短詩の風2016 〜幻想のフリューゲル〜
2016年2月20日、泳二さん( @Ejshimada )主催のTwitter上の企画 「短詩の風」 参加作品と宣伝用短編のまとめです。
片思いの先輩が消えた。
帰り道。踏切の向こうで何か言いかけた先輩を、東武線のシルバーの車体が遮った。電車が過ぎた後に先輩はいなかった。まあいいか。明日聞けば。
それっきりもう一週間。
先輩の家を訪ねると、やつれた先輩のお母さんに一枚のメモを渡された。
「 #短詩の風 ……?」
僕には秘密の能力がある。
空気の流れが文字になって見えるのだ。少し前まで「冷」が舞い飛んでいた空に少しずつ混じりだした「温」や「暖」。……何か変だ。異変に気付いて窓に張り付いた。幾つもの言葉が、それが成す歌が、詩が、晴れた空を覆うように流れてゆく。
「これは…… #短詩の風 ?」
「虚無」との戦いは圧倒的に不利だった。古き「短詩遣い」は全盛期の数百分の一の数しかいない。現実から無限に染み出す虚無。誰もが諦めかけたその時。風が吹いた。手にした携帯端末から。電源が勝手に入り、アプリが立ち上がる。心の中に直接、何者かの声が響く。『共にあれ…… #短詩の風 と』
空を流れてゆく大量の詩歌の文字列。
その中の、小さいながらも銀色に輝く言葉の列。その出処を確かめたくなって、気がつけば僕は #短詩の風 を遡って駆けていた。
街路を抜け、柵を越え、橋を渡り辿り着いた小さな病院。その窓辺。空に向かって歌っていた君が僕に気が付いた。
「や……やあ」
短詩遣いの一人が、携帯端末を暗雲立ち込める空にかがけた。輝くその画面からふわり、とそよぐ風。一人、また一人と携帯をかがげる短詩遣いたち。新宿で。函館で。堺で。長崎で。広島で。風は集い、唸りを上げる気流となって、虚無の暗雲を吹きはらった。
「これが #短詩の風 の、本当の力……!」
先輩。なぜ失踪なんて?
「感じないの?この風を」
風?
「あなたは毎日に満足してる?日常を幸福だと思ってる?」
なんの話……ですか?
「来た」
何がです?
「 #短詩の風 、よ」
先輩……背中……その翼は……?
「あら。人の心配をしてる場合?」
振り向けば、僕の背中にもーー。
◆想像の翼は既に君の背に 今宵、言葉の気流に乗って
◆詩や歌が無力だなんて言わせない 編めよ詠えよ虚無はもう無い
◆流れゆく歌が導く出会いなら 愛おしみたい詩を編むように
#短詩の風 #tanka #jtanka
遥か眼下を流れ去る夜景。
と、と、飛んでる⁉︎
「当たり前でしょ。今更ビビらない」
ど、どこ行くんです?
「短詩遣い達が虚無を祓ってくれた。今夜なら跳べる」
だからどこへ?
「ーー十年前へ」
先輩は僕の手を取り一層強く羽撃く。渦巻く #短詩の風 の中心へ、僕らは一気に飛び込んだ。
#短詩の風 の渦を抜け、気付けば川の側の小さな病院。二階の窓を見上げて、誰かに一生懸命に言葉を掛ける少年。
ここはーー。
「十年前。斑鳩市。もう、忘れてしまった?」
憶えてはいます。けど、これは……。
「思い出したくない記憶?」
ええ。あの子は結局……。
「生きてるの。あの子」
え?
「病院を移っただけ。手術は成功し、その子は今も生きている」
まさか、まさかーー。
「私の父があなたに私が死んだと伝えたせいで、あなたは風に文字を視る力を失った。私は謝りたかった。そしてあなたに、力を取り戻して欲しかった。 #短詩の風 だけが唯一の希望だった」
先輩……。
「 #短詩の風 の力であなたは……幻想の力を取り戻した。あの時はごめんなさい。そしてありがとう。私が手術を乗り切れたのは、あなたが勇気づけてくれたお陰」
先輩の周りをくるくると沢山の文字が舞う。それを視た僕は顔を赤らめて俯いた。
先輩。
「なあに?」
一つ、いいですか?
「ええ」
あの時。失踪する前の最後の夜。踏切で、何か言いかけてたでしょう?
「……そうね」
何を言おうとなさってたんです?
「教えない」
先輩は翼を広げ、再び空に舞い上がった。
「もう視えてるんじゃないの?その質問の答え」
僕も先輩を追って飛ぶ。
心地よい #短詩の風 を体中で感じながら。