過去 エルヴァン視点
僕の母は、グスで、最悪で、人として最低で、頭が可笑しくて、僕を捨てた人で……
とても、狂気的な美しさをもった。僕がこの世で一番愛する人だ。
「ねぇ、アルスティオーネ。今日は何がいいかな?うん。そうだね、せかいは広いねウフフ……」
物心ついた時には母は既に壊れていた。そこら辺にある石をアルスティオーネと呼んで一人遊びしていたかと思えば、いきなり虫が沢山いると何もない床に包丁を刺していた。
「おか……さん……」
そんな母に僕は恐怖を感じながら、震える声を出したが、母は一人遊びをしている時に声をかけると必ず『崩』れる。
「うるぁあ!!ああ!ああ!私とアルスティオーネの邪魔をする悪い口はこれぇえ!!悪魔悪魔悪魔ぁぁあ!!」
そういって母は僕の前髪を掴んで水槽に頭を突っ込ませた。肺に水が溢れ、息が出来ず、目の前は真っ赤にそまっていく。ゴポゴポと暴れる力も失いかけた時、不意に抑えつけていた力が無くなる。
「私……なんてこと……あぁ、ごめんなさい!ごめんなさい!許してくれる?許してくれるわよね?私の愛する子……」
錯乱した頭を掻き回し、母は僕を抱き締めた。しかしながら、母に体温は感じず、愛も感じなかった。
ただただ冷たい死体のような体温が僕の体温を奪っていった。
「おかーさん……」
母は壊れていた。そんな母をきっと憎んでたと思うけれど、この時の僕はそれ以上に、この人を放っておいたらダメだと思って、何より生きるのに必死で……愛されたいと思ってた。
ある日、母はいつもの虚ろな目で歌を歌っていた。
「まる たけ えびす に おし おいけ あね さん ろっかく たこ にしき……」
「なんの歌?」
どうせ答えてくれないだろうと思って、人形に話しかけるような気持ちで言ったのだが、母は珍しく答えてくれた。
「私の国で……歌ってたの……東の国なの……」
それだけいって、また歌い始めた。
母はこの国では珍しい黒目黒髪であり、歳を取らない顔をしていた。その特徴は東の国の人間と同じで、この人はきっと売られたんだなと理解した。
考えてみれば、可哀想な人である。
東の国で平和に暮らしてたのに、この国に売られ、娼婦に身を落とし、子供を処理し損ね、薬をやったせいで壊れてしまっている。
歳を取らない外見のお陰でもう30~40になるのに今だ客がついているのが救いだが、母の体はボロボロだ。
ブツブツと何かを呟いている母を僕はそっと抱き締めていった。
「側にいてあげるね……」
この人は僕が側にいてあげなければならない。
だから、僕は母を怨んだりしなかった。可哀想だと、哀れだと、側にいるだけで、ただ世話をするだけで、それで満足出来たのに。
そんな日々の終焉は雪のが降る日に終わりを告げた。
「この子を……お願いします」
母はとある城の門番に僕を渡した。何が起こったのかは分からなかった。
「おかーさん?」
不安に刈られて母を呼ぶと、母はこの時初めて『まとも』になり、やさしく抱き締めてくれた。酷く温かった。
「ごめんね、ごめんね、エルヴァン。もう安心していいからね、私から解放されるから。貴方のお父さんはこの国の王なの。もう貴方は寒い重いをしなくていいのよ」
そういって母は離れた。イヤだ!イヤだ!と僕は暴れるけど、門番の人たちに抑えられて、母を追いかけれなかった。どんどん彼女は遠ざかっていく。
まってよお母さん。あなたは一人で生きていけない、僕が側にいなきゃダメだ。
ダメだよお母さん。これからどうやって生きるの?ご飯を誰が食べさせてくれるの?誰が貴女を世話するの?
そんな声に母は答えてくれず、そのまま消えてしまった。
「おかーさん……」
その何日後か、母は死んだ。崖からの転落死というあっけない死だった。だから言ったのに、この人は僕がいなくてはダメだと。
やはり母は最後まで壊れてしまっていたんだ。僕がいなければ生きていけないことにも気づけない程に末期だったんだ。なんて可哀想なことだろうか。
「あぁ、この人は僕がいなければダメだったのに……なんて失敗をしたんだ……!」
僕は母に捨てられたんじゃない。母は壊れていたから正常な判断が出来なかったんだ。あぁ、戻れるなら戻りたい。
この人は……僕がいなきゃダメなんだ。
補足
主人公を薬漬けにした張本人は、国王です。ついでに主人公の死体も引き取りました。