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DUAL SEED ~Moonlit flower~  作者: 銀崖座
プロローグ
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エピソードZERO

学園異能バトル。厨二設定好きな方はどうぞ。

エピソード 0

 想い ~ビフォア ザ ストーリー~


 私から――私の体から空中に紅い鮮血の橋がかかる。

蒸し暑いだけの世界にあって、その赤は私にさえ綺麗だという感情を運ぶ。

「ぐう、ふぅぅうう!」

 次の瞬間、呼吸を遮って、口内へ血が逆流してきた。生暖かく粘度の高い血液は、結んだ唇を割って口端から垂れていく。

「きゃはははは! 綺麗な顔もそんなんじゃ台無しねぇ! 百年の恋も冷めるってやつよ」

「くううう、端ヶ谷さん……なぜこんな……ぐう……事を?」

 私は痛みから片目を閉じて、それでもこの疑問を解きたくて、眼鏡の向こうに佇む彼女に尋ねる。

「なぜかって? 決まってるじゃない。あなたが、私の世界に不要だからよ……この邪魔者が……」

 切れ長で美しいのに、とても冷たい目が私を刺す。彼女が長い腕を縦に振ると、ナイフから剥がれた血が、ひび割れたコンクリートの壁や、コケむしたガードレールにピチャピチャと降り注いだ。

「!」

 私は驚愕する。たった一振りでナイフについていた血が、綺麗さっぱりとなくなっていたのだ。それは新品のように輝いて、夏の太陽と青空を映す。

「な、そんな事……あるはずない……」

 思いながら、私は気がついた。

「まさか、そのナイフ……」

「んふふ……いいでしょ? これはね、ナイフの外面全てが、空気でコーティングされてるの。だから指紋はおろか、ルミノール反応だっけ? それも出やしないのよ。あなたがシードなんて洒落て、呼んでる力のおかげでね」

 彼女は得意げにナイフの切っ先を、指先でなぞる。

「く……いったい誰の……私はそんな力を……そんな種を蒔いた覚えなんてない」

 歯をかみ合わせると、エナメル質の上で、血液に含まれた鉄分がキシキシと不快な音を立て、鼓膜をつつく。

「くぅ、ははは、ははっ! ……思い上がるなぁ!」

怒号とともに、二度目の激痛が襲う。

「ぐうう……」

引き結ぶ唇を割って、血が滝と滴る。

「あなた、どんなに傲慢なの? まさか自分だけが、人の可能性を解放できる力を持ってるなんて、思ってるんじゃないでしょうね!」

 ぎりぎりと深く、ナイフが私に進入してくる。こんな時にどうしてと思ったが、破瓜とはこんな風なのかもしれないと思った。

 そんな事を考えてしまうほど、私は危険だったのだろう。脳が痛みを回避するために、現状とかけ離れた夢を見せているのだ。

でも私は、彼女の行動の欠点を見つけて、僅かに唇を緩めた。

「……い、いいの? そんなに深く差し込んだら、大量の返り血を浴びる事になるわよ」

 私は、これで何らかの証拠が残せると思った。

「んふふ……勉強は出来るんじゃなかったの、特待生さん? 一度目も結構深くまでねじ込んであげたでしょ? 私の制服に紅い染みでもついてるかしら?」

 言われるが、私は確認する事が出来ない。彼女が不意にナイフをねじったのだ。その激痛が意識を遮る。

「残念でした、おバカさん。私の体も空気でコーティングしてくれてるのよ」

「……してくれている? それはあなたのシードじゃないという事?」

「ふふ、正解よ……」

「じゃあ誰が……」

 言いかけて私はあいつの顔を思い出した。こんな風に自分のシードを使える奴がいるとしたら、あいつしかいない。

私を自分の仲間に誘ったあいつだ……あいつが言ったのは、こういう事だったんだ。

あいつの危険な考えを拒んだ私は、あいつの世界にはいらないものとして、処理されたんだ。

「どうやら察しはついてるみたいね……じゃあ、こんなのもあげるわ……私のシードも……ね」

「ぐうううぅあ!」

 彼女の言葉が終る瞬間、私の体がびくんと、大きく跳ねた。

「な……に……を……?」

 崩れる私を足蹴に、体からナイフを抜いた彼女が微笑む。

紅い鮮血が宙を舞い、ぼたぼたと地面に降り注ぐ。私は出そうとした足を、自分の血にとられて、無様に転んだ。

「そのままでも死んじゃうでしょうけど、確実性ってやつをプレゼントしたのよ。もう動けないでしょ。私の可能性で、このナイフを電極にしたのよ……まぁ、粘膜直結のスタンガンでも食らったと思ってね」

