トオルは窓を割り、地面へ落下。

 ――落下如きで死んでしまうのなら、アブセルトはこうして腹を抱えて脂汗をかいていない。


 くるくると回転し、綺麗に着地を決めたトオルは、漸く立ち上がり、割れた窓から覗き込んだレヴィを青い視線で射抜く。


「レヴィ様……あれ……」


「トオル……何が……もしかして、邪精霊に……?」


 その問いかけにも返事はせず、トオルはただ翻ると、ゆっくりと歩き出す。


「待って! トオル!」


 何も出来ずに立ちすくみ、石のように固まったリーフェンスを置いて、レヴィは階下へ向かう。


 螺旋階段を下る途中、何度も足がもつれ、踊り場へと転げ落ちるが、そんな痛みは感じないも同然だ。

 トオルを助けたい一心で、庭へと飛び出たレヴィを、誰かが止めた。


「レヴィ。止まれ」


「ヴェ……リュルス。ごめん、今はトオルが最優先だ」


「……一回飲み込まれたお前なら分かるだろ? あれは己の強さで立ち向かわなきゃ、勝てないし抜け出せない」


 そんなこと百も承知だと、涙を溜めた目で訴える。目の前にいるはずのヴェリュルスが、涙でぼやけ、滲み、消えそうになり、涙を拭く。


「だから待て。ゆっくりでもいい。焦らず、あいつの気持ちを変えてやればいい。今近付いて、もしもお前が殺されてみろ。あいつは心に傷を負う。そんなの嫌だろ? なら、万全の用意をしてあいつを助ける。それでいいじゃねぇか」


「でも……どこに行くか……分からないじゃんか……」


 それも一理ある。というように、頷き、暫く目を閉じるヴェリュルス。彼を振り切り、トオルを追うことも出来ただろうが、レヴィはあえてそれを選ばない。

 彼の言葉を最後まで聞くべきだと思ったから。


「お前は……どうだった?」


「え……」


 突然の問いかけに、言葉が詰まる。

 どうだった――か。


「アブセルトやレイラを殺しても、それでも信じて待ってくれている人がいた。……まぁ、最後はたまたま出会ったが……それでも、信じてくれていたことに嬉しさを覚えたはずだ」


「……」


「なら、あいつにするべきことは同じなんじゃないか?」


 ――ヴェリュルスの言葉は、いつも核心を突いていて、僕の心を導いてくれる。


 その事実があれば、彼の言葉を信じるに越したことはない。今はトオルを負うべきではなく、アブセルトの容態を確認し、応急処置をすることだと、心の中で彼が囁く。


「……ヴェリュルス、ありがとう」


「例には及ばん」


 その言葉を交わすや否や、彼は目の前から霧散する。元々幻覚のような彼だ。どんな消え方をしたって、不思議には思わない。


 階上では、割れた窓からリーフェンスが覗き込み、「レヴィ様!」と叫ぶ。

 おおよそアブセルトの傷が――と言ったところだろう。


 闇夜に溶けたヴェリュルスの影に、何故か涙を流しながら佇むレヴィは、それを拭うと翻り、足早に階段を上った。

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