演説
一人だけ前にその男が出てくると、広場にいたすべての兵が彼に注目してる。うん、存在感がすさまじいというか、引き付けるものがあるとでもいうのかな。こっちを見てるってだけで緊張感を生み出すような雰囲気をしてるんだよ。
その人のおかげか次第に静かになっていくと、不意にその人が大声で兵に向かって叫びだした。
「ここに集まってくれた兵士たちよ、俺が今回この軍を率いることになった廉頗である。俺が軍の将となるのは今回が初めてだということで、不安に思っている者も居るやもしれん。その心配は当たり前のことだ。だが今からはこう考えるのだ、俺はまだ世間が知られていない優れた将であるとな!故に俺の命令に従っておれば必ず勝てると信じよ、疑うでない。お前たちが俺を信じてくれるならば、こちらも勝利を持って答えてみせようぞ!」
それはもういきなりの演説だった。廉頗様の声は途中で消えることなく広場の隅々にまで行き渡るほどに響いていたんだろうか。少なくとも真ん中より少しばかり後ろに居る俺には十分に届いていたけど。
急に自分のことを信じよと言われても普通は信じないんだろうけど、その重く、心を響かせるような声で語りかけられたら信じたくさせられるみたいだね。周囲の人たちはそれぞれ手を突き上げて「おーー!!」とか言って気分を高めながら叫んでるよ。とかいう俺も、少なからず思う所はあったんだけどな。まあ恥ずかしいから叫んだりは絶対しないけどね。
そんなことがあったからその後すぐに砦を出るのかと思ったけど、その日は砦で休むようにって言われたよ。折角盛り上がってるのにそれで良いのかなと思ったけど、まあすぐに納得できた。
昨日までとは明らかに周りのみんなの顔つきが違うんだよ。俺はやってやる、手柄を取るぞって気持ちが見ててよく分かるっていうのかな?それにあのままだと変に突っ走る兵が出ても困るんだと思うよ。夕飯の時に「聞いたか、あの廉頗様の言葉を。廉頗様のためにも今回の戦いで俺は大暴れしてやるぜ」って息巻いて絡んできた兄貴を見て思いました。ちゃんと見てないと勝手に何かやらかしそうで危なっかしいから、明日からは行軍中も注意するようにしなきゃな。あれでも兄弟なんだしさすがに死んで欲しくはないからね。
その翌日に廉頗様に従って砦を出た俺たちは、秦の昔陽という都市を攻略に向かうようだと聞かされた。すでに先行部隊は到着してて、戦争も始まってるらしい。まああの砦にはそれなりに兵が残ってたけど、王都で見かけた数よりは明らかに少なかったしな。
さて、このままいけば数日後には戦争に入るのか……。いまだに怖いけど、何とか頑張ろうかな。とにかく生き残れるようにすることが最優先なんだけどね、砦での演説は俺の心にもやる気をもたらしちゃったみたいだな。周りと比べたらちょっとだけではあるんだけどさ。