9話 扉を叩く音
「僕に...“何か”が乗り移りました」
言葉を失う民衆。
否、民衆だけでなく、国家統員、アリスさえも何も言えなかった。
その理由は明確だ。
“言っていることの意味が分からない”
【......とは?】
静寂を突き破って声を発したのは、統員。
厳かな声がオブラートを無くし、剥き出しの敵意がレヴィに届く。
「とはって......だから、僕に“誰か”が!」
【お戯れはよしてください】
戯れ、戯れ言だと思われたのか。
レヴィの中に、未だかつて無い程の憎悪と怒りが湧き上がる。
「た、戯れじゃない!」
【じゃあ言い方を変えます。ふざけないでください】
「ふ、ふざ...」
今までに自分を馬鹿にされたことなどなかった故の怒りだろうか。
否、馬鹿にされたことはある。主にアリスに。
だが、真実を言って、それを馬鹿げてると言って蹴り落とす人間には出会したことがなかった。
【......】
「僕が...嘘を言っていると思うのか...」
【そうとしか思えませんな】
「み...皆は...?」
階下で眺める民衆に問う。
その眼差しは、信じている人間はいただろうか。冷たさの一言だった。
「......」
「...ア、アリス!アリシア!」
静寂が流れ、そのまま流れるように目が捉えたのは、狼狽えた目をするアリスの姿。
彼女は、今この場所で立ち上がり、彼の援護をするか、選択に迷っていたようだった。
だが、主人の声で迷いは晴れた。
「君なら...信じて...くれるか?」
「.........」
静かな時間。それが彼にとってどれだけの重圧になるか、アリスには分かっていた。
彼女には、その時間を短縮する義務がある。そう考えた。従者として、愛する人として。
「私は周りの誰が貴方を信じなくても信じきってみせます」
清々しい程さっぱりした答え。
いつしか、震える手は震えを止め、頬を伝う涙は演台に落ちた。
涙を袖で拭い、彼は堂々と言う。
「......二人だ」
今度は拡声魔法のかけられた棒にしっかり声を吹きかける。
統員に、彼らの耳にしっかり入るように。
【...二人の証言よりも、我々国家統員の方が権力は上です。相手がいくら王家の末裔であっても、戯れ言を信じるわけにはいきません】
そう、国家統員の権力は、現国王の次に強大だ。いくら王家の末裔と言えど、まだ公務に就いていない人間の言うことなど、無視しても構わないのだ。
だが、その時、レヴィは父イヴァンの口が開いたのを見た。
「まぁいいじゃないか。聞いてやろう」
公務の時の厳格な顔ではない。
二人っきりの時やアリス達と屋敷にいる時の、優しい笑顔だった。
こんな顔を見たのは初めてなのか、統員達の目は狼狽えていた。
だが、彼らの切り替えは早かった。
【御意に】
忠誠の度合いが測られる返事。
「レヴィ、話せ」
「はい」
そう、しっりとした返事をした後、レヴィは手招きでアリスを呼ぶ。
後になって同じことを二回言うよりかは、同じことを同時に言った方が効率が良いと考えた。
「私ですか?」
「君しかいないだろう」
たわいないやり取り。
疲弊に疲弊を重ねたレヴィの心に染み渡る、アリスの声。
【では、レヴィ様、及び従者のアリシア様、再び証言を】
演台で、レヴィの横に立ったアリスにかけられる言葉。
彼女は唾を飲んだ。
「...さっきも言った通り、僕に“何か”“誰か”が乗り移りました」
そう、“彼”が乗り移り、“unknown”を殺した...はずだ。
【その後、どのようにして“unknown”を撃退したのですか?】
「撃退?」
主人と従者、二人の声が重なる。
聞き逃せない言葉だったからだ。
レヴィは、確実に“unknown”を殺した。討伐したのだ。それが何故撃退に──。
【報告書にはそうあります】
「報告書!?」
またしても声を重ね、二人して顔を見合わせる。
何しろ、お互いそんなものを書いた覚えはないのだから。
「君が書いたのか?」
「レヴィ君が書いたんですか?」
声が重なり、二人同時に首を横に振る。
何がおかしい。
思い出す、アリスの言葉。「征伐隊は全滅です!」
【......お二人共、何を】
「報告書って言ったな?」
再度問う。
“報告書”とは何なのか。
【はい、[第一次“unknown”征伐戦報告書]とあります】
「...そんなものを、誰が書ける?」
【生き残った傭兵でしょう】
「生存者がいたのか!?」