 にやにやと笑いながら、彼女はナイフから血を払うと、踵を返した。

「くっ、待って……あなたはいいの? せっかく芽吹いた力をこんな風に……」

「負け犬の遠吠えにしちゃあ、遠慮がちねぇ……」

 彼女の冷たい目が私を見下ろす。

「あなたに、そんな事を言う必要はないわ……だってもうすぐ、あなたはいなくなるんですもの……あは……あははは! お休みなさい、悪い魔法使いさん! せいぜい悪夢にうなされるといいわ」

 そう言うと、彼女は私の視界から消えて行った。

「くうう、うう……」

体が言う事をきかない。遠くにあったセミたちの声が、やけに耳元で聞こえる気がする。しかも、こんな時間に鳴くはずのない、ヒグラシの声ばかりが鮮明になる。

「随分さみしいお迎え、だ……だ、め……このままじゃ……このままじゃいけない……」

 私は言葉で自分を奮い立たせ、私の血で固まった砂粒を握り締める。

「ぐうううう! こんな事になるなら、もっとちゃんと、おじいちゃんに武術を習っとくんだった……」

 全身に込められるだけの力を込め、手を延ばした先にあったガードレールを掴んで立ち上がった。手を剥がすと、白いガードレールに私の紅い手形が表れた。

「伝え……なきゃ……あいつを止めてって……ごめん……ね」

 私はそのままガードレールに手をつき伝い、体を預けながら歩き出す。

「はは……まだ、歩けるじゃない……」

 悔しさを跳ね飛ばすように軽口を叩くが、こういうのを負け惜しみというのだろう。

 そして、こうして歩いているのが、私にとって、最後の奇跡だろう。

「…………伝えなきゃ……私が頼れるのは、あの娘だけ……私の……」

 いつだったかも、こんな風に暑い夏の下を一緒に歩いた。カーブミラーに差し掛かる度に、二人で姿を映した。ほら、ここの角にあるものでも。

「……ああ、そっか……ここのは、この前の工事で無くなっちゃたんだ……」

 それは希望に似たものだったのか、喪失感が猛烈な喉の渇きになって返ってきた。

「……ああ、のどが渇いたなぁ……水が飲みたいよ……でも、家に……家に帰るまでは……飲めない。だって今、水を飲んだら私はそのまま……」

 あの娘が今日、帰ってきていることは知っている。多分、気だるい顔で帰りの遅い私に、ぶつぶつと文句を言っているだろう。

「ふふ……かわいいんだか、何だか……」

 微笑んだ瞬間に、血が喉に逆流してきた。

「ぐうう、ごほっ……」

 咳き込んだ拍子に、地面に真新しい血の跡がつく。それを見て、私は田んぼのアゼに咲き狂う、彼岸花を思い出した。

「はは、何だか前衛芸術みたいね……」

 そんなもの、私にはわからないと、あの娘はふてくされるだろう。実際、中学の遠足で行った美術館で、そんな事を言っていた。

 何だか私は、昔の事ばかりを思い出している。いや、きっとこれが走馬灯というものなんだ。人は死の淵になって、やっと色々な事に気付き出すのかもしれない。

 他人が自分に優しかった事、本当に楽しかった事、いつも傍らにあっても、何よりも大切な事……きっと、それを人が死の淵に思い出すのは、遅すぎるんだ。

「……でもまだ、家に帰って、この力をあの娘に渡して……それで」

 それでどうするのだろう……あの娘の可能性を解放して、私の力を託して、あの娘に残り全てを重荷と知りながら預けてしまう。

 そんな後悔を考える。それでも、私の中の声が、あいつをひとりにしておいては駄目だと囁く。

「ごめん、本当に……でも、でも……」

 私は乾いた血で、かさかさになった唇を噛んで、その場に崩れそうになる足を、必死で前に出した。

「もう、これが最後の帰宅なんだから……」

 口に出した事実は、受け入れ難い現実だった。

 それでも私は足を動かす事をやめない。

 もしかしたら、ここで助けを待てば、助かるかもしれない。

「ふふ……そんなの嘘ね……そんな奇跡はもう起こらない……だって、あれからこっち、誰にも会わなかったじゃない……」

 もうそんな、わけのわからない愚痴でも言わないと、痛みと喉の渇きに全ての意識が吸い取られ、一息に死へと誘われそうだった。

「ああ、あああああっ!」

 まどろむ意識を奮い立たせる為、声を上げ、私は前へ進む。

 前へ進むしかない。

 だって、私は力を渡す事、全てを託す事よりも、きっとあの娘にもう一度会いたいから……。

 どうせなら、あの娘の腕で眠りたいから……夏でも仄かに温かな、あの腕の中で……。

 ねぇ、ほづみ……きっと、その時になったら恥かしくて言えないと思うから……。

今言うね……。

私のかわいい、おねぇちゃん…………。

…………大好きだよ…………。




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