ありえない事実。
歪曲された事実を耳に挟むや否や、二人は叫んでいた。
圧倒される民衆は、何も言葉を発しないまま、ただ耳を傾けて立ち尽くしていた。
「ありえません!私が気を取り戻して生存者を探した時には、レヴィ君以外の全員が息を引き取っていました!」
そう、一人ひとり名前を呼んで、息を確認する。それは首が飛んでいても。
全員が死んだ。その事実は曲がらない。
しかし、
【...しかし、ここにはその傭兵の名前が──】
「誰だ!」
言葉を遮って、レヴィが怒鳴る。
それもそのはず、生存者がいる。ということは、レヴィとアリスの戦いを、彼らが死に瀕するところも見ていたはずなのだ。
それなのに助けも、応戦もしない。
謀反者──それは誰だ。誰だ。誰だ。その一言が、脳内で何度も繰り返される。
【彼の名前は、リビル・レレモード】
二人の脳内でリピートされる名前。
リビル・レレモード。謀反者の名前だ。
だが、
「知ってるか?」
「...知りません。少なくとも、傭兵や魔法使いの名前は全部暗記しましたが、そんな名前の人は知りません」
魔法を使ってでも覚えた征伐隊全員の名前。そこには彼の名前は含まれていない。
会ったことすらないと、アリスは記憶を信じて言う。
【...何を言っておられるのです。彼は、この報告書によれば、当“unknown”を撃退したのは彼だと記されています。そんな人を忘れる、いえ、見ていないわけなどないでしょう】
「何を言ってる!“unknown”を討...撃退したのは僕だ!アリシアが見たことがその証拠だ!」
正確には、“彼”の成果なのだが。
アリスはしっかりと見ていた。自身に空いた風穴よりも、レヴィの心配をしていたから。
【アリシア様、本当ですか】
「私は...そのリビルという人は知りません。見ていません。その報告書は捏造されたもの、或いはただの民衆の悪戯でしょう」
悪戯。そう考えれば、可愛らしく見えるものだが、前者ならばそれは国家転覆罪にも相当する大罪だ。
【魔女様がそう言っておられるなら、事実には間違いないのでしょうな。...レヴィ様】
「な、何ですか」
声が急に変わった。
だけでなく、頑なにレヴィを睨んでいた目が、緩やかに自責の念を表し、すまなさそうに言った。
【先程のご無礼、申し訳ございません。私はこの捏造の報告書に気をとられすぎていました】
「そ...んなことはどうでもいい。とにかく、“unknown”を退けたのはこのアリシアと僕だ。それに、他の傭兵、魔法使いは全滅、皆死んでいる。それが事実だ」
そう、アリスとレヴィとで力を合わせて“unknown”を退けたはず。そこは曖昧だが、全滅した征伐隊の命を復活させることは叶わない。
【理解しました】
「...“unknown”が死んでいない...“unknown”の討伐が撃退になっている件については、なんとも言えない。奴が本当に息を引き取っているのか、それは確認していません」
ただ、肉塊になっても尚、生き返る生き物などいるのだろうか。
否、いない。
レヴィの中に、自問自答の渦が巻き起こる。
【件の“unknown”が生きている証拠の一つとして、こういったものがございます】
そう言って、統員は冷や汗を流し、謎に強ばった声で、
【イアル街での貴方達の征伐戦の後、イアル街の隣の街、リーナ街に蛇型の“unknown”が出現。リーナ街の半分が壊滅。その後、壊滅した場所にユアルレプスの兵が侵入...我が国が攻められています】
「“unknown”が...生きている...?国が、ユアルレプスに?」
唖然に口を開くレヴィ。
それはまた、民衆も同じであり、ざわめきが広がる。
新聞社の人間は一斉に王城、広報室から飛び出し、我が新聞社に帰っていった。
「ユアルレプス...都合が良過ぎますね。なんで“unknown”が街を壊滅させた後に...しかもあの広い海を渡って来るのに...タイミングがおかしいです」
彼女の言う通り。広大な海を渡り、本国ルーナに到着するまでに約九日。
“unknown”のリーナ街への襲撃とタイミングが合いすぎているのだ。
【つまり...知性を持たない“unknown”がユアルレプスの人間と何かしらの交流手段を持っていると...?】
それは、誰にも目視出来なかった。
レヴィでも、アリスでもイヴァンでも国家統員の誰でもない。
それは、不敵な笑みを浮かべた。